2024/10/24 - 2024/10/26
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まつじゅんさん
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この旅行記スケジュールを元に
2024年の10月10日から、2泊3日で初めての立山・黒部アルペンルートを廻ったのですが、2週間後に再度北陸に向かう事となりました。
想定外の旅となりましたが、発端は北陸応援割の石川県限定の第3弾が、2024年9月1日~11月30日で実施された事から始まります。
第2弾までは凄まじい競争率で、私もチャレンジはしていたのですが、先ずネットに繋がらない状況でしたので、今回も無理だろうな・・・・、と諦め気分でポチポチしていました。
途中で切断されたり、最後の確認まで進まない状態で終了したたのですが、何と確保できていたようです。
奥様は、紫式部と源氏物語に興味があり、友人から武生で大河ドラマ館があると聞いていて、行けたら・・・・と言っていたので、それでは久し振りの永平寺、東尋坊、三方五湖も含めて、山代温泉から福井を楽しんできました。
*今回は全6部作となっています。
・Ver.2 1日目後半 福井市内から加賀百万石↓
https://4travel.jp/travelogue/11972462
・Ver.3 2日目前半 山代温泉から小松周辺↓
https://4travel.jp/travelogue/11972477
・Ver.4 2日目後半 東尋坊、亀の井ホテル↓
https://4travel.jp/travelogue/11972480
・Ver.5 3日目前半 武生、鯖江↓
https://4travel.jp/travelogue/11975516
・Ver.6 3日目後半 三方五湖↓
https://4travel.jp/travelogue/11975547
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
マンションを7時過ぎに出て、R173経由で京丹後みずほICから京都縦貫自動車道に乗り、綾部JCTで舞鶴若狭自動車道に入ります。
途中、三方五湖PAで小休憩です。三方五湖パーキングエリア上り 道の駅
-
4時間弱で、永平寺に到着です。
少し早いですが、ランチタイムといたします。
福井、永平寺と言えば蕎麦かな・・・・、という事で、参道前のお店で頂く事としました。
めん房 山楽亭です。山楽亭 グルメ・レストラン
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福井県では「香福の極み 越前蕎麦認証店」認証制度があるようで、福井県産そばの使用割合やそば粉の挽き方で区分設定があり、こちらは、福井県産そば・石臼挽きで、提供する全てのそば料理に使用するそば粉が100%福井県産&使用するそば粉は100%石臼挽きのお店のようです。
昭和初期から3代に渡り受け継がれている店で、福井市美山地区の「小和清水石」の山楽亭専用石臼で、製粉所で挽いた特注のそば粉を使用しているそうです。 -
奥様は、冷たい蕎麦が好みで、おろし蕎麦を発注です。
大根の辛みもピリッと美味しく、少し甘めの出汁と絡まって美味しかったです。 -
私は温かい汁蕎麦が好みで、えび天蕎麦を発注です。
えび天に山菜、なめこ、おろしが入った蕎麦で、美味しかったです。 -
お腹も落ち着いたので、永平寺に向かいます。
以前訪れたのは、40年位前ですので、殆ど記憶は無いのですが、綺麗な新しい参道が出来ていました。
土産店や飲食店が立ち並ぶ「永平寺門前通り」と、永平寺川沿いに続く石畳の景観が風情のある「永平寺参道」の2つがあり、永平寺参道は1600年代の古地図を元に、2019年に復元されたようです。
参道には「Hikari Terrace 輝坊」という、2024年10月2日オープンの、永平寺所有の山林から切り出した杉や、福井県産材を使用した木造建築で、鋳物販売店「能作 永平寺店」と飲食店「ごはんカフェ DDC Eiheiji」、伝統工芸品のセレクトショップが出店しています。
川向うには、参禅体験もできる「親禅の宿 柏樹關」(お高そうな宿)がありました。 -
参道を歩く事、10分程で正門に到着です。
曹洞宗の仏教寺院で、總持寺と並んで曹洞宗の中心的な寺院、大本山です。
山号は吉祥山と称し、寺紋は久我山竜胆紋で、開山は道元上人。
ご本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏です。曹洞宗大本山永平寺 寺・神社・教会
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通用門です。
正面の眉間には、「永平寺は中国天童山の清規が厳然と遵守されている修行道場である」との、50世 玄透即中禅師筆「天童叢規勃興名巒」 という額が掛けられています。
入山料を志納し、1971年竣工の吉祥閣をに入ります。
こちらには、講堂があり、参籠、参禅研修の場として「禅門の根本道場たる七堂伽藍をはじめ、必要な堂格を総合して打って一丸となし、しかもそれを在家信者中心の修行研修道場となす」という布教教化の研修道場のようです。 -
156畳敷の大広間の傘松閣です。
格天井に、昭和初期の144名(内4名は帝室技芸員)の日本画家による230枚の天井絵が嵌められている事から、通称「絵天井の間」と呼ばれています。 -
天井絵のモチーフは、花鳥風月だそうですが、中に5枚だけ動物が描かれた絵があるそうです。
これらの絵を探し出し、願いを込めて祈りを捧げると、恋や念願が叶うと喧伝されているそうです。
私、見つけることが出来ませんでした。(涙)永平寺 吉祥閣 寺・神社・教会
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永平寺は、広大な敷地の中に大小70以上のお堂と楼閣があるそうです。
その中でも「七堂伽藍」という、7つの建物は回廊で結ばれていて、参拝客はこの回廊を巡って永平寺を代表する7つの建物を見学していきます。
階段を通る、修行僧の姿は凄く絵になり、周辺と溶け込んだ凛とした世界となっています。(修行僧の撮影はNGです。)
回廊の格子越しに見える景色は、素晴らしいですね。 -
法堂です。
一般の寺院でいう本堂で、1843年に57世 載庵禹隣禅師代に再建された建物です。
380畳敷きで、江戸期の法堂としては宗門最大のようです。
中央に平安時代作の本尊「聖観世音菩薩像」が祀られ、中央昇段の左右には阿吽の白獅子が配置されていて、天井には八面鏡をつけた八葉蓮華鏡が吊られる等、中国宋代の形式となっています。
法堂は本来、一山の住職が須弥壇上に登って修行僧に説法をする場所で、法堂楣間には有栖川宮幟仁親王筆の「法王法」という額が掲げられています。
現在は、朝のおつとめや特別な行事や法要の際に使用されるようです。 -
苔面や、葉の裏面に経文を書いていたと伝わるタラヨウ、楓、サツキ、ツツジ、杉を配し、春の新緑、秋の紅葉、そして冬は雪景色と変わりゆく四季を写す庭となっています。
山門中庭は、登龍門を表現していると言われ、水の落差を利用して湧き出させる仕掛けとなっているようで、巨大な鋳造製水鉢上端の吐き出し口から水が溢れ、落下の水音を響かせ、山斜面を利用し僧堂側から急流音が中庭に響くように考えられているようです。 -
仏殿です。
御本尊の「三世如来」を祀る堂で、別名「覚王宝殿」、「三世如来殿」と呼ばれています。
1902年、道元禅師650回忌を記念して改築されたもので、棟梁は名古屋の伊藤満作で、様式としては一重裳階付き入母屋造、禅宗様の要素を多く取り入れ、内部は塼になっています。
殿内の向かって右側檀には伽藍の守護神「招宝七郎大権修利菩薩」「土地護伽藍神」及び大檀那の位牌が安置され、向かって左側壇には「震旦初祖菩提達磨大師」や道元禅師の本師である「天童如浄禅師」が祀られています。
欄間は、名古屋の早瀬長兵衛の作で、12枚の禅門の古則公案が図案化されていて、 正面入口には「善財一茎草」、須弥壇上の一面は「世尊拈華微笑」、右側の五面は「二祖断臂」「智門蓮華」「洞山木橋」「香厳撃竹」「大随一亀」の五則、左側の五面は「六祖蹈碓」「南泉牡丹」「大中天子」「栽松道者」「百丈野鴨子」の五則となっています。 -
この大すりこぎ棒は、1902年に仏殿が建立された際に使用された、地突き棒を丸めてスリコギに仕立てたもので、永平寺のすりこぎとして有名だそうです。
永平寺大数珠 名所・史跡
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山門です。
永平寺の主要伽藍の中で、現存する最古の建物のようです。
1747年上棟、1749年42世 円月江寂禅師によって落慶されました。
住職や公的な来客が出入りするほか、修行僧が永平寺に正式に入門するための玄関になっています。 -
山門正面の両柱には、54世 博容卍海禅師が、1820年に山門を修復した折に掲げた聯「家庭厳峻不容陸老従真門入 鎖鑰放閑遮莫善財進一歩来」(家庭厳峻にして、陸老の真門より入るを容さず、鎖鑰放閑遮莫あれ、善財の一歩を進め来るを)があります。
これは、「永平寺を一個の家庭とみなすならば家風は厳格で、出家修行の道場として求道心のある人以外、入ることは許されない」と、入門の第一関を提起しているもので、陸老とは中国唐代の役人で南泉普願禅師に参禅した居士であり、名誉や財産を意のままにすることができる人物という例えで、左側の善財は『華厳経』「入法界品」に描かれる善財童子を指し、南方に仏道を求めて行脚に出た故事を踏まえ、求道者の例えとし、陸老と善財を対にしているそうです。
また、正面の「吉祥の額」といわれる扁額は、道元禅師が新住職として1244年7月に、永平寺開堂の際に唱えられた法語とされています。
「諸仏如来大功徳」「諸吉祥中最無上」「諸仏倶来入此処」「是故此地最吉祥」は、諸仏の功徳は素晴らしく、その諸仏が集まるここ大仏寺(永平寺)こそ、最も有り難い場所である、だからこの大仏寺の山号は吉祥山なのだ、といった意味だそうです。
この日から永平寺の歴史が始まった、と言えるものです。
山門の東側には持国天と多聞天、西側には広目天と増長天が祀られていて、仏様や仏教の教えを外敵から守っているそうです。 -
山門への参道です。
登り切った場所には、龍の姿のマツが無いので、龍には簡単になれないことを暗示していると言われ、雪深い厳冬期、山門に向かって永平寺に正式入門する修行僧が並ぶようです。
年末のTVで、良く紹介される風景ですね。 -
NHKの大晦日TVで、除夜の鐘のイメージが強い鐘楼です。
大梵鐘は、口径1.5m、高さ3m、重さ約5tという巨鐘で、1963年に明治の梵鐘を改鋳し、鐘楼堂の改築と共に完成したものだそうです。
現在も、早暁の暁鐘、昼の斎鐘、夕暮れ時の昏鐘、そして夜坐が終わってからの定 鐘の1日4回(+特別の行事)、修行僧が撞いています。 -
永平寺で瓦を志納し、記念の数珠を頂き、本日宿泊地の山代温泉に向かい車を走らせます。
途中、来る途中に見つけ気になっていた、胡麻豆腐のお店に寄り道です。團助 グルメ・レストラン
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ごま豆腐の里 團助は、1888年永平寺の門前町で商いを始めた老舗で、精進料理の代表格の胡麻豆腐を、伝統の味を守りながら作り続けているお店です。
奥様、胡麻豆腐も大好きなんですよね。 -
胡麻豆腐の製造過程が分かりやすく、人形を使って紹介されていました。
手間を掛けて、作っている事が分りますね。 -
團助製造蔵の隣にある製造直営店では、胡麻プリンや黒胡麻アイス等が提供されていす。
店内には休憩所もあり、暫し休憩する事としました。 -
スィーツタイムです。
奥様、黒ごまアイス、私は胡麻豆腐入りぜんざいを発注。
甘さの中にゴマの味がする、不思議な触感でした。
お土産というよりは、自宅使いの数種類の胡麻豆腐を購入し、出発です。
Ver.1これまで。
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