2024/05/16 - 2024/05/25
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アインスさん
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7日目はいよいよ私が行きたかったサラエボの観光です。
実際行ってみるとオーストリアの皇太子夫妻が撃たれたのは橋の上ではなく、橋の手前のカフェ前だったと判明。え、じゃあ有名なラテン橋って何?となりました。添乗員さんにお疲れが見えたりなど、旅行終盤の一日です。
5/16(木)TK51 10:35成田発 17:45イスタンブール着 TK1029 19:00イスタンブール発 20:20ソフィア着 ソフィア泊 (ブルガリア)
5/17(金)ボヤナ教会 アレクサンドル・ネフスキー寺院 聖ゲオルグ教会 リラの僧院 スコピエ泊 (北マケドニア)
5/18(土)コソボ観光(ページ デチャニ修道院 プリズレン)スコピエ泊
5/19(日)スコピエ観光(マザー・テレサ博物館 マケドニア広場)
オフリド観光(サミュエル要塞 聖ヨハネカネヨ教会)ベラート泊(アルバニア)
5/20(月)ベラート城 ティラナ観光(大聖堂 スカンデルベルグ広場)
ボドリゴツァ泊(モンテネグロ)
5/21(火)オストログ修道院 サラエボ泊(ボスニアヘルツェゴビナ)
★5/22(水)サラエボ観光(トンネル博物館 ラティンスキー橋) ヴィシェグラード観光(ソコルル・メフメド・バシャ橋)ベオグラード泊(セルビア)
5/23(木)ノヴィサド観光 ベオグラード観光(花の家 聖サヴァ聖堂 カレメグダン公園) ベオグラード泊
5/24(金)TK1082 9:20ベオグラード発 12:15イスタンブール着 TK50 15:50イスタンブール発
5/25(土)8:55成田着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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今朝は朝食は6時半から各自、出発は8時15分でした。
ハリウッド ホテル ホテル
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ハリウッドホテル、巨大ホテルなだけあってメニューも豊富で良い感じです。
ただ、レストランというよりは学食、社食といった雰囲気ですが。 -
久しぶりにカットフルーツを見ました。
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パンケーキもこの旅では初めてです。
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8時15分にホテルを出て、トンネル博物館に着いたのは8時40分でした。
30分ほど見学します。希望のトンネル by アインスさんサラエボ トンネル博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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トンネル博物館と聞いても興味がなかったので、なんか珍しいトンネルの展示?くらいにのんきに考えていたのですが、そんな牧歌的なものではなく、1992年から1995年までのボスニア紛争の際、サラエボがセルビア軍に包囲されたため、トンネルを掘って物資を運んだ、その「希望のトンネル」が公開されているという場所でした。
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赤い縁取りのピンク部分が包囲したセルビア軍、真ん中がサラエボの町です。
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わずかに開いたここにトンネルが掘られたそうです。
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セルビア軍に見つからないように、一兵士の実家である普通の民家がトンネルの入り口となりました。
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銃弾の痕が多く残っています。
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トンネルに降りていきます。
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こんな手すりも当時はなかったそうです。
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人一人がやっと通れるくらいの大きさのトンネルでした。
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全長800mのうち、ほんの一部を歩いただけでも当時の緊張感が伝わってきました。兵士たちが両側から、4か月かけて機械を一切使わずに掘ったそうです。
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出口です。他にも中国っぽい団体が見学に来ていました。
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こちらの写真はサラエボローズといって、市民が犠牲になった場所にこのようにバラの花びらが散った印をつけているそうで、サラエボ市内に140か所ほどあるそうです。
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入口を通り過ぎて
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入口の家の前にもサラエボローズがありました。
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すぐ隣には空港があって、国連が押さえていたのですが、セルビアにもボスニアにも加担せず、静観していたので助けてはくれなかったそうです。
3年続いた紛争はNATOがセルビアを空爆したりした結果、ボスニアヘルツェゴビナが独立し、旧ユーゴスラビア連邦が崩壊しました。 -
車窓からも銃弾の痕のあるビルがいくつも見えました。
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あちらのホテルには世界中のマスコミが滞在していたそうです。
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30分ほどバスに乗って9時50分、市内で降ります。
ここにもわんちゃんずが。 -
ミリャツカ川沿いに歩いていきます。
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バスを降りてすぐに、山の上にある素敵な建物の説明をガイドさんがしたのですが、添乗員さんはまるっと無視して訳さず。なんで??
オスマントルコ時代の建物で、暗殺されたオーストリアハンガリー帝国の皇太子はここを訪問することもサラエボに来た目的の一つだ、と話していたと思うのですが。 -
30年経った今でも建物のあちこちに銃弾の痕が残っています。
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ねこちゃん発見!
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珍しく、逃げずに撮影に付き合ってくれました。
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川向うには市庁舎。
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イスラムとヨーロピアンの両方の様式を持った建物で、紛争で全壊しましたが、再建したそうです。
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向こうに見える山全体をセルビア軍が支配して、山から道行く人、動くものは老若男女問わず全てを銃撃していたので、スナイパー通りと呼ばれていたそうです。恐ろしい…
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立派なモスクを通り過ぎて
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向こうにいよいよラテン橋が見えてきました。
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愛らしい菩提樹のお花が咲いていました。
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これがあの、オーストリアハンガリー帝国の皇太子夫妻が暗殺された橋!
橋のたもとで起きた暗殺 by アインスさんラテン橋 建造物
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と、この時はまだそう思っていました。
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橋の向こう側の右のピンクの建物が昔カフェだったそうで、そこから出てきたときに撃たれた、と男性ガイドさん。
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以前サラエボに来たことのある人が添乗員さんに「違いますよね?馬車に乗っていて、橋の手前で減速した時に撃たれたんですよね?」添乗員さん「私もそう思っていたんですけど、このガイドさんはカフェから出た時って言ってるんですよね」ガイドさんのいう事も結構適当、という事が最近わかってきました。
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橋の上っていう話はなんだったんだろう??
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あの建物は今は博物館になっています。
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写真がありました。
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犯人が立っていた場所。
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確かに馬車に乗っている二人を狙撃しています。
ガイドさん・・・以前サラエボに来たことのある方が「皇太子夫妻が訪問先で町のカフェなんかに入るわけないじゃない」と話されていました。確かに! -
よく見ると犯人の立っていた場所からすぐ近くに馬車の車輪の跡が金色のプレートでありました。
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4つのプレートが馬車の車輪の位置だったそうです。
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足跡から本当にすぐ近くです。
最初にゾフィー妃、続いてフランツ・フェルディナンド皇太子が撃たれたそうです。犯人はオーストリアハンガリー帝国からセルビアを独立させたいセルビア人の青年で、これによってオーストリアハンガリー帝国がセルビアに宣戦布告、第一次世界大戦がはじまりました。念願の、歴史的な場所に来られてちょっと感動しました。 -
サラエボは長い間オスマントルコの支配下にあったので、トルコ風の建物もたくさん残っています。
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ローマ時代の遺跡だっけ?ちょっと不明。
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ホテルヨーロッパ。
皇太子夫妻はこのホテルで行われる会議に参加するために馬車に乗っていたそうです。 -
続いて、オーストリアハンガリー帝国時代の建物が並ぶ通りへ。
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エジソンが電球を発明した後、交流電流を発明したテスラさん。
クロアチアで生まれたセルビア系アメリカ人だそうです。 -
彼の名前のカフェです。
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正教会。
ここを通り過ぎた時に一生懸命話しているガイドの男性に添乗員さんが「もうガイドはいい。黙って歩いて雰囲気を楽しみたいから」と伝えて、ガイドさんしょんぼり^^;添乗員さん、訳すのに疲れてしまったのでしょうか。私もいつも二人に張り付いて聞いているわけではないのですが、ガイドさんの話したことをはしょって訳している事が多々ありました。まあ、添乗員さんは通訳ではないから、仕方ありませんね。 -
カソリック教会。
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前の石畳にもサラエボローズがありました。
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約8000人の民間人が亡くなって、墓所が足りないのでサラエボオリンピックで使われたアリーナに一時的に埋葬していたそうですが、明るいうちに埋葬すると狙い撃ちされるので夜の間に作業していたそうです。
日本から戦後、2002年に600本の桜の木が贈られたそうです。 -
オーストリアハンガリー帝国時代のおしゃれな建物の通りを歩いていきます。
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文化が出会うサラエボ、今までが西側、この線の向こうは東側。
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ということでトルコ時代の建物の通りに入りました。
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建物全体が低くなります。
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この地方のお菓子らしい。
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モスクや
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昔の隊商宿の建物など。
ここで、一人がお土産物屋さんのマグネットを見始めると添乗員さん、「見る方どうぞー」と。私を含めて興味のない人たちは手持無沙汰に。こんな時、10分後にどこそこで、と言ってくれると好きに動けるけど、何も言わないのでただお店の前で待つだけになってしまいます。 -
あちらはオスマントルコ時代のなんだっけ??
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今は待ち合わせ場所になっているそうです。
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サラエボにはトイレが少ないそうで、唯一あった有料トイレに交代で入りますが、有料トイレが今までで一番汚いという><
バスに乗る前に最初の山の上の建物がまた見えたので、ガイドさんの話を近くの数人に話しましたが、それを聞いていたのか、添乗員さんがバスに乗ってから説明されました。乗ったらもう見えないし、写真も撮れないんですが^^;
旅行も7日目で添乗員さんはお疲れなんだろう、と思いました。 -
11時20分にサラエボを出て2時間走って13時20分、ヴィシェグラードにあるお昼のレストランに到着。
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再びキャベツ、トマト、きゅうり(笑)。
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パプリカチキンということでしたけど、ちょっと辛いハッシュドビーフっぽい味でした。
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デザートはチョコレートケーキ。
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今から見に行くソコルル・メフメド・バシャ橋の昔の写真がありました。
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お店を出て、橋まで歩いていきます。
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わんちゃんがセルフお散歩していました。
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ノーベル文学賞作家、アンドリッチの通っていた学校だっけ?
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「ドリナの橋」という作品が有名だそうですが、一切知らないので感慨もなく、川沿いの景色をきれいだな~と見ながら歩いていきます。
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ガイドさんに連れてこられたのはアンドリッチ村、というような一画で
映画のロケのために造られた街 by アインスさんアンドリッチグラード 散歩・街歩き
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左は、確か、「ドリナの橋」ソコルル・メフメド・バシャ橋をかけたソコルル・メフメド・バシャ。ボスニア出身でトルコに連れていかれて兵士にされた後、頭角を現し、大宰相にまで登り詰めた人物です。
右側の人物は誰だっけ…? -
ここは、「ドリナの橋」が映画化されるときにロケ地として使われる予定で作られたそうです。
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ドリナの橋を知らないので今ひとつピンときません。
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映画館(実際に上映しているかは不明)の上にあったモザイク。
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こちらの左の青年はサラエボ事件の犯人だそう。結局未成年だったということで死刑を免れたそうです。そして、ガイドさんは「彼はセルビアの事を想っていただけ」とかばう発言。いや~、こちらでは今でもそう思っている人が多いんでしょうかね?さすがに添乗員さんは「と言っても殺人はいけません」と付け足していました。
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アンドリッチさんの像。
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猫も歩いていました。
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再び川にもどってきて、「ドリナの橋」を目指します。
オスマントルコ時代の橋 by アインスさんヴィシェグラードのメフメド パシャ ソコロヴィッチ橋 史跡・遺跡
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だんだん近づいていくのもいい感じです。
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お家にはバラがいっぱい咲いていました。
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素敵ですね~。
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さっきの入り口にいた、左側の方だそうです。
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空に雲がたちこめて、雷が聞こえ始めました。
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ひと雨来そうな雰囲気です。
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橋は2度の世界大戦で被害を受けましたが、その後再建されて2007年に世界遺産に認定されました。
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素敵な壁画。
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トルコ時代の建築様式で作られているそうです。
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今でも普通に渡れるようですが、
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いよいよ雨がぽつぽつ降り始めたのでさっと写真だけ撮ってバスに乗り込みました。ヴィシェグラードには昼食を入れて13時20分から14時45分の滞在でした。
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15時15分から15分のトイレ休憩。
15時35分、ボスニアヘルツェゴビナの出国審査に入り、16時5分、セルビアに入りました。出国審査場と入国審査場が結構離れていて、両国の関係が垣間見えたような気がしました。セルビアの入国審査で10ユーロくれたらすぐ通してあげる、と言われたそうですが、ドライバーさんはお金がなくなってきたので断ってちゃんと審査を受けたそうです。わいろとか、未だにあるんですねぇ。 -
16時15分過ぎ、横を通り過ぎる列車。
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18時5分から25分までトイレ休憩。
雨は降ったり止んだりです。 -
セルビアの首都、ベオグラードは社会主義時代の建物が沢山残っていました。
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20時15分、ホテルに到着。ヴィシェグラードから5時間半のドライブでした。
今日のホテルはハイアットリージェンシーなので、今までで一番豪華です。安心の高級ホテル by アインスさんハイアット リージェンシー ベオグラード ホテル
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バスタブとシャワールームが独立しています。
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タオルもいっぱいあるし
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アメニティも揃っています。
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使わないネスプレッソもどき。
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窓からの景色。
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このお水がベッドサイドに2本、冷蔵庫に2本、計4本あって、連泊なので翌日も補充してくれていました。飲んでみたらおいしかったし、ボトルも四角でおしゃれなので、重いけど3本ほどいただいて帰りました。
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ホテルのあちこちも高級ホテルを感じさせます。
やっぱり最後はこういうホテルに泊まって旅の印象を良くして終わりたいですね。 -
20時45分からホテルで夕食。
私は佐渡からいらした女性の方と二人のテーブルでした。
ご夫婦も、それぞれ二人席だったのですが、一人の奥様に「無口な主人と食べるより、女性の方たちとにぎやかに食べたかったわ~」と言われました(笑)。 -
さすが、品のいい盛り付けです。
味もおいしかったです。
お水もひんぱんにつぎ足しに来てくれました。サービスもいいです。 -
デザートはチョコレートケーキ。
デザートのチョコレートケーキとシロップ漬ケーキ率の高さよ。
ゆっくりサービスされたので、22時半まで1時間45分の夕食でした。
今日は9300歩ほど歩いていました。
左足中指は相変わらず痛いです。毎日酷使しているから治るわけないですよね;;
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