2024/05/12 - 2024/05/12
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夏子の探検さん
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この旅行記のスケジュール
2024/05/12
この旅行記スケジュールを元に
岩手県中尊寺に行ったのも、小学生か中学時代の遠足だったと思う。世界遺産と言っても、金色堂はキンキラキンだったが、今回が一番しっかり見たような気がする。
なにせ夫はお初の東北旅行なので、やっぱ世界遺産は見逃せないと・・・小雨が降る中での散策となった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩 Peach
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ごぶさた~~の中尊寺
中尊寺 寺・神社・教会
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今回レンタカーで来たので、駐車場料金は必須
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参道へ
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雨が降って居ても観光客が多い・・・インバウンド客も非常に多い
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弁慶堂
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何故か並んで居る学生達(修学旅行かな?)
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東物見台
かなり急な坂を上りきると道は平らになり、右手に眺望が開けます。
遠くにゆるくカーブを描いて流れる大河が北上川、左手から衣川が流れ、北上川に合流しています。平安初期まで、この衣川以北は、中央政府の支配が及ばない「外地」であり、この川が内なる境界となっていました。いにしえの都人の歌にも多く詠まれ歌枕にもなっている、名に知られた衣川です。水田となっている一帯は、前九年の合戦の舞台となった衣川古戦場、また弁慶立往生の地と伝えられています。 -
北上川の向こうに望めるのが束稲山。「きゝもせず束稲やまのさくら花よし野のほかにかゝるべしとは」と、平安時代の歌人、西行法師が平泉を訪れた際に詠んだところです。奥州藤原氏が栄えた当時、この束稲山に1万本の桜が植えられていました。
岩手の街並みが見えます -
中尊寺平面図
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かなり色々お寺が有るようだ
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上の数字の〇と比較下さい。
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一番の目的は金色堂だが、参道沿いに多くの社寺
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由来
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奥の細道
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沢山のお守りが有りビックリ!!
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地蔵堂
1877年の再建で、本尊は地蔵菩薩(じぞうぼさつ)。また隣に建つ祠(ほこら)には道祖神(どうそじん)が祀(まつ)られています。 -
「ありがとう」の手拭い
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地蔵堂
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薬師堂
1885年の改築で、本尊の薬師如来(やくしにょらい)、日光・月光菩薩(にっこう・がっこうぼさつ)と十二神将(じゅうにしんしょう)を安置し、和歌山県の熊野より飛来したと伝えられる熊野権現(くまのごんげん)の御神体を並び祀(まつ)っています。正月4日には中尊寺一山(ちゅうそんじいっさん)の僧侶(そうりょ)によって修正会(しゅしょうえ)が行われます。 -
薬師堂説明
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峯薬師堂
境内の別峯に建っていましたが、度重なる野火にあい、1689年に現在地に移されました。讃衡蔵(さんこうぞう)に安置されている丈六(じょうろく)の薬師如来(やくしにょらい)はもとはこの堂の本尊でした。堂の向かって右傍に建つ石造の宝塔(ほうとう)は12世紀のもので、重要文化財に指定されています。 -
青いポストは初めて見ました★
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本坊表門
本堂の正面に建つ表門は、薬医門とよばれる形式の門です。
伊達兵部宗勝の屋敷門を移築したものと伝えられていますが、移築のいきさつは定かではありません。
(岩手県指定文化財) -
旧鐘楼
康永二年(1343)、金色堂別当頼栄の発願により鋳造された盤渉調の梵鐘。撞座は長い歳月にわたる打鐘により窪み、今この鐘が撞かれることはめったにないことである。銘文には建武四年(1337)、山内の堂塔が火災により焼失した旨を刻し、奥州藤原氏以後の歴史を伝える貴重な資料でもある。径86㎝。 -
本堂の社務所
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本堂
中尊寺というのはこの山全体の総称であり、本寺である「中尊寺」と山内17ヶ院の支院(大寺の中にある小院)で構成される一山寺院です。本堂は一山の中心となる建物で、明治42年(1909)に再建されました。古くから伝わる法要儀式の多くはこの本堂で勤められます。
中尊寺は天台宗の天本山であり、本尊の両脇にある灯籠には、宗祖伝教大師最澄以来灯り続ける「不滅の法灯」が護持されています。中尊寺の寺格は別格大寺、天台宗東北大本山です。 -
本堂説明
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本尊は丈六の釈迦如来。像高約2.7m、台座・光背を含めた総高は5mに及ぶ尊像です。中尊寺の大壇主藤原清衡公が「丈六皆金色釈迦」像を鎮護国家大伽藍の本尊として安置したことにならい平成25年(2013)に造顕・開眼供養されました。
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釈迦如来の説明
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立派です
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本堂内のお守り
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峯薬師堂
境内の別峯に建っていましたが、度重なる野火にあい、1689年に現在地に移されました。讃衡蔵(さんこうぞう)に安置されている丈六(じょうろく)の薬師如来(やくしにょらい)はもとはこの堂の本尊でした。堂の向かって右傍に建つ石造の宝塔(ほうとう)は12世紀のもので、重要文化財に指定されています。 -
峯薬師堂
境内の別峯に建っていましたが、度重なる野火にあい、1689年に現在地に移されました。讃衡蔵(さんこうぞう)に安置されている丈六(じょうろく)の薬師如来(やくしにょらい)はもとはこの堂の本尊でした。堂の向かって右傍に建つ石造の宝塔(ほうとう)は12世紀のもので、重要文化財に指定されています。 -
目のお守りの説明
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薬師堂さんの目のお守り
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峯薬師堂社務所
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そしてご利益がちょっと変わっていて、目にご利益があるとのこと。全国的にも珍しい目のお守りを購入出来るのも、中尊寺の中でもここだけですので、旅の記念にも、お土産にも良いかもしれません。
それだけではなく、お堂のまわりの木々が本当に趣があり、何気なくシャッターを切っただけなのに、プロ顔負けの風景写真になるほど、本当に趣があるのです。
道のりをゆっくりと楽しんでいただきながら、金色堂まで向かわれてみてはいかがでしょうか? -
池でカエルが鳴いて居ました
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拝観順路
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不動堂
本堂近くの不動堂は昭和52年建立の祈祷堂です。御本尊の不動明王は1684年、仙台藩主伊達綱村公により天下泰平を祈願し新調されました。不動明王様は、邪を破り、我々の過ちを正してくれる仏様で、少々厳しいお顔をされています。皆様の願い事に応じて家内安全・病気平癒・受験合格・交通安全などの御祈祷をしている不動堂、今日では多くの信者さんを集め一年を通して御祈祷が絶えません。 -
不動堂
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弁財天堂の説明
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大日堂
1802年の再建で、本尊は金剛界大日如来(こんごうかいだいにちにょらい)。前庭に建つ石造の宝篋印塔(ほうきょういんとう)は1823年に造立されました。 -
堂内
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梵鐘の説明
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旧鐘楼
康永二年(1343)、金色堂別当頼栄の発願により鋳造された盤渉調の梵鐘。撞座は長い歳月にわたる打鐘により窪み、今この鐘が撞かれることはめったにないことである。銘文には建武四年(1337)、山内の堂塔が火災により焼失した旨を刻し、奥州藤原氏以後の歴史を伝える貴重な資料でもある。径86㎝。 -
金剛蔵王大権現
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堂内
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阿弥陀堂
1715年に再建され、本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。蔵王権現(ざおうごんげん)を合祀(ごうし)し、大黒天も安置されています。また1845年に奉納された和算(わさん)の算額(さんがく)が堂内に掲げられています。 -
金色堂拝見券売り場
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讃衡蔵
讃衡蔵は奥州藤原氏の残した文化財3000点あまりを収蔵する宝物館で、平安期の諸仏、国宝中尊寺経、奥州藤原氏の御遺体の副葬品などが納められております。平安時代奥州藤原氏によって造営された、往時の大伽藍中尊寺の様子を今に伝えます。
(拝観兼発売所) -
園内案内・・・見てるのですが、正直何処がどこか、解らなくなりますね・・・
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讃衡蔵の隣の売店とトイレ
讃衡蔵内(博物館)も撮影不可です -
金色堂入口(中は撮影禁止です)
入場料大人¥1000 高校生¥500 中学生¥400など・・・ -
念仏行人さん
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舎利塚供養塔
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念仏行人さんの説明
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金色堂入口
中尊寺創建当初の姿を今に伝える唯一の建造物で、天治元年(1124)に上棟されました。堂の内外に金箔を押した「皆金色」の阿弥陀堂です(屋根部分は解体修理の際に金箔の痕跡が発見できなかったために箔補てんは見送られました)。
まず堂内の装飾に目を奪われます。4本の巻柱や須弥壇(仏壇)、長押にいたるまで、白く光る夜光貝の螺鈿細工、透かし彫り金具・漆蒔絵と、平安時代後期の工芸技術を結集して荘厳されており、堂全体があたかも一つの美術工芸品の感がします。
須弥壇の上にご本尊阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩、左右に3体ずつ地蔵菩薩が並び、最前列には持国天と増長天が破邪の形相でこの仏界を守護しています。この仏像構成は金色堂独特のもので他に例を見ない貴重なものです。
孔雀がデザインされた中央の須弥壇の中には、奥州藤原氏の初代清衡、向かって左の壇に二代基衡、右の壇に三代秀衡の御遺体と四代泰衡の首級が安置されています。血筋の明らかな、親子四代の御遺体の存在は世界にもほかに例がありません。
国宝建造物第1号の金色堂は、中尊寺を、また奥州藤原文化を象徴するものです。(国宝) -
金色堂社務所
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沢山のお守りが・・・
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読めない・・・すみません
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中の御本尊
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経蔵
「中尊寺建立供養願文」によると、当初は「2階瓦葺」でした。建武4年(1337)の火災で上層部を焼失したと伝えられていますが、おそらくは古材をもって再建されたものでしょう。当初のあざやかな彩りや飾りは長い歳月によってすっかり洗い流されていて、金色堂とは対照的な趣があります。
ご本尊騎師文殊菩薩(重文)と三方の経棚に納められていた紺紙金字一切経(国宝)は宝物館「讃衡蔵」に移され、新たな騎師文殊菩薩が安置されています。
(重文) -
拝観帰路
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関山天満宮の説明
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関山天満宮の説明
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この山深い場所に有る様子・・・足元が不安定なので拝観せず
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しっかし何でこんな奥に???
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松尾芭蕉の歌碑
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松尾芭蕉さん
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経蔵
「中尊寺建立供養願文」によると、当初は「2階瓦葺」でした。建武4年(1337)の火災で上層部を焼失したと伝えられていますが、おそらくは古材をもって再建されたものでしょう。当初のあざやかな彩りや飾りは長い歳月によってすっかり洗い流されていて、金色堂とは対照的な趣があります。
ご本尊騎師文殊菩薩(重文)と三方の経棚に納められていた紺紙金字一切経(国宝)は宝物館「讃衡蔵」に移され、新たな騎師文殊菩薩が安置されています。(重文) -
中では映像が流れて居ました・・・修復作業の難しさ
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常堂内
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阿弥陀堂
1715年に再建され、本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。蔵王権現(ざおうごんげん)を合祀(ごうし)し、大黒天も安置されています。また1845年に奉納された和算(わさん)の算額(さんがく)が堂内に掲げられています。 -
阿弥陀堂
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白山神社
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能楽堂
古来、卯月初午の日に催行された中尊寺鎮守・白山神社の祭礼では、中尊寺一山の僧侶によって「古実舞(古実式三番)」と「御神事能」が神前に奉納されてきました。現在も毎年5月4日・5日に古実式三番と神事能が中尊寺一山の僧侶によって勤められます。
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能楽堂
この能舞台は嘉永六年(1853)、伊達藩によって再建されたもので、正統かつ本格的な規模と形式の能舞台として、平成15年(2003)に国の重要文化財に指定されました。 -
白山神社の由来
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白山神社
中尊寺の北方を鎮守(ちんじゅ)するため、850年に中尊寺を開いた慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)がこの地に勧請(かんじょう)したと伝えられています。 -
輪くぐり
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茅の輪くぐりと人形祈願
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白山神社
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白山神社の十二支
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弁財天堂
本尊の弁財天十五童子(べんざいてんじゅうごどうじ)は仙台藩主伊達綱村公(だてつなむらこう)の正室仙姫(せんひめ)によって1705年に寄進されたもので、堂は1716年に建立されました。また堂内には千手観音菩薩二十八部衆(せんじゅかんのんにじゅうはちぶしゅう)も安置されています。 -
弁財天堂
本尊の弁財天十五童子(べんざいてんじゅうごどうじ)は仙台藩主伊達綱村公(だてつなむらこう)の正室仙姫(せんひめ)によって1705年に寄進されたもので、堂は1716年に建立されました。また堂内には千手観音菩薩二十八部衆(せんじゅかんのんにじゅうはちぶしゅう)も安置されています。 -
金閣寺本堂を振り返って・・・
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映像(これが金色堂)
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藤原氏初代清衡公と基衡公、秀衡公がミイラと成って眠って居る霊廟だそうです。
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柱の螺鈿細工も素晴らしい(映像)
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出口に有ったインスタスポット
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映像・金色堂は木造家屋に金泊を敷き詰めて作られたそうです
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弁天堂
弁慶堂
表参道沿いには諸堂が点在しますが、ほとんどが江戸時代中期以降に再建・移築されたものです。境内の木々と共に四季折々にいろいろな表情を見せてくれます。
弁慶堂は文政10年(1827)の建立で、ご本尊は勝軍地蔵。古くは愛宕堂と称していましたが、義経・弁慶の木像を安置し、明治以降は弁慶堂と呼ばれるようになりました。堂内の格天井には60種余りの草花が描かれています。 -
弁慶の夏子(行きに学生が集まって居たのは、この写真を撮るためと思われます)
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由来
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不動堂
本堂近くの不動堂は昭和52年建立の祈祷堂です。御本尊の不動明王は1684年、仙台藩主伊達綱村公により天下泰平を祈願し新調されました。 -
不動明王様は、邪を破り、我々の過ちを正してくれる仏様で、少々厳しいお顔をされています。皆様の願い事に応じて家内安全・病気平癒・受験合格・交通安全などの御祈祷をしている不動堂、今日では多くの信者さんを集め一年を通して御祈祷が絶えません。
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東物見台
かなり急な坂を上りきると道は平らになり、右手に眺望が開けます。
遠くにゆるくカーブを描いて流れる大河が北上川、左手から衣川が流れ、北上川に合流しています。平安初期まで、この衣川以北は、中央政府の支配が及ばない「外地」であり、この川が内なる境界となっていました。いにしえの都人の歌にも多く詠まれ歌枕にもなっている、名に知られた衣川です。水田となっている一帯は、前九年の合戦の舞台となった衣川古戦場、また弁慶立往生の地と伝えられています。
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北上川の向こうに望めるのが束稲山。「きゝもせず束稲やまのさくら花よし野のほかにかゝるべしとは」と、平安時代の歌人、西行法師が平泉を訪れた際に詠んだところです。奥州藤原氏が栄えた当時、この束稲山に1万本の桜が植えられていました。
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電車が通って行きました
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八万堂の由来
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帰りは裏道を降りて来ました~~お蕎麦屋さん美味しそう!!
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長者原サービスインターで「休憩」したのですが・・・
長者原サービスエリア レストラン グルメ・レストラン
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高速道路から降りる事無く泊れる宿(旅籠屋さん)が有るのを始めて見ました!!
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ネクスコロッジと調べると出て来るのかな?
高速道路上で無かったですが、私が過去に泊まった旅籠屋さん口コミ
https://4travel.jp/dm_hotel_tips/14959117 -
宮城県観光マップ
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観光マップ
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観光マップ
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この日のお宿は「叶いや」さん
ただこの日、お夕飯時間が2部制だけど、19時半からしか空きが無く、この後コンビニを探した・・・飯坂温泉 温泉
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建物
探しに出て・・・傘持って居たが強風でビショビショに成り最悪だった(´;ω;`) -
入口(駐車場が遠いので、駐車場とホテル前を往復する車が出ています)
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お部屋には既にお布団が退いて有りました・・・
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室内
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タオルは大浴場へも持参
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冷蔵庫はカラ
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洗面台
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トイレは個室
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お風呂もセパレーツです(大浴場が有るので)が使わなかった
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お夕飯はバイキング
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そうして~~飲み放題・・・だけど、お腹空いて我慢できずに、コンビニで買って飲んだ後なので、あんまり嬉しく無かった。。。
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レストラン内
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朝もバイキング
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レストラン内
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お部屋の下は川が流れて居るのですが、手すりが老朽化で危ないので、これ以上覗けません・・・
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駐車場から望む叶いやさん
~~長くなりましたが、お付き合い頂きありがとうございました~~
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