2023/07/02 - 2023/07/22
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マリアンヌさん
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ヴィチェンツァからガルダ湖半に移動。前回は東岸のマルチェ-ジネや人気の観光地シルミオーネなどに行ったので西岸に行こうと探していたら、作家のガブリエレ・ダンヌンツィオの邸宅がガルドーネ・リヴィエラにあることを知り出かけることにしました。
7/3 ヴェローナ
7/4 ヴェローナ
7/5 ボルゲット,ヴェローナ
7/6 ヴィピテノ
7/7 キウーザ,ボルツァーノ
7/8 チロル城,カステルロット
7/9 トレント
7/10 サン・ロレンツォ・イン・バナーレ,トレント
7/11 トレヴィーゾ
7/12 アーゾロ,バッサーノ・デル・グラッパ
7/13 ヴィチェンツァ
7/14 サン・ボニファッチョ,ヴィチェンツァ
7/15 ガルドーネ・リヴィエラ,デゼンツァーノ・デル・ガルダ
7/16 コモ
7/17 ベッラッジョ,メナッジョ
7/18 トレメッツォ,レンノ,ベッラッジョ
7/19 ヴァレンナ,ベッラーノ
7/20 ミラノ
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宿から荷物を引いて徒歩でヴィチェンツァ駅へ。
ホームでバニーちゃんの耳を付けたラガッツォを見てたら、こっちへおいでよと彼ら。「大学卒業?」と聞いたら「結婚だよ」とのこと、独身最後を友達同士で祝うアレですよね。Auguri ! と声をかけたら一緒に写真を撮ろうと言われパチリ。
ストライキは今日までとのことで心配したが電車は来てヴィチェンツァ発8:58
ヴェローナ・ポルタヌォ-ヴァ9:43のはずが、またも遅延。ヴェローナ駅のバールで時刻表チェックして、結局デゼンツァーノ・デル・ガルダに到着したのは1時間遅れだった。
ホテルに荷物を置いて徒歩13分ほどのバス停まで突っ走った。
ところがいくら待ってもバスが来ない。ガルダ湖半の一本道が渋滞していたのだ。 -
もうこうなったら時刻表なんて関係ない、バスが来たら乗るだけだと腹をくくる。
幸いにして今日は僻地の村へ行くのではなくて観光地ガルダ湖、本数もあることだし、まぁ大丈夫でしょ。
結局乗り換えのサロでもバスが遅延してガルド-ネ・リヴィエラに着いたのは、13:30頃だった。 -
バス停から坂道を登っていくとブーゲンビリアや何故かイタリアで見るとお洒落な夾竹桃が咲いていた。
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坂道を登ること20分ほど、今日の目的地La Prioriaに到着。
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アーチの窓からガルダ湖が望める。
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こうしてブーゲンビリアが咲き誇る季節にイタリアを旅するのは久しぶり。
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ガルダ湖に来るのは5年ぶり。
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La Prioria
ガブリエレ・ダンヌンツィオの最後の家であり、比類のない室内装飾家としての彼の好みに従って、家具と装飾が施されている。 -
そしてこの場所は、ヴィットリアーレ デッリ イタリアーニ とも呼ばれ、プリオリア と呼ばれるダンヌンツィオの邸宅、円形劇場、丘の中腹に設置された防護巡洋艦プーリア、霊廟などで構成されているそう。
広大な敷地に多様なものを見ることが出来たけど暑くてあまり歩き回れなかった。 -
この日の夕方ホテルに戻ったとき、何処に行ったのですか?と聞かれ、ダンヌンツィオの家と答えたら気ちがいみたいでしょと言っていた。
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正直、 ダヌンツィオについては、ファシストに関係して三島由紀夫に影響を与えた文学者程度しか知らなかった。
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改めてダヌンツィオについて
wikiより
「1863年ぺスカーラに生まれ、16歳の時に最初の詩集を出版。
以後その生涯において、膨大な作品を生み出したと同時に、彼の生き様、その英雄的な生涯が単なる詩人、作家という枠を超えている。
第1次大戦に参戦もし、軍の功労賞も受け、ヴィスコンティの映画イノセントは彼の作品が原作とのこと。」 -
入場するときにガイド付きの館内ツアーを予約して、時間になったら集合場所へ。
荷物はコインロッカーに撮影も禁止でした。
ガイドは英語かイタリア語、私はいずれにしても理解不能です(汗)
以下は購入した絵葉書です。 -
第一次世界大戦で片目の視力を失ってしまったために光に耐えられなかったそうで、室内は薄暗い照明になっている。外のイタリアらしい太陽の光に比し対照的で彼のバロック趣味が強調されている。ブルーのバスタブがある。
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ダンヌンツィオは細部にまで細心の注意を払ってヴィラを設計、建築したそう。
絵葉書には、アポリーノ(青年神アポロン)のベランダとある。 -
絵葉書のタイトルは、Monco(不完全な?)ライティングデスク。
書斎と思われる部屋だけど、蔵書は多くの部屋に溢れていた。 -
食堂。
天井が鮮やか過ぎて私などは、落ち着けないね。
Cheliの部屋とあり何だろうと思ったら、ケーリというのは、テーブルの一番手前に乗っている大きな亀の名前で、彼女は実際に庭園の池に住んでいたのが、食べすぎで消化不良を起こし死亡。実際の彼女の甲羅に胴の手足をつけて貰い、食堂のテーブルの上にとのこと。 -
上:Ledaの部屋とある。
バレエリュスのバレリーナだったニジンスキーのようなトルソーが印象的。
下:世界地図の部屋
彼の頭の中さながらの蔵書の量に圧倒される。
彼が死を迎える20年近く住んだ当時をそのまま残した館の中は、生々しいほど雰囲気がある。 -
上:遺物の部屋
教会の宝物にあるような聖体顕示台のような物や東洋の仏像らしきものなどカオス。
下は音楽の部屋。
重いカーテンの後ろで最後の恋人ルイザ・バッカラの演奏を聴くのが大好きだったそう。 -
上:オフィス
馬像やサモトラケのニケみたいな像がある仕事部屋?
エレオノーラ・デゥーゼ・Eleonora Duseの像や肖像画もあるそう。アーゾロで彼女の家を見たなぁ。
下:La ritirata della Marionette 直訳すると人形の退却?的な感じなのだけど
確か女性の部屋と聞いた気がする。 -
部屋はもっと多数あり購入した絵葉書分だけ紹介させて頂きました。
とにかく凝縮されたすごい世界観であり、カオスでありながらひとつの精神性に貫かれているようでインパクトが強い館だった。
アンティーク好きな私としては、遠からずの趣味も感じるけど暗いし、凄すぎです。
ガイドツアーが終わり、ここだけは撮影できた。 -
野外劇場。
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アマルフィ海岸のラヴェッロやシチリアのタオルミーナ同様、海や湖を望むエンターテイメントって素敵でしょうね、見たことないけど。
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巡洋艦も見えるし、ローマの円柱も林立してるし…庭園部分も広い。
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勉強不足で…
国際的な作家で、日本でも森鴎外や夏目漱石などの明治の文豪達に影響を与え、またプルースト、三島由紀夫を魅了したという。
一方で、第一次大戦参戦をめぐる過激なナショナリストとしての運動は、「ファシズムの先駆者」ともいうべき存在であり、ムッソリーニに強い影響を与えたという。
好きなヴィスコンティのイノセントの原作者とは知らなかった。 -
この日も暑くて、滝のところで飛沫を浴びたり、日影を少々散策して終わりにした。
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周辺を散歩してると、こっちにも行けそう。
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井戸といい修道院のよう。
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2階の回廊の木造部分などホントにこだわり満載の建築だよね。
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買付したであろう雰囲気あるオブジェ。
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ここにもブーゲンビリア、きれいだね。
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暑いけど晴れ女効果に感謝、曇天だと全然イメージ変わっちゃうもんね。
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想像以上にカオスな館だった。ダヌンツィオの作品や日本の作家への影響など知的好奇心を刺激された。
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こちらのピッツェリアで一休み。
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小さな教会を覗いた。
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そして坂を下っていくと鐘の音が響き渡り…
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イチオシ
覗いてみたら結婚式だった。後ろ姿が素敵な彼でした。
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帰りは往きよりは順調にバスでサロで乗り換え、デゼンツァーノ・デル・ガルダに17:30頃帰ってきた。
ホテルにチェックインして部屋に預けていた荷物を入れ、再び出発。 -
デゼンツァーノ・デル・ガルダを訪れたのは二度目。前回はシルミオーネ観光後、フェリーで訪れたが宿泊は、ペスキエーラ・デル・ガルダだった。
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いかにも湖畔の観光地らしく良い雰囲気。
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私には縁がないけどボートがたくさん係留されている。
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名前は知らないのだけどよく見かける窓辺のブルーの花が好き。
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イタリアらしいカラフルな椅子。
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ミントブルーの建物がいいね。
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通りをのんびり散歩。
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ヴェネツィアンゴシックっぽい建物が素敵。
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入りやすそうなリストランテを物色しながら歩く。
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結婚を控えて独身最後を友達で祝うアレ、そこここで見られた。
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暮れなずんできて賑わってきた。
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こちらのリストランテ、室内席ならと入れてもらった。
タコとリゾットだったかな。 -
食後の散歩を楽しんで…
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ホテルに戻りました。
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そして翌日、朝食をいただいて駅まで10分ほど歩きます。
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デゼンツァーノ・デル・ガルダのホームで電車を待っているとお洒落なカップル発見、素敵なオトナ。
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順調に出発した電車、川にかかる橋の上で20分以上も停車。十分なアナウンスもないまま、なんとブレシアまで逆行、えっ!私進行方向に座ってたよね?
その後、乗り換えホーム案内のアナウンスが入り、荷物を引きずり乗車した。
思うにトレニタリア全体が遅延した結果、私が乗っていた電車がキャンセルになったものと思われる。次の電車が全席指定だったので適当に乗車することが出来ず、窓口へ。状況説明して番号札をもらい、待つこと1時間。はぁー! -
結局コモには、2時間ほど遅れて到着。駅から歩くこと15分弱、今日の宿に到着。
教えてもらったコードで入り、かっこイイエレベーターでレセプションへ。 -
今晩お世話になるスタイリッシュな宿。ちょっと贅沢だけど1泊くらいはネ☆
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下の右側の絵が描いてあるところが、水回りのドア。
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サウナにもなるシャワールーム。紫のライトアップは?だけど(笑)
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立地はドゥーモ前と最高です。
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早速、出かけましょ。
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ドゥーモのファサード
ミラノ大聖堂の建設から 10 年後の 1396 年に建設が始まり、イタリアで建てられた最後のゴシック様式の大聖堂と言われているそう。 -
コモ湖へ。
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少し歩くとすぐコモ湖。
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さすが有名な観光地コモ、立派なホテルが多い。
もうひとつ鉄道駅があった。 -
翌日はバスで移動と思っていたけど、少し割高になるけど船で行こうかなと船着き場でチェック。夕方でも切符購入する人々が並ぶ中、職員と思われるラガッツォに時刻表は?と尋ねたら胸ポケットからサッと出して時刻表を下さった。フフ‥なかなかスマート。
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ドゥーモ広場へ戻ろう。
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立派な建物のマグドナルド。今回の旅ではマックはまだ利用していない。
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Chiesa di San Giacomo
残念ながら改修中だった。 -
塔とロッジアは少し古い時代のもののよう。
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まずはドゥーモからと入口を探すとサイドからだった。
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こんな装飾のある入口から入ります。
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内部へ。
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このライオンはロマネスクっぽい。
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この子も。
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中央祭壇。
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拡大して。
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薔薇窓。
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古そうなタペストリー。
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こちらにも。
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保存状態も良さそう。
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ステンドグラス。
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思っていたより古い時代のものが見れなかった。
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別の通りへ。
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サン・フェデーレ広場へ。
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喉が乾いてバールで一休み。
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Basilica di San Fedele
ネオロマネスク様式のファサードは、1914 年に修復されたそう。
入ってみましょう。 -
7世紀頃、この地にあった初期キリスト教会のサンテウフェミア司教座教会が前身とのこと。11世紀半ばから建設が始まり、1120年に完成したロマネスク様式の教会だが、完成時に奉献する聖人を聖フェデーレに変えたとのこと。
ちょっとラテン十字っぽい3身廊。 -
祭壇。
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スタッコに覆われて。
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玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ 1504年
ジョヴァンニ・アンドレア・デ・マジストリス(1460‐1532) -
右のほうに行くと。
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詳細不明ですが。
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古くはなさそうだけど、なんか神秘的。
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お礼に捧げられたお札的なハート。
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柱頭も修復を重ねているせいか、それほど古そうには見えない。
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13世紀のフレスコ画
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マンドルラの聖母。柱にも聖人。
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キリストの洗礼(1765‐67)
カルロ・インノチェンツォ・カルローニ(1687‐1775) -
後陣が素敵。
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ドラゴンの扉。
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龍の扉の柱。これはロマネスクかな。
この教会は、なかなか素敵でした。 -
ポルタ トッレ、要塞だったよう。
本当はもうひとつ教会に行きたかったのですが、残念ながら時間切れ。
電車遅延しちゃいましたから。 -
ドゥーモをサイドから。
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戻って来ました。
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椅子がお洒落だね。
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ロッジアも暮れなずみ…
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泊まっている宿、ピンクの照明になっている。
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マジックアワーの広場は艶っぽい。
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クーポラが夕空に映える。
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湖畔の夜景。
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光が反射してきれい。
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コモはやはり夜になっても観光客が多い。
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広場に戻って。
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リストランテで食事をすると2時間くらいかかるので、今晩はこの部屋でまったりしたくてテイクアウトしました。
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鏡にベッドの後ろの女性の顔が映るようになっている。
明日はベラージオに向かいます。
Buona notte☆
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この旅行記へのコメント (6)
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- PuellaApuliaeさん 2023/09/12 01:32:30
- ダンヌンツィオのヴィットリアーレ
- こんばんは。いつも最高に美しい写真ばかりで、拝見するのが楽しみです。どうやったらあんなにきれいに撮れるのでしょう。うらやましいです。
ダンヌンツィオのヴィットリアーレに行かれたのですか。私も以前から行こうかなと思っていたのですが・・・写真を拝見して、ホテルの人と同様にpazzesco!という感想を抱きました。彼の小説は「死の勝利」を二回読んだのですが、耽美派は好みに合わずだめでした。耽美派のくせに右翼アクティビストで、「未回収のイタリア」を回収してやると私兵率いてリエカ(フィウーメ)占領してしまったpazzoです。三島が好きなのもうなずけます。ダンヌンツィオは女性が好きだったのでそこは違いますけど。
お写真のおかげでどのようなところかわかったので、私は行かなくてすみそうです。
- マリアンヌさん からの返信 2023/09/12 16:15:37
- RE: ダンヌンツィオのヴィットリアーレ
- いつもご覧いただき、ありがとうございます。
いえいえ最近のスマホは良く撮れるようになって、ミラーレスとか憧れてたのですが重いからもういいかって感じです。
いい加減に立てた旅程上、ガルダ湖半で一泊かなとダンヌンツィオのヴィットリアーレに行ってみました。
PuellaApuliaeさんほど造詣が深くなく、単に三島由紀夫が影響されてたよな位の興味で行ったのですが、館はまさに彼の頭の中のような、一般人にはpazzescoな様相でした。
彼の小説、読んだことがないので一度トライしたいと思います。
耽美派のくせに右翼アクティビストで、「未回収のイタリア」を回収してやると私兵率いてリエカ(フィウーメ)占領してしまったpazzoです。三島が好きなのもうなずけます。ダンヌンツィオは女性が好きだったのでそこは違いますけど。
☆勉強不足で文学者でありながら、フィウーメ併合に武装蜂起とは知りませんでした。三島が、虚弱だったこと、戦争にも行けなかったこと、自衛隊突入の最後を思うと感じるところがあります。昭和近代史は難しい時代背景で私の父も志願兵として参戦してるのですが、もっと学ばないと思います。
第一次世界大戦前後の西欧も今回訪れたトレンティーノ・アルト・アディジェとハプスブルクのオーストリア、まさにリエカなども含めた未回収のイタリア、同様に国家統一が遅れた
ドイツなど複雑な歴史で満ちてますよね。
確かに三島と違い(逆に?)かなり女性好きだったようですね。イタリア人らしい?
お写真のおかげでどのようなところかわかったので、私は行かなくてすみそうです。
☆アハハ 絵葉書のせちゃいましたけど十分かと思います。
マリアンヌ
- PuellaApuliaeさん からの返信 2023/09/13 01:36:20
- Re: ダンヌンツィオのヴィットリアーレ
- お返事ありがとうございます。
私もスマホ写真なのにこの差は何・・?といつも拝見するたびに思っているのです。
ダンヌンツィオのフィウーメ併合、国際社会から非難を浴びたイタリア政府にとっては余計なことをやってくれたなとしか思われず、結局ジョリッティ政権によって派遣された軍に追い散らされてしまったのです。その後ふてくされて隠居したのがこのヴィットリアーレでした。
ところで余分な情報ですが、イタリアの黒歴史の場所サロはこのすぐ近くです。ムッソリーニがナチスに救出された後に作られたナチ傀儡政権のサロ共和国(短期間しか続かず・・)の本拠地ですが、イタリア好きとしてはこういう黒歴史場所には知っていても行きたくないですよね。
ではご旅行記の続編をお待ちしております。
- マリアンヌさん からの返信 2023/09/17 20:18:21
- RE: Re: ダンヌンツィオのヴィットリアーレ
- ところで余分な情報ですが、イタリアの黒歴史の場所サロはこのすぐ近くです。ムッソリーニがナチスに救出された後に作られたナチ傀儡政権のサロ共和国(短期間しか続かず・・)の本拠地ですが、イタリア好きとしてはこういう黒歴史場所には知っていても行きたくないですよね。
☆レスが遅くなってしまって…
サロがムッソリーニ関係の地ということはわかっていたのですが、何となく行く気にならずダヌンツィオを選択しました。ヒトラーに比べてムッソリーニについて無知です。
つい古いものばかりにロマンを感じて訪れてますが、近代史も興味を持たないとと思います。
マリアンヌ
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- クリスさん 2023/09/09 21:40:07
- Basilica di Sant'Abbondio
- 聖アボンディオ聖堂、てっきり教会に行くためにコモに行ったと思っていたのですが、行かれなかったのですか?
この教会はロンバルディアを代表するロマネスク教会のひとつです。城壁の外、消防署の近くにあるので、コモ観光では行かない方が多いので仕方ないかな。
市内のロマネスク教会ではここが一番で、二番目が聖フェデーレ教会です。聖フェデーレは内陣奥のアーチがロマネスクの遺構を最も残しています。私はこの教会に行った時はミサの最中で聖歌隊席が写真に撮れなくて残念な思いをした記憶があります。そしてドラゴンの扉はロマネスクの良い作品ですね。
- マリアンヌさん からの返信 2023/09/12 14:37:14
- RE: Basilica di Sant'Abbondio
- クリスさん
コメントいただき、ありがとうございます。
そうなんです。聖アボンディオ聖堂行くつもりだったのですが、順番を間違えました(泣)
まず、翌日のバス停を探しに湖畔をうろつき、やはりフェリーで行くことにして、遠くから行けば良かったのですが、ドゥーモ、聖フェデーレ教会から行ってしまって気付いた時には閉館時間になっていました。
この日は2時間の交通遅延で立ち並んだり、連日猛暑の中、歩き続けて少々疲れが出て、外壁だけでも見に行く気力も出ませんでした。宿で夕食を済ませて22時過ぎに近くを散歩するのがやっとでした。
コモならミラノから近いので、いつかリベンジしたいと思います。
聖フェデーレは内陣奥のアーチがロマネスクの遺構を最も残しています。
☆なるほど!アーチ、とても良い雰囲気でした。
そしてドラゴンの扉はロマネスクの良い作品ですね。
☆ありがとうございます。南イタリアなどは、残存感があるのですが、北はその後繁栄してるので迷います。
マリアンヌ
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