2022/12/14 - 2022/12/17
287位(同エリア1501件中)
まつじゅんさん
- まつじゅんさんTOP
- 旅行記684冊
- クチコミ1121件
- Q&A回答61件
- 899,185アクセス
- フォロワー160人
この旅行記のスケジュール
2022/12/16
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
『名探偵コナン 関門海峡ミステリーツアー』Ver.4です。
Ver.3(2日目前半)は門司港エリアを歩き、美味しいホテルランチから展望台まででしたが、後半は海路で関門海峡を渡り、下関に上陸しました。
初日にカモンワーフでランチタイムでしたので、今回はぐるりんパスを使って、海峡ゆめタワーから赤間神社、壇ノ浦古戦場から関門海峡人道トンネルを県境まで進み、バスで下関に戻り山陽本線で海峡を越え、小倉駅に戻りました。
夕食は駅ビルで、中華料理を頂いてホテルに戻り、快適な部屋で夜景を見ながらゆっくりと、19時過ぎの出発迄の盛り込み計画を考えながら、夢の中に入りました。
早いもので、もう明日が最終日。
下関エリアは本日が最終となりましたが、長府も結構近いことが分かり、海響館や唐戸市場等、泣く泣くパスした場所もありますので、また山口側をゆっくりと訪れたいな、と思いました。
2日目行程:
小倉・・JR・・門司港駅→関門海峡ミュージアム→プレミアホテル門司港(ランチ)→門司港レトロ(跳ね橋)→門司港レトロ展望室→関門汽船→海峡ゆめタワー→赤間神社→壇ノ浦古戦場→関門人道トンネル→下関・・JR・・小倉
Ver.4 2日目の後半スタートです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス レンタカー 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
関門海峡の移動は、別途関門海峡移動編(仮称)で纏めたいと思いますが、下関側の到着場所はカモンワーフの桟橋です。
水深が浅く、潮目が1日4回も変わる速い潮流の中、1日500隻以上の船が通過する海の大動脈を、豪快に横切って進んできました。
関門海峡の名の由来は、両岸の地名である、馬関と、門司を取ったものです。
穴戸海峡、馬関海峡、下関海峡とも呼ばれているようです。 -
カモンワーフがある唐戸エリアを中心に、下関にはレトロな洋館が多数残っています。
館内が一般開放されているのは3棟で、下段右の「旧秋田商会ビル」下段左(上段右)の「下関南部町郵便局」です。
上段左が「旧下関英国領事館」で、日本で3番目に設置された現存する最も古い英国領事館で、1906年8月の完成で、2008年12月より約5年7ヵ月保存修理工事を実施し、2014年7月から再公開されています。重要文化財旧下関英国領事館 名所・史跡
-
カモンワーフからバス移動して、ぐるりんパスで入場できる「海峡ゆめタワー」に向かいます。
JR下関駅に向かうバスは、殆んど停車する豊前田バス停から徒歩5分チョットの距離ですが、バス停には施設名が冠されていないので、運転手さんに聞いて何とか辿り着くことが出来ました。海峡ゆめタワー 名所・史跡
-
このタワーは高さ153mで、関門海峡のランドマークで、西日本で最も高いタワーとの事です。
1996年7月オープンの、会議場や企業オフィスが入っている、海峡メッセ下関の一部で、設計はNTTファシリティーズ、施工は竹中工務店です。
建物の最上部には、3層からなる直径21mの展望台があり、頂上球形ガラス張りの展望室は世界初で、市街と関門海峡のパノラマの景色を眺めることができます。 -
1961年に東京タワー、通天閣、名古屋テレビ塔の3塔で発足した、全日本タワー協議会に所属していて、現在19のタワーが所属しています。
それぞれの街のランドマークとして、活動しているようです。
イメージキャラクター「ゆめたん」も、COVID-19の試練に耐え、マスク生活をしているようです。 -
28階の展望室からは、360度のパノラマを見渡すことが出来ます。
ガラス面には、子供目線で山の稜線や建物の形、名称が表示されていて、沖合に浮かぶ小さな島が、「武蔵と小次郎の決戦」舞台となった、有名な巌流島のようです。
29階の景観を生かし2015年2月に「イタリアンレストラン トゥエンティナイン」が開業されたようですが、1年一寸で閉店、現在はリフレッシュコーナーとなっていますが、展望レストランの経営は難しいようですね。 -
宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われたとされる、巌流島の正式名称は「船島」で、「厳流」を名乗っていた小次郎が決闘に敗れ、この島に残されたことから巌流島と呼ばれるようになったようです。
2003年に公園として整備される際に、宮本武蔵と佐々木小次郎の銅像が建立されたようですが、決闘の際武蔵が遅れて到着したという伝説に習い、小次郎像が2002年12月、武蔵像は2003年4月に建立さたそうです。 -
海峡ゆめタワーは、2006年10月1日に山口県では初めての「恋人の聖地」に認定されました。
恋人達が訪れる事で幸せになれる、素敵なデートスポット「恋人の聖地」で、28階展望室には、お願いすると恋愛が成就するといわれる「縁結び神社」がありました。
また、ゴールドのハート型南京錠が販売されていて、にメッセージ等を書いて、ラブネットに着ける事で、大切な人との「絆」をカギで「ロック」できるようになっています。 -
海峡ゆめタワーを出て、唐戸方面に戻り、赤間神社に向かいます。
赤間神社は、壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇を祀る神社で、前身の阿弥陀寺は859年に開闢、1191年勅命により御影堂が建立され、江戸時代までは安徳天皇御影堂として、仏式により祀られていました。
廃仏毀釈により神社となり、1940年赤間神宮に改称しました。
旧社格は官幣大社で、海に面している事から、海からのパワーを頂ける神社として有名で、水にまつわるご利益が多く、水難守護や水商売繁盛、水と海の恵や漁業に加え、安徳天皇にまつわるご利益として、子供の守護や子孫繁栄、安産祈願や子育大願のご利益もあると言われています。
また、こちらには平家一門を祀る塚があり、「耳なし芳一」の舞台と言われています。 -
赤間神宮の入口に建つ、水天門(神門)です。
太平洋戦争で焼失後、1958年再建の竜宮城を模した竜宮造の楼門となっています。
「水天」とは、安徳天皇が水天宮の祭神とされる事によるようで、安徳天皇と一緒に入水した祖母が、「今ぞしる みもすそ川の おんながれ 波の下にも 都ありとは」という歌を詠んだと伝わっています。
意味としては、「海の底にも都があります。」と幼い安徳天皇が少しでも怖がらないようにとの事でしょうが、安徳天皇を偲び、煌びやかな都がイメージできるような竜宮造りの門を造った、と謂われています。
太鼓楼の前に巨大な絵馬が飾ってありました。 -
この獅子一対は、中国大連の花崗岩を現地で彫上げ、1995年10月1日に奉納されたものです。
右上の玉を手にする方が父獅子、右下の子獅子を押さえている方が母獅子で、口中の玉は石彫の過程で仕上げたとの事で、頭から台座まで見事な出来映えの獅子です。
有栖川宮幟仁親王殿下が書かれた、大きな額が掲げられていました。
下世話な話ですが、寄付金の額から当時の価格は500万円という事です。 -
水天供養塔と拝殿前に配置されていた1対の狛犬です。
左上が吽形で左下が阿形となっています。
クワッっと口を開けている、阿形の表情が良いですね。
どちらの狛犬も、胸板が厚くムキムキの胸筋廻りが強そうですね。
水天供養塔は1950年に建てられたもので、戦時中に水没した人々の供養塔となっていて、水没者を水天皇の元で供養したもののようです。
台座の中には、水没者の名前を記した小石が、納められているそうです。 -
外拝殿は大安殿と呼ばれており、奥に内拝殿があります。
外拝殿と内拝殿の間には、緑の池が広がっていて、数え6歳で入水した安徳天皇を祭る神宮らしい造りになっています。
内拝殿の先には小さな祝詞殿があり、その奥に神殿があるらしいです。 -
耳なし芳一堂です。
堂内には、押田政夫氏の作による芳一像があり、耳が無いのでアクセントの無い丸い可愛い顔で、平家の亡霊に耳を奪われた後、平家の亡霊を弔った後の穏やかな「耳なし芳一」を表現していると言われています。
耳なし芳一の伝説は、誰もが知っている(怖い話)と思いますが、改めてパンフレットの「伝説 耳なし芳一」を読むと、非常に解りやすく書かれていて、成程こういう話だったのかと、勉強になりました。 -
水天門から関門海峡を見ると壇ノ浦も見渡せます。
屋根の大棟両端に鴟尾を飾り、門の両脇に回廊が延び、鉄筋コンクリート造で上層の軸部等は木造で、腰組には人字型割束を配する等、古典的意匠でまとめられています。
この特異な形式と鮮やかな色調で、関門海峡のシンボルとなっている事が評価され、2021年「赤間神宮水天門及び回廊」が、登録有形文化財(建造物)として登録されました。 -
次に向かったのは壇ノ浦古戦場。
バスに乗ったのは良いのですが、路線図を見ても壇ノ浦とあるバス停は一つ。。。。
ここだと思い込んで、赤間神社から一停留所の「壇ノ浦」で下車。
壇ノ浦古戦場と言う看板があったので、テクテク歩き始めますが、500m以上の距離があり、どうやら間違ったようです。。。
関門橋に向かって歩いていると、左手に立石稲荷大明神という赤い鳥居が、山に向かって並んでいました。
1184年、屋島の合戦で敗れた平家が敗走した際、立石稲荷神社前の海峡で伏見稲荷の分霊を乗せた軍船が沈没し、ご神体はこの地に留まり海峡の守護神となったといわれているようです。
境内には平家の無縁供養塔があり、立石稲荷の正面の海中に烏帽子岩という注連縄が掛かっている石があり、これが立石稲荷のご神体と言われています。立石稲荷神社 寺・神社・教会
-
どうも、降りる停留所間違ったみたいだね、と言いながら、今更戻る事も出来ないので、先を急ぎ歩きます。
関門橋を下から見る機会は余り無いね、と奥様に負け惜しみを言いながら、20分近く歩いてようやく壇ノ浦古戦場に到着です。壇之浦古戦場跡(みもすそ川公園) 自然・景勝地
-
壇之浦古戦場跡は「みもすそ川公園」になるようです。
目の前にバス停がありました。。。
1185年に、源氏と平家による「壇之浦の戦い」が起きました。
合戦は「早鞆の瀬戸」と言われる、関門海峡の幅が最も狭く、潮の流れが激しい壇ノ浦で、この戦いで敗戦を覚悟した二位の尼は、8歳の安徳天皇を抱き入水しました。
この時に、二位の尼が読んだ辞世の歌から「みもすそ川」という地名が生じたといわれているようです。
バス停間違いで、余分な時間がかかり、火の山ロープウェイにも乗って見たかったですが、またの機会といたします。
このバス停は御裳川、関門人道トンネルの出入口もあるのですが、それもバス停からは良く分かりません。
壇ノ浦古戦場跡・人道トンネル口っていう事を、バス停で分かるようにして欲しいです。みもすそ川公園 公園・植物園
-
下関市の彦島が平氏の拠点であり、すぐ近くの壇之浦において船での戦いが「壇ノ浦の戦い」で、源平最後の合戦となりました。
初めは平氏が優勢でしたが、その後潮の流れが変わり、源氏が有利になっていったと伝えられています。
この像は、源義経と平知盛が戦う姿で、2005年に放送されたNHK河ドラマ「義経」で、主演の滝沢秀明さん、中越典子さん等の出演者の手形も展示されています。 -
また、みもすそ川公園には、幕末の「下関戦争」で使用された、長州砲のレプリカも展示されています。
この公園は、長州藩の砲台跡で、全部で5つの大砲が関門海峡に向けられています。
下関の歴史における、貴重な場所なんですね。 -
公園に隣接している「関門人道トンネル」を、県境まで歩き(この関門海峡の移動は、別途関門海峡移動編(仮称)に纏めます。)
御裳川からJR下関に向かいます。
関門海峡沿いをバス移動したのですが、車内でバス路線図を見ていると、思いの外長府まで近いことが分かりました。
この「名探偵コナン 関門海峡ミステリーツァー」で、長府に行くのもアリだったなと思いました。
明日は小倉市内と若戸大橋を見たいので、ちょっと難しいですが、今後の計画の参考にさせて頂きます。下関駅 駅
-
JR下関から、電車が関門海峡を通過する際の電圧変化等を楽しみながら、山陽本線、鹿児島本線で門司経由、小倉駅に帰着しました。
今晩の夕食は、小倉駅の「AMU KOKURA」西館6階の「紅虎餃子房」で頂きます。
我が家近くのイオンモール伊丹にもあるお店ですが、ランチをしっかり頂いたので、クーポン使用で軽く頂く事としました。
とは言いつつ、私は天津飯食べたい、奥様はエビマヨや半チャーハン、点心に油淋鶏にスープが付いたセットを発注。
プラス餃子も欲しいよね、という事で、全く軽くない夕食となりました。
お腹一杯となり、腹ごなしに少し小倉駅周辺を散策し、ホテルに帰着。
夜景を見て心を静めながら、2日目の反省会をして熟睡いたしました。
無事、2日目終了です。紅虎餃子房 アミュプラザ小倉店 グルメ・レストラン
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
まつじゅんさんの関連旅行記
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
下関(山口) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
22