2022/11/28 - 2022/11/28
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2022/11/28
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男鹿半島で蟹を堪能して秋田のお酒も楽しんで、いい気分でバスに乗り込みます。ここからはまず八郎潟の中を縦断しますが、小学生の社会科で学んだ八郎潟の干拓地の中を走るのは不思議な気分でした。昨年の12月には羽田から函館に向かい飛行機から雪に埋もれた八郎潟を眺めましたが、1カ月ほど早いのでまだ晩秋といった雰囲気でした。ただ、たくさんのカモなどの渡り鳥が冬が近いことを教えてくれます。八郎潟を越えると五能線に沿って海岸線を北上します。本来のツアーでは五能線にも乗るはずでしたが、8月の大雨の影響で一分不通になったままで、乗ることが出来なくなっていました。そのお陰で列車の時間の縛りが無くなって、「なまはげ館」を見学することが出来たのかもしれません。途中「あきた白神駅」の前にある「八森いさりび温泉」で休憩がありました。ここは以前にテレビの番組で観て着てみたいと思っていた場所でした。残念ながら温泉に浸かる時間はありませんでしたが。この日最後の観光は「千畳敷海岸」でした。夕暮れの海岸を散策すると大町桂月の碑を見つけました。大正時代の旅行かですが、この数カ月の旅で偶然にも彼の足跡を訪ねていました。青森の仏が浦も前の週に行った北海道の層雲峡も彼が名付けた地名でした。バスは津軽平野に入り、岩木山が右手に見えてきました。下北半島と津軽半島の旅でも見た懐かしい山の姿です。「遠野物語」を書き残した柳田国男についても先日の遠野の旅で学びましたが、岩木山の安寿姫と山椒大夫について書かれていたことを思い出しました。日も暮れかかった頃に津軽平野のど真ん中の様な稲垣温泉の一軒宿の「ホテル花月亭」に到着しました。近くに酒屋が見えたのでチェックインした後に覗いてみました。缶チューハイとビールを買いに出たのですが、搾りたての七郎兵衛という日本酒も買い求めました。店の若奥さんと少し話をしたのですが、「この景色も明日までで明後日から雪になり、春までこの辺りは雪に覆われるんですよ。」という言葉が心に残りました。翌日の晩には東京へ戻りましたが、天気予報で東北と北海道が雪に覆われたと知りました。ホテルの夕食は会席料理でしたが、地産の料理が並びとても美味しかったです。そして温泉にもゆっくり浸かり、早めに寝たせいか翌朝も早くに目が覚めてしまいました。まずは温泉に入って、表に散歩に出てみました。岩木山を眺めていると遠くから白鳥の鳴き声が聞こえます。それもものすごい数です。その声に誘われるままに歩くと一本タモと呼ばれる巨木があり、堤を越えると声はさらに大きくなります。田んぼの畦道を歩きますが岩木川には近づけません。さらに歩くと岩木川河川公園に入り、その先の藪の中に入るとようやく川辺が現れ、優雅に泳ぐ100羽近い白鳥を見ることが出来ました。
岩木川を泳ぐ白鳥の先には岩木山がきれいに見えました。この景色の美しさは忘れられませんが、時間も無くなってきてホテルに戻りました。まだ時間があったのでもう一度風呂に入って汗を流し、美味しい朝ご飯を食べてからホテルを出発しました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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「道の駅OGARE」を午後1時前に出発して、バスは八郎潟干拓地の中を走ります。
道の駅おが なまはげの里オガーレ 道の駅
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グーグルマップで位置を確認すると干拓地を縦断して能代に抜けるようです。
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刈入れの終わった田んぼは渡り鳥の休憩場所になっています。
八郎潟干拓地 名所・史跡
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オナガガモたちは落ち穂を食べているようです。
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それ以外にもマガモやコガモ等のカモ類、マガンなどが羽を休める場所のようです。
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物凄い数の鳥たちが車窓を流れていきます。
八郎潟 自然・景勝地
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空を見上げると編隊を組んだ鳥たちの姿が見えます。
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雁行という言葉が当てはまるような編隊です。場所柄なのか雁風呂(がんぶろ)の伝説を思い出しました。月の夜に雁は木の枝を口に咥えて北国から渡ってきて、飛び疲れると波間に枝を浮かべてその上にとまって羽根を休めます。そうやって津軽の浜までたどり着くと、要らなくなった枝を浜辺に落とします。
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日本で冬を過ごした雁は早春の頃に再び浜の枝を拾って北国に戻って行きます。雁が去ったあとの浜辺には、生きて帰れなかった雁の数だけ枝が残っています。浜の人たちはその枝を集めて風呂を焚き、不運な雁たちの供養をしたという悲しい話です。
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「白神ねぎ」は白神山地の恵みを受けた能代市のブランドネギで、県内最大のネギの産地でもあります。夏ネギ、秋冬ネギ、雪中ネギと年間を通して、豊富な収穫量を誇ります。が、中でも10月から12月に出荷される秋冬ネギは甘みが強く品質抜群と言われます。そんなネギ畑が延々と続いていました。
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白神山地のすぐ近くを通っているはずですが、海岸沿いの道路からはその姿を見ることは出来ませんでした。
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今回のツアーの予定表には五能線に乗って、深浦駅から千畳敷駅を走るという内容でしたが、8月の豪雨の影響で鯵ヶ沢駅から深浦駅間がバスの代行運転になっています。ということで、乗ることが出来なかった五能線を見送ります。
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五能線に乗れないのは少し残念でしたが、結果的にはそこで生じた時間で「なまはげ館」が見られたのかもしれませんので良しとします。
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バスは男鹿を出て1時間30分ほどでトイレ休憩になりました。五能線に沿って走っているので、休憩はあきた白神駅に隣接する「八森いさりび温泉ハタハタ館」でした。
あきた白神駅 駅
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以前BSの旅番組で見たことを思い出しました。ここでの休憩で手持ちのクーポン券を使わないと、次は青森県に移動してしまいます。県をまたぐツアーはそこを注意しないとクーポンが無駄になってしまいます。
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我が家は男鹿で使い果たしているのでお土産をあまり見ませんでしたが、出発する段になって、停まっていたバスの前に「産直ぶりこ」という地元産の農産品や魚屋さんの入ったコーナーを見つけました。これには2人でショックを受けました。大失敗です。
あきた白神体験センター 宿・ホテル
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男鹿を出てからもずっと日本海は穏やかでした。
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国道101号線は大間越街道と交差しながら北に向かいます。秋田県の能代から青森県の五所川原まで続いているので距離はかなり長いようで、津軽三大関所の1つの大間越関所があったそうです。
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残念ながら海岸線側の座席ではないのですが、最後尾の列に妻が座っているのでリアウインドウ越しの写真が撮れました。昨日登った「寒風山」の姿がまだ見えます。
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冬の日本海のイメージは見事に打ち砕かれた穏やかな景色です。
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日本海らしい荒涼とした海岸線越しに男鹿半島が見渡せます。
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昨日夕日を見た「入道崎」も見えますが、この日は夕日を見ることは出来なさそうです。
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青い海と防風林として植えられた松の木が美しいです。足元には板張りの防風柵も見えます。冬は相当厳しい場所なのでしょう。津軽地方では「かっちょ」と呼ばれる柵ですが、この辺りでも同じ名前なのでしょうか。
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陸奥岩崎駅を通過しました。この辺りの五能線は折り返し運転しているようです。
陸奥岩崎駅 駅
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変化にとんだ海岸線は小さな港が現れては消えていきます。
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五能線の線路も何度も通過しましたが、列車を見掛けたのは1度きりでした。
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深浦港の2つの灯台が見えました。港口を示すために防波堤の先端に建てた灯台の色は、港の奥に向かって右側が赤で左側が白と決まっています。
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深浦駅を通過しました。ここから北に向かう五能線は鯵ヶ沢駅までが不通になっているようです。
深浦駅 駅
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深浦の町を過ぎた先の海岸線はとてもきれいでした。
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沖に浮かぶ岩の上には鵜が羽を休めています。
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この辺りの風景が一番美しかったと思います。
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走ってきた深浦の町を振り返ります。
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男鹿半島からここまで110キロほど走ってきました。ずっとこの海岸線を走り抜けてきたのかと運転もしていないのに感慨深い気持ちになります。
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五能線の工事現場も通過しました。復旧するにはまだ時間がかかりそうです。
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千畳敷が近づいてくると岩の種類が変わってきたように思えます。
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バスは千畳敷駅の手前の駐車場に停まりました。ここで20分ほどの自由時間になります。この日最後の観光でもあります。
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すでに午後3時30分で陽が沈みそうな時間帯ですが、西の空は赤く染まりそうにありません。
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千畳敷は寛政4年の1792年の地震で隆起したと伝えられる海岸段丘面をさすようです。
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物珍しがった津軽藩の殿様がそこに千畳の畳を敷かせ大宴会を開いたとされることからこの名になったそうです。藩政時代には殿様専用の避暑地で、庶民は近づけませんでした。
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駐車場の脇には付近の奇岩を案内するマップもありました。
千畳敷海岸 自然・景勝地
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少し先には五能線の千畳敷駅が見えましたが、駅舎も無い無人駅のようです。
千畳敷駅 駅
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海岸線の狭いスペースを五能線の線路が通っています。
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「北金ヶ沢を過ぐれば、山脚直に海に接するようになりて、嬉しや、目ざしたる大戸瀬に達せり。 幅の七、八十間は海に突出したる方面の長さ也。長さの五、六町は海に横たわりて、陸に接する方面の長さ也。」ここでも大町桂月の足跡に出会いました。
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今年の秋の旅では下北半島の「仏が浦」を命名したのが桂月と知り、先の北海道の旅でも「層雲峡」も桂月の命名でした。
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桂月の西津軽への旅は5度目の来県でのことでした。黒石を経由して鶴田駅で下車し(当時、五能線は五所川原駅まで開通)、鰺ヶ沢町で一泊して深浦に着いたのは大正11年11月7日のことでした。海岸段丘のなかに千畳の畳が敷けるほど広い岩盤と屹立する奇岩は桂月を魅了したようです。
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紀行文「陸奥の海岸線・大戸瀬の奇巌 」 には次のように記しています。「陸奥の右手の外側、即ち西津軽郡の日本海に面する処に、大戸瀬の奇勝を見る。世に盤石少なしとせざれども、大戸瀬は幅七、八十間、長さ五、六町、天下無類の大盤石に非ずや…。」
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北金ヶ沢を過ぐれば、山脚直に海に接するようになりて、嬉しや、目ざしたる大戸瀬に達せり。幅の七、八十間は海に突出したる方面の長さ也。長さの五、六町は海に横たわりて、陸に接する方面の長さ也。唯これ一個の盤石、数万人を立たしむるに足れり。二つ三つ幅一間ばかりの割れ目ありて深く入り、怒涛白龍となって躍り込む。一体に平らかにして、海面よりほんの二、三尺も高し、世にも 斯(かく)ばかり偉大なる盤石あるかと驚く。
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この大盤石の中に、杯池とて二、三尺四方の水溜りあるかと思えば、兜岩、鎧岩、恵比寿岩など小岩峰も屹立す。少し離れて、海中に獅子岩立てり、後の草の平丘に巌角露われて、菌岩人を見下ろす。さても造化は大戸瀬に奇工を尽しけるもの哉。
前は渺渺たる日本海、怒涛怒涛を追う。後は唯一面の草の平丘、東西南北どちらを向いても山を見ず。背景が物足らぬようなれども、それが却って大戸瀬の偉大を擅にする所以也。我れ巌を叩いて、天地の間唯汝と我とあるのみと云へば、怒涛脚下に押寄せて、我狂を笑ふに似たり。」桂月の訪れた際は満潮で波の強く、この景色とは全く違う風景だったようです。 -
鯵ヶ沢駅を過ぎるとバスは海岸線から離れ、岩木山が見えてきます。9月の下北半島と津軽半島の旅では山腹にある「ロックウッド・ホテル&スパ」に」宿泊しました。
ホテルの裏にあるスキー場にも雪が積もっているのが分かりました。 -
遠野の旅をした際に柳田国男について改めて調べたことがありました。映像が残っていた1977年放送の「NHK特集 遠野物語を行く~柳田国男の風景」も見直しましたが、岩木山と山椒大夫の安寿姫について言及していました。
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母と安寿姫と弟の厨子王が筑紫に配流された父をたずねて旅の途中、姉弟はだまされて丹後由良港の山椒大夫に売られてしまいますが、姉弟は津軽へ逃れてきたとされます。そこで安寿姫は岩木山の神となったという伝説です。
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柳田国男は「津軽の旅」でこの近くにあった十三潟と港の盛衰についてについて語り、山椒大夫の物語については全国から集まって十三潟で風待ちの船頭が遊女らの歌から聞き覚えたに違いないとしています。十三潟に丹後の船が入ると海が時化ることから出入りを取り締まられたこともあったそうです。
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上野から青森まで鉄道が通じるまでは十三潟が北海道への物流のルートで、「田は無くとも米が湧き、父は無くとも子が生まれる。」と言われるほど賑わったそうです。そんな十三潟も鉄道の開通により船が来ることも無くなり、船頭相手の300人ほどいた遊女の姿も無くなったそうです。
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そんな話を思い出しながら離れてゆく岩木山を眺めていました。
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山田川を越えると稲垣温泉が近いことが分かりました。グーグルマップを見ていても津軽平野のど真ん中に位置しています。
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小さな集落の中に「稲垣温泉ホテル花月亭」はありました。ホテルというよりは旅館といったいで立ちです。
稲垣温泉ホテル花月亭 宿・ホテル
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部屋は8畳の和室に3畳の和室がつながった不思議な間取りです。到着時間も遅かったので、すでに布団も敷いてありました。
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バスで到着する前に近くに酒屋さんがあったので表に出てみました。真っ暗な道の先に明かりが灯り、店に入ると店番をしていたのはお嫁さんのようです。奥からお姑さんの声がかかると応対する話し方でそう感じました。搾りたての「七郎兵衛」という日本酒が入荷したとあったので、いろいろお尋ねして1本購入しました。新聞紙で包みながら「この風景も明日までで、明後日から雪が降り始め、春までこの辺りは雪で覆われます。」という言葉が心に残りました。
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部屋で少し缶チューハイを飲んで、宴会場に向かいました。おいしそうな料理が並んでいます。
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部屋飲みした後なのでスタートは冷酒にしました。「じょっぱり」は津軽弁で「意地っ張り」「頑固者」を意味する言葉ですが、辛口のうまい酒でした。
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2本目は通過して来た「白神山地の湧き水で仕込んだお酒」にしてみました。イメージ通りのすっきりした冷酒です。
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煮物には帆立が入っているのですが、お出汁が沁みていて美味しいです。
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酢の物はニシンでした。新鮮なニシンのおいしさは夏の北海道の旅で知りました。
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アカモクを寒天で固めたものも食感がもっちりして美味しいです。
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魚扁に春と書きますが、冬のサワラも脂が乗っています。
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冷酒の後は先ほど酒屋で買った「七郎兵衛」の特別純米酒を1合いただきました。
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刺身はサーモンとマグロは辛口の日本酒によく合います。
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一番美味しかったのがこのせんべい汁でした。せんべいも香ばしくて美味しかったので翌日売店で妻が買っていました。お出汁についても仲居さんに訪ねていたので、家でも食べられそうです。
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ここでも青森県のクーポン券をいただきましたが、使う当てがありません。翌日の弘前までに使い切らなければなりません。
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遅い時間になってから温泉に入りました。小さい温泉ですがお湯が良かったです。こんな田んぼの中に良く温泉が湧いたなと思います。
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真新しいサウナも気持ち良かったです。
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露天風呂も安があって気持ち良かったです。もう12月になろうという青森の津軽平野ですが、お湯のせいは肌寒さも感じないほどです。体が温まったところで早い時間に寝てしまいました。
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翌朝も早くに目が覚めてしまい、まずは温泉に浸かって目を覚まします。最終日は午前9時の出発で時間があるので1人で散歩に出掛けてみます。
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表に出るとかなり雲の多い朝でしたが、朝焼けの空がきれいです。
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山々がシルエットになっていますが、そんなに高い山ではなさそうです。
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南側には田んぼ越しに岩木山がきれいに見えました。
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気のせいか前の日より雪が増えたように見えます。東からの風に乗ってオオハクチョウの鳴き声が聞こえてきました。それも10羽とか20羽ではない様子です。
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岩木山の写真を撮れればよいと思っていたくらいの散歩でしたが、鳴き声のする方に行ってみます。
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突き当りにはバス停があり、「一本タモ」と書かれてあります。
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通りの先には推定樹齢千年と言われるタモの木が見えます。周幹7.6メートル高さ14メートルの日本最大級のヤチタモ「一本タモ」は、津軽藩2代目藩主信政公が津軽平野の開拓をした時に広大な湿原を実地調査するための目印になったといわれています。
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堰に登ってみると日の出も近いようです。
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それよりもどんどん大きくなるオオハクチョウの鳴き声が気になります。
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周囲が明るくなると鳥も見つけやすいのですが、こんな時に限ってなかなか太陽は姿を表しません。
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田んぼの畦道を進んでいくとススキ野原に当たってしまいました。
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今度はススキの穂の美しさに目が留まってしまいます。
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この先に岩木川が流れているのはグーグルマップで分かるのですが、どう歩いても川辺に近づくことが出来ません。さらに畦道を進んでいくことにします。
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すると「岩木川河川公園」に出ました。さらに進んでいくと、サッカー場との間に1本道が通っています。その先に不法投棄するためなのか少し降りられるようです。
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藪を掻き分けて下るとハクチョウが見えました。
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さらに下ると景色はどんどん広がってきます。
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10羽単位くらいの群れがいくつも岩木川の上を滑っていきます。
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そして右手に目をやると岩木山までがきれいに見渡せました。前の晩に酒屋の若奥さんが言っていた言葉が思い出されます。この風景も今日までで明日からは雪で埋もれてしまうのでしょう。
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川の上流と下流を合わせると200羽くらいのオオハクチョウやカモがいるようです。
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よく見るとまだ羽の黒っぽい幼鳥の姿も見えます。醜いアヒルの子ですね。
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オオハクチョウは結構獰猛なので、見つかったら襲われるかもしれません。スイスのルツェルン湖やレマン湖で餌をやっていて追いかけられたこともありますし、屈斜路湖ではカモを水の中に沈めていました。
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この風景は一生忘れられないなと思いました。
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写真だと静けさを感じるかもしれませんが、ものすごい騒がしさです。
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時計を見ると旅館に戻らないとならないことが分かりました。
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旅館に帰る方向は分かっているのですが、どこを通ればよいのか分からないので田んぼで焚火をしていた方に尋ねて道を教えてもらいます。
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さらに散歩していたおばあさんに道を尋ねて帰る道に確信が持てました。畦道を1本間違えたら遠回りになりそうです。
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ようやく先ほどの「一本タモ」まで戻ってこれました。ヤチタモの特性である幹のこぶは、一見すると女性の乳房に似ていることから「乳の出る神様」として崇められ、子孫繁栄のシンボルとして住民の信仰を集めているそうです。
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巨木の脇には小さな祠がありました。ここだけ100年くらい時間が止まった感じがします。
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半分駆け足で旅館に戻ると朝ごはんの時間まで15分ほどありました。
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汗をかいてしまったので、妻に待ってもらいお風呂に入りました。さすがにこの時間では誰も入っていません。
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小さい旅館でしたが、温泉も良かったので大満足でした。
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この旅館ではセットメニューの朝食で、食事時間も決まっていたのでぎりぎりセーフです。
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久し振りに塩じゃけを食べましたが、これだけでご飯が1膳いただけそうです。卵焼きも丁寧に焼かれた手作りでしたし、地産のひじきも美味しかったです。
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ツアー3日目も午前9時にスタートしました。ここから五所川原駅に向かい津軽鉄道の全線を踏破します。と言っても1時間もかからないのですが。
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