2022/11/28 - 2022/11/28
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2022/11/28
この旅行記スケジュールを元に
普段は早起きではない方ですが、旅先だと目覚ましを掛けなくても午前5時には目が覚めてしまいます。男鹿の朝も同じだったのでまずは昨晩とは違う大浴場で湯に浸かって目を覚まします。朝食までは時間があるのでいつものように散歩に出掛けましたが、どこへ行けばよいのかもわからず、とりあえず海岸線に出てみることにします。ホテルからは赤く染まった空に前の日に行った寒風山がシルエットになって見えます。湯ノ尻漁港まで下ってみますが、その先の丘を登ったところで太陽が昇ってしまったのでホテルに戻ることにします。部屋に戻ると妻の準備も出来ていたので朝食を食べに行きます。晩御飯も美味しかったので、朝ごはんの料理も美味しかったです。午前9時にホテルを出てバスは「真山神社」に向かいます。前日のバスの移動中に添乗員さんにこの日の午前中の予定について尋ねていました。ツアーでは「真山神社」と「伝承館(なまはげ習俗体験)」になっていて、隣接する「なまはげ館」に行けないかということです。神社の参拝を抜いて「なまはげ館」に行けないかお願いもしていましたが、朝のあいさつの後に時間延長して「なまはげ館」の自由見学が組み込まれました。これは添乗員さんに感謝です。ほとんど全員の方が「なまはげ館」の見学をしていたので良かったと思います。「真山神社」では神社の方が案内してくださいましたが、こういったところはクラブツーリズム社はしっかりしていると思います。来年の2月にはこの神社で開催される「なまはげ柴灯まつり」を観に来たいと考えていたのですが、先んじてくることになりました。ゆっくり参拝して御神木の榧の木からパワーをいただきました。そして「伝承館」へなまはげに会いに行きます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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前の晩に早く寝たせいかまだ真っ暗な午前5時には目が覚めてしまいました。ホテルの別棟の最上階が明るいのは大浴場だったかとここで初めて気が付きました。
男鹿温泉 湯けむりリゾート 男鹿観光ホテル 宿・ホテル
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部屋の窓からは東の空が明るくなるのが見え、その山並みが寒風山だと気が付きました。この日の出発は午前9時なので、1時間ほど散歩に出掛けることにします。フロントにも誰もいない時間なので、海岸にでも出てみようと思い歩き始めます。
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海岸へ向かう道の途中にあった白い柱に目が留まり、気になったので写真に撮っておきました。後で調べてみると菅江真澄(すがえ ますみ)という人物で、江戸時代後期の旅行家で博物学者だと分かりました。文化7年の1810年の57歳の紀行文の一部のようです。「男鹿の春風」で五城目町の谷地中を出発し、芦崎(八竜町)の真山に登って北浦に逗留します。 「男鹿の鈴風(涼風)」はその後、北浦を出て湯の尻(男鹿温泉付近)を通って北畠の浦(入道崎)、を経て戸賀にいたる紀行文です。
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その中に「槻の木の崎を過ぎて中里の浜に来た。 壷石と言って、水吹石、青厳寺石と同じような石が多く、村人が拾ってこれに草や木を植えて箱庭を作っている。 昔中里には五六件の家があったが、鮫網漁に出て船が転覆、多数の死者が出て村が滅びた。今は畑となっているが、時々陶などが出ると言う。中里という地名だけが残っている。」とあります。最近になって大町桂月を知りましたが、まだまだ知らない先人がいるのだと知りました。
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湯ノ尻漁港の近くにはこんな看板が立っていました。冬になるとこの辺りにハタハタが卵を産みに来るのだと知りました。なぜハタハタの子なのに「ブリの子」なのかという疑問が湧いてきます。いくつか説があるようですが、一番有名でそれらしい説は、関ヶ原合戦の後秋田に移封してきた佐竹氏によるものとする逸話のようです。
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佐竹公が秋田の藩主になって以降は藩主の佐竹義宣はハタハタの乱獲を心配し、資源を保護するためにハタハタの卵を採取するのを禁じたそうです。でも冬になればそこら中の海岸に打ち上げられる「天の恵み」です。そこで殿様を誤魔化すために「ハタハタの子ではなくブリの卵である」と言い逃れるようになったそうです。
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湯之尻港第1防波堤灯台がシルエットになっています。東の空が全体的に明るくなってきました。
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穏やかな波間に鴨が泳いでいました。よく見ると足元には海藻が浮いているのが見えます。なるほどこれにハタハタが卵を産みに来るのだと分かりました。何年か前にNHKの「新日本紀行」の再放送で秋田のハタハタ漁について見たことが思い出されました。
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小さな漁港に人の姿はありませんでした。
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港の先の小高い丘に登ったら日の出が見えるような気がして、先に進んでみることにします。
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車道の脇に集落に入る道があったのでそちらに進んでみます。ちょうどポストがあったので、出そうと思っていた絵葉書を投函しました。
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登り切ったところで太陽が頭を覗かせ、この先に行っても景色は期待できそうもないので戻ることにします。
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港の辺りもだいぶ明るくなってきました。
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集落の小さな畑に大根が干してありました。これを燻してイブリガッコを作るのだろうかと思いました。2021年6月に施行された「改正食品衛生法」で漬物製造業でも営業許可の取得が必要になり、さらに専用の製造場所を設けたうえで、厳しい衛生管理を行わなければならなくなったので秋田の小さな漬物業者は大変だという話しを聞いたことがあります。
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昨日も最高の天気でしたが、ツアー2日目の天気も良さそうです。冬の在れた日本海を想像していましたが、拍子抜けするほど穏やかです。
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港の赤い灯台はきれいですが、よく見ると赤いタイル貼りだということが分かりました。朝日が当たって灯台に火が灯ったように見えます。
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昨日行った「入道崎」は日の出と日の入りの両方を見ることが出来る岬としても有名だそうです。かすかに灯台の姿も確認できます。もう少し近かったら散歩に行くのですが、歩いたら往復2時間はかかりそうです。
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ホテルの少し先になまはげ像があると道端にあるマップに描かれてあったので見に行きました。温泉街の入り口を守っているようです。
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ツアーの募集では「男鹿観光ホテル」または「セイコーグランドホテル」のどちらかのようでしたが、建物の外観はこちらの方がきれいでした。
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この写真は11歳の姪にも送りました。
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昨日八郎潟の調整池にあった水門は秋田県のポスターになるほど有名だったのですね。ポスターの多くには秋田犬が写っているのでソフトバンクの物のように見えてしまいます。
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部屋に戻ると寒風山も普通の景色になってしまっていました。
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ホテルの朝食はバイキングでしたが、晩御飯も美味しかったので朝ご飯も美味しかったです。妻が「焼きそば美味しい!」と呟きました。横手の焼きそばはB級グルメで有名ですね。
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朝の検温で添乗員さんに会った際にもう一度「なまはげ館」に行けないか尋ねると「滞在時間を少し長くして自由時間を作ります。」と言ってくださいました。
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午前9時にホテルを出発します。「なまはげ太鼓」を見る事も出来たし「なまはげ館」にも行けることになったので、旅がどんどん楽しくなってきました。
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先ほど坂を登って見に来たなまはげ像もあっという間に通り過ぎていきます。
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朝の散歩でも熟しきった柿がたわわに実ったままでした。この辺りの人は柿は食べないのだろうかと思ってしまいます。調べてみると空き家だったり、高齢化した民家では柿の収穫が出来ないことも多いようです。
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男鹿半島ではもったいない風景がずっと続いていました。
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バスはすぐに「真山神社(しんざんじんじゃ)」に到着しました。ここでは宮司さんが案内してくれるようです。男鹿三山の真山(565メートル)と本山(715.0メートル)、毛無山(617メートル)の位置関係も分かりやすいマップです。
真山神社 寺・神社・教会
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手水舎で清めてから参拝することにします。すでに説明が始まっているので、他の皆さんはそのまま先に進みました。
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12代の景行天皇の世に武内宿禰(たけのうちのすくね)が北陸北方地方の視察のあと男鹿島に立ち寄った際、男鹿半島の秀峰、湧出山(現在の真山・本山)に登ったそうです。そのときに武内宿禰が使命達成、国土安泰、武運長久を祈願するために、この地に瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、武甕槌命(たけみかづちのみこと)の二柱を祀ったことが真山神社の始まりだと言われているそうです。
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仁王門の左右にある像には白いものがたくさんくっついていました。これは唾液で濡らしたティッシュを体の悪いところに投げつけるという風習だということです。
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タイやミャンマーを旅した先は金箔を購入して仏像に貼るということは何度も経験しましたし、どこかで同じようにティッシュを貼り付けるというのもどこかで体験した記憶があります。真山神社の山門が仁王像を祀る仁王門なのは神仏習合時代の名残りだということです。
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ここからは急な石段が続きます。このところ連続して旅をしているせいか、妻の足の具合が良くないみたいです。
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遠野の旅で何度も見掛けた「山の神」を祀る石碑がここにもありました。
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神札所にはなまはげの面が置かれてありました。ちょうど添乗員さんも目の前にいらしたのでシャッターを押していただきました。先に参拝を済ませて、後でここへ立ち寄ることにします。
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神仏習合の平安時代末期の長治年間(1104年~1106年)から執り行なわれる「柴灯祭(せどまつり)」は、正月3日に境内に柴灯を焚き上げ、この火で炙った大餅をお山の神に献ずる儀式で、餅を受けとるためにお山から下山する神の使者「神鬼」の化身がなまはげとされます。
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2月の第2金曜日から日曜には男鹿市の行事として、真山神社を会場に「なまはげ柴灯(せど)まつり」が執り行なわれています。来年の2月に来ようと思いましたが、直後に八戸の「えんぶり」を予約しているので今回は諦めました。
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拝殿に参拝した後は脇にある「薬師堂」に参拝します。「なまはげ柴灯(せど)まつり」では神事の際にこの上からなまはげが降りて来るのをTVのニュースで見たことがあります。
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日向ぼっこしている狛犬ももう少ししたら寒くて凍える事でしょう。
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この狛犬たちは何年もなまはげを見てきたのでしょう。
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薬師堂には神仏習合時代以来の別当光飯寺のご本尊の薬師如来座像が祀られています。この像は南北朝時代の作とされるようです。堂の中には江戸時代の雑俳の献額もあり、幅広い信仰の様子もうかがえます。素朴な十二神像も魅力的です。
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ここにも菅江真澄(すがえますみ)の道の標柱がありました。「夕方、真山の関金七のもとに宿をかりた。近くの村々から老女が大勢集まってきて、薬師の前で夜籠りをし、念仏を唱え歌をうたい踊り、堂の板敷を夜どおしふみならして夜をあかした。」とあります。20代の頃に奈良の二月堂のお水取りの堂内で見た韃靼の法要を思い出しました。
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男鹿市内には菅江真澄が男鹿半島を訪れた際の足跡の随所に「菅江真澄の道」と書かれた標柱が83本と説明板が8つあるそうです。柴灯(せど)場の奥には神輿を納める建物がありました。
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天皇陛下の座る「高御座」を京都御所の紫宸殿の中で見たことがありますが、その姿に似ている気がしました。
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1基は正徳4年の1714年に秋田藩14代の佐竹義格が寄進したものです。
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佐竹義格が寄進した神輿の保存のために平成7年に新しく造られたものも置かれています。友人が東京のマイスターで、神輿なども作っているので写真を撮って送りました。
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この場所で2月に「なまはげ柴灯(せど)まつり」を見ることが出来るのかと思うと感慨深いものがあります。ただ、寒さや混むことを考えると個人で来るのは躊躇われます。
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本来の「柴灯祭」は平安時代末期の長治年中より行われてきた由緒ある祭儀であり、正月三日境内に柴灯を焚き上げ、この火によってあぶられた大餅を山の神に献ずる儀式が執り行われます。この餅を受けとる為に下山するなまはげは、この神の使者「神鬼」の化身だといわれています。雪深い厳寒の宵に斎行され、その年の村内安全・五穀豊穣・大漁満足・悪疫除去のための祈りが捧げられます。神鬼に献じられた餅は護摩餅(ごまのもち)と称され、災難除去の御護符として氏子や参詣者に頒賜されます。
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巨大な杉の木をはじめ、境内には杉並木が美しいです。秋田といえば杉が有名だと気が付きました。
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神札所まで戻ってきました。ここから榧の木に向かうので、山門には降りません。
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日本海域文化研究所の看板があったのでその展示資料なのか丸太舟が置いてありました。
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真山神社で神酒「真山」(純米原酒)を頒布しているのは事前に調べてありましたがすっかり忘れていました。真山からの湧き水と氏子崇敬者が収穫した「あきたこまち」で神社が独自に醸造した純米原酒です。「真山」はこの神社でのみの頒布となっているので買わないわけにはいきません。「魔除けのお札」とともに四合瓶を1本いただきました。
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振り向くと家の台所でよく見かける妻の姿がありました。
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社務所には「魔除けのお札」が貼られてありました。頒布されているのは2枚入りで、神棚と間口に貼るとのことでした。描かれた元三大師は良源という天台宗の僧で、古事によれば疫病に感染して苦しさを体験した大師は、疫病から人々を救う為、に鬼の様な姿になって悪病を追い払ったと言い伝えられています。
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参道の脇には弘法大師堂もありましたが、団体行動なので道をそれる訳にはいきません。
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ここにも「菅江真澄の道」光飯寺宝物(男鹿の春風)という看板が立てられてありました。「文化7年(1810年)4月10日 遍照院光飯寺にいくと、寺宝を出してみせてくれた。明次(妙沢)作の不動尊等である。弘法大師自筆の自画像は古びていた。出山の釈迦仏は雪舟が描いている。中国人が描いたという釈迦仏の画があり、また、石摺りの不動は慈覚大師の作である。弘法大師が口・手・足などで書いたのを五筆の心経といって一巻にしている。また、光明皇后の筆跡で大般若心経や蜀錦のきれに描いた阿羅々仙人が囲碁をしている図がある。なお、面が二つあり、一つの面は秘蔵のもので、雨乞いの時にだけ神主がこの面をかけて舞う。また、もう一つの面は丹塗りの天狗の面で、雨あげの時にこれをつけて舞う。小さな塔の中に鳳凰石に刻んだ雪山の釈迦像は、修行中、乏しい穀物ばかりをとっていたために痩せたお姿である。爪石・雷杖(石器)などがあるなかで、蓬華石というのはふきのとうでも化石したようだ。礱(すり臼)がある。また、西王母の桃の核だといって出して見せてくれた。安倍貞任の所持した軍配扇もあるが、ずいぶん古びている。この寺の庭の隅に大鐘がかけてある。刻文に「康安2年(1362年)6月朔日」とあって400年余の昔が偲ばれた。」とあります。
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書かれた光飯寺(こうほうじ)はすでに廃滅して礎石だけが残っているようです。南北朝時代には真山の別当が置かれた光飯寺は天台宗から真言宗に転じ、東北地方における時の支配者も移り変わる中、その庇護の下で修験の霊場として一山繁栄を誇ったようです。
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歓喜天堂もありました。仏教の守護神である天部の1つで、ヒンドゥー教のガネーシャに相当する尊格で、ガネーシャと同様に象の頭を持つとされます。
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慈覚大師お手植えと伝わる樹齢千年余りの榧(かや)の巨木が見学の最後でした。神札所ではこの榧の実が売られていました。
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周囲を石で囲まれていますが宮司さんが「他の参拝の方がいらっしゃらないので特別に中に入っていいですよ。御神木のパワーをいただいてください。」ということでほぼ全員が殺到しました。
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皆さんが去った後にパワーをいただきました。
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1000年の時が経ってもまだ新しい枝が映えてきているのですから、不思議なパワーを感じました。ちゃんと参拝できて良かったと思いました。真山神社の後は伝承館で「なまはげ習俗体験」に移ります。
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