2022/11/15 - 2022/11/20
180位(同エリア342件中)
唐辛子婆さん
唐辛子爺が所用で鹿児島市と霧島市に行くというので
じゃーバンコクで同じアパートだった友人(霧島市在住)に会いたい。
ツルの越冬地にも寄りたい。
薩摩藩英国留学生記念館にはぜひ寄りたい。
それに田の神様が面白さう。
「ううう、寄りたいところみんな交通の便が悪そう。」頭を抱える唐辛子爺。
レンタカーを借りられない(運転免許返上済)のでタクシーか
一日に何便かの路線バスを組みあわせるしかありませぬ。
でもそれも楽しいんじゃない?
唐辛子爺は自分の用事を後回しにして婆の希望を優先的にアレンジしてくれました。
11月17日(木)
本日のメインは薩摩英国留学生記念館なんですけど乗り換えついでに寄ってみたい所があって。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス ANAグループ JRローカル 私鉄 徒歩
-
出水(いずみ)市駅からオレンジ鉄道に乗って川内(せんだい)駅まで。
-
オレンジ鉄道でも唐辛子爺婆の乗ったのはこんな地味な電車でした。
-
ワンマンカーで
-
バスみたいに整理券発行。
-
ホントは出水市から長島にも渡ってみたかったんですけどね。
田の神様がいらっしゃるし
唐辛子爺の親戚の先祖がいたみたいなのでどんなところなのかと思って。
途中の高尾野にも野田郷にも寄りたかった。
田の神様がいらっしゃるし
感応寺という古い禅寺に謡曲「俊寛」の俊寛僧都の塚があるというのです。
謡曲「俊寛」は
平清盛へのクーデター計画が発覚して同士の藤原成経、平判官康頼とともに鬼界島(今の三島村硫黄島)に流された俊寛の物語。
高倉天皇の中宮徳子(清盛の娘。のちの建礼門院)の懐妊にともなう大赦により赦免使の船が派遣されるも俊寛だけは許されず。
出航しようとする纜(ともづな)に取りつき、離れようとしない俊寛。
舟上の二人は俊寛の赦免を取りはからうと叫び俊寛も頼むぞ!と叫ぶ。
謡曲はここで悲痛にも重苦しく終わっているので、孤独のうちに亡くなったと思っていたのですが後日、密かに訪れた人と共に島を脱出したが船中で病に倒れ山内寺で隠棲中に死亡し塚が立てられたそうで。
今回の旅の準備でそれを知ってなんだか心が軽くなりました。
それにしてもその当時、京都から鹿児島の南に島流しするってコスパかかり過ぎでは?付き添い役人の往復出張費もバカにならない金額。どのルートで行ったのかしらん? -
オレンジ鉄道の終点、川内駅で下車。
ここからはJR鹿児島本線で鹿児島市に行くつもりですが -
折角だからと駅を出て
-
謡曲「鳥追舟」にちなむ像を撮りました。
お能の演目で九州が舞台となっているのはここだけださうで。
(お能は室町時代に完成された芸能なので京都奈良鎌倉が主な舞台)
唐辛子婆が若かりし頃習った演目の一つで
勤務先の文化祭の発表会ではこの子供役のセリフを担当しました。
あらすじ:
土地争いの訴訟のため京に滞在中の主人の家族の面倒を見させられている家来。「10年以上もだぜ、やってらんない!せめて田んぼに来る鳥を追い払ってくれよ。」
「そんな下々(しもじも)のことをさせるなんて!」主人の妻は怒る。
「ならもう面倒見てやんない。」
仕方なく鳥追舟に乗り朝から晩まで鳥を追う母と子(花若)。
そこへやっと主人が帰郷してけしからんと家来を斬って捨てやうとする。
止めに入る妻。「だってあなたも悪いわよ。何の連絡もなく。」
そして物語は主人の無事な帰郷を祝ってハッピーエンド。
え?子役のセリフは?ですって?
「あれあれみよやーー!(お母様、あそこに鳥がいます、見てください)」だけでしたの、ほほほ。一週間ばかり勤務先で「あれあれみよやー」とからかわれましたけどね^^。 -
そしてJR鹿児島本線に乗って田園の焚火を愛でて
-
串木野駅に到着です。
無人駅でコインロッカーもないのでキャリーカーをひいて -
徒歩15分の海鮮まぐろ家まで歩きました。
串木野の港にはマグロ漁船が入港するので有名だとのことでしたが -
いただいたのはアイルランドのマグロでした。
「南ア行きのビジネスクラスにヤクザみたいなのが5~6人乗ってきてビビったのを思い出したよ。いや、いい人たちだったけど。マグロ南洋漁業の交代乗組員だった。3か月乗ると1年分の稼ぎができると言ってた。」 -
さて薩摩藩英国留学生記念館は彼らが密出国した海岸に建っているので駅から遠い。
-
串木野駅から路線バス羽島経由土川行きに乗り
-
海辺の道を25分走って
-
羽島小学校前で下車。
-
到着です。
ようこそとダンディな館長さんがお迎えくださって、とても丁寧な説明に感激しました。
「レーガンが来日した時、彼は国会の演説で3名の重要な日本人の名前を揚げて賞賛しました。福沢諭吉と松尾芭蕉、あと一人誰だかわかりますか?」
・・・??? -
「どうやっていらっしゃいましたか?ほう、バスで。
ではお帰りはこちらの車で送らせましょう。」それがこのバンです。
おかげさまで路線バスの時間を気にすることなくゆっくりと何度も質問して楽しい見学ができました。 -
薩英戦争の場面です。
「薩英戦争で負けてこんな強大に発展した国と戦争やるなんて馬鹿げている。こりゃー学ばせてもらうに限る。というわけで長崎のグラバーさんと渡りをつける。
武器商人として活発に商売やってたグラバーさんも長らく日本に住むうちに日本を好きになったんでしょうかねえ?綿密な密航の手引きをしてくれて。」
それにしても通信手段が手紙しかない時代。
馬での行き来も他藩を通らなくちゃだし。
薩摩から長崎のグラバー邸まで打ち合わせに出向いたり
渡航準備はいったいどうやって秘密裏に進められたんでせうかねえ? -
薩英戦争の画面もさりながら麓武家集落の様子が俯瞰的に見られて興味深し。
-
横浜での生麦事件を発端に起こった薩英戦争。
(薩摩藩の行列に英国人が馬で横切ろうとしたので切りつけられた。)
その事件を見聞きしたアメリカなどの人々からは「日本の殿様への礼儀を尽くさなかったんだから英国側が悪い」との意見もでてたようですけど薩英戦争で英国側は11名死亡(うち2名が艦長)39名が負傷。薩摩側は艦砲射撃されたそうで。
戦争相手の国の青年たちを留学生として受け入れるって不思議。
あ、今まで植民地にしてきたアジア諸国でそんなこといくらでもあったのかしらん? -
鎖国令の出ている江戸時代のことなので密出国がバレたらお咎めは限りなし。
薩摩藩から偽名をもらい甑島(こしきじま)と大島へ視察に行くようにとの偽の命令書を受け取って使節4名留学生15名が -
ここから小舟で沖合の
-
グラバーの持ち船にたどりつく。
今この旅行記を書いていてこの時の船頭さん(右端にいる)はどうなったのか気になりまする。だってこの人から秘密が漏れないとも限らないぢゃないの。
①斬って捨てた。
②牢屋に入れた。
③藩の大役だからと話して又は金をつかませて又は妻子の命は預かっていると脅して黙らせた。
④連れて行って下働きをさせた。
⑤鎖国制度も知らなさそうだし、船の見学に行くのだと告げただけだった。
⑥もともと船頭なんていない。留学生の一人が漕いでいったのだ。
ぐらいしか思いつきませんがどれでせう? -
記念館2階のバルコニーは船の甲板のやう。
-
半分は帆、半分は石炭で動く船。
-
全員が船酔いにはゲロゲロ大いに苦しんだやうです。
-
船に乗ってまもなく全員髷を切り
既に植民地となっていた香港(かどこか)から本国に送り届けたとか。
香港で別の客船に乗り換え -
途中で上陸したマドラスの街並みや
-
ボンベイの町の何階建てかの家並みをみて驚いたり
冷蔵庫のおかげで熱帯でアイスクリームを食べられるのに驚いたり。 -
アラビア半島からはスエズ運河まで機関車に乗りその速さに風のやうだと驚く。
スエズ運河から地中海を経由してジブラルタル海峡を抜け -
出航から2か月かけてやうやくサザンプトンに上陸。吉田麻也がいたところだ。
そして世界で一番進んだ国の都に到着。 -
全員がロンドンの大学に入り
後に文部大臣や東大の学長やサッポロビールの社長や大阪商工会議所会頭などになる。
当時のイギリス人の彼らに関する感想は
「日本人は礼儀正しく勉強熱心だ。英語も少しはできる。」だったさうで -
13歳の長澤鼎(かなえ)だけはまだ小さいのでグラバーの両親のいるスコットランドに連れていかれ中学校に入学したそうです。
この右から2番目のまだ赤ちゃんみたいにぷよぷよのほっぺの子が親元を離れロンドンでみんなとも離れて遥けくもアバディーンまで行ったかと思うと。
そしていくら向学心旺盛な精鋭を選んだとしても言葉ができなきゃいきなり大学には入れない。鼎ぼっちゃんだってどんなにか心細かっただらうと思ったら
「ジョン万次郎が薩摩にいたんですよ。」へ?アメリカ帰りの?
「そうです。鎖国中だったのでいきなり本土に帰ったら捕まっちゃう。
それでまず琉球にたどりついて。薩摩は琉球と交易していましたからね。そこから薩摩に渡ったんです。」
それでみんな生きた英語を学んでいたのか!
薩摩藩にジョン万次郎先生がいなかったら「英語はほとんどできない。」と書かれるところだったかも。
ジョン万次郎の乗っていた船が難破してアメリカの船に救われてアメリカ暮らしの末帰国したという事実に、神様のご加護を感じずにはいられない。
それにしてもグラバーのご両親も驚いたことでせうね。通信手段が手紙しかない時代。届くのは超速でも3か月遅ければ半年以上。
「父上、母上ご無沙汰いたしておりますがお元気でせうか?このたび諸事情により日本の男子カナエ・ナガサワを預かっていただきたく。」
の手紙が届いて間もなくピンポーンと玄関のドアベルが鳴る。
"Hello, I am Kanae. How do you do?." (唐辛子婆の妄想です)
アバディーンの中学校でカナエはとびきり優秀な成績を収めたさうです。
喧嘩にも強かったんですって。 -
そして2年後、多くの留学生が帰国した後もアメリカに渡った何人かの中に長澤鼎がいて。
カリフォルニアでワイナリーを経営し、害虫、火災、禁酒法など数々の死んでもおかしくないやうな苦労にあいながらもそれを克服しワインコンクールで優秀な成績を収め米国から初のワインが英国に輸出されたとのこと。
「カリフォルニアのワイン王」「ブドウ王」「バロン・ナガサワ」と呼ばれました。 -
そう、福沢諭吉、松尾芭蕉の次は長澤鼎です。
1983年にレーガン大統領が来日した際、国会で
「侍から実業家になった長沢鼎は私たちの生活を豊かにし、日米友好の歴史の中で特筆すべき」と国会の演説で敬意を表したことから広く世に知られるようになりました。(HPより)
そんなこと全然しらなかったわねー!!
日本人はそれを教えてくれたレーガンさまに足を向けて寝られないかも。 -
パンフには
井上博文をはじめとする長州ファイブや
村橋久成(サッポロビール創設)
寺島宗則(外務卿として条約改正に尽力。「日本電信の父」)
長澤鼎(カリフォルニアのワイン産業確立に貢献) -
トーマス・グラバー(長州ファイブも薩摩スチューデントも密航でお世話になった。)
町田久成(帝国博物館初代館長、文化財保護思想を啓蒙)
五代友厚(大赤商法会議所設立.大阪経済の復興に貢献)
朝倉盛明(官営生野鉱山局事務長として鉱山近代化に尽力)
森有礼(初代文部大臣。教育の近代化や男女平等などに尽力)
松村順蔵(海軍兵学校の校長として海軍教育の発展に貢献)
等が紹介されていますが、HPにはもっと詳しく。
http://ssmuseum.jp/index.html -
おディーン様が演じた五代友厚。
-
あなたの夢見た日本になっていますか?
このほかにもいっぱい様々なことを教えていただいたんですけど
覚えていられない唐辛子婆。
みなさまもぜひぜひ訪れてください。 -
送ってくださったバンから見えた海。
-
小さな島に鳥居が。
ところでロンドンの大学で学んでいた留学生たちのもとへ長州の学生が3名訪ねてきたさうです。伊藤博文とか。
薩長は当時仲が悪かったさうなので訪問を受けた時はビックリドキドキしたことでせうね! -
今パンフレットを読み返してもいろいろな謎で興味がつきません。
薩摩英国留学生記念館を鹿児島市内ではなくこの辺鄙な海岸に創ろうとした時にもきっと反対意見はあったでせうね。
でもここから旅立ったということこそが重要なのだと主張してくれた方に感謝です。
さて、串木野駅でまだ時間があったので徒歩15分の -
「高見町の田の神様」を見に行くことができました。
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ここは公園になっていますけど昔は田んぼだったのでせう。
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唐辛子婆はん、おじゃったもんせ(ようこそ)!
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そして私たちは夕方鹿児島中央駅についてこの留学生たちに再会しましたよ。
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ホテルで荷ほどきしてすぐに向かったのは県立図書館。
博物館はすでに閉まっていましたが図書館は平日に夜まで開けていてくれます。
唐辛子爺はやっと当初の目的である「一族の先祖を訪ねる旅」をはじめることができました。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- 唐辛子婆さん 2022/12/14 00:00:41
- おじゃったもんせ
- olive kenjiさん
ご訪問ありがとうございます。
路線バスやタクシーで行くのは全然大変ではありませんよ。
いろんな人の話が聞けて楽しいです。
olive さんが小石川植物園から駅までの道で
「道を聞くときにグーグルマップをなるべく使わないで人に聞く」
とおっしゃってたのを私はいいなと思って真似をすることにしました。
あの時サラリーマン風の人にとても親切に教えてもらえてましたよね。
旅に出たら歩かなくちゃ。旅に出たら地元の人とおしゃべりしなくっちゃ。
でもレンタカーだったらもっと簡単に行けるのも事実ですね。
薩摩藩英国留学生記念館はぜひいらしてください。
鹿児島市内に作らず、あの場所に建ててこその記念館ですので。
出水のツルはせっかく望遠レンズを買ったのだから試してみたかったんです。
雪の釧路平原にも行ってみたくなっちゃいました。
唐辛子婆
-
- mistralさん 2022/12/12 13:51:51
- 鹿児島にて
- 唐辛子さん
こんにちは。
薩摩英国留学生記念館の旅行記、懐かしかったです。
一体どれだけの人が記念館を訪れるのやら、なども思ったりしました。
帰りはバンで送って下さったとのことで何よりでした。
当時は年端の行かない小さな子供も留学生として海を渡って
やがては沢山の学びと共に帰国して、やがては日本を動かす原動力と
なっていったんですね。
当時の若者、すごすぎです。
それにしても、唐辛子さんのご主人様、一体いつ、そもそものご自分の用事
を済まされたんでしょう?
ずっと唐辛子さんにお付き合いされていますので、ちょっと心配に。
高尾野は我が夫の故郷、野田郷は夏さんのお父様の故郷のようですよ。
そこにも田の神様がいらっしゃるんですね。
一体次にはいつ行くことができるのやら。
mistral
- 唐辛子婆さん からの返信 2022/12/14 00:17:28
- Re: 鹿児島にて
- mistralさん
こんばんは。
あの場所に建設するのは大きな賭けだったでしょうね。
でもあの場所だからこその記念館ですよね。
ご心配ありがとうございます^^。
主人の目的は「先祖のことを調べる旅」なので出水市の武家屋敷見学も意義のあることだったと思います。
先祖の一族は西郷どんの家の近所とか近隣の市の武家屋敷群の中で暮らしていたのですが今は「〇〇家跡地」としか残っていませんので。
田の神様は旧鹿児島藩(鹿児島県と宮崎県)にしかいらっしゃらない神様なので次回いらっしゃる時はぜひ探してみてください。
キャンピングカーで全国を回りながら仏像とかの記録を採ってる方が田の神様の一覧表を作っていらっしゃるのですが、お名前も連絡先も載っていないのでURLを引っ張ってこられないでいます。
唐辛子婆
-
- olive kenjiさん 2022/12/12 09:10:40
- 薩摩藩英国留学生記念館
- 唐辛子婆さま また遠くまで行かれたのですね。
九州の観光地と言えば、霧島温泉、桜島、鹿児島市、指宿を思い浮かべますが、出水市や串木野市などは、一体何があるのという認識でした。ましてや川内なんてカワウチと読むぐらい知らない街です。仙台は知っていますが。
その様な所へ、路線バスなどで行かれるのですから、大変だったかと思います。
でも途中での鍋鶴のお写真や鶴の会話は唐辛子婆さまの本領発揮を垣間見ました。
薩摩藩英国留学生記念館は全く存じませんでした。
でも、ぜひ寄りたい気持ちは読んでみて何となく分かりしました。
当時の青年がスエズ運河を通って英国へ行く姿に、唐辛子爺さまが若き頃に横浜からシンガポールまで船旅で行く様とオーバラップしてみえました。
また、おそらく世界中の珍しき光景、風習に驚く様は、唐辛子婆さまが若き頃に異国を転々とした時の心境と相通ずるものがあるのではと思いました。
表紙の青年たちの集合写真の中に、なぜか私は唐辛子爺さまと婆さまも一緒に寄り添っているのが見えるのです。
おそらく私はこの辺りへ行く機会は無いかと思いますが、行ったならば是非、薩摩藩英国留学生記念館だけは寄ってみたいと思います。
- 唐辛子婆さん からの返信 2022/12/14 00:02:04
- Re: 薩摩藩英国留学生記念館
- olive kenjiさん
また書くところを間違えました。
ご訪問ありがとうございます。
路線バスやタクシーで行くのは全然大変ではありませんよ。
いろんな人の話が聞けて楽しいです。
olive さんが小石川植物園から駅までの道で
「道を聞くときにグーグルマップをなるべく使わないで人に聞く」
とおっしゃってたのを私はいいなと思って真似をすることにしました。
あの時サラリーマン風の人にとても親切に教えてもらえてましたよね。
旅に出たら歩かなくちゃ。旅に出たら地元の人とおしゃべりしなくっちゃ。
でもレンタカーだったらもっと簡単に行けるのも事実ですね。
薩摩藩英国留学生記念館はぜひいらしてください。
鹿児島市内に作らず、あの場所に建ててこその記念館ですので。
出水のツルはせっかく望遠レンズを買ったのだから試してみたかったんです。
雪の釧路平原にも行ってみたくなっちゃいました。
唐辛子婆
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