2022/11/22 - 2022/11/22
390位(同エリア1111件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1780冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,493,895アクセス
- フォロワー171人
ツアー3日目も午前5時には目が覚めてしまいました。部屋の空調が調整できないので消しておいたら寒くて目が覚めたということもあります。すぐに大浴場に行って体を温め、屋上のインフィニティの温泉プールにも入りました。ここからは阿寒湖や雄阿寒岳など周囲の山々がきれいに見渡せます。温泉を楽しんだ後は日の出を見計らって周囲を散歩することにしました。昨年時間が無くて行くことが出来なかった「ぼっけ」まで行ってみることにします。ここへ行きたかったのは昭和50年に母が祖父母と伯母と一緒に旅した写真を見ていたからです。それくらいの気持ちで歩いてみましたが、周囲には誰もいなく最高の景色と時間を過ごすことが出来ました。阿寒湖の出発は午前8時20分と早く、そのまま1時間ほど走って摩周湖に向かいます。天気が少し気がかりですが、晴天でもなく多少の霧がかかった微妙な景色でした。「摩周湖カムイテラス」もツアーの売りに1つでしたが、元々ある展望台の上がきれいに整備されているくらいのものでした。摩周湖から屈斜路湖の「砂湯」までは30分ほどの移動で、途中には毛綱 毅曠(もづな きこう)の設計した「弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民族資料館」の前も通過しました。ツアーの予定表には「砂場」と書かれてありましたが、実際は「砂湯」です。このツアーを企画した人に会ってみたくなってきました。ここでも30分ほど自由時間になりますが、屈斜路湖と周辺にいる白鳥を眺める程度の滞在です。さすがに寒いので砂を掘って足湯を楽しむ酔狂な人もいません。屈斜路湖を出るとバスはそのまま網走まで向かいます。オホーツクの海岸線を走り抜けますが、景色の良い「涛沸湖」や「小清水原生花園」も立ち寄りません。お昼は網走の刑務所の前にある「オホーツクバザール」でした。ここでの食事も初日のバスの中でオプションとして注文してありました。周囲には食事するところも無いので良かったのかもしれません。食事はあっという間に終わってしまうので、網走川に架かる鏡橋を渡って「網走刑務所」に行ってみます。ゴールデンカムイの第1巻にも出て来る正門の前に建ってみると感慨深いものがあります。ここへ来るまで「網走監獄」という施設と勘違いしていましたが、ここは本物の刑務所です。中に入りたいと考えてはいけません。網走を出てバスは網走湖に沿って走り、十勝オホーツク自動車道に乗って、北見西ICで降ります。この近くに弟の勤める「道総研北見農業試験場」があります。バスはもう少しでその近くを通過したのですが、道をそれてしまいました。以前札幌で仕事した終わりに汽車に乗って北見から留辺蘂(るべしべ)駅まで行ったことがありますが、途方もなく長い時間がかかった記憶があります。その当時の訓子府にはエスカレーターは生協の1階と2階を往復する2本だけでしたし、飲食店は居酒屋とスナックとカラオケ屋が1軒づつしか無くて、送別会も歓迎会も3次会以上できないと言っていました。国道39号線を走るとたくさんのお店が出来ていて少し安心しました。バスは国道をそれて「キタキツネ牧場」に立ち寄りましたが、よくこんなところを探してきたなと思うほどの昭和レトロな施設です。トイレも和式ばかりなので年配の女性はカンカンです。施設はレトロですが、キタキツネを間近で見ることは無いのでそれなりに面白かったです。ここを出ると層雲峡温泉までラストスパートですが、途中から雪道になり、ホテルに到着すると真っ暗になっていました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス JALグループ ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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午前5時過ぎに目が覚めてしまい、9階の大浴場に向かいました。部屋の空調が調整できないので切ってしまったら寒くて目が覚めたということもあります。
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屋上のインフィニティ温泉プールの混浴も楽しんで、散歩に出掛けることにします。残念ながら自分より年上のおばちゃんばかりでした。
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ホテルから目と鼻の先に「ぼっけ」のある小さな半島が見えます。ここへは昨年も行きたかったのですが、釧路発の3つの湖を周る「ピリカ号」ではここへ来る時間はありませんでした。
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昭和50年の1975年に母が京都の祖父母と伯母と一緒に北海道を周遊した際に立ち寄ったと聞いていました。母と北海度を旅することはありませんでしたが、写真に残っていた場所の多くはその後多くを訪ねました。
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まだ夢の中の妻を部屋に置いて1人で散歩しました。この時期は熊が出るという情報もあるので一緒に来てもらいたかったのですが。
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山の中の夜明けも始まったようです。西側の山々が赤く染まってきました。紅葉が終わってもまだ美しい景色は残っていると感じます。
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この遊覧船委は昨年乗ることが出来たので懐かしいです。釧路から出た「ピリカ号」という観光バスは摩周湖と屈斜路湖に立ち寄ってから阿寒湖に着くのですが、その到着時間と出港時間がほとんど一緒なので、予定より早く着かないと載ることは出来ません。ただ乗ってしまうと釧路へ帰る「ピリカ号」に乗ることは出来ず、同じ阿寒バス会社の路線バスで釧路に帰りました。
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湖畔から水に入って釣りをする方が鈴を鳴らしながら歩いていたので、邪魔にならない程度に後をついて行きました。
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すぐに鬱蒼とした森の中に入りました。ボッケとはアイヌ語で「煮え立つ場所」という意味で地質現象の「泥火山」のことを意味します。ホテルから北に15分ほど歩くとこのボッケがあり、ここでは地名としても使われています。
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ボッケの森はエゾマツやトドマツなどの針葉樹とカツラやミズナラなどの広葉樹が混じってできた森に、エゾシカやエゾリスなどの野生動物が生息している自然豊かなところです。遊歩道には彼らの糞が落ちています。
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これらの木々は母が来た47年前にもここにあったのだと思います。人間の一生は自然に比べたらあっという間だと実感します。
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ボッケは地下から泥が火山ガスと共に吹き出て地上に盛り上がったり、あぶくの膜を破裂させたりする現象です。吹き出している泥は97℃ほどにもなるそうです。
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この辺りでは熱水や火山ガスだけを噴出している場所もあり、この地域では50センチ以上の雪が積もりますが、この辺りは地熱が高いため雪がほとんど積もりません。
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こんな池が周囲にはいくつもあります。
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泥坊主が出来る瞬間を狙ってシャッターを押しますが、なかなかうまくいきませんでした。
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北海道について2日間は青空を見る事がありませんでしたが、3日目になってようやく晴れ間が見えてきました。
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誰もいない早朝の展望台です。湖面に張り出した感じになっているので先端まで行ってみます。
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T字型のデッキの右側に行ってみると雄阿寒岳がきれいに見えました。ホテルの部屋からは雲が掛かっていない姿が見えましたが、少し隠れてしまいました。
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雄阿寒岳を見ると山頂付近から山麓にかけて、地滑りをしたような山肌が露呈している筋を明瞭に確認することができます。これは1993年1月15日に北海道道東地域を襲った釧路沖地震により雄阿寒岳が裂けた亀裂痕だそうです。
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30代の頃にスイスを旅したことが何度かありますが、そんなことを思い出させる湖畔の景色です。ローザンヌの湖畔の「ル シャトー ドゥーシ」という城から眺めた早朝のレマン湖の姿のようです。
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雌阿寒岳も朝焼けの姿を見せてくれます。古くはアイヌ語で「マチネシリ(女山の意味)」と呼ばれ、雄阿寒岳は「ピンネシリ(男山の意味)」と呼ばれたそうです。
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湖畔の岸辺からも湯気が立っています。ここまで温泉が湧いているのだと分かります。
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現在はその場所まで行けませんが、母が旅したころは足湯までできたようです。
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昨年の9月に来たときは緑濃い湖畔の風景でしたが、冬枯れした景色も美しいと思います。
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太陽光線が周囲の山々を越えて来ると空が赤く染まってきました
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沖合には小島が見えます。特に名前など無いようです。
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火口から噴煙を上げて火山活動の影響で草木が生えない雌阿寒岳の姿を見たアイヌの人々は「山同士の争いに巻き込まれて槍で突かれて、傷口から膿を流している」と解釈し、さまざまな伝説を造り上げてきたそうです。
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雄阿寒岳と雌阿寒岳は元々は夫婦の山でしたが、雄阿寒岳は留辺蘂の奥にあるポンヌプリ(小さい山)を妾として囲っていました。それを知った魔の神ニッネカムイが「山のくせに妾を持つのは生意気だ」と、雄阿寒はおろか罪科の無い雌阿寒まで槍で突き刺しました。雌阿寒の火口はその傷跡だといいます。
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地元の友人のお母さんがマリモを育てていて、餌まで取り寄せていると聞いたので、「マリモを捕まえに北海道の阿寒湖に行ってくるよ。」と伝えました。もちろん阿寒湖でマリモを採ってはいけません。湖畔からの写真をLINEで送って「マリモはすばしっこくて捕まえられませんでした。」としました。お詫びにと言ってマリモ羊羹をお土産にしました。
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母や祖父母の歩いた「ぼっけ」のも来ることが出来て大満足です。
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そろそろホテルに戻らないと朝ご飯を食べる時間が無くなってしまいます。根こそぎ倒れた樹木は地中深く根を張っていないようです。これは地中の温度が高いからでしょうか?
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湖畔の葦原には鴨の様な渡り鳥の姿もありました。
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宿泊しているホテルが見えてきました。帰りは湖畔のルートを歩いています。
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1階のガラス張りの所がレストランです。部屋は4階の一番左の角部屋です。
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阿寒湖に流れ込む小川も温泉のようで、湯気が立ちのぼっています。そんな川が幾筋もありました。妻は部屋からずっと見ていたようで近くに着いたところで電話がかかってきました。
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1階のレストランの入り口で待ち合わせしました。昨晩はしっかり食事が出来なかったのでお腹はペコペコです。
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晩御飯はよく味わえませんでしたが、朝ごはんはしっかり味の確認も出来ました。大型ホテルのバイキングではありますが、美味しい料理が並んでいました。
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朝からのっけ丼で海鮮をいただきます。甘えびとイクラとイカをたっぷり乗せます。ツアーの案内にも「いくらかけ放題!」とうたっていますが実際は「マスのたまご」です。いろいろなところが甘い企画です。でも美味しかったです。
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午前8時20分に阿寒湖温泉を出発しました。永山峠を越えて弟子屈を経由して摩周湖に向かいます。峠道からは元々阿寒湖に繋がっていたパンケトーという湖が一瞬見えました。
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このルートはカーブが多いのですが、霧の中を景色が楽しめるので好きです。昨年は摩周湖から逆ルートで走り抜けました。
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今回のツアーでは唯一エゾシカが見えた時でした。これまで何度も見ているので珍しいというほどではないのですが、カメラで追ってしまいます。メスは数多く見ることが出来ますが、単独で行動しているオスはなかなか出会えません。あっという間に走り去ってしまいました。
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永山峠を降りると牧草地が広がり、きれいな虹が見えました。
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ちょうど電気グルーヴの「虹」を聞いていたので笑ってしまいました。♪遠くて近い つかめない どんな色かわからない ゆっくり消える虹見てて トリコじかけになる♪
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弟子屈に向かってバスは疾走していきます。
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バスガイドさんが教えてくれましたが、弟子屈の手前にあるアンテナがたくさん立っている山のアンテナが見えると摩周湖には霧がかかっていないそうです。
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昨年行った「渡辺体験牧場」の近くを通過して、摩周湖に向けて再び山道を登り始めます。
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摩周湖に到着しました。「摩周湖カムイテラス」に行くというのもツアーの売りでした。新しい展望台が出来たのかと期待していたのですが、既設の展望台の上が整備されただけの印象です。
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カルデラ状の火山である摩周湖のほぼ中央部には、カムイシュ島(中島)と呼ばれる小島があります。「カムイシュ」とはアイヌ語のカムイ(神、または神のような崇高な霊的存在)+シュ(老婆)の意といわれ、その名はアイヌの口承文学であるユーカラによりアイヌが名づけたものだそうです。
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宗谷のコタン(アイヌの集落)同士がイヨマンテ(熊祭)の夜に争い、一方のコタンは敗れてそのほとんどが殺されてしまいます。敗れたコタンの老婆とその孫は命からがら逃げますが、逃げる道中で孫がはぐれてしまいます。
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老婆は孫を探しながらさまようが見つからず、カムイトー(摩周湖)付近までたどり着きます。老婆はカムイヌプリ(摩周岳)に一夜の休息を請い許されますが、悲嘆にくれ疲労困憊した老婆はそこから動けず来る日も来る日もそこで孫を待ち続け、とうとうカムイシュ島になってしまいました。
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いまでも摩周湖に誰かが近付くと老婆は孫が現れたかと喜んで嬉し涙を流すそうです。この涙が雨であり霧であり吹雪なのだそうです。1966年に布施明が歌った歌謡曲「霧の摩周湖」がヒットしたことで、摩周湖の知名度は一気に高まったが「摩周湖=霧、神秘の湖」のイメージが過度に定着したそうです。
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しばらくすると霧がかかってきました。展望台からは雄阿寒岳も見えるはずなのですが霧の中に隠れています。
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「摩周湖カムイテラス」はこんな感じでした。その下にある元々のお土産物屋さんも内部は改装されてきれいになっていました。
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場所はほぼ変わっていませんが、改装に伴って看板自体は新しいものに変わっていました。
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再び弟子屈の近くまで戻り、屈斜路湖に向かって走ります。
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現在は必要がありませんが、もうじき雪が積もると必要になって来る矢羽根付きポールが延々と続いています。これは1本25万円するそうです。その費用は北海道民の交通違反の罰金で賄われているそうです。
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屈斜路湖プリンスホテルに向かう道路を右折するとすぐに「弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民族資料館」が見えてきました。この建物は毛綱 毅曠(もづな きこう)という建築家が設計したものです。通過するだけで見学したことはありませんが、いつか見てみたいです。
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湖畔の林越しに屈斜路湖が見えてきました。白鳥の姿もあるのが分かりました。
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砂湯に着きました。ここへ来るのは4回か5回目になります。20代の頃に会社の社員旅行で来たような気もしますが記憶は定かではありません。
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2回目は弟家族と冬の凍結時に来ました。その時は砂湯の辺りだけが温かいので凍結しておらず、オオハクチョウがたくさんいました。
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真っ白いオオハクチョウに混ざったグレーの鳥はオオハクチョウの子供たちです。いわゆる「醜いアヒルの子」というわけです。オオハクチョウはこう見えて獰猛ですし、首を伸ばして立ち上がると160センチくらいにもなります。スイスのルツェルンの湖で餌をやってからかっていて追いかけられたことがあります。
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対岸の美幌峠辺りは雲の中ですが、雲間から差し込む太陽光線がきれいでした。
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湖畔の砂を掘って足湯を楽しむには時間もありませんし少し寒すぎます。いつもであればだれかが彫った穴があってお湯が沸いているのですが、そんな形跡もありません。
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屈斜路湖と言えばクッシーで、有名なイギリスのネス湖に生息するネッシーに倣って名付けられました。1973年8月に中学生40人程が藻琴山への遠足中に目撃したことが知られ、全国的にクッシーの存在が知れ渡ります。一時は凄いブームになってお昼のワイドショーなどで紹介されていました。50年近く経ってもいまだにクッシーグッズやお菓子が売られていることに驚きます。
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だれも砂湯を楽しまなかったのでツアーの予定表にあった「砂場」30分という表記は合っていたのかと思います。時間があったので絵葉書を1枚買ってポストに投函しました。
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屈斜路湖を出るとこの辺りの3つの湖の見学は終わります。川湯温泉の近くを通過するときに一瞬だけ硫黄山が見えました。立ち寄るならこちらの方が面白い気もします。
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川湯温泉の中を通過しましたが、いくつかの旅館やホテルは廃業していました。この温泉はコロナ禍の影響を強く受けたとバスガイドさんが説明してくれました。
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野上峠を越えて小清水町に出ると再び北海道らしい景色が続きます。天気もだいぶ良くなってきました。
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道端には甜菜(ビート)が積み上げられています。昨年釧路をベースに道東を旅した時は青々とした葉をつけた甜菜畑を見ることが出来ました。
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しばらく走ると濤沸湖が左側の車窓に見えてきました。右側にはオホーツク海が広がるはずですが小高い丘が続いていて海は見えません。
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濤沸湖は2005年にラムサール条約登録湿地となった渡り鳥の中継地点になる湖ですが、鳥の姿は全く見えません。
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「小清水原生花園」はオホーツク海と濤沸湖に挟まれた約8キロメートルの細長い砂丘の上に形成された天然の花畑で、4月末から9月いっぱいにかけて200種類にも及ぶ植物を見ることが出来ますが、この季節では花の姿はありません。
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オホーツク海に一番近いと言われる「北浜駅」を通過しました。反対側の車窓なので上手く写真が撮れませんでした。冬の流氷のツアーだとここにも来るようです。
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美しい湿地がどこまでも続いています。北海道には結構来ているつもりですが、まだまだ知らないところが多いです。
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一瞬だけ見えたオホーツク海です。網走港南防波堤東灯台の辺りが少しだけ見えました。そしてこれが見納めでした。
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バスは網走市内の永専寺の前で少しだけ停車しました。
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長らく網走監獄の教誨師を務めた僧侶の寺永法専が住職であった寺で、その縁から大正13年の1924年に旧網走監獄正門が当山の門として払い下げられました。現在は旧網走監獄正門のある寺として広く知られるそうです。
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JR網走駅の前も通過します。旭川から札幌方面に続くJR石北本線と知床斜里から釧路方面に続く釧網本線との分岐駅です。昨年カヌーを楽しんだりノロッコ号に乗った塘路駅の終点がここなのだと思うと感慨深いものがあります。
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駅の看板が縦書きなのには理由があります。網走刑務所で刑期を終えた受刑者が網走駅から列車に乗って故郷や大切な人のもとへ帰る際に「横道にそれることなく、まっすぐに歩んで生きて行ってほしい」との想いを込めて、縦書きの看板にしたそうです。
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お昼を少し回ったところで「オホーツクバザール」というドライブインの様な施設に到着しました。1階がお土産物店で2階がレストランという典型的な昭和のドライブインです。
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道すがら看板も見えた流氷ドラフトを飲んでみることにします。これだけでは足りないのでサッポロクラシックも1本注文します。網走の冬の風物詩「流氷」を仕込水に使用して、天然色素クチナシによるオホーツク海をイメージした鮮やかなブルーが特徴的です。すっきりとした爽やかな飲み口の発泡酒です。
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オプションでお願いしていた海鮮三色丼の竹は2,000円でした。
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大きなサーモンとカニのほぐし身と海老が乗っています。みそ汁は帆立の稚貝でした。
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妻は同じ三色丼の松です。こちらは帆立とイクラとカニのほぐし身といった内容です。途中で具材のトレードをして美味しくいただきました。
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レストランの窓からは網走刑務所が見えました。時間もあるので歩いて近くまで行ってみることにします。
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恥ずかしながらここと観光施設である「網走監獄」は同じなのだと思っていました。なので残った時間で内部を見学できないだろうかと考えていました。
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夏の旅で札幌郊外の「北海道開拓村」にいってからハマった「ゴールデンカムイ」でも重要な場所がこの「網走刑務所」です。
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妻の世代だと高倉健の映画「網走番外地」みたいです。釧路川に架かる鏡橋は出所した際にこの橋の上から川に映る自分の顔を見て更生するとされます。現在でも地番が無いので番外地だということです。
https://www.youtube.com/watch?v=p1EiEkFuJbw -
これまで監獄と言えば明治村に残された金澤監獄と中国の旅順郊外の日露監獄旧蹟博物館くらいしか行ったことがありませんが、ここには入りたくはありません。母は長年青少年育成委員や保護司を務めていたのでよく鑑別所へ通っていました。母のお世話にならなくて良かったと思います。
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「ゴールデンカムイ」の聖地とされているのは「博物館網走監獄」でここは本物の「網走刑務所」ですが、昭和中期まで使用されていた教誨堂、五翼放射状平屋舎房といった明治や大正時代の大型木造建築物は「博物館網走監獄」に移築され保管されています。
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正門や外周の煉瓦の壁は明治時代のものがそのまま残されているということなので見学することにします。
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明治維新後の日本は内乱による国事犯や政治犯が続出したため、監獄は過剰拘禁となっていました。同時に「富国強兵」を掲げて西洋列強と肩を並べるためやロシア帝国による脅威を防ぐためには蝦夷地(北海道)の開拓が重要でした。
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そこで明治14年の1881年に「監獄則」改正を行って、懲役刑12年以上の者を拘禁する集治監を北海道に設置し、囚人を労働力として使役させて北海道の防衛と開拓を進める政策を執るようになります。
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網走刑務所は明治23年の1890年に中央道路の開削工事を行うため、釧路集治監から網走に囚徒を大移動させて開設されます。発足時の囚人数は1,392人でその3割以上が無期懲役であり、ほかの囚人も刑期12年以上の重罪人でした。中央道路工事はわずか1年間で網走から北見峠まで約160キロが開通しており、最終的に完成した時には226キロにも及びました。過酷な労働条件による怪我や栄養失調が続出し、死者は200人以上に及びます。
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網走の発展は刑務所設置に大きく関わっていますが、以前は地元にとって刑務所は決して好ましいイメージではなく、戦時中には刑務所名変更の請願を当時の網走町が提出しています。
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高倉健主演の映画「網走番外地」シリーズの人気により、網走刑務所は全国区の観光名所となっていきます。昭和58年の1983年には網走刑務所の全面改築工事に伴い、旧刑務所の教誨堂や獄舎などを移築復原した「博物館網走監獄」が天都山中腹に開館し、観光名所になっています。そして「ゴールデンカムイ」の人気が爆発します。
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周囲の公園には「釧路監獄署網走囚徒外役所」の基礎石が残されています。また「笠石」と呼ばれる煉瓦の壁の上の保護石も置かれてあります。
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赤煉瓦の塀は周囲延長1,090メートルに及び、明治45年に新設された煉瓦工場で生産されています。約150万枚の煉瓦が使われています。
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刑務所の正門前には「刑務所作業製品展示場」がありました。受刑者の方が造った木工品を見ていたら、実家にあったゴミ箱やティッシュ入れは母が保護司の見学会でどこかの刑務所の見学の際に買ってきたものだったことを思い出しました。
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妻の姿には網走刑務所に面会に行った帰りの様な疲労感を感じます。バスに戻るとすぐに出発になりました。
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網走を出るとまた雲行きが怪しくなってきました。
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巨大な網走湖の北側を通過して北見に向かいます。
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峠を越えて北見側に降りると天気も良くなってきました。
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石狩本線の線路を越えました。札幌から当時弟の住む留辺蘂まで行った27年前は北見駅で進行方向が変わり、バックしながら訓子府駅に下り立った記憶がありました。その路線は「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」だったと思いますが、既に廃線になっていました。
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常呂川の美しい景色も越えて行きます。現在弟は単身赴任で道総研北見農業試験場に勤務していますが、かなり近くを走っているのに気が付きました。
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十勝オホーツク自動車道に乗って、北見西ICで降りた辺りからグーグルで現在地を確認していくとあと1キロくらいの距離まで近づきました。看板が見えたところでバスは右折して国道に出てしまいました。
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この丘の向こうに農業試験所があるのかと思うと弟も頑張っているのだと感じます。親戚の中では北大を卒業したのにお百姓さんになったと思われています。
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27年前にこの町に来た頃は訓子府にはエスカレーターが2基しかありませんでした。生協の建物の1階と2階の間の昇り下りだけだったそうで、甥や姪は東京に来るとエスカレーターに乗せると喜んでいました。また飲食店も3軒ほどしかなく、居酒屋とスナックとカラオケ屋だったので、歓送迎会の店は暗黙のうちに決まってしまうと言っていました。どうやっても3次会しかできないという話しは笑えました。
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ツアーの次の立ち寄り先はオンネトー温泉の近くにある「キタキツネ牧場」です。オンネトー温泉には弟家族と行ったことがありますが、露天風呂に入っていると目の前の石畳をエゾシカがカツカツ通り過ぎるようなところでした。
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無加川の先に「キタキツネ牧場」が見えてきました。よくこんなところを探したなと思うような場所にあります。
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西には留辺蘂丸山の特徴的な姿が見えます。
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昭和がそのまま残ったような観光施設です。キタキツネを間近で見ることが出来るという施設です。お稲荷さんの使いである狐と神社を組み合わせたのですね。
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ゲージで囲われていますがキタキツネと一緒の空間に身を置くことが出来ます。注意事項がいくつかあって、立ち止まらない、しゃがまない、ポケットに何も入れない、マフラーに気を付ける、スマホを持っていかれて巣穴に持っていかれたら取り返せないなど気を付けなければならないようです。
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タイミング的には冬毛が生え揃った時期なので一番きれいな姿だそうです。これで雪が積もっていたら最高なのですが。
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足元まで寄って来るので可愛らしいと思ってしまいます。北海道を旅していても釧路湿原で1回、積丹半島で1回、青池の近くで1階しか見たことがありません。
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キタキツネとエゾタヌキが放し飼いエリアで一緒に生活している日本唯一の動物園です。
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こんな黒っぽいキタキツネもいるのでしょうか?狐とたぬきに騙されているような気分になってきます。
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妻は少し立ち止まっただけでズボンの裾を嚙まれていました。キタキツネというとエキノコックス症という病気が思い浮かびますが、ここのキタキツネたちは問題ないようです。
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昭和な雰囲気の施設はトイレまで昭和だったようで、トイレの多くが和式だったようで、数少ない様式にツアーの全員が並んでしまい出発まで時間がかかりました。
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留辺蘂を出て1時間ほど走ると層雲峡に差し掛かります。峠の道は雪になってきました。
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車窓の風景は寒々しいものに変わってきます。
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あっという間に道路には雪が積もり出しました。
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大雪湖を越えると層雲峡温泉もすぐです。ここから石狩川が流れているようです。
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層雲峡温泉での宿泊は「層雲峡観光ホテル」でした。すでに周囲は真っ暗です。
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ホテルの周囲にはセブンイレブンが1軒だけあります。100メートルほどの距離ですが、地面がツルツルで危ないので行きませんでした。このセブンイレブンはスキージャンプの高梨沙羅のお母さんが店長をしていると聞きました。
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ロビーで食事券とクーポン券を受け取って部屋に向かいます。
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8畳間にイスとテーブルが置かれた典型的な昭和の温泉宿のレイアウトです。ところが布団ではなくてベットが入っています。反対側に床の間があるので枕の位置はこうなるのだと思いますが、出入り口側なので落ち着きません。
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トイレは独立したタイプなのはありがたいです。
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洗面台は広めなので使いやすいです。
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ユニットバスもありなすが層雲峡温泉なので使うことはありませんでした。
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表に買い物に行こうとしましたが危ないのでホテルの売店に行きました。ところがこのホテルの売店は商品がスカスカでクーポン券の使い道もありません。この日使わなければならないクーポンがまだ3000円円残っています。仕方ないので1000円を少し超える買い物をします。さらに明日まで有効のクーポンが6000円分増えました。
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食事はチケット制でした。部屋で缶チューハイを飲んで食事の時間を待ちます。製氷機は売店になるのでこれは助かりました。
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食事はバイキング形式でしたが意外に美味しかったです。ツアーの料理にフォンデューとうたってありましたが、ホテルではこの時期メニューに入っていなかったようです。急遽用意されたようですが、ここでもグズグズの企画です。
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熱々のチーズフォンデュ―なので他の料理もチーズを付けてしまうと熱々になるので美味しくいただけたのかもしれません。
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ウォーマーが付いていて固形燃料も置かれてあるので最後まで熱々でした。
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揚げたての天婦羅や焼きたてのステーキも美味しかったです。
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食事の後はようやく温泉に入ることが出来ました。今回は初日に泊まった十勝川が1番で2番がここ層雲峡で3番が昨晩泊まった阿寒湖でした。温泉巡りという切り口だけであれば今回のツアーは及第点だったと思います。
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夜空に雲は無いようで、明日の天気は良さそうです。そして満天の星空の中にオリオン座を見つけました。
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旅行記グループ 2022十勝川・阿寒湖・阿層雲峡温泉の旅
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