2022/09/25 - 2022/09/25
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たびたびさん
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前回の淡路島は、ほとんどスルーしただけで心残りだった先へのリベンジ旅。どちらかというと天草もそうだったし、行きたい新天地もかなり少なくなってきていますから、これからはそういう旅が中心になっていくのかな。
で、その流れの中で浮上したのが太宰府と吉野ケ里遺跡の旅。実はサイコロ切符の企画で広島から博多の切符が手に入って、どこにしようか思案をしていたのですが、太宰府は太宰府天満宮の記憶さえもうおぼろげだし、天満宮のほかは観世音寺や九州国立博物館くらいでそんなに丁寧には回ってはいないんですよね。吉野ケ里遺跡の方も近くを通る度に気になってはいるのですが、なかなか訪ねるまでにはなっていない。先般の佐賀の旅でも何か最後のところでスケジュールにはまらなかったり。ただ、そもそも縄文時代から弥生時代、古墳時代といった古代は私の主要テーマの一つ。それでいてまだ吉野ケ里遺跡に行けてないってのはかなりまずいんですよね。そんなこんなで、この機会に、この二つを一気に解消することにした次第です。
さて、一日目の今日は、太宰府周辺のレンタサイクルの旅。太宰府駅を出発して、観世音寺・戒壇院から大宰府政庁跡に大野城にも寄り道して、国分寺跡や最後は水城館まで。太宰府といえば菅原道真を祀る太宰府天満宮みたいになっていますが、やっぱりそれは一部のこと。ヤマト政権の出先機関としての太宰府はそれ相応の歴史と重みがありますからね。そういう意味では、広大な敷地が残る大宰府政庁跡を初めて見てその思いは強くなったし、逃げ城だったという大野城や太宰府防衛のための水城の意味が分かったことも大きな収穫。そして、レンタサイクルを返してから、ちょろっと九州国立博物館をチェックして、夜は楽しみにしていた神幸式大祭の最後を飾る幻想的な千灯明。ほか、梅ケ谷餅の食べ比べも十分できたし、ほぼ完ぺき。初日からこれ以上ない出だしとなりました。
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朝イチ新幹線で博多に入ってJR二日市駅に到着。まだ時間は早いし、まずはJR二日市駅周辺でちょっと立ち寄りです。
福岡共同古文書館は、JR二日市駅から歩きましたが、少し距離がありますね。 -
観光的な要素はあるのかなと不安でしたが、まあまあといったところ。入口入ってすぐに展示室があって、
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筑後川水系の水害や
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北九州の公害の歴史なども豊富な写真とともに記憶を留めています。
華やかなイメージの福岡県ですが、それなりに苦難の経験もありましたね。 -
同じ通りにある、こちらはふるさと館ちくしの。筑紫野市の施設なので、太宰府市とは違った切り口で地元の歴史と文化を伝えます。
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といっても、筑紫野市は太宰府市と一体のイメージだし、どうなんでしょうね。
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装飾壁画を有する五郎山古墳ほかの古墳時代の展示や白村江の戦い後の大宰府の防衛の役割とかは、大宰府市のそれとやっぱり相当部分がダブります。
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ただ、こちらの展示は、
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縄文時代や弥生時代とのバランスもいいし、
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けっこうがんばっているなという印象。
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特に、西日本の大和政権との関係性では、三角縁神獣鏡の分布や
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初期の前方後円墳の分布に基づいて、西日本の大和政権との関係性とか広範囲のテーマも取り扱っていて、こちらはこちらでしっかり特徴があると思います。
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これは太宰府の守り。
太宰府の前面には水城と大野城、後方には基肄城が築かれた関係がよく分かります。
そして、そのエリアは現在の太宰府市だけではなく、大野城市、春日市、筑紫野市にまたがる広大な地域。古代の都市設計のスケール感は想像以上に雄大です。 -
では、ここから太宰府へ。最終的にはこの西鉄太宰府線を使うことになります。駅は西鉄二日市駅、西鉄五条駅、太宰府駅の三つだけなんですけどね。
ただ、JR二日市からだとちょっと迷うのは西鉄二日市駅をどう経由するか。JR二日市から西鉄二日市駅までバスを使うか。それとも、JR二日市から西鉄の紫駅に歩いて、そこから西鉄二日市駅で西鉄太宰府線に乗り換えるか。意外に面倒くさいです。 -
太宰府駅に到着して、ここからは西鉄太宰府駅のレンタサイクルを利用します。電動自転車の方を 予約しておいて、そのまま駅で受け取りました。スピーディでとっても便利ですね。
太宰府の周辺から水城の方まで足を延ばすのですが、これは自転車じゃないと絶対無理。利用価値はかなり高いと思います。 -
太宰府駅を出発して、ほどなく観世音寺。
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イチオシ
境内を隔てる塀とかはなくて、ざっとした林の中に建つお寺。この長閑な雰囲気は独特ですよね。
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雅楽の演奏が聞こえてきて、中を覗くと。。
今は太宰府天満宮の神幸式大祭の期間中。これもそれに合わせたものだったんだと思います。 -
少し離れた場所に建つ観世音寺宝蔵です。
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ここは、巨大な仏像群が圧巻。
高さ5.03mの馬頭観世音菩薩立像(平安時代初期)、高さ5.71mの不空羂索観音菩薩立像(鎌倉時代)、高さ4.98mの十一面観世音菩薩立像(平安時代)の三体はじめ、聖観音菩薩坐像に、阿弥陀如来坐像、十一面観音立像、四天王像、大黒天立像、吉祥天立像、地蔵菩薩立像、地蔵菩薩半跏像、兜跋毘沙門天立像など。館内に説明の音声テープが流れていて、一体一体説明をしてくれます。
ちなみに、観世音寺は、7世紀後半、天智天皇の発願で母、斉明天皇の供養のために創建された寺。この仏像群はその長い歴史を示しているものだと思います。 -
では、お隣りの戒壇院へ。
日本に渡来した唐僧鑑真が日本で初めて授戒を行ったとされる場所。 -
イチオシ
出家者が正式の僧尼となるための戒律を授ける戒壇院として認知されたのは、当時、奈良の東大寺、栃木の下野薬師寺とここの三つだけです。
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観世音寺と一体だったと考えられていますが、今は独立して隣接する寺の形。本堂も雰囲気があって、延宝8年(1680年)に再建されたもの。少し小ぶりの静かな境内ですが、その歴史は重いと思います。
なお、戒壇院の認可は天台宗を開いた最澄の悲願。比叡山でこれが認められたことで、以降、下野薬師寺やこちらの役割は低下していくことになります。 -
大宰府学校院跡は、戒壇院から歩いてもすぐのところ。大宰府におかれた官人養成機関の跡で、国史跡。吉備真備が唐より持ち帰った孔子の肖像画が安置され、学生、医生、算生といった200人以上が学んでいたということ。その説明板と「子等を思ふ歌」の詩碑が並んで立っています。
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大宰府学校院跡を過ぎるといよいよ大宰府政庁跡です。
7世紀後半から12世紀後半、九州を統括し、外光と防衛の最前線でもあった大宰府の中心であった場所。 -
イチオシ
大宰府政庁の正殿の跡には礎石の遺構が整然と残っていて、芝生で美しく整備された敷地の壮大さを合わせるとさすがに目を見張るものがありますね~
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吉備真備や大伴旅人、山上憶良に菅原道真もここでその能力を発揮したであろう歴史の場所。
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大宰府に来て、これを見ないとやっぱり話にならないと思います。
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イチオシ
最奥に建つのは、「都督府古址」を中心に「大宰府碑」(右)と「大宰府址碑」(左)。
この碑の前は、太宰府一のパワースポットと言うことです。 -
大宰府展示館は、大宰府政庁跡の敷地の端っこ。
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イチオシ
大宰府政庁跡の調査で見つかった遺構を保存し公開している施設。
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政庁の模型や出土した土器類に発掘現場の様子などそれなり。
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しかし、大宰府政庁跡の現場を見てしまうともうそれで十分な満足感があるので、ここで少し地味な説明を聞いてもそれ以上はあんまり響かないように思いました。
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さて、ここから先はどうなるのかな。あまりイメージがわかないままコースを先へ進みます。
こちらは坂本八幡宮。この辺りは、奈良時代に大宰帥だった大伴旅人の邸宅があったという説もあるようです。 -
また、苅萱道心と石童丸親子の悲しい物語、苅萱伝説にある苅萱の関のあった場所とも言われていて、地元で守られてきた小さな神社です。苅萱伝説は高野山でもそれなりに扱われているんですが、なかなか面白い歴史に関わっています。
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とここで、大野城への道しるべがありました。
いやいや、大野城までは行くつもりはなかったんですが、ここまでしっかり道しるべがあると行かないわけにもいかないかな。電動自転車だし、頑張ってみましょう。少し上りの坂を行って、自転車ではここまで。 -
その先は歩きですよ~
さてさて、大野城は、白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に大敗した後、対外的な防衛のために基肄城や鞠智城と並んで築いた古代山城。しかし、山に登り始めてからも延々と山道が続いて、 -
ありゃりゃ、四王寺山頂の表示まで現れました。
つまり、四王寺山というのは、大城山(大野山)を中心にして、岩屋山、水瓶山、大原山を合わせた4つの山の総称。その山頂ですから、これはとんでもないですよね。 -
もう少し峠道のような感じのところを進みましたが、これはきりがなさそう。
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結局、途中で引き返しましたが、
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この標識だって、分かりにくいですよね。というかこれではどこを目指していいのか私にはさっぱりわかりません。
後で聞いたところによると、大野城は城と言っても逃げ城と言って、水城とかで戦いに敗れたら、ここに逃げ込んでゲリラ作戦を行うという性格のものだったんだとか。懐が深くて山のあちこちに武器や食料を隠していたんだそうです。つまり、中心というようなものはない。なるほどなあとやっと理解が出来ました。 -
イチオシ
水城跡に向かうもとのコースに戻って、今度は太宰府市文化ふれあい館。歴史の散歩道というコース沿いなのですが、ここまで来ると太宰府天満宮からはかなり遠いので、観光客はほとんどいない感じですね。
ただ、建物はかなり立派ですよ~ -
それに、展示解説の方も大宰府や博多を巡る九州北部の栄枯盛衰、権力者の変遷を要領よくまとめていて、私としては意外に新鮮な切り口ですね。少弐氏から、これを撃退した大内氏。その大内氏が滅びると大友氏が空白地帯を埋めますが、今度はこれに大内の後継者を任ずる毛利氏が対抗するという流れ。大友氏、龍造寺氏、島津氏の鼎立は、その後の時代のことになります。
太宰府の権威を利用していたのはせいぜい少弐氏くらいまで。その後は実力次第。戦国時代の混乱期に入ったということですね。 -
文化ふれあい館からすぐの国分瓦窯跡は、大宰府政庁や筑前国分寺、観世音寺の瓦を作った跡ではないかと言われる場所。
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草原にそれを示す石柱が立っていて、背後はため池のようなことになっています。窯跡はそのため池の中に水没しているので、確認はできません。
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さらに進んで、これは筑前国分寺跡。ここは、講堂跡。石垣ではなくて、瓦のようなものを重ねて土の崩れるのを止めています。
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こちらは、七重の塔が建っていた塔跡。
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イチオシ
礎石が力強い印象。素晴らしいですね。
こちらも芝生できれいに整備されていて、気持ちよく拝見することができました。 -
筑前国分寺跡に隣接して国分天満宮。
入口の鳥居の方からとても清々しい雰囲気。 -
祭神は菅原道真のようですが、その規模からいっても地元の人に守られた神社ですね。遺跡と並んでいてもなんかそれなりに馴染んでいるのがすごいかなと思います。
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同じ場所には現代の筑前国分寺もあります。
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こちらは遺跡ではなくて、創建時の国分寺が廃絶していたところを江戸時代に再興したもの。
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国の重要文化財に指定される薬師如来を本尊として、九州四十九院薬師霊場会の一番札所。国分寺の名前に恥じないように、塀や本堂・庫裏などかなりちゃんと整っています。
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さて、こっち方面の終点は水城館。要所要所に親切にあった道しるべもここまでですね。
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こちらは、水城跡東門の北側に建つ水城の資料館。小さな山の裾横に埋め込まれて変わった構えの建物ですが、水城の土塁をイメージしたという設計なんだとか。
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で、この山の上には、水城の土塁を見下ろす展望所。
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イチオシ
眼下に本物の水城跡がくっきりと見渡せました。
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イチオシ
そして、これは小山のふもとに建つ水城大堤の碑。水城の本体は水城大提。つまり、水城は川をせき止めてその下流域に水を張って、敵の大軍が攻め込めないようにした大規模な土木建築物なんですね。大軍がそんなに都合よくこの方向から攻めてくるのか分かりませんが、百済から逃れてきた朝鮮人の指導によって造られたもの。役に立つような立たないような気もしますが、これが町全体を守っていたという安心感はあったでしょうし、壮大な建築物を相手に見せることにもそれなりの効果はあったかもしれません。
なお、水城にはこの本体である水城大提のほかに、大提に付属した小水城というのがありまして、天神山水城跡や大土居水城跡は小水城の方です。水城ならやはりこっちを見ないとダメかなと思います。 -
では、昼飯は近くのボーノへ。ここは観光客にはちょっと不便なエリアだし、地元のお客さんが中心のお店かと思います。
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ただ、トマトパスタのアマトリチャーナロッソをいただきましたが、これが抜群のおいしさ。シコシコとかつ舌触りのいいパスタに、濃厚でうまみが凝縮したようなトマトソースは少しピリ辛の味も忍ばせてあって、その加減も絶妙。キレがありますね。高級感はないですが明るい店内で、街のパスタ屋さんとしてこれは申し分ないお店。最高ランクの評価ができると思います。
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ここから太宰府駅の方に戻りつつ。。
榎社は、太宰府天満宮の飛地境内。大宰府政庁跡の南にあって、菅原道真が謫居した跡とされています。そ -
の後、治安3年(1023年)、大宰大弐の藤原惟憲が道真の霊を弔うために浄妙院を建立して、今の榎社につながるとのこと。
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線路の関係からか、境内はちょっといびつな形で、入口から奥にひょろひょろっと末広がりの形。そこにちょっと小ぶりな本殿がぽつんと建っています。
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レンタサイクルはここで返却。後は近場を歩きます。
天満宮の境内は大勢の人です。
先ほど少し触れましたが、この期間は神幸式大祭という太宰府天満宮では一番重要なお祭りなんですね。康和3年(1101年)、大宰権帥の大江匡房が始め、菅原道真在世の往時を偲び、その霊を慰めるとともに、皇室の安泰と国家の平安を祈るもの。秋分の日をはさんで前後五日間で行われます。 -
お下りの儀、お上りの儀がハイライトだと思いますが、私は最終日の千灯明を拝見したくて、この日のスケジュールにした次第。
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千灯明は夜のイベントなのでそれまではまだ余裕がありますね。
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こちらは、太宰府天満宮の境内にある宝物殿。けっこう近代的な建物です。
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イチオシ
展示は、たぶん、博多人形かな。
入口は行ってすぐからは、菅原道真ゆかりの牛や -
や道真公の像などが目を引きます。
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全体としては展示は少なめですが、
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どれも美しくて、格調が高い印象です。
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文久3年(1863年)の八月十八日の政変による七卿落ちで長州にいた面々のうち5名は第一次長州征伐の後、福岡藩に移され、その後、太宰府に入ったという掛け軸。
人的な縁を頼ったようですが、治外法権の聖域という太宰府ならではの利点があったのでしょう。捲土重来、とても興味深いお話です。 -
小山田茶店は、菅公歴史館のちょうど真裏のお店。この辺りから、天開稲荷社の上り口かけて、いくつも茶店がありますが、その一つ。
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梅ヶ枝餅の評判が良かったのでそれをいただきました。梅ヶ枝餅はどのお店もあんまり違いはないと思いますが、ここのは餡子の強烈な甘さが特徴かな。それがけっこうおいしくて印象に残りました。
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池の方では千灯明の準備が進められています。
まあ、まだまだですけどね。 -
では、国立博物館の方にも行ってみましょう。
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九州からすると待望の国立博物館。
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長年の夢がかなっての設置なんですが、
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歴史がないのは如何ともしがたいところがあって、所蔵品の厚みは一角落ちるのは否めない。
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それをどうやって見せるかの方でカバーをしているようなところがあって、ちょっと限界があるといえばあるんですけどね。
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まあ、そうはいっても
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のっけから
この火炎土器の展示とか。
海外から来た観光客に対してはストレートに響きそう。 -
こちらの焼き物や茶道具類のコレクションにしても
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とにかく美しくて
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見た瞬間に
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その美を感じることができるでしょう。
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遮光器土偶から
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この足を踏ん張った土偶も国宝級かな。
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ただ、土偶は東北とかが本場。
九州では比較的少ないので、そこはちょっとギャップはあるんですけどね。 -
別室では巨大埴輪。
ぎょえっとするような大きさと美しさなんですが、 -
よその博物館から拝借しているもののよう。これだけのものをよく借りれたなあという感じなんですが、しかし、それはこの博物館に信頼があるから。
いろんなところでカバーできるのも実力ということですね。 -
これは人気の遣唐使関連。
北路と南路とありますが、新羅との関係がよくないので、もっぱら使われたのは南路。最澄や空海も南路を使っていて、本当に決死の覚悟での渡航。福江島の三井楽を訪ねた時にはその決死の覚悟の一端が少し分かったような気がしました。
時間がないので、ではこの辺で。。 -
帰りに、藍染川の辺り。光明禅寺の前の通りです。
梅壺侍従の蘇生の碑はちょっとした石囲いの碑ですが、これは太宰府天満宮の神官と梅壺という京女との恋物語の記憶を留めるもの。
神官は京で梅壺という女性と梅千代という子どもももうける中だったのですが、太宰府へ帰ってしまう。それを追ってきた梅壺ですが、藍染川に身を投げる云々。いろんな恋もあったと思いますが、死んだはずの梅壺が蘇生したという辺りが大宰府にフィットしたのかもしれません。 -
同じ場所にある伝衣塔。
小さな古びた石塔ですが、知る人ぞ知るのパワースポットなのだそう。というのも、鎌倉時代、崇福寺の聖一国師の夢枕に道真が現れ、禅の教えを請うと、国師は宋の仏鑑禅師を紹介。道真は悟りを開きその証に受け取った法衣をここに納めたというのです。道真と禅の関係もちょっと面白いかもしれません。 -
改めて門前町をぶらついて、
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いくつか梅ケ谷餅をゲット。
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境内の休憩所に座って、
千灯明を待ちながらいただきます。 -
これは、松屋の梅柄餅。
ところで、普段は白い梅ケ谷餅しかないのですが、25日は道真の誕生日。その日だけはよもぎの梅ケ谷餅も作られるんです。 -
こちらの梅ケ谷餅は、茶房きくち。
実はお昼にもいくつか食べたのですが、結局、それぞれがそれぞれですね。そんなに差があるわけではないです。
ただ、梅ケ谷餅は焼き立てをそのまま食べるのはイマイチ。ぱさぱさしていて、おいしくないです。それより、いったんサランラップでくるんでもらって少し蒸らしてから食べるのがグッド。ここで初めてお餅のもっちり感が出てくるので、それが本来の梅ケ谷餅の味。今回はそれがよくわかりました。 -
さて、辺りはすっかり日が暮れていい感じ。
暗くなった境内で数多くのロウソクに灯が灯されると -
心字池の周辺は一気に幻想的な雰囲気に包まれます。
うーん、この雰囲気だけでもなかなか。なんということはない演出なんですが、妙に心に響きますね~ -
そして、ここからは先ほどの舞台では巫女による神楽舞が奉納されるのですが、
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巫女さんの舞は何度か見ていて
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私にとっては別に珍しくもないのですが
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やっぱり、ちらちらと瞬く周囲のろうそくの明かりとのコラボが素晴らしいのかな。
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それに、舞は鏡のような池に映って、これもまさに幽玄の世界ですからね。いろんな要素がうまく絡んでいるようにも思います。
少し天気を心配していましたが、雨も降らず、無事に終了。いいものを見せてもらいました。ありがとうございます。 -
二日市駅の方に帰って
今夜の宿は二日市グリーンホテル。
まあ、チープですけど係の人の対応とかなにげに老舗の感じはあると思います。
明日も太宰府の周辺。もうちょっと頑張ります。
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