2022/08/14 - 2022/08/16
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Weiwojingさん
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礼文島からフェリーで稚内に移動した。一日に3便のフェリーがあるはずであり、本来なら15時に出て、17時頃には到着の予定であったが、先の2便が欠航になってしまったためにこの日唯一のフェリ-の到着が19時過ぎになってしまった。
稚内は日本最北端の地である。あちこちにそうしたものを表示したモニュメントがあるが、これらを見ると、日本の最北端に来たという思いが強く感じられた。ここでは2泊し、次いで名寄(なよろ)に向かった。
* 表紙の画像は、名寄市にある「北国博物館」の野外展示場に置かれているSLキロマキ編成「排雪車」で、この種のSLは全国でここだけにしか保存されていない。
- 旅行の満足度
- 4.5
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礼文島からフェリーで稚内港に到着した。夜7時過ぎの到着となってしまった(この稚内港の画像は翌日撮ったものである)。
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礼文島から稚内フェリーターミナルに着き、すぐタクシーで滞在予定のホテルへ向かった。たまたまホテルのすぐ近くに「北防波堤ドーム」があるのを知り、翌日出掛けてみた。まるで古代ローマ建築のような高い天井と太い柱のある半アーチ型の特徴があるドームである。
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歩いている人もなく、小生の歩く足音だけがドーム内に響き、少々異様な感じがした。
この「北防波堤ドーム」とは一体何なんだろうか。近くに説明版があったので読んでみると、これは1923年(大正12)樺太と稚内港を結ぶ連絡船への乗り継ぎのために建設されたものであった。稚内駅からここまで鉄道が伸長され、乗り継ぎがのための移動が軽減されたのである。 -
夜間、ドーム内には照明がともり、人気のない静けさと共に不気味さも感じられた。しばらく歩いてみた。
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ドーム建設に関わる紹介がこのようなパネルで掲示されている。
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ドームの建設に携わった人々の写真があるが、右から3人目の土谷實が設計者であった。
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ドームの前には「稚泊航路記念碑」が設けられている。
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もう一つC55型蒸気機関車として1937年(昭和12)3月に建設された日本で19番目にあたる機関車の主動輪が展示されている。1945年(昭和20)までは稚内と大泊(現サハリン州コルサコフ)を結ぶ稚泊連絡船への接続列車を、戦後は急行「利尻」を牽引するなど大活躍した。
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JR稚内駅とバスターミナル直結の複合施設「キタカラ」が街の中心部にある。最初この建物を見た時、稚内駅はずいぶん大きい施設だと思ったが、いざ駅に行くと、この建物の左側に小さな事務所と改札口があるだけの駅の施設があるだけで驚いてしまった。駅がこの建物に間借りしているような具合であった。
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稚内駅を突き抜けて駅前広場へ続くレールが見える。線路の終点には黄色い列車の車止めがある。実はこれは「日本最北端の線路」モニュメントで、かっはここまで線路がつながっていたのだろうか。
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駅構内に「最北端の線路」と記された表示がある。この時まであまり日本の最北端に来たという実感はなかったが、このような表示を見ると、「なるほど、そうなのか」という気がした。
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街を歩いていて、気がっいたことがあった。それはこの交通表示に見ることが出来る。一番下にロシア語の文字があり、これは街中ではよく見ることが出来た。
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ここでもロシア語で書かれた商店名が書かれているのが分かる。各商店の名前をロシア語で書いたものであろう。しかし、ショッピングをするようなロシア人の姿は見えず、商店街も寂れた様相を呈している。かつては賑わっていたのだろう。
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「稚内副港市場」へ足を延ばしてみた。特にお土産等を買う目的はなかったが、隣にある「稚内市樺太記念館」を訪ねたかったので、そのついでに寄ってみたわけである。
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中を覗いてみた。稚内副港市場は地元の人向けというより観光客向けの市場で、観光バスを利用してやって来る団体客が多いような気がする。
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主として魚介類が並べられているが、その他にはメロンのような果物、菓子類、土産物も売られていて、見ている分には面白く思われた。
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宗八かれい、真ホッケ、縞ホッケといった魚が並んでいるが、2種類のホッケの区別がよく分からない。
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昭和期の商店街を模した一角がある。かって見たことがある商品やら郵便ポストなどが並び、ノスタルジーを感じる雰囲気を醸し出している。
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こちらもその一部であるが、小生にとってかつて見たことがあるようなコマーシャルや写真があった。
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見たことがあるような人物や物品の名前がたくさん出てくる。まさに昭和の時代を思わせる一角である。
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「稚内市樺太記念館」
市場に来る人は多くてもここまで来る人は少ない。小生が稚内で来てみたいと思った施設のひとつである。 -
「樺太の先住民族」
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「樺太の絵はがき」
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樺太に設けられた日本側の国境標石(レプリカ)が展示されている。
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こちらはロシア側の国境標石。
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「旧瀬戸邸」を訪れた。1945年から1963年にかけて稚内は底曳漁業の前線基地として国内各地から人が集まり、活気にあふれていた。瀬戸家はニシン業で最盛期の1952年(昭和27)に機船底曳漁業などを営む瀬戸常蔵の邸宅として建てられた。
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玄関を入ると、まっすぐ廊下が伸びている。
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玄関を入ったすぐ隣の部屋に大きな和室が2つあり、ここではこのような宴席がしばしば設けられた。
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茶室の入り口。ここには水屋が設けられている。
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15畳ほどの大きな茶室がある。二面に大きな開放部のあるガラス戸があり、ここから庭園を眺めることが出来る。
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茶室の外からも入れるように蹲が設けられている。
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ここは仕事場だった部屋だろうか。書類や事務用品などが置かれている。
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2階へ上がる急な階段がある。上へあがってみた。
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瀬戸家唯一の洋室で、ここは主人の常蔵の私室で友人や知人を招き、寛いだ部屋である。
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家人の居間として使われた部屋のようである。
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箪笥だろうか?
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食器類がたくさん保存されていて、往時の繁栄ぶりが窺える。
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大きな炊事場がある。これだけの大邸宅なので、食事の準備には大掛かりであったのだろう。
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大きな日本風の庭園もあり、よく手入れされている。
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移動のために稚内駅に来た。ホームには「日本最北端稚内駅」と書かれた表示版がある。日本の最北端に来たという実感はなかったが、改めて地図を見ると、正にその通りである。
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稚内での滞在を終えて、次の目的地へ移動した。次は名寄である。稚内駅から宗谷本線を利用して名寄に向かった。
一両の機関車が入線してきた。宗谷本線は電化されてはおらず、しかも単線である。各駅停車の普通列車での利用である。 -
稚内駅から名寄駅まで20あまりの駅があるが、どれも小さな駅ばかりで、ほとんどは駅員がいない無人駅ばかりであった。
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小さな駅舎であるが、駅の機能はなさそうである。乗客が列車が来るのを待っための建物として使われているのだろう。
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「勇知駅」はトレラーハウスを思わせ、駅というか待合室のようなスペースだけがあり、ここでは降りる人は誰もいなかった。
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線路は単線ながら一直線にどこまでも続いている。
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単線のために対向車を待ち合わせるためにしばらく停車した。
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「幌延駅」
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稚内駅で前もって駅弁(かにいくらめし)を購入していたので、車中で外の景色を見ながら、しばし駅弁を楽しんだ。
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しばしばアジサイの花が咲いているのを見かけるが、北海道でアジサイの時期は6月よりはやや遅れているものと思われる。
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この花は「ハマユウ」である。割とこの時期どこででも見かける。後ろのオレンジ色の実はこの花の実である。
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白いハマユウもある。
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対向車がやってきた。宗谷本線は単線なので、しばしば対向車との待ち合わせで停車することがある。
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「みなみほろのべ(南幌延)駅」
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線路がまっすぐ一直線に伸びている。まるで森の中へ吸い込まれそうな感じである。
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窓から見える風景は本州とは全く異なり、広々とした牧草地が広がり、たくさんの牛が草を食んでいる。
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比較的大きな駅舎であるが、駅員はいないようだ。
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これまた小さな駅舎があつた。まるでコンテナ倉庫みたいだ。
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この駅には大きな駅舎があり、駅前には人家もあって、人の姿があった。
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こんな小さな駅舎もあり、雨風を避けるための待合室ののようだ。
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これも小さな駅舎で、建物が現代的である。
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しばらく山林を通過していたが、こんな広々としたところを通った。牧草地だろうか。
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「ちほく(智北)」という駅を通過した。ここもコンテナのような待合室があるだけである。
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農作業をしている人たちがいた。何を収穫しているのだろうか。
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やつと終着駅の名寄駅に到着した。ここだけは沿線で一番番大きな駅である。しかし、人の姿はあまり見かけない。駅前にも歩いている人が数人いるだけである。
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名寄では見てみたいものが2つあった。一つは「名寄教会」で、長い歴史を持つ教会であるが、このような淡いグリーンの小さな教会である。
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赤い屋根とグリーンの外観が目を引く。いかにも北海道の風土にぴったりの教会堂である。
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玄関部分。
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礼拝堂の内部。2階バルコニーから撮ってみた。
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窓の作りに目が引かれた。
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祭壇の隅の方にこのような十字架の形をしたプレートが掲げられている。英語でFaith, Hope, Love とあり、聖書の中の「信望愛」を表す言葉である。
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説教壇の背後に重厚な椅子が置かれている。
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名寄教会から「名寄市北国博物館」へ移動した。教会の牧師先生が「少し距離があるので、お送りしましょう」と送っていただいた。お言葉に甘えて、乗せていただいた。
5・6分で北国博物館に着いた。広大な敷地に博物館はある。 -
中に入ると、入り口がこんな風に飾られ、目を引いた。
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この博物館は北海道の北部に位置し、寒冷、多雪と明瞭な四季のある名寄の自然と生活を紹介していて、未来へのその知恵を継承発展させる願いを込めたテーマで展示をしているそうだ。
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アイヌの男性。
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上記の全身像。
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民家の囲炉裏が再現されている。
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北国ならではのむかしの様々な暖房器具を紹介している。
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先ほど見学してきた名寄教会の昔の写真が紹介されていて、興味深く見た。
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館内の見学を終えて、外に出てみた。雄大な自然の風景を眺めることが出来る。そんな中にかっての鉄道があるのに気が付いた。
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正面から見た機関車の雄姿。
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まるで煙を吐きながら走行しているようである。
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いかにも北海道らしい風景である。
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こんな風情のある花が咲いている。名前は分からない。
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小さなキノコが地面から顔を出していた。
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少し離れたところに宗谷本線が走っている。
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列車が通り過ぎようとしている。
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