2021/11/23 - 2021/11/23
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大分君稚臣(おおきたの・きみ・わかみ)が日本書紀に登場するのは、天武元年(672年)6月26日朝。
「朝明郡(あさけの・こおり、三重県三重郡)の迹太川(とおがわ)のほとり」で、大津皇子が天武天皇に合流したとき、恵尺率いる護衛9騎の1人が稚臣でした。
「大分君」とあるので、恵尺と同族でありましょう。ただ恵尺と違い、族長直系という身分ではなかったようです。
壬申の乱の決戦、瀬田の唐橋の戦いで古代戦史に残る勇名を馳せました。
天武8年(679年)3月6日没。
墓所は分かりません。
現在の大分市にある神社、大分社に祀られているそうです。
大分社に行ってきました。
参考、引用した資料は上記「六国史の旅 天武チルドレン1 文祢麻呂(ふみの・ねまろ)」をご覧下さい。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
飛鳥の万葉文化館展示より。唐橋の戦い。
村国男依率いる大海人軍は各地で近江軍を撃破、瀬田の唐橋に迫りました。
右が大海人軍です。目印に赤布を衣服に着けておりました。
天武元年(672年)7月22日、近江方の将軍智尊(ちそん)は、橋に細工を施しました。
★橋の中央を杖3本ほどの幅に切断し、一つの長板を渡してあった。もし板を踏んで渡る者があれば、板を引いて下に落とそうというのである。このため進んで襲うことができなかった。ここに一人の勇士があった。大分君稚臣という。矛を捨て鎧を重ね着して、刀を抜いて一気に板を踏んで渡った。板につけられた綱を切り、射られながらも敵陣に突入した。近江方の陣は混乱し、逃げ散るのを止められなかった。★
近江軍は潰走し、翌23日、大友皇子は自殺し、壬申の乱は終わりました。
次に書紀に稚臣が現れるのは、
天武8年(679年)3月6日、
★兵衛(とねり)大分君稚臣が死んだ。壬申の乱の大役に、先鋒として敵陣を破った。この功によって、外小錦上(との・しょうきん・じょう)の位を贈られた。★
外小錦上は後世の五位に相当します。
「死んだ」となっております。現役の時は五位以下であったことが分かります。五位以上であれば「卒」です。「兵衛」は宮中警護部隊の将校または下士官ですが、追贈で五位というので、中級将校以上であったようです。
五位以上は高級貴族といわれますので、恵尺ほどではありませんが、厚遇ではありました。
ただ、壬申の乱という歴史の大転換点で果たした役割からいうと、やや現場軽視という感じがします。
出自が恵尺のような、名門直系ではなかったからでしょうか。
これ以外のことは、何も彼についてはわかりません。 -
大分社拝殿です。本殿は覆屋におおわれていました。
事前の調べでは主祭神は「大分君稚臣」と「豊門別命(とよとわけの・みこと)」でした。
現場の神社由緒では、大分社、駐車場あり。大分君稚臣を祀ります。 by しにあの旅人さん大分社 寺・神社・教会
-
末尾2柱が、
「大分君恵尺大神」
「大分君稚臣大神」
となっています。
神社で大分君稚臣と関係があるのは、この案内板だけでした。
豊後国(現大分県)の式内社には、大分社の名はありません。
神社の由緒略記でも確実な創建は869年だそうです。 -
案内板は真新しく、最近設置されたようです。ご祭神は追加されたかもしれません。
壬申の乱での稚臣の勇姿を偲ぶ何もありませんでした。
多少、いや非常に、残念ではあります。
大分社をネットで検索すると、いくつかの旅ブログがヒットします。
そのほとんどが、稚臣に言及することはありません。
壬申の乱の勇者にとって、寂しいかぎりです。 -
唐獅子、狛犬が、ユニークでした。逆立ちしている。
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そんな、牙むかなくても・・・
-
福岡の玉島神社にも、逆立ち狛犬がいました。金沢に多いそうですが、九州も本場かな。
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歯をくいしばっている。吽ってことね。
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立ち上がっているのもいました。
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顔をアップで。
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獅子でも犬でもなく、ブタさんみたいです。
-
狛犬、獅子にこだわる私ですが、今回はノーコメント。楽しければいいということで。
-
一書に曰く、
口紅ってことは、女の子?
跳んだりはねたり、こんな愉快な狛犬さんに会ったことありますか。
もう、これ見るだけで、すっかり嬉しくなってしまいました。
旅の疲れなんか、どこかに行ってしまいましたよ。
夕方になっていたのですが、もっともっと、遊んでいたかったです。
こんな狛犬さんを作る人も、それをお宮に置くことにした人達も、相当ユーモアのある人達ですよね。
大好きすぎて、尊敬してしまいました。 -
境内には、ずっと謡曲が流れていました。どこから聞こえてくるのか分かりません。
ときどき途絶えるので、CDではなくお稽古です。
大分市には、今回初めての旅でした。
実は、私には縁がないわけでもなかったのですが、とにかく今回までは、足を踏み入れることもなかったのです。
ご縁というのは、私の実家の菩提寺は、博多にあります。
そこの実家のお墓のお隣さんが、ここ大分にお住まいだとか。
お墓参りの度に、お寺の奥さまが、「ご親戚なのですよ~」と教えて下さるのですが、祖父の従兄弟だかなんだか。よく分かりません。
これは、もはや他人さんですわね。
ところが、姪が勉強している専門の話をしていましたら、
「あなた、そういうことなら、この方をお訪ねになったら。」ということになって、姪は、図々しくも御連絡さしあげました。そうしたら、
「いらっしゃい。いらっしゃい。」
ということになって、お宅に伺うことになったそうです。
その際も、私は、
ふうん。それでは、美味しいイカを食べていらっしゃいよ。とか言って、
「なにそれ?美味しいイカは、佐賀でしょうが。」
佐賀の呼子と大分の見分けがつかないくらいの無知でした。
ちなみに、姪が伺ったお宅には、能舞台があったそうです。
普通の、ごく普通のサラリーマン家庭で、能舞台があるなんて、想像できません。
ところが、大分では、わりかたあることらしいですよ。
稚臣や恵尺を育んだ風土は、やがてそういう土地柄をつくっていったのですね。
ユーモアがあって、たしなみ深く、控えめで誠実な一途な青年が、自分を命がけでまもってくれたなら、大来皇女でなくても、心をもっていかれますよ。
By妻
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この旅行記へのコメント (7)
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- 前日光さん 2022/09/23 23:37:32
- どこかわびしげに見えるのですが。。。
- 大分社のことです。
ちょっとうらぶれた感じがしませんか?
こんばんは。
稚臣の身分がさほどでもなかったからでしょうか?
というよりは、恵尺と比べると資料が少ないせいもあるのかな?
もしかしたら、恵尺に勝るとも劣らない優れた若者だったかもしれないのに。
いずれにしても、この天武チルドレンたちは良きイメージの者が多いですね!
高杉真宙くんとかに演じさせたら、大来ちゃんがいかにも心惹かれそうな若者になりそうです。
それにしても狛犬(獅子?)たちのユニークなのには驚かされます。
顔がイカツイですね。
歯を食いしばっているのでしょうか?
見ようによっては、カワユイとも言えます。
九州には、こういう狛犬の原点みたいなのが多いように感じます。
ところで逆立ちする狛犬(獅子?)ですが、私はなぜか「上野寛永寺の屋根の上」で逆立ちしている狛犬(獅子?)を目撃しました。
これは新しそうな感じがしますから、大分の狛犬とは別物でしょうが。
しかし確かに逆立ちしていましたよ。
大分には、普通のサラリーマン家庭に能舞台があったとか。
私は大分は一度行っただけですが、大いに心を持って行かれましたので、きっとそういったさり気ない文化があるのかもしれません。
国東半島なんかに行くと、不思議な所がたくさんあって、何かがあると思わざるを得ませんでした。
今夜は雨雲が、徐々に千葉の方にもかかっていくようですね。
大雨にご注意ください。
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2022/09/24 08:27:02
- Re: どこかわびしげに見えるのですが。。。
- 台風で房総は大雨です。
おかげで、自治会の草刈りは取りやめ。ラッキー! みなさん、70はるかですから、本音は草刈りなど誰もやりたくないのです。
やはり稚臣は大分一族では直系ではなかったのです。
大分社はちょっと寂しかった。全くの推測ですが、ここに稚臣を祀ったのは、古くない。場合によると近世。
天武8年「兵衛」の現役のまま死んだようです。お墓は多分飛鳥のどこかでしょうね。ふみのねまろ(漢字出ない)みたいに、飛鳥のしかるべき家の娘さんと結婚して、追贈でも五位ですから、小さくても、ちゃんとした古墳だったはず。将来墓碑が出てきたらいいのですが。
「上野寛永寺の屋根の上」の狛犬(獅子)って、不思議。神社お寺の屋根の上に、魔除けの人形みたいなものを載せますが、あれでしょうか。なんというのか、名前を知りません。寛永寺だと相当大きくないと、下からは見えませんよね。
唐津近くの玉島神社もそうでしたが、逆立ち狛犬は立ち上がりとセットのようです。このダイナミックな子たちは、九州以外ではみたことありません。「出雲かまえ獅子」のようにちゃんとした呼び名がありそうです。
大分は豊前豊後。豊の国ですから、邪馬台国まで遡る古いくにです。そのあと宇佐神宮という反独立国みたいなけったいな神社ができて、またそのあと大友宗麟でしょう、一味違った文化風土があるみたい。
国東半島も同じ文脈でしょうかね。
- 前日光さん からの返信 2022/09/24 09:31:18
- RE: Re: どこかわびしげに見えるのですが。。。
- おはようございます。
昨夜からこちらも凄い雨です!
さて「上野寛永寺の屋根の上の狛犬、の旅行記が ↓ です。
https://4travel.jp/travelogue/10416033
大昔の旅行記ですので、内容は飛ばして、狛犬の所だけご覧になってみてください。
望遠で撮ったら、なんとかカメラに収まりました。
やはり魔除けなのでしょうね?
前日光
-
- kummingさん 2022/09/10 23:07:37
- また一つの魂が♪
- 去年の九州訪問は、かなりマイナーな場所を巡る旅だったのですね。
万葉文化会館、あの日は時間制限付きチャリ強行軍だったので、とばしてしまいました。唐橋の戦い、ジオラマですか?これだけでも見に行く価値ありますね♪
大分はお隣なれど、キャンプや温泉目的でしか行った事ありません。一般のご家庭に能舞台?そんな土地柄だったとは!今度大分出身の友人に尋ねみよ~
映画のキャスティングなら、恵尺さんはまだしも、大分君雅臣さん、エンドロールにちっちゃな字でズラ~っと流れてしまいそうな、端役でしょうか。
歴史上の大きな流れの中の分岐点で、己が身をを投げ出して力を尽くした若者。そんな誰にも顧みられない若い命に焦点を当て、照らし出す、しにあさんとby妻さんのただならぬ熱い思い、によってまた一つ、歴史の影に埋もれていた命に光があたり、魂が宿る♪
雅臣さんが、近江軍の仕掛けた橋を突破する光景、映画にならないかな~
大来皇女は、世が世なら天下一のお姫様だったわけで、母親が早世したばかりに大津君ともども、皇位継承順位から脱落、悲運の生涯を送ったのだけど、元々の生まれとか育ちからくるプライド(良い意味で)めっちゃ高かったはず。才能も知性も勝気な性格もあって、そんじょそこらの青白い皇族、貴族のお兄ちゃんなんて、歯牙にも掛けない!
波瀾万丈な人生の中で出会った、活き活きと生きている生身の本物のおのこ、恵尺さんとの恋話、生きる力に満ち満ちていた2人の間になら、きっと芽生えていたのでは^o^
あ、このブログのヒーローは、雅臣さんでした(ーー;)
- しにあの旅人さん からの返信 2022/09/11 16:08:26
- Re: また一つの魂が♪
- kummingさん、文章に力が出てきました。だいぶ元気になったと推察。
福岡空港からレンタカーで大分に向かいました。ナビにおまかせ。私は宇佐の方を通っていくと思っていました。ところがなんと太宰府に向かっているじゃないですか。道間違えたかと思いました。小郡で東に曲がってくれて、ほっ。
久留米直前ですよね。あとは日田やら何やら、ヒタすら山ん中。あっ、これシャレです。
久留米と大分って近いんですね。
私のイメージでは九州って、どうしてもこの三倍くらいの大きさなので、あまりに近いんでいつも驚きます。
稚臣くん、端役です。それでも日本書紀に3回も名前が出てくるので、端役としては珍しい。当時でも、有名だったということでしょう。
恵尺もそうですが、少女コミックにも出て来ないみたい。
それを取り上げて、なんとか歴史の表に出したのですが、それを読み取ってもらえて、稚臣に代わってお礼を申し上げます。
この時代を映画にするのは大変みたい。衣装が違うし、戦国時代と違って、今残っているお城を使い回すのもダメだし。でも平城京もだいぶ復元されたので、あれをセットに使って、そのうち何かできないかと期待しています。お役人、頭硬いから、そういう発想できますかね。
大極殿を歩く大来さんなんて、カッコいいと思うのですが。
薬師寺の回廊の現物を使わせろとは言いませんが、復元大極殿ならいいですよね。姫路城だって、黒沢に使わせたんだし。
- kummingさん からの返信 2022/09/11 20:20:44
- Re: また一つの魂が♪
- お~!小郡とか日田とか、なんともローカルな地名が^ ^
ナヴィは高速道路に誘導したのですね、小郡辺りから大分道へ。
そ~言えば、青木繁か坂本繁二郎の生家の口コミにしにあさんの麗しい後ろ姿が写っていたような?
そして、久留米は通り過ぎた(通過点)だけだと思っていましたが、ちゃんといらしていたんだ(;_;)と気がつく(°_°)
知っていたら、久留米ラーメンと焼き鳥をご馳走したのに…シクシク(←どっちもB級グルメ、でセコい)
この時代の映画化が難しい理由、確か、前日光さんに聞いた事あります。←内容は忘れたけど
- しにあの旅人さん からの返信 2022/09/17 15:44:11
- Re: また一つの魂が♪
- 次回久留米にいくときは必ずご連絡します。
久留米ラーメン、焼き鳥、楽しみ!
By妻一家のお墓は博多ですから、必ず行きます。いつもお墓参り口実の九州旅行です。
小郡、日田もお馴染みになりました。この時は二日市をベースに5泊もしたので、高速に乗るとよく出てきました。
唐津の近くから久留米に行こうとしたら、当然脊振山があるナントカ山地を突っ切って行くと思って、ナビのいうとおりに走りました。なんと一度福岡に戻されました。あのあたりって、車が通れないようなところですかね。
ぼけナビか。だからレンタカーのナビは信用できない。
九州は、ドライバーはおとなしいし、景色はいいし、ドライブには最適です。
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