2022/02/11 - 2022/02/11
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mistralさん
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2月11日は、夕方のフライト(16:55 ANA628便)で羽田まで帰るが
それまでに行ってみたいところがあった。
旧鹿児島監獄の唯一残された門(あとはすべて取り壊されてしまっている。)
他には、仙厳園の周辺部にのこっている、前回の旅で回り切れなかった所、
さらに石造建造物を調べていたおり、市内に残されている(放置されているままの?)県立博物館など。
どうして鹿児島では石造建築が特有なものとなったのか、
最適な石を産していたのか、
石工さんの技術が高度なものだったのか、
などなど???を幾つか抱きながら、鹿児島市内をバスに揺られてきたのです。
(表紙写真は鹿児島県立博物館 考古資料館。)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス レンタカー ANAグループ 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2月11日
鹿児島中央駅のロータリーにある観光案内所で
シティビューの一日乗車券を購入。
600円で市電、市バスも乗り放題。 -
路線図もついている。
まずは西郷銅像前まで乗っていく。 -
シティビューバスいろいろ。
帰りには、仙厳園で待っていたらやって来たバスは
海とイルカをイメージしたというバスだった。 -
他にもこんなタイプのバスが走っているらしい。
鹿児島中央駅から最初に乗ったバスは
下のレトロな市電風のタイプのものだった。 -
鹿児島シティビューに乗り西郷銅像前のバス停を降りたら
目の前に見えたのは「鹿児島市中央公民館」
大正13年1月の皇太子殿下(昭和天皇)のご成婚の記念事業として大正15年8月に起工、昭和2年10月に完成し「鹿児島市公会堂」として発足したそう。
現在も現役で活躍している。 -
片岡安氏(辰野金吾氏とはビジネスパートナーだった時も。奈良ホテルなど設計建造物は多数)の設計。
国の登録有形文化財。
詳細はわからなかったが一部が石張り?
ファサード部分が石造?
可愛らしいオーナメントが付いている。 -
西郷隆盛の銅像が道路をはさんで立っている。
身長5.257メートル、5.7頭身だそうだ。
彫刻家 安藤照により1937年に建てられたもの。
丁度反対側にはお立ち台があって、そこに立つと
ワンちゃんと共に撮影が出来る。
写真をとっていたら、ボランティアガイドの方がやってきて
撮影をして下さり、しばらくおしゃべりを。 -
近くにある「鹿児島県立博物館 考古資料館」
に向かった。 -
現在では内部は立ち入り禁止となっていて
ロープが張られている。 -
日本中を探しても、もうほとんど見当たらない石造建造物。
鹿児島には、まだいくつか残されている。
県立考古資料館もその一つ。県内では磯の尚古集成館についで古く、
壁や床には県内産の石(溶結凝灰岩)が用いられている。
1883年鹿児島市で開催された代4階九州沖縄連合共進会のパビリオンと
して建てられ、当時はネオゴシック風のモダンなスタイルが話題となった
そうだ。
設計者はわからないらしい。
平成14年閉館。
そのうちに改修工事をしたら良いのにと思いながら。 -
風雨にさらされて黒ずんでしまっている
エントランス回りや上部のベランダにつけられたデザインなど
ユニークで面白い。 -
建物コーナーの石に施された飾りや
窓周辺のデザインなどをぐるりと見て回った。 -
中央に植えられているソテツには
由来が書かれている。
(鹿児島指定天然記念物となっているようだ。)
東京帝国大学 池野成一朗博士が、ソテツから精子を世界で
初めて発見した時の材料に使われたそうだ。 -
ソテツは植栽として武家屋敷にも見られたが
鹿児島出身らしく、夫が我が家の庭に、最初にソテツを植えたことを思い出す。 -
やって来た道、磯街道、を戻りながら
鶴丸城へと向かっている。 -
小さ目な掘割がぐるりと巡っている。
-
「アコウ」との説明板があった。
昔から防塩、防風用として人家の周りに植えられてきたそう。
そのアコウの根ががっしりと壁にくいこんでいた。 -
鶴丸城本丸の石垣で見られるという
石材の積み方の見本が展示されていた。
金場取残積(かなばとりのこしづみ)は
石材の縁を削る(はつる)加工を行ったもの。
特に御楼門周辺は周囲に漆喰が塗られているそう。 -
亀甲積み
石材を六角形に加工。亀の甲羅の模様に見える。
御楼門から唐御門までの間の石垣に見られるそうだが
見つけられなかった。 -
算木積み
石垣の角を強度を高めるために用いられた積み方。
角には直方体に加工した石を用い、長辺と短辺を交互に交差
させながら積んでいく方法。
などの解説を読み
城壁の様子をみながら進んでいった。 -
先ほど写真を撮ってくださったボランティアガイドさんから
先にある「御楼門」を是非見学していくよう言われて
歩いてやってきた。 -
1872年撮影された御楼門と石橋
-
鹿児島(鶴丸)城の表玄関で、城のシンボルとも言える
御楼門は、残された古写真の解析や、礎石に残る痕跡などから
屋根にシャチを上げ、高さ約20メートルもある国内最大級
の城門と言われている。
最近になって147年ぶりに復元されたそうだ。 -
門の前に架かる橋は当初は板橋だったが
1810年、藩から幕府に願い出て、石橋に架け替えられたそうだ。
現在の橋は、板橋のように見えるが、実際はどうだったんだろう。 -
右手にある門番所(この写真には写っていないが)
大屋根には青銅製の鯱を載せ
高さ、幅ともに約20メートルもある日本最大の城門が
明治維新150周年記念事業の一環として
2020年3月に完成した。 -
御楼門を入ってすぐの石垣には無数のくぼみが見られる。
またそのくぼみには銃弾や砲弾の破片が食い込んでいるものも
あったようだ。 -
-
1877年の西南戦争の今に残る痕跡。
熊本・宮崎での戦いに敗れた西郷軍が鹿児島に戻ってきて
5万人といわれる政府軍に包囲され、無数の銃弾を浴びせられた
跡地。 -
そのまま先に進むと広場に出る。
-
その一角にある
天璋院篤姫の像。
島津本家の養女となり、五摂家近衛家の娘として13代将軍
徳川家定に嫁ぐ(1856年)が、家定の急死(1858年)、
同じ月には義父だった島津斉彬も急死。
その後は、生涯を通して鹿児島に戻ることはなかった。 -
御楼門上部の木組み。
-
城門にそって曲がっていくと
-
神になった薩摩義士、との立て看板がある。
このあたりは城山に滞在したおりにも
何度か通過していて、気になっていた。 -
「薩摩義士碑」がある。
幕府から木曽川の治水工事を命じられた薩摩藩は、約1000名を
派遣。平田総奉行は大阪の商人から約22万両を借り工事を開始。
梅雨の時期の増水、疫病の発生など工事は困難を極め
完成するまでの1年3ヵ月の間の犠牲者は84名、工費も40万両にも
ふくらんだ。
責任を取って自害した平田総奉行、工事によって亡くなっていった
人々への慰霊碑が立ったのは1920年だった。
この義士碑前から再びシティビューバスに乗車。 -
バスは篤姫の生家の前を通過。(今和泉島津家本邸跡前)
現在ではつながりのない方がお住まいとか。
バスの中ではアナウンスがあるのでわかりやすい。 -
仙巌園前に到着した。
今回は中には入らずに、鶴嶺神社(つるがねじんじゃ)を参拝。
ここには島津家の歴代当主とその家族が祀られている。
1869年創祀。 -
明治新政府が打ちだした廃仏毀釈運動。
薩摩藩出身者が政府に多く関わっていたため
薩摩藩の領内では寺院を廃止する動きが活発化した。
結果、歴代当主の菩提寺も廃絶され、新たに神社が創建されたようだ。
そういったご説明を武家屋敷を案内して下さったボランティアガイド
さんから受けたことを思い出した。 -
ここまで乗ってきたのは
前回は時間が足りず集成館を見てなかったため。
しかし入場券は仙厳園と一緒に購入するようなので
今回も中には入らず、外部だけを見学することにした。 -
1851年、薩摩藩主に就任した島津斉彬は、長い間あたためてきた
集成館事業に着手。近代洋式工場群の建設に取り掛かった。
特に大砲製造、洋式帆船の建造、武器弾薬・食品の製造、ガス灯
の実験など各種の事業を展開していった。
1858年、斉彬死去。これら事業は一旦縮小される。
その後の薩英戦争を経て、急接近したイギリスの協力もあり
鹿児島紡績所を建設、日本の近代化の担い手となっていった。 -
その「尚古集成館」
慶応元年(1865年)竣工。現存する日本最古の石造様式機械工場。
国の重要文化財であり、仙厳園の一部とともに世界文化遺産
「明治日本の産業革命遺産」を代表するものとなっている。
内部の見学はできなかったが
この石造建造物を改めて見たいと思ってやってきた。
石造ということだが、その完成度はすばらしいものと思った。 -
集成館から徒歩圏にある
旧鹿児島紡績所技師館(異人館)。
道路から傾斜のある道を少しおりると
建物の横手にたどり着く。 -
こちらが正面。
29代当主、島津忠義が日本初の様式紡績工場を作った際に
招いたイギリス人技師の宿舎。
コロニアル様式のベランダ、日本の寸法で設計したそうで
和洋折衷の建築様式で、
幕末の洋風化建築を示す貴重な遺産だそうだ。 -
二階正面から桜島が眺められる。
昔は間を遮るものはなかったことだろう。 -
南面の廊下がぐるりと巡り
各部屋をつなげている。 -
-
-
ドアノブについて説明してくださった。
日本では襖、障子の開けたての際には膝をついて行う。
それで取り付け位置は大工さんがその高さで設置してしまった。
西洋式ドアノブの位置としては随分低いものとなってしまった。 -
ドアノブの用途が良くわかっていなかったらしい。
内部からドアノブを回すためには若干のスペースが必要だが
内部に桟が取り付けられていて、ノブを回すためのスペースが
無くなってしまっている。 -
実際、イギリス人が住み始めたら、不具合箇所は
出てきたのかもしれないが
当時の大工さんたちが一生懸命造ったことには拍手。 -
2017年にオープンしたという
「スターバックスコーヒー鹿児島仙厳園店」
築100年以上経つ建物は島津家の所有物だったが
いちき串木野市で金や銀を産出する鉱山の事務所として
使われていたものを、この地に移築された。
登録有形文化財にも登録されている。 -
1Fでコーヒーを受け取り、2Fが見晴らしが良い
とのことなので上がっていった。
中央にある大きなテーブルは鹿児島県産の杉を使用。
照明器具は薩摩切子のイメージを取り入れて制作されたそう。 -
窓際の席で、コーヒーとワッフルをいただきながら
ひと休み。 -
外を見ると桜島の姿がくっきりと見えた。
-
島津家の所有の建物が
このようにしてスターバックスでリノベされて
今の時代に生き返っている。
島津家の家紋とスターバックスの看板とのコラボ。 -
帰りは再び仙厳園前から乗車して
-
鹿児島中央駅まで戻ってきた。
銅像は「若き薩摩の群像」
薩英戦争で西欧文明の進化を目の当たりにした薩摩藩は、
鎖国の禁を破り、1865年、藩士17名の留学生を英国に
派遣した。
彼らはそれぞれが長い期間の留学を経て帰国後、日本の原動力となるべく各方面の分野での担い手となっていった。
(後方の高層ビルには宿泊したソラリア西鉄ホテル鹿児島が入っている。一階にはバスターミナルもあってとても便利だった。) -
串木野市を旅した折の旅行記の中に
「薩摩藩英国留学生記念館」の記事がありますので
よろしかったら ↓ 下記を。
https://4travel.jp/travelogue/11364017
この後、今回の旅の大きな目的の一つだった
山下洋輔氏のおじい様が設計したという旧鹿児島監獄の
唯一残された「門」を見に行き、今回の旅を終えます。
よろしかったらご訪問をお待ちしております。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- 川岸 町子さん 2022/04/02 16:22:44
- 鹿児島との深まったお付き合い
- mistralさん、こんにちは(*^^*)
4月になり、ようやく咲いた桜がもう散り始めていますね。
鹿児島へのお出かけの旅行記、丁寧に深い内容をつづられ、たった2泊3日とは信じられないです!
毎回思うのは、mistralさんが普段から様々な事柄に関心を向けられ、さらに本をお読みになり、内容を深めていらっしゃいますね。
それらが旅先でひとつひとつ、つながってゆき、さらに思いを深められるのではないでしょうか。
旅行記からは、mistralさんがどのように時間を過ごしてこられたかが、伝わります。
石造りの建築が鹿児島に多いこと、全く知りませんでした。
私が昔、鹿児島へ旅した時も、さらっと表面をたどるだけでした(+_+)
ドアノブのお話、こちらも初めて知りました。
西洋の文化が入り込んできた時代に、様々な戸惑いがあったのかなと察するエピソードですね。
前の旅行記でも書きましたが、今回も文章を読んでいると、mistralさんが朗読なさっているかのような、気持ちになりました(#^^#)
町子
- mistralさん からの返信 2022/04/03 16:27:27
- RE: 鹿児島との深まったお付き合い
- 町子さん
こんにちは。
今、奈良からの帰路、新幹線の中です。
>
> 4月になり、ようやく咲いた桜がもう散り始めていますね。
そうですね。
春を待ちわびている間は時間がかかることですが、桜が咲き誇る期間は短くて
あっという間に散ってしまいますね。
>
> 鹿児島へのお出かけの旅行記、丁寧に深い内容をつづられ、たった2泊3日とは信じられないです!
もともとは墓じまいという役目があって出かけてます上に
ついでに観光もしてしまおう、というのですから、忙しいなるの当然のことですね。
> 毎回思うのは、mistralさんが普段から様々な事柄に関心を向けられ、さらに本をお読みになり、内容を深めていらっしゃいますね。
> それらが旅先でひとつひとつ、つながってゆき、さらに思いを深められるのではないでしょうか。
そうおっしゃっていただくと恐縮です。
鹿児島!へいくんだったら、監獄、石造建築、、、などとなったわけです。
> 旅行記からは、mistralさんがどのように時間を過ごしてこられたかが、伝わります。
そうですね。
普段からあくせくしていますね。
> 石造りの建築が鹿児島に多いこと、全く知りませんでした。
> 私が昔、鹿児島へ旅した時も、さらっと表面をたどるだけでした(+_+)
>
> ドアノブのお話、こちらも初めて知りました。
> 西洋の文化が入り込んできた時代に、様々な戸惑いがあったのかなと察するエピソードですね。
ドアノブのエピソードは面白かったですね。
当時の大工さんたち、工夫を重ねたことでしょうが。
> 前の旅行記でも書きましたが、今回も文章を読んでいると、mistralさんが朗読なさっているかのような、気持ちになりました(#^^#)
ありがとうございます。
町子さんも春風に誘われて、きっと旅に出られたことでしょうね。
mistral
-
- pedaruさん 2022/03/02 07:07:45
- 鹿児島
- mistralさん おはようございます。
一日乗り放題のシティビュウバスがたったの600円、これでも日本かっ?というくらい安いし、しかもどれも夢を運ぶようなデザイン、これを利用しない訳にはいきませんね。
先ずやってきたのは「鹿児島市中央公民館」機能一点張りの現代建築に比べると、建物の目的はなにか、と考えさせられます。機能だけでなく、美的なものを作るのも、人を幸せな気持ちにさせる点で重要ですね。
それにしても、この薄汚れさはいかがなものかと思われます(笑)。ケルヒャーに活躍してもらう必要がありますね。
石垣の積み方、名称、すごく勉強になります。とくに石垣の中の部分の構造が見えて、大変参考になりました、って自宅に石垣を作る予定はありませんが(笑)。
旧鹿児島紡績所技師館(異人館) 素晴らしい建物ですね。当時の大工さんが苦労を重ねて完成させたものでしょうが、建築もジュエリー製作も基本の技術さえ体得していれば、どんなものでも作れるのだという証拠です。
日本もいたる所に、素晴らしい建物などお宝があることを、再認識させる旅行記でした。ありがとうございました。
pedaru
- mistralさん からの返信 2022/03/02 08:38:38
- RE: 鹿児島
- pedaruさん
おはようございます。
いつも有難うございます。
>
> 一日乗り放題のシティビュウバスがたったの600円、これでも日本かっ?というくらい安いし、しかもどれも夢を運ぶようなデザイン、これを利用しない訳にはいきませんね。
はい、そう思います。
本当はもっと乗り降りする予定でしたのに、結局乗った回数は3回となりました。
あと一箇所、向かったのですが、その折は別のバスでしたからちょっと残念なことでした。
> 先ずやってきたのは「鹿児島市中央公民館」機能一点張りの現代建築に比べると、建物の目的はなにか、と考えさせられます。機能だけでなく、美的なものを作るのも、人を幸せな気持ちにさせる点で重要ですね。
そうなんです!
遊び心のあるモチーフもあって、気に入りました。
もっとも設計者がそんな意図があったのかは分かりませんが。
> それにしても、この薄汚れさはいかがなものかと思われます(笑)。ケルヒャーに活躍してもらう必要がありますね。
ケルヒャー登場、いいですね。
あちこち、古い建物はこんな様相で、、、
桜島からの降灰のせい?
> 石垣の積み方、名称、すごく勉強になります。とくに石垣の中の部分の構造が見えて、大変参考になりました、って自宅に石垣を作る予定はありませんが(笑)。
石垣の積み方、初めて学びました (笑)
> 旧鹿児島紡績所技師館(異人館) 素晴らしい建物ですね。当時の大工さんが苦労を重ねて完成させたものでしょうが、建築もジュエリー製作も基本の技術さえ体得していれば、どんなものでも作れるのだという証拠です。
いつぞやは (多分五島列島でした) 船大工さんが教会を造られていました。
大工さん、素晴らしいです。
ジュエリー制作も基本さえマスターすれば、応用がきくんですね。
pedaruさん、ジュエリーも扱われるんですか?
> 日本もいたる所に、素晴らしい建物などお宝があることを、再認識させる旅行記でした。ありがとうございました。
>
こちらこそ、
いつもお立ち寄りくださって嬉しいです。
pedaruさんのペダルをこいでまわる旅行記、いつも楽しんでいます。
取材でのサイクリング、どうぞお気をつけて下さいね。
mistral
-
- 横浜臨海公園さん 2022/02/28 16:55:53
- 上野鹿児島市長
- mistralさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
鹿児島市内鉄骨鉄筋建築物は、殆ど全てが鹿児島大空襲で被災し、戦後修復して使用しており、山形屋本店や市内高等学校など外壁がピンク色をしておりますが、あれは戦後戦災被災をモルタル修理を施工した際に塗られたもので一目瞭然とします。
鹿児島市内の建造物は大正期まで、木造建築物ばかりで近代化させる為に、大正末期の上野鹿児島市長が周囲の反対を押し切っておこなったもので、鹿児島市中央公民館など上野市長は地鎮祭を執り行い、翌月に東京内務省に西郷隆盛50年祭打合せで出張し帰途、広島県内に於いて乗車していた特急列車の脱線転覆事故で亡くなられた為に、上野市長が主導企画された近代建築物群を目にする事はありませんでした。
上野市長の業績は、もっと高く評価されて然るべきだと思っております。
横浜臨海公園
- mistralさん からの返信 2022/02/28 21:36:29
- RE: 上野鹿児島市長
- 横浜臨海公園さん
こんばんは。
コメントをありがとうございます。
> 鹿児島市内鉄骨鉄筋建築物は、殆ど全てが鹿児島大空襲で被災し、戦後修復して使用しており、山形屋本店や市内高等学校など外壁がピンク色をしておりますが、あれは戦後戦災被災をモルタル修理を施工した際に塗られたもので一目瞭然とします。
鹿児島周辺地域もかつて、臨海公園さんは調査された事でしょうね。
きっと興味深いスポットや逸話などご存じなことでしょう。
外壁がピンク色をしている建物ですか!
そんなふうに眺めなかったので、気づきませんでした
> 鹿児島市内の建造物は大正期まで、木造建築物ばかりで近代化させる為に、大正末期の上野鹿児島市長が周囲の反対を押し切っておこなったもので、鹿児島市中央公民館など上野市長は地鎮祭を執り行い、翌月に東京内務省に西郷隆盛50年祭打合せで出張し帰途、広島県内に於いて乗車していた特急列車の脱線転覆事故で亡くなられた為に、上野市長が主導企画された近代建築物群を目にする事はありませんでした。
そのようないわく付きだったんですね。
地鎮祭を執り行われた中央公民館の竣工をご覧になれなかったなんて、人の運命がどうなるのか、はかり知れない事ですね。
ネットで検索しましたら、その折には4歳の息子さんも亡くなられたとか、、、
> 上野市長の業績は、もっと高く評価されて然るべきだと思っております。
近代化の推進に大変な役割を果たされた方なんですね。
お教えいただきありがとうございました。
mistral
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