2022/01/17 - 2022/01/17
65位(同エリア7313件中)
旅猫さん
大阪への旅を中止にしたが、休暇はそのまま取ることにした。気温も高く、街歩きにはちょうど良いので、ふらりと鎌倉を訪れることにした。とは言え、平日なので、朝の通勤時間を避けて出たため、鎌倉に着いたのは昼過ぎだった。
(2022.01.24 投稿)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
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改札を出て、どこへ行こうかと迷う。狭い場所なので、ほとんど歩いて行けるのだが、ふと駅前のバス乗り場を見ると、ちょうどハイランド行きのバスが停まっていたので、思わず乗り込んでしまった。
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バスの中で、永福寺跡にでも行ってみようかと思い立ち、岐れ道バス停で下車。降りてすぐの場所に、頼朝の墓への表示があったので、久しぶりに立ち寄って行くことにする。歩いて行くと、道端に大倉幕府跡を示す石碑が建っている。この辺りは、鎌倉幕府草創期に、鎌倉殿(将軍)の御所があった場所で、春には桜が美しい所だ。
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さらに歩くと、突き当りに源頼朝の墓がある。頼朝の死後、法華堂が建てられていた場所だが、今は、江戸時代に造られた墓が残されているだけである。その墓の右側に、同母弟で配流された土佐で平家に討たれた希義の墓の土と石が供えられている。生きて再び会うことが叶わなかった兄弟を再会させた、粋な計らいである。
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頼朝の墓の右手奥には、大江広元らの墓があるのだが、以前は登れた道が立入禁止となっていた。観光客の増加により、危険と判断されたのだろう。足場が悪く、滑りやすいので仕方が無い。一旦墓所の下まで降り、迂回して別の入口から登ることにした。
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整備された石段を登ると、広場のような場所に出た。そこには、かつて鎌倉幕府第二代執権北条義時を弔うための法華堂が建っていたと吾妻鏡にある。平成17年の発掘調査により、建物跡が確認され、記述が裏付けられたそうだ。この辺りは、鎌倉でも人気の無い場所だが、大河ドラマの影響もあり、見学者が次々と訪れていた。
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その片隅に、大きなやぐらがある。中を覗くと、卒塔婆には三浦泰村一党の文字が見られた。宝治元年(1247)に起こった宝治合戦で族滅した三浦氏の墓であった。合戦の折り、三浦氏は頼朝の法華堂に集まり、一族郎党が自決している。この戦のあと、鎌倉幕府は、北条得宗家による専制執権体制となって行く。
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法華堂後の奥に建つ鳥居から、さらに石段が続いている。登り切ると、そこには、鎌倉幕府の重鎮であった大江広元と、その四男である毛利季光の墓が並んでいる。三浦泰村の妹婿であった毛利季光は、宝治合戦で三浦氏側に付き、一族のほとんどが滅んでいる。なお、越後にいて難を逃れた四男経光の子孫が、後に中国地方の覇者となる毛利元就である。
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その右手には、島津氏の祖である惟宗(島津)忠久の墓もある。
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大江広元らの墓がある場所からは、鎌倉の街が僅かに望める。下にある義時の法華堂跡には多くの人が訪れていたが、ここは人影も無く、とても静かである。雰囲気も、鎌倉らしく、お気に入りの場所である。
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この後、目的地である永福寺跡を目指す。大倉幕府の東御門跡を過ぎると、荏柄天神社の参道と交わる。時間もあるので、梅でも咲いていないかと立ち寄ることにした。境内では、紅梅が綻び始め、蝋梅がちょうど見頃だった。参拝後、御神酒を買って社を後にした。
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鎌倉宮の南側を歩いて行くと、二階堂地区となる。鎌倉宮カントリーテニスクラブの脇道を入ると、林の中の道となった。そして、その先に永福寺跡があった。手前に遊歩道があり、少し登ると展望台があった。そこからは、永福寺跡を見下ろすことができた。
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以前訪れた時は、金網に囲まれ、草に埋もれた空き地であったが、史跡として整備され、別の場所のようになっていた。永福寺は、奥州合戦で戦没した藤原氏や弟義経らの菩提を弔うため、頼朝により建立された大寺院である。平泉にあった二階大堂大長寿院を模して造られたそうで、その中心が二階堂であったそうだ。この辺りの地名が二階堂なのは、これに因むものである。半世紀にわたり土地の買収を進めているそうだが、まだ終わっていないそうである。
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永福寺跡を出ると、すぐ脇を二階堂川が流れている。そこに架かる通玄橋から、その流れを観ると、鎌倉らしい風情がそこにもあった。鎌倉は、複雑に入り組んだ谷戸と、そこを流れる小さな川が魅力である。自然も豊かで、好きな街である。
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その二階堂地区の一番奥に、瑞泉寺が佇んでいる。鎌倉公方の菩提寺として、夢窓疎石により開山された名刹である。拝観受付から入ると、そこには梅林があるのだが、さすがにこの辺りはまだ冬枯れの様相をしていた。
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その先に、苔生した石段が続いている。他にも道があるのだが、風情があるその石段を登って行く。その石段は、長い年月、多くの人に踏まれたため、擦り減ってしまっている。それがまた良い風情を醸し出していた。
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山門を入ると、これまた鎌倉らしい落ち着いた風情の境内が広がっている。一大観光地の鎌倉に遇っても、二階堂地区は比較的空いている。ここ瑞泉寺も、この日はお年を召したご夫婦一組にしか出会わなかった。
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この季節は花も少ないが、一月を代表する花である水仙が咲いていた。
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本堂の裏手には、夢窓疎石による鎌倉時代の庭園がある。鎌倉石の岩盤を削って作庭された書院庭園で、国の名勝に指定されているものだ。他には観られない独特な庭で、鎌倉に残る唯一のものである。
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山門内は広くないが、借景となる山々が庭のようなので、圧迫感が無い。細やかに造られた庭もなかなか趣がある。竹と石と苔、そしてシダが織り成す小さな風景。まさに、侘び寂びである。
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静かな瑞泉寺を後にして、駅の方へと戻る。通玄橋を渡ると、その先に理智光寺橋が架かっている。その橋を渡ると理智光寺跡があり、その向かいに護良親王の墓がある。以前訪れた時も入れなかったが、今回も令和元年の台風による崖崩れの影響で立入禁止となっていた。
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鎌倉宮の前まで戻って来ると、鳥居の前に桜が咲いていた。河津桜とあったが、冬桜の仲間のようである。さすがにまだ河津桜は咲かないだろう。とは言え、今年最初の桜に出会えたのは嬉しい。
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岐れ道バス停まで戻って来た。近くにあるお気に入りの店に立ち寄り、いつも買う定番のソフトサラミと粗引きソーセージを購入。スモークチキンとスモークハムも美味しそうだったので、つい買ってしまった。この後、バスで鎌倉駅へ戻り、鎌倉散歩を終えた。
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この旅行記へのコメント (4)
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- hot chocolateさん 2022/01/25 02:06:15
- 鎌倉歴史散歩
- 旅猫さま
こんばんは。
3年前の2月中旬に、この辺りを歩いています。
まだ梅の時期には早かったのですが、荏柄天神社には早咲きの梅が咲いていて、寒い中凛とした美しさを堪能しました。
瑞泉寺はやはり寒々しい感じでしたね。
>毛利季光は、一族のほとんどが滅んでいる。越後にいて難を逃れた四男経光の子孫が、後に中国地方の覇者となる毛利元就である。
う~ん、歴史って面白いですね。
乱世を生き延びた毛利経光と毛利一族の人生もたどってみたい・・・
今年の大河ドラマは鎌倉なので、大勢の人が訪れるでしょうね。
今は伊豆周辺なので、頼朝が流された「蛭が小島」も混んでいるかも。
「蛭が小島」に行ったことがありますが、昔は川の中州だったのでしょうが、
今はのどかな田畑ですね。
hot chocolate
- 旅猫さん からの返信 2022/01/25 22:09:38
- RE: 鎌倉歴史散歩
- hot chocoさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
2月中旬で、まだ梅には早かったのですね。
今年は、全国的に開花が早いみたいです。
瑞泉寺は、この季節、寒椿と水仙くらいですね。
毛利氏は、公家の大江広元から戦国大名にまでなった珍しい一族です。
発祥の地は、神奈川県厚木市にあった毛利庄(森庄)だそうです。
越後と安芸高田に所領を持っていたので、後に経光の次男時親が安芸高田に赴き、秋毛利氏の祖となったみたいです。
なお、戦国時代の豪族の多くは、鎌倉時代と室町時代に地頭として下向した御家人が土着したものなので、源氏の地盤だった関東地方の地名が由来となっています。
今年は、鎌倉は大混雑するでしょうね。
今は、中伊豆が混み合っています。
蛭が小島は、何も無い所ですよね(笑)
に行ったことがありますが、昔は川の中州だったのでしょうが、
旅猫>
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- ポテのお散歩さん 2022/01/24 12:26:16
- 鎌倉散歩
- 旅猫さん こんにちは。
丁度 大河ドラマで鎌倉にスポットを当てているので、
旅猫さんが歩かれる史跡と ドラマの登場人物を照らし合わせて
旅行記を拝見しました。
今はまだ主人公達が伊豆周辺にいるので、これからの数年間で
どんな風に鎌倉の街が造られたのか 楽しみに観ようと思います。
鎌倉は女性雑誌に載せられるくらい 可愛いお店が多いですが
賑やかなだけでなく ひっそりと史跡が残っているのが
魅力的ですね。
ポテ
- 旅猫さん からの返信 2022/01/24 12:46:27
- RE: 鎌倉散歩
- ポテさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
今年は大河ドラマが鎌倉時代ですから、鎌倉は混むことでしょうね。
今回は月曜日だったのでそれほど混んでいませんでしたが、頼朝の墓と義時の法華堂跡は人が多かったです。
テレビの力は凄いですね。
伊豆の北条氏館跡なども以前訪れて旅行記にしています。
そこも、今年は整備されて訪れる人が多くなっていることでしょう。
鎌倉は、京都と並んで市中で合戦が多かった街です。
人骨が多く見つかるのも、鎌倉の特徴です。
多くの人にとっては、鎌倉はお洒落な観光地ですよね。
私的には、歴史を感じる武家の都です。
旅猫
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