2021/11/02 - 2021/11/05
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rurikolapisさん
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水戸駅到着後、水戸観光をしました。
偕楽園や弘道館を周ります。
画像は好文亭「萩の間」
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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初めに水戸駅で漫遊1日フリーパスを購入しました。
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400円で茨城交通・関東鉄道・関鉄グリーンバスに乗れ、様々な施設で入場の割引が受けられます。
とってもお得なパスですね。 -
早速パスを利用して、水戸駅からバスで歴史館・偕楽園入口へ。
偕楽園行きのバスはたくさんあるので、どのルートにするか凄く悩みました・・・
バス停の場所やどこ行きに乗るのかとか、分かりづらいし、旅行者には難解すぎる^^; -
歴史館は入らないのですが、外観だけでも見たくてこのルートにしました。
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ここは広大な公園になっていて、銀杏並木がとてもきれいでした。
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いわれが書かれている看板が。
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とにかく広くて居心地のいい空間でした。
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何やら素敵な建物が。
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旧水海道小学校本館でした。
学習見学の小学生がたくさん来ていました。旧水海道小学校本館/旧水戸農業高等学校本館 名所・史跡
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小学生が入る前にちょっと中を見てみましょう。
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無料で見学することができます。
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水海道小学校本館は、1881(明治14)年に建築されました。
教育資料及び水海道小学校関係の資料を展示しています。 -
茨城県文化財にも指定されています。
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お~懐かしい教室だ・・
小学校こんな感じでした。 -
給食の展示に思わずテンション上がります。
左から昭和10年代、20年代、30年代。 -
40年代と50年代。
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こちらも50年代の給食、これこれこんな感じだったなあ~
コッペパンに牛乳が瓶だったのよね・・ -
平成の給食は種類も多くて美味しそう・・
今はパンじゃなくご飯が中心なんですね。 -
この建物が歴史館ですか。
ここにも小学生がいましたよ。茨城県立歴史館 美術館・博物館
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左へ行くと、旧水戸農業高等学校本館。
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中には入りませんでした。
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この辺りには歴史的な建造物がたくさん残されているんですね。
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ちょうど黄色がきれいな時期で。
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来たかいがあったな、得した気分v
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次は偕楽園へ。
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マンホールではなく、消火栓。
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ここかな。
住宅街を行く感じ。 -
これはマンホールですね。
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偕楽園に到着。
偕楽園 名所・史跡
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入場料300円が割引になって230円に。
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暖かいので咲いてしまった・・?
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園の正門である好文亭表門から入ります。
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天保13年(1842年)に設けられた門です。
松材が多く使用され松煙色となっているため、黒門ともいわれています。 -
偕楽園は4ヶ所の料金所があり、様々なルートで散策ができます。
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一の木戸を抜けて。
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左には孟宗竹林、右は大杉林。
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見事な竹林ですね。
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この辺りは幽遠閑寂な「陰」の世界が広がります。
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木漏れ日を受けて、きれいに整備された竹林。
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吐玉泉へ。
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東屋は敷地外みたいです、この辺りにも料金所があります。
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ありました、これが吐玉泉です。
イメージしていたのと違う・・吐玉泉 名所・史跡
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眼病に効く水と言われていたようです。
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今は飲めませんよ。
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太郎杉。
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樹齢800年。
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大杉林を進みます。
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確かに古そうな杉ですね。
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次郎杉もあったんですね。
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この道を抜けると好文亭があります。
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中門。
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好文亭という名称は、梅の異名である「好文木」からつけられました。
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中へ入ってみます。
好文亭 名所・史跡
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ここでも入場料が割引され、200円が150円になりました。
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寒緋桜の木。
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耐震工事中で、見学できないエリアがありました。
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入口の前には井戸が。
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こちらから中へ。
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好文亭は、昭和20年(1945年)8月2日未明の水戸空襲で全焼しましたが、昭和30年(1955年)から3年をかけて復元されました。
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まずは1階から。
奥御殿と呼ばれるエリアです。 -
いきなり松の切り株が。
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ふむふむ。
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ここから植物の間シリーズが続きます。
菊の間。 -
奥御殿は、10室からなる質素な平屋作りになっています。
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お部屋から見えるお庭もきれいです。
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桃の間。
菊の間と桃の間は総板敷きで、調理室として利用されていました。 -
つつじの間。
つつじの間・桜の間・萩の間は、藩主婦人お付きの婦人たちの詰所として使用されていました。 -
松の間。
藩主夫人の産所として使用されていました。 -
紅葉の間は控えの間でした。
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好文亭は、水戸藩第9代藩主徳川斉昭が自ら設計しています。
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竹の間。
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襖絵は昭和20年(1945)の水戸空襲で消失しています。
復元の際に昭和を代表する二人の日本画家、須田珙中(1908年~1964年)と田中青坪(1903年~1994年)によって描かれました。 -
梅の間は、徳川斉昭夫人の居室でした。
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奥御殿の中で最も高貴な部屋です。
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清の間。
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竹の間と清の間も夫人が使用していた部屋でした。
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斉昭は文人墨客や家臣・領民を招き、養老や詩歌の宴を催していました。
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各所に斉昭の創意工夫が施されています。
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萩の間。
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桜の間。
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どのお部屋も素敵でした。
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太鼓橋廊下。
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ここを渡って。
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3階へ。
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配膳室。
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階下の調理室で作ったお膳を運搬する滑車式昇降機です。
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手動のエレベーターとしては日本初と言われています。
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楽寿楼。
南面8畳の間が正室で、藩主がお出ましの時のみ使われました。 -
東側の障子は「三連障子」とも言われ1枚を引くと2枚目、3枚目が続けて現れ、瞬時に開閉ができるよう工夫されています。
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近くに千波湖、遠くに筑波山を望む絶景。
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三方面に広がる近景、遠景を楽しみ、思考を練り、鋭気を養うための部屋でした。
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「陰」とは別の「陽」の世界が広がります。
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武者控室。
警護の武士が控えていた部屋です。
1階と3階の間の小さな空間を使って作られており、緊急時に出動しやすい作りになっています。 -
パネルを使っての説明書き。
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分かりやすくていいですね。
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対古軒。
北に面した4畳半の部屋。 -
茶席や雅会の際に心気を整えた部屋です。
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西塗縁広間。
畳36畳相当の大広間で、床は漆塗りの総板張りになっています。 -
詩歌の会が開かれた創作の間でした。
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天井は網代(あじろ)張り、仕切り戸は、竹篭目紗張りです。
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杉戸には、四声別韻字などが記され、作詩の際に辞書代わりとして用いられました。
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他にも東塗縁、御座の間、茶室などがあります。
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観光客は私達以外数人しかおらず、静かでした。
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お庭も四季折々きれいなんだろうなあ~
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お屋敷を出て、路地門前を通り奥へ行ってみると。
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待合です。
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茶席に招かれていた客が控えていたところです。
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ここからも中へ入れたっぽいですね。
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先へ進みます。
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芝前門。
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早春には約100品種、3000本の梅の花が咲き誇ります。
それはそれは見事でしょうね。 -
東門より退園します。
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