北茨城・磯原旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 友人に誘われて、ローカルな「茨城百景石碑巡りの旅」に行ってきました。<br />今回は、北茨城市の「茨城百景・五浦」の石碑巡りです。<br /><br />表紙写真は、五浦海岸(いずらかいがん)で、波と戯れる親子。<br />

茨城百景石碑巡りの旅(14)  五浦編

98いいね!

2009/07/29 - 2009/07/29

7位(同エリア172件中)

旅行記グループ 茨城百景石碑巡りの旅

0

19

潮来メジロ

潮来メジロさん

 友人に誘われて、ローカルな「茨城百景石碑巡りの旅」に行ってきました。
今回は、北茨城市の「茨城百景・五浦」の石碑巡りです。

表紙写真は、五浦海岸(いずらかいがん)で、波と戯れる親子。

旅行の満足度
4.5
同行者
友人
交通手段
自家用車
  • 霧にむせぶ五浦海岸の六角堂。<br /><br />日本の渚百選。日本の音風景100選。日本の白砂青松100選にも選ばれているそうです。<br />五浦海岸の六角堂は、明治時代に岡倉天心が思索の場所として自ら設計し「観瀾亭」と名づけられたものだそうです。<br /><br />※六角堂は、東日本大震災の津波で流失しましたが、約1年の歳月をかけて再建されたそうです。<br />

    霧にむせぶ五浦海岸の六角堂。

    日本の渚百選。日本の音風景100選。日本の白砂青松100選にも選ばれているそうです。
    五浦海岸の六角堂は、明治時代に岡倉天心が思索の場所として自ら設計し「観瀾亭」と名づけられたものだそうです。

    ※六角堂は、東日本大震災の津波で流失しましたが、約1年の歳月をかけて再建されたそうです。

  • 五浦海岸(いずらかいがん)<br /><br />「関東の松島」の異名を持つ景勝地だそうです。<br />霧が出て、少し幻想的かな・・・。

    五浦海岸(いずらかいがん)

    「関東の松島」の異名を持つ景勝地だそうです。
    霧が出て、少し幻想的かな・・・。

  • 「茨城百景 五浦」の石碑。<br /><br />六角堂入口右側にありました。<br />

    「茨城百景 五浦」の石碑。

    六角堂入口右側にありました。

  • 岩場に鳥がいそうですね。

    岩場に鳥がいそうですね。

  • ズームアップ・・・。<br />ウミウでした。

    ズームアップ・・・。
    ウミウでした。

  • 樹の枝にも、ウミウの群が止まっています。

    樹の枝にも、ウミウの群が止まっています。

  • 海上を数十羽のウミネコが乱舞しています。<br />

    海上を数十羽のウミネコが乱舞しています。

  • 太平洋の荒波<br />

    太平洋の荒波

  • ムラサキカタバミが咲いていました。<br />

    ムラサキカタバミが咲いていました。

  • ヒメジョオン

    ヒメジョオン

  • マツヨイグサ(待宵草)

    マツヨイグサ(待宵草)

  • ハクセキレイの若鳥。

    ハクセキレイの若鳥。

  • ハクセキレイのオス。

    ハクセキレイのオス。

  • ウミネコの群。

    ウミネコの群。

  • 詩人泉漾太郎の詩碑がありました。<br /><br />「常陸磯原観海亭の 雲恨雨情の苔むす石に 雨情しのばす 名残り花」漾太郎<br />

    詩人泉漾太郎の詩碑がありました。

    「常陸磯原観海亭の 雲恨雨情の苔むす石に 雨情しのばす 名残り花」漾太郎

  • 野口雨情の詩碑も、隣にありました。<br /><br />「遠く朝日は 海よりのぼり 千里奥山 夜があける」雨情<br /><br />

    野口雨情の詩碑も、隣にありました。

    「遠く朝日は 海よりのぼり 千里奥山 夜があける」雨情

  • 野口雨情磯原詩碑が、海の中に見えます。<br /><br />「松に松風 磯原は 小磯の蔭にも 波か打つ」

    野口雨情磯原詩碑が、海の中に見えます。

    「松に松風 磯原は 小磯の蔭にも 波か打つ」

  • 標高21.2mの天妃山に弟橘媛神社(おとたちばなひめじんじゃ)の石碑があります。

    標高21.2mの天妃山に弟橘媛神社(おとたちばなひめじんじゃ)の石碑があります。

  • 近くに、「二十三夜塔」の石碑もありました。<br /><br />二十三夜塔とは・・・。<br />18世紀の後半から昭和の初期にかけて、日本の各地で「講」を組織した人々が集まって、月を信仰の対象として精進・勤行し、飲食を共にしながら月の出を待つ、月待ちの行事をしました。その際供養のしるしとして建てた石碑(月待塔)のひとつが、二十三夜塔です。<br />崇拝の対象として十三夜は虚空蔵菩薩、十五夜は大日如来、十七夜から二十二夜までは、観音様を本尊とし、二十三夜は勢至菩薩を本尊として祀りました。<br />・・・との事です。

    近くに、「二十三夜塔」の石碑もありました。

    二十三夜塔とは・・・。
    18世紀の後半から昭和の初期にかけて、日本の各地で「講」を組織した人々が集まって、月を信仰の対象として精進・勤行し、飲食を共にしながら月の出を待つ、月待ちの行事をしました。その際供養のしるしとして建てた石碑(月待塔)のひとつが、二十三夜塔です。
    崇拝の対象として十三夜は虚空蔵菩薩、十五夜は大日如来、十七夜から二十二夜までは、観音様を本尊とし、二十三夜は勢至菩薩を本尊として祀りました。
    ・・・との事です。

98いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

茨城百景石碑巡りの旅

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP