2020/01/03 - 2022/01/04
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gianiさん
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パリの都市計画に思いを馳せ、
昼も夜も五感で楽しむ旅。
- 旅行の満足度
- 5.0
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エールフランスのCクラス利用しました。
もちろん、アワード航空券です。
写真は、アミューズ。 -
アペリティフは、
鴨胸肉ローストのオレンジソース。
乗った瞬間から、そこはフランスです。 -
適度な距離感のあるサービスが、気楽です。
メインの写真は省略。 -
デザート
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到着前のモーニング。
ワンプレートです。 -
RERで北駅まで行きましたが、
地上の雰囲気を味わいたくて寄り道。 -
Lamarck - Caulaincourt駅周辺。
モンマルトルの丘の北側にあります。
その時の気分で、モノクロ調に。 -
丘を登ります。
モンマルトルは古フランス語で、
殉教者の山という意味があります。 -
年季の入ったプジョー。
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初代パリ司教、サン・ドニとして知られる人物が、
刎ねられた首を自らの手で洗った井戸があるとされる公園。
モンマルトルの名前の由来となるエピソード。
この後、現在のサンドニ市まで自力歩行し、息絶えます。シュザンヌ ビュイッソン公園 広場・公園
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酒に酔ったユトリロが徘徊していそうな光景。
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原風景。
1860年にパリ市に編入されても田舎のままでした。
修道女がワイン用にブドウを栽培していた歴史背景があります。 -
当初は医薬品として醸造していましたが、
後には修道会の活動資金として栽培・醸造・販売されます。
モンマルトルに飲み屋が多いのは、これが理由です。 -
ジュテームの壁。
ジャン リクチュス小公園 広場・公園
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かつてモンマルトルを覆っていた修道院の入口跡に建てられました。
サン ジャン ド モンマルトル教会 寺院・教会
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1897-1904年にかけて建築。
鉄骨とワイヤーを使用した斬新な工法で、
費用と建設期間の短縮を達成する画期的なものでした。 -
なのに足掛け8年を要したのは、
こんな危険な工法の建物など認められないと訴訟を起こされ、
長らく工事が中断したから。
現在も、耐久しています。 -
メトロ2号線。
フェルミエー・ジェネロー[徴税請負人の意]の城壁跡に建設されたため、
地上区間が多い特殊な路線。 -
なので、城壁跡に建設された2号線と6号線を繋ぐと環状線になります。
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ランチは家庭料理。
ニシンの酢付けとジャガイモ。レボショワール 地元の料理
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メインも素朴。
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デザートは近所でモンブラン。
共にバスティーユ地区のお店です。 -
オーステルリッツ橋を渡ってセーヌ左岸へ
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カルティエ・ラタン{英:Latin Quarter}の名にふさわしく、
ローマ時代の円形闘技場が、何食わぬ顔で公園面しています。
目の前は、ソルボンヌ大学。アレーヌ ド リュテス (リュテス円形闘技場) 史跡・遺跡
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道路を横切る古い城壁。
1210-1215にかけて建設。
フランス国王フィリップ2世のあだ名が[尊厳王(オーギュスト)]なので、
現地ではフィリップ・オーギュストと呼ばれています。フィリップ オーギュストの城壁跡 史跡・遺跡
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フィリップ・オーギュストの城壁
第3回十字軍遠征に備えるべく、
1190年にフィリップ2世は、留守中のパリの防衛のために、全長5kmに渡る壁で町を囲むことにした。
1210年に始まったセーヌ左岸の城壁は、高さ10mに及んだ。
250ヘクタールに及ぶ城壁内には、3つの地区が形成された。
シテ地区は政治宗教司法の中枢、
ヴィル地区は経済商業の中心でセーヌ右岸、
そして新たに誕生したユニヴェルシテ(大学)地区はセーヌ左岸である。 -
13世紀にクリュニー修道院長の別邸として建設。
クリュニー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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現在の建物は15世紀の院長が建設。
ローマ時代には、公衆浴場でした。 -
パリで一番細い路地と言われています。
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道幅は、再狭部で僅か70cm。
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何気なく撮った一コマ。
この時点では、3か月後(2019年4月15日)に焼失するとは、つゆ知らず。ノートルダム大聖堂 寺院・教会
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無添加で有名なアイスクリーム屋さん。
ベルティヨン スイーツ
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メニューのディスプレィもおしゃれ。
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マロングラッセ、美味しかったです。
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パリ市役所
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夜はオペラ座へ。
オペラガルニエ 劇場・ホール・ショー
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今回は、前方のボックス席。
19世紀の頃は、一番価格の高かった席です。 -
8ユーロでゲットしました。
こんな感じ。
舞台は見え辛いです。 -
その代わり、
聴衆から、特にVIPの多いボックス席からは丸見え。 -
実は、オペラ・バレエで、
舞台を観ることは皆無。
封建時代から、セレブ達にとって衣装を見せびらかす場だったのです。
劇場は観に行く場所ではなく、自分を観せる場所でした。 -
天井画。
シャガールに注文しました。 -
後部
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いざ劇が始まると暗くなるので、
ボックス席はVIPが情事を楽しむ場所でもありました。 -
階段の配置や角度といい、
ドレスを魅せるための工夫が凝らされています。 -
2階の廊下。
正面入り口の真上です。 -
幕間には、30分ほどの休憩が入ります。
カウンターバーへ繰り出します。 -
奥行きがあるように見えますが、
実は鏡を張っています。実際は壁です。 -
テーブルを予約するのがスマートです。
夜なのと、公演中は暗いので、
眠気を誘わない程度に嗜みます。 -
思い入れのある内容なら、
プログラムを買うのも良し。 -
カーテンコール。
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夜の教会。
サン ヴァンサン ド ポール教会 寺院・教会
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朝の運河。
「パリは霧にぬれて」という映画を思い出してしまいます。
1825年にフランス第4の港だったラ・ヴィレッド貯水池とパリを結びました。
1862年にはセーヌ川ともつながります。サン マルタン運河周辺 滝・河川・湖
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冬の朝は静かです。
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17世紀の凱旋門。
シャルル5世が建設した城壁を撤去した際に、
サンドニ門は凱旋門として新調されました。。サンドニ門 建造物
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壁には、仏蘭戦争の1年目に、ライン渡河作戦(1672)が成功したことを称えるレリーフが。
ルイ14世の絶頂期の証です。
ルイ14世がフランスに編入した地域の旅行記↓
https://4travel.jp/travelogue/11708625
https://4travel.jp/travelogue/11704209 -
セルジュ・ゲンスブールの墓
今でも人気者です。 -
かつての名店を受け継いだ兄弟がカウンターに。
ラシエット フレンチ
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突き出し
上の写真の塊から切り立てです。 -
前菜
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甘エビのフランスバージョンのような絶品
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メイン
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臓物を含めたミンチ。
後を引くおいしさ。
いつ行っても、感動するお店。
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