2019/08/30 - 2020/08/30
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gianiさん
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2019/08/30
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珠玉の博物館を再訪。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 高速・路線バス
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「9月23日バスターミナル」が始発です。
ホーチミン バスセンター (バスターミナル) バス系
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88番の路線バスに乗車します。
車掌にバオタン・アオザイと言えば、
降りる時に肩叩いてくれます。
ベトナム語は声調言語なので、
発音に自信がなければ紙に書いたもの(綴りには声調記号も忘れずに)も見せれば完璧です。バス バス系
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ベンタインBTを経由します。
地下鉄建設工事に伴い、
ハムギー通り沿いの左から2番目のレーン(一番左の進入禁止の標識の下)が乗り場になっています。ベンタイン バスターミナル バス系
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博物館入口の数十メートル先にバス停があります。
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バス通り沿いにある看板
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左へ曲がります。
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右側の石畳を進みます。
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門をくぐって、
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受付で入場料を払います。
100,000VNDです。アオザイ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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専属ガイドが付きます。
英語かベトナム語を選べます。 -
鍵を開けてもらい、ガイド同伴で展示室に入ります。
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1645年ごろの女性の服装。
前2枚、後2枚、合計4枚の(茶色い)生地から成っていました。
ちなみにアオザイの直訳は、長い上着(下着に対して)です。
前側にボタンは付いていません。
農作業や家事をするのに適したデザインだった。 -
アオザイの下にはブラウスを着用し
(と英語表記しているが写真では胸を覆う濃桃色下着を着用)、
若い人はダークピンク、年長者は白色でした。
そして、真ん中には青/緑の長いシルク等で装飾されています。 -
上記のベトナム語解説と写真
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1884年ごろのアオザイ
5枚の布地から成るものは、2つの服を縫い合わせたものです。
前側を重ねて隠れた部分が5枚目です。
外側の4枚は両親と恋人、5枚目は着る人を表しています。 -
5つのボタンは、儒教の五徳(仁・義・礼・ 智・信)を表しています。
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1910-20年代に北部では、ネックレスなど
伝統の縛りを越えたものも現れました。 -
上記のベトナム語解説と写真
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19世紀グエン王朝のアオザイ
グエン王朝の衣装は、儀礼省によって厳しく管理されていました。
例えば、鳳凰・蝙蝠・太陽・8つの武器・瓢箪・果物などの柄を
5つの色を使用して刺繍または生地模様で装飾し、
アオザイの下に絹の裏地を着ることetc. -
色が落ちるので、洗濯はNG.
その代わりに年に数回ほど日干ししたり、
木棺の中で香を焚いたりして対処しました。
一方で、裏地は簡単に洗えました。
ズボンは股下が短く、幅広でした。
側面を三つ折り(ギャザー、タック)にして縫っているので、
歩くと幅が広がりました。 -
上記のベトナム語解説と写真
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「ルミュール」のアオザイ
グエン・カット・トゥーン(ペンネーム:「ルミュールのカット・トゥーン」)は、
16歳(1928)の時にドン・ドゥオン芸術大学に入学し、1933年に卒業します。
翌1934年2月2日、誌上で様々なアオザイを発表します。
襟のある物・無い物、長袖・半袖・ノースリーブ、フレア(末広がり)袖、膨らんだ袖・そうでない袖、ボタンの有る物・無い物etc.
ついに、1937年にはラグラン・アオザイを発表します。
外出やビーチ、靴を着用したイブニング、ウエディング用のデザインです。
彼の名前と評判はベトナムだけでなく、外国にも知られるようになりました。 -
写真は、1942年に婚約祝用として発注されたもの。
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2着目
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3着目。
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ベトナム語の解説。
英語の解説と違う写真を使用しています。 -
ハイカラー(高襟)のアオザイ
1950-60年代には、ブラジャーの着用が一般的になりました。
斯くして、アオザイはウエストを絞り、体形にぴったりとしたデザインになった。
後部の布地の比率が高くなり、特に尻部が顕著である。
我々がイメージするアオザイの姿は、この時期に出来上がります。 -
高襟になり、
裾は足首まで真っすぐに延びている。 -
ボートネック・アオザイ(1958)
1958年、ボートネック(首周りがオープンなデザイン)アオザイは、
ファッション界に衝撃を与えた。突飛でユニークだった。
タイ・トゥック・ニャによって考案された、
未だにポピュラーなデザインである。
ちなみに写真は、マダム・ニュー(ゴ・ジエムの義妹)。 -
1957年に、アオザイはエリート層の間で、より持てはやされるようになった。
「ドゥン」として広く知られるド・タンは、
西洋の「ラグラン袖」に見られる肩の部分の生地のカッティングを
アオザイに組み込むことを考案した。
脇の下のしわを抑え、
(体形にぴったりしたデザインにもかかわらず)腕を動かしても
脇の部分の縫い目が破れないカッティングである。
彼によるイノベーションは翌年の「ラグラン・アオザイ」の誕生に繋がった。
彼によるデザインは、
アオザイのグレードアップに革新的な貢献をもたらし、
大いに敬われている。 -
左:ラグランスリーブ
右:ラグランスリーブ&ボートネック -
ヒッピーアオザイ&ミディアオザイ
1960年代終盤、アオザイはヒッピー文化の影響を受けた。
ヒッピーファッションは突如として現れ、
ファッション界の潮流となる。 -
軽い素材と鮮やかな配色、幾何学的形状の植物や花の飾り模様を伴った。
膝までしかなく、襟は低い。 -
ズボンの筒は幅広60cm。
このスタイルは、1990年代半ばまでポピュラーでした。
ミニスカートの影響を受けていますが、下にズボンを履いています。 -
アートなプリント柄のアオザイ
画家・美術教師の肩書を持つシー・ホアン氏による。
ちなみに、彼が当博物館のオーナーなので、自己紹介ですね。 -
絵柄は花、葉、景色等多彩に及ぶ。
-
参考までに、4年前の写真。
全体的に、物干し竿的展示が多かったです。 -
ブロケード・アオザイ
デザイナーのダン・シー・ミン・ハイ氏により、1961年に誕生。
ヴェトナムのブロケード(絹錦織)は、彼女のアオザイコレクションによって世界中に知れ渡ることになる。 -
手織の服と、
少数民族の伝統的手法による刺繍がベースとなっている。 -
彼女は、アオザイに華やかで魅力的なスタイルを吹き込み、
-
アオザイを活気付けることに貢献した。
-
アオザイは、国際的統合の象徴となる。
と、大風呂敷を広げています。 -
左:テルノ(フィリピン)
右:韓服(韓国) -
左:ニョニャ(シンガポール)
右:プロムドレス(フランス) -
左:着物(日本)
右:チャイナドレス -
左:ペルシャ絨毯模様(イラン)
右:Tシャツとジーンズ(アメリカ) -
敷地には大きな庭園があり、
中心にある池の周囲には、屋外展示もあります。
以下は、すべてユネスコの世界無形文化遺産に指定されているものです。 -
ハト・ソアン(直訳:春の歌)
フート省でテト(旧正月)に開催される伝統歌謡を伴うお祭り。 -
フン王および村の守護霊を称える・豊穣と健康を願う・
男女の求愛の3つが題材。
実際は、出演者による歌・演技・儀式・踊り、楽器演奏が含まれる総合芸術である。 -
クアン・ホー伝統歌謡
バクニン省やバクジャン省で行われる。
ペア2組(兄と弟VS姉と妹)によるラブソングで構成されている。
まず女性歌手のペアからチャレンジフレーズがメロディに乗せて提示され、
男性ペアの歌手はチャレンジフレーズと同じメロディに乗せて返答するマッチングフレーズで返す。
次のセットは、男組が提示して女組が返すという流れ。
楽器伴奏も聴衆も伴わずにやり取りされるが、出演者はやり取りを楽しみ観客を兼ねている。
でも最近は、ステージ上で観客を前に公演するスタイルが一般的。 -
その際に着用される伝統衣装。
-
ヴィとジャム
北中部に位置するゲアン省・ハティン省で行われる伝統歌謡。
地域社会の維持に欠かせない伝統的価値観(両親を敬う・忠義・信用・正直・献身といった美徳)を称賛している。
ヴィは、拍子(リズム)以外の形式は自由である。
概してディープで物憂げな調子であるが、茶番でウイットが効いているものもある。
ジャムは、明快なリズムとビートに乗せて、詩的な寓話を語るように歌われる。
歌詞は幾つかの詩句から成り、詩句は5つの詩、
詩は5つの単語で構成されることになっているが、
実際の作品ではほとんど曖昧である。 -
衣装にはキン族らしさが出ていますが、
歌詞は訛りと方言の宝庫だとか。 -
こんな感じで、野外で共同作業しながら歌うスタイルがオリジナルです。
-
ドン・カ・タイ・トゥの音楽・歌
南部メコンデルタの精神・愛・重労働・自由などが反映されているが、同時に南部を開拓した勇気や騎士道精神も表れている。
ダンキム(2弦の月型の琵琶)、ダンコー(2弦の胡弓)、ダンチャン(16弦琴)、ダンバウ(1弦琴)といった楽器演奏が伴う。 -
かなり近代的洋装のエッセンスが入っていますね。
-
4年前に訪れた時と比べて、
庭園の整備がかなり進んでいます。 -
離れには、ベトナムの下着が展示されています。
-
ベトナムの女性下着(下着と社会進出の相関)
ベトナムにおける最初期のブラジャーの標本は、リ王朝下の12世紀にまで遡る。 -
しかし、女性の胸を覆う四角い布はすでに存在していた。
布には紐が付いており、後ろの部分と首の周りで結んだ。
しかし、胸は垂れてしまう。
このことは、女性の社会進出を阻む障害になった。
注:写真ではデリケートゾーンを覆うフンドシのように見えるが、
写真のように上半身を覆う形で着用。 -
長らく女性の活躍の場は、家事と農作業に限定されていました。
-
ベトナムの下着にまでメスを入れた服飾展示は、
恐らくここだけでしょう。 -
20世紀になって、モダンなルミュールアオザイを着る(体形を作る)ために、コルセットをはじめとする西洋の下着がベトナムに入った。
-
フレームを柔らかい布で覆い、肩にストラップを付けて背中の周りに固定することで、胸を押し上げたままで自然な曲線を維持できた。
-
こうした下着は、単に女性の胸を押し上げて支えるだけでなく、女性も学校へ通い社会進出するように押し上げ・支える縁の下の力持ちなのである。
-
自身に大きな影響を与えた母親に関する記述。
内面・外面の美に敏感で、アオザイをこよなく愛する人物だった。
自立心や健全な自尊心を持ち合わせた魅力的な女性だった。
北部のハノイ出身であることも分かります。 -
屋外トイレの表示もかわいい
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熱帯の花も咲く。
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午後3時を過ぎると心地よい風が吹き始めるので、
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東屋で一休みするがおすすめです。
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帰り(上り線)のバス停。
ベトナムは右側通行です。 -
88番は朝5時から夜7時まで走っているので、
5時半閉館後でも、全然問題ないです。 -
ホーチミン市人民委員会。
市のトップが居座る共産党機関。
コロニアルな庁舎です。ホーチミン市人民委員会庁舎 建造物
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夜のグエンフエ通り。
毎日がお祭りです。グエンフエ通り 散歩・街歩き
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