2019/08/10 - 2020/08/12
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gianiさん
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ドイツ人による神聖ローマ帝国の領土で自由都市の特権を享受して繁栄。
普仏戦争後~第一次世界大戦後(1871~1919)にかけて一時的にドイツ帝国領となったものの、
三十年戦争の戦利品として、1648年にフランス領となったアルザス地方。
帝国自由都市は神聖ローマ帝国の一部として残されたが、仏蘭戦争の戦利品として1674年以降フランスの実効支配を受ける。
ストラスブールは1681年に攻囲されて、フランスの軍門に下る。
成長著しい国際都市ストラスブール、
県庁所在地・工業都市としても繁栄するコルマール、
フランス領になってから成長が止まってしまったテュルクアイム。
個性豊かな文化に触れる旅です。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
まずは、夕日を浴びる大聖堂。
ストラスブールの司教座は、大司教座も兼ねます。
フランス本土にはフランス管区の下に15の大司教区がありますが、
それとは別にストラスブール大司教区はバチカン直轄です。
独仏間で度々領土が変遷したためと思われます。
ちなみに日本管区には、東京・大阪・長崎の大司教区があります。ストラスブール ノートルダム大聖堂/尖塔/カラクリ時計 寺院・教会
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1439年完成。
ファサードはフランス風ゴシック、
高い尖塔などはドイツ的発想ですね。
1988年に世界遺産に登録されています。 -
尖塔の高さは142メートルで、
1874年にケルン大聖堂に抜かれるまでは、世界一高い建物でした。 -
繊細な装飾で覆われています。
同じく世界遺産に登録されているルーアンの大聖堂と並ぶ傑作です。 -
奥行きは、100メートル以上あります。
宗教改革でルター派に鞍替えしましたが、
フランスに降伏後、建物はカトリック側へ返還されました。 -
アルザス語で「街道の町」を意味するストラスブールは、
イル川と運河に囲まれた街です。 -
郷土料理はドイツ寄り。
神聖ローマ帝国の下、司教領→帝国自由都市を経て、
1681年にフランス領になりました。
普仏戦争後の1871~1919年はドイツ領でした。 -
文化的には、母語だったアルザス語をはじめ、
ドイツ圏から多くを背負っていますが、
ドイツでもフランスでもないアルザス人というアイデンティティを保っていました。 -
完食すると、メルヘンチックな絵柄が現れました。
-
夜の大聖堂
グーテンベルグ広場から眺めます。 -
プロジェクト・マッピングが絶妙な効果を
グーテンベルグ広場 広場・公園
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光のショウです。
-
聖ペテロの名を冠した教会。
こちらはjeune(直訳:年若い)教会というのが正式名です。
以前から存在するサンピエール教会はvieux(直訳:老年の)という通称があります。
写真は、外から見た内陣。新しいピエール教会 寺院・教会
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歴史が浅い方といっても、
十分に厳かな雰囲気。 -
日本語の「見学の手引き」。
1031年に大聖堂の参事教会として建設。
1050年頃には聖ペテロに献堂され、現在の名称に。
現在の建物は、1320年に完成。その後、種々の礼拝堂が加えられます。
宗教改革で1524年にプロテスタントへ改宗しますが、
1682年にルイ14世の命によって、内陣(見取図の7)の入口部分にカトリック用のスペースを仕切る。仕切壁で物理的に分離された(見取図の1)。
新旧併存が続いたが、1898年に旧教のサンピエールジュヌ教会が別の土地に新造され、純粋な新教教会に戻りました。(現在はサンピエール教会が3つもあることに。)
※ナントの勅令が無効になった1685年以降もプロテスタントが存続したことは、
この土地の特殊性を感じさせます。
橙色で塗りつぶされている見取図の6の部分は、もともと存在した修道院の回廊部分で、とりわけ古い部分(11世紀)です。スタッフか牧師に声をかけると、扉を開けて見せてくれます。 -
内陣を仕切る壁があった場所から奥の内陣を眺める。
内陣は13世紀築の古いエリア。奥には、1518年作の祭壇画が。
内陣を仕切る壁は、フランス領になった翌年の1682年に設置され、
1898年に撤去。
現在はカーテンが掛けられていますね。
アルザスが1648年にフランス領に編入される中、
自由都市として1681年まで独立を守りました。 -
内陣の反対側(見取図の2)にはフレスコ画(14-15世紀)が。
一番上は、ジョットの「小船」を模した作品。
福音書の記述で、ガリラヤ湖を航行中に嵐に遭い、イエスが暴風を鎮めるシーン。
イエスとペテロが湖上を歩く奇跡が起きた。
フレスコ画の右手前には、名門のゾルン家の私的礼拝堂が(見取図の4)。
その下は、至福を表す8人の天使とのこと。 -
フレスコ画を含め、内装は宗教改革前のもの。
1900年に修復されています。
説教壇などの調度品や細かい装飾は17,18世紀のバロック様式。
朝一番から、素晴らしいものを見せてもらえました。
早起きは三文の得です。 -
民家も木組みの部分が目立ちます。
メルシエール通り 散歩・街歩き
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12使徒のひとりである聖トマスに捧げられた教会。
日本語の見学手引きがありました。
オリジナルは6世紀で、現在のファサードは1230-50、内部は1260-70築。
1524年にルター派に改宗。
ストラスブールの宗教改革を先導したマルタン・ビュセールのホームグラウンドだった。
1648年のウエストファリア条約(三十年戦争の講和条約)により、
1681年にフランス領になってからも、さらに1685年にナントの勅令が無効になってからもプロテスタントの信仰が保証された。
※フランス語圏の宗教改革はカルヴァン派が大勢ですが、
こちらはルター派というのも、ドイツ色を強く感じさせます。サントーマ教会 寺院・教会
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大オルガンは、1740年作。
1778年にはモーツァルトが、1909年7月28日(バッハの命日)にはシュヴァイツアーが演奏している。
写真はシュヴァイツアーのパネルと小オルガン。
大オルガンの音色と、ホールの音響は素晴らしかったです。 -
ローカル線を乗り継いで、
Turucheim(チュルクアイム ドイツ語アルザス語読みトゥルクハイム)へ。
ストラスブールから1時間ほどの移動です。 -
旧市街。
神聖ローマ帝国下で修道院領、自由都市を経て、フランス領に。
三角形の要塞都市です。
https://www.turckheim.fr/ -
南側に位置する目抜き門。
駅前にして、目の前の共和国広場は駐車場も完備。
フランス統治を記念して現在の名前に。フランス門 建造物
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フランス門をくぐると正面には広場。
左の黄色い建物は1598年築で、帝国自由都市の頃は市役所。
現在は村役場。
コルマール等と十都市自由同盟を結んだ。テュルクアイム旧市街 旧市街・古い町並み
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役場の横には、11世紀から続く教会が。
1190年築のロマネスク建築がベース。
ゴシック様式の鐘楼がすてき。
ちなみにファサードは、20世紀のものです。サン タンヌ教会 寺院・教会
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門から見て左には、商人の家として知られる建物。16世紀の建築。
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反対側には、観光案内所の入るピンクの家。
夜警の家と呼ばれ、16世紀築。
手前の噴水は18世紀のもの。
現在も、自警団が夜警を行う希少なコミューンです。
写真を見ると、フェルメールの名画「夜警」と同じ伝統的な衣装で、
22:30~行われます。 -
温かみを感じ、炎天下でも爽やかな色合いの壁。
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旧市街は、とにかく花がきれい。
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木彫りの装飾もユーモラス。
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西側のミュンスター門から北へ転じて、
ヴィグネロン通りを進みます。 -
城壁内(都市)の人口は1,000人ほどでしたが、
70にも満たない帝国自由都市の一員だったので、
帝国議会に議席を持つなど、政治面でも最高の特権を得ていました。 -
テラスには鉢植えだけでなく、
鳥の巣箱まで。素敵です。 -
東側には城壁と空堀が残っていました。
写真は三角形の頂点(北)に位置するブラン門。
当時は跳ね橋を渡って出入りしました。
1312年に自由都市としての特権を得たことにより、
城壁を築くことが許されました。 -
村の周囲は一面のブドウ畑。
テュルクアイムは、ワイン取引で富を築きました。
近年、アルザスワインの評価が高いですね。 -
陽気が心地よいので、
ニーデルモルシュヴィルまで歩いて行きます。 -
お父さんと散歩中のお嬢さんに遭遇。
この歳にして、お洒落です。
お父さんもイケメン! -
Niedermorschwihrは、人口600人未満のコミューンです。
なぜ、こんな閑村へ向かったかというと、
ここに世界的に有名なお店があるからです。 -
「トロワゼピ通りの店」という村唯一の商店。
フェルベール氏のお店で、ジャムが世界的に有名。
メゾン・フェルベールというブランドで知られています。
日本では、伊勢丹などで地元の3倍の価格で取引されています。
地域の商店にも卸しており、2,3割増しの価格で販売しています。メゾン フェルベール 専門店
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ワイン生産者の家の名前で知られる16世紀の建築。
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テュルクアイムからコルマールは、
あっという間です。
交通の要所、貿易の中継点として栄えた帝国自由都市です。コルマール旧市街 旧市街・古い町並み
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コルマールを代表するウォーターフロント。
直訳すると、小ベニスです。
ベネチアには似ても似つかないですが。プティット・ヴニーズ 散歩・街歩き
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屋根の様式が中欧的。
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河岸を遡ると、旧税関が。水運の町だったのですね。
1480年築で、旧市街で一番古い公共建築。
ゴシックとルネサンスが混在する美しい建物。
物流の集積地に位置し、1階は税関兼倉庫兼市場だった。
現在も、商業スペースとして営業中。
コルマールは、イタリア・ドナウ流域・フランドル・シャンパーニュに通じる貿易中継点でした。旧税関 建造物
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個性的な家が!
プフィスタの家 史跡・遺跡
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プフィスタの家
ルネサンスの宝石ともいえる建物は、1537年にブザンソン出身の裕福な帽子職人ルートヴィッヒ・シェラーの家として築かれた。(フランス語だと、ルイ・シェレになります。銀山開発を手掛けて、さらに繁栄しました)
現在の名前は、商人のフランソワ・サビエール・プフィスタが1841年に
この家を買い取ったことに由来する。 -
ファサードの画と装飾を手掛けたのはクリスチャン・バックステルファーで、
16世紀の神聖ローマ帝国皇帝や伝道者、教父、寓話的な人物、聖書中の人物及び場面が描かれている。 -
14世紀から続くウンターリンデン修道院跡を利用した美術館。
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女の肖像、男の肖像(1515頃)
ハンス・ホルバイン(父・1460-1525)作
同名の息子がメジャーで、こちらは隠れた存在。ウンターリンデン美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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カナでの婚宴
イエスが、水をワインに変える。最初に行った奇跡。
聖書のヨハネによる福音書の記述に基づく。
ペットの猿がいたり、興味深い作品。 -
イーゼンハイム祭壇画(1511-15)
マティアス・グリューネヴァルト(1470-1528)作
※正しくはマティスだが、昔の間違いが広く浸透しているためにマティアスと表記。
当美術館の白眉。必見の作品!
元々は扉付きのスタイルで、現在は分解して展示。
平日は扉を閉じた状態で、日曜日だけ扉を開いた。扉を開いた状態の真ん中に位置する「天使による演奏とキリスト降誕」の部分。
庭が壁で囲われているのは聖母の子宮を、棘のない薔薇は生母が原罪から清められていること、イチジクの木は母乳を暗示している。
オリジナルの状態では、この絵の左側に受胎告知、右側にキリストの復活が並ぶ。
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