2021/07/06 - 2021/07/06
39位(同エリア1905件中)
ローマ人さん
大人の休日倶楽部パスを使った旅の続きです。
パスの有効期間4日間の内、最初の2日間で東北を周遊しました。
3日目は外せない仕事があったので休養日?に充てて、最後の1日で長野と新潟を駆け足で旅してきました。
最初の目的地は、国宝の松本城がある松本です。
松本は初めて訪れましたが、城下町らしく歴史を感じさせる佇まいが残るコンパクトにまとまった街で、短い時間ながら松本城などの観光を楽しむことが出来ました。
2017年6月以来、5年ぶりに「大人の休日倶楽部パス(東日本)」を利用して旅をしてきました。
以前は、2016年4月に定年退職するまで水戸に9年間単身赴任していて毎週JRを利用して東京と水戸を往復していたこともあって、毎年2~3回のペースで「大人の休日倶楽部パス」を使って主に東北を巡る旅をしていました。
定年退職後は、JR利用の機会が減ると共に、ある程度まとまった休みが取れると海外に出かけるようになり、しばらく利用していませんでした。
「大人の休日倶楽部パス(東日本)」は、JR東日本が主催する「大人の休日倶楽部」会員限定の切符で、JR東日本全線、青い森鉄道線、IGRいわて銀河鉄道線、三陸鉄道線、北越急行線、伊豆急行線及び富士急行線の全線、並びにえちごトキめき鉄道線の新井~直江津間の特急(新幹線を含む)・急行列車の普通車自由席及びJR東日本管内のBRTが4日間乗り降り自由です。
予め座席の指定を受ければ普通車指定席も6回まで利用可能です。
*「大人の休日倶楽部」とは、入会資格が50歳以上の 会員組織で、JR東
日本とJR北海道の運賃・料金が割引になるほか、会員限定のきっぷ、旅
や生活各種の特典サービスを受けることが出来ます。
年齢に応じて、50歳から入会できるのミドル会員(切符の割引率5%)と
65歳(女性は60歳)から入会できるジパング会員(切符の割引率30%)
があります。
■日程
7月3日(土)
東京(自宅)→仙台(松島・塩釜)→青森(宿泊)
7月4日(日)
青森→(リゾートしらかみ号)→秋田→盛岡→東京(自宅)
7月5日(月)
会社の定例会議に出席
7月6日(火)
新宿(自宅)→松本→長野→(高崎)→新潟→東京(自宅)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この日の出発はJR新宿駅から。
新宿駅 駅
-
7:00発、特急あずさ1号に乗車して松本に向かいます。
目的は、まだ行ったことが無い松本城の観光です。
東京に長年住んでいながら、中央線の特急に乗車するのは30数年振りです。 -
朝食用に新宿駅南口コンコースにある「駅弁屋 頂(いただき)」で駅弁を購入しました。
朝6時半開店で、規模は大きくありませんが、全国の駅弁が購入できます。駅弁屋 頂 グルメ・レストラン
-
特急あずさ1号の先頭車両です。
使用されているのは、2017年12月から営業運転を開始したE353系電車です。 -
この列車名を聞くと、少し古い話ですが、兄弟デュオ歌手「狩人」が1977年に歌って大ヒットした歌謡曲「あずさ2号(♪8時ちょうどのあずさ2号で私は私はあなたから旅立ちます~♪)」を思い出します。
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座席は座面が黒色、背もたれ部分には列車名の由来となっている松本市の近くを流れる「梓川(あずさがわ)の清らかな「水面のきらめき」を表現したという光沢感のあるブルーが使われています。
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指定券です。
晴れていれば富士山が見える、進行方向左の窓側席にしました。
中央線特急には、2019年3月から「着席サービス」が導入され、全席指定席(従来通りの座席指定と座席未指定のどちらかを選択)となっているので、乗車するには指定券の発券が必須です。
「大人の休日倶楽部パス」で指定席が利用できるのは6回までなので、これで6回を使い切りました。
これ以降に利用できるのは自由席がある列車だけです。 -
座席の上部にライトが点灯しています。
緑色が乗車区間の座席指定済席、赤色が座席未指定席、オレンジ色が間もなく乗車してくる座席指定済席です。 -
時節柄、車内は空席が目立ちます。
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新宿駅の「駅弁屋 頂」で購入したもの。
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日本ばし「大増」の「よくばりおつまみセット 花」です。
左上から時計回りに、漬けまぐろ、柚子わらび餅、玉子焼・赤魚白醬油焼・ひじき煮、野菜のうま煮、豆のごま和え、あさりと牛蒡の深川煮です。
普通の食材ですが、味はまあまあといったところです。 -
これは、茨城県水戸駅の「常陸牛 牛弁」です。
白いご飯の上に甘く煮付けた玉ねぎをのせ、その上に秘伝のすき焼きのたれで甘辛く煮込んだ常陸牛のバラ肉のしぐれ煮がふんだんにのせられています。
肉のうまみとご飯がよく合って食が進みます。
付け合わせの煮卵と湯葉巻きもアクセントになって良いです。 -
定刻の9:38に終着駅の松本駅に到着。
天気が今一つで、車内から富士山を見ることが出来ませんでした。 -
改札口です。
松本駅の改札口は1か所のみで、駅ビルの3階にあります。松本駅 駅
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松本駅の「お城口(東口)」です。
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ズームアップ。
入口の階段右の柱には、木彫りの松本駅表札があります。
火災で焼失した駅舎が昭和23(1948)年4月に再建されたことを記念して製作され、昭和53(1978)年に駅舎が駅ビルに改装されるまで駅玄関に掲出されていたものだそうです。 -
早速、松本城に向かいます。
松本城は、松本駅から歩いて約20分の距離にあるということなので、街中を観光しながら歩いてみるのが良いのでしょうが、今回は時間節約のために往路はバスを利用します。
写真は、松本城方面行きの松本駅「お城口(東口)」1番バス乗り場です。 -
このバス乗り場には、松本周遊バス「タウンスニーカー」の北コースが発着します。
このコースは松本城や国宝の旧開智学校校舎方面を周回するので、観光客で利用するのに便利です。
隣の2番乗り場から東コースと南コースが発着しているので、乗り間違えに注意が必要です。 -
水玉の派手なペイントのバス「水玉乱舞号」に乗車します。
松本市出身の前衛美術家「草間彌生」さんがデザインしたものだそうです。
運賃は1乗車中学生以上200円(小学生100円)、1日乗車券は500円(小学生250円)です。 -
駅から7つ目の松本城・市役所前バス停で下車。
写真は、道を挟んで反対側にある松本市役所です。 -
バス停の目の前にあるのが「太鼓門」です。
三の丸から外堀の土橋を渡って二の丸に入る正門で、文禄4(1595)年に創建されました。
現在の門は、平成11(1999)年に再建されたものです。
この門は城の入口を固く守る防御施設で、内側と外側に門を二重に構え、その周りを石垣・土塀で四角に囲っている「桝形門」となっています。
土橋も、敵の侵攻を遅らせるために門側が狭くなっている「鵜の首」という形をしています。
将に戦いに備える門なのですね。 -
松本城案内図です。
上が西方向です。
赤色の三角が現在位置です。 -
外堀の北方向のお眺め。
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外堀の南方向の眺め。
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外側にある門が「二の門」で、高麗門になっています。
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門を潜ります。
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「二の門」からの眺め。
内側にある「一の門」は、櫓門(やぐらもん)になっています。
文字通り門の上に櫓が置かれたこの門は、櫓に窓や狭間(さま)が造られ、外の様子を監視したり、また攻撃することもでき、防御力が非常に高くなっています。
「一の門」と「二の門」の間のスペースは、四角形をした「桝形」です。
敵が「二の門」を突破しても、周囲を石垣でがっちりと囲まれていて動きが取れないので、「一の門」を破って侵入しようとするところを周囲の櫓から矢玉の雨を降らせて一網打尽にするという恐ろしい仕掛けです。
土橋の「鵜の首」といい、「桝形」といい、将に戦いに備える門なのですね。 -
「二の門」の裏側です。
表側の2本の鏡柱(かがみばしら)の上に冠木(かぶき)を渡し、小さな切妻屋根(きりつまやね)を乗せ、鏡柱と裏側の控柱(ひかえばしら)間にも切妻屋根をかぶせた高麗門の構造が良く分かります。 -
奥側からの眺め。
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櫓門脇の石垣に据えられた大きな石は、築造者の官名に因んで「玄蕃石」と呼ばれています。
重量22.5トンあるそうです。 -
門を潜って「二の丸」に入ります。
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櫓を支えるために、天井の梁には太い丸太が使われています。
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門の傍らに、梁に使用された木材の根元部分が置かれてました。
樹齢140年の赤松だそうです。
太さが良く分かりますね。 -
「二の丸」側から見た「一の門」です。
「二の丸」には、明治9(1876)年に焼失した二の丸御殿跡が史跡公園として平面復元されています。 -
これは、「太鼓門」の鏡柱の礎石だそうです。
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一旦「太鼓門」を出て、外堀の縁を回って松本城正面に向かいます。
写真は、南側の外堀です。 -
外堀が尽きたところが松本城の正面入口です。
外堀の南側と西側の一部は大正時代以降に埋め立てられていて、この正面入口も埋め立てられた場所です。
松本市が外堀の復元を検討しているそうです。 -
「二の丸」部分にある国宝の石碑です。
松本城は、天守が国宝に指定されている5つの城の内の1つです(他は犬山城、彦根城、姫路城、松江城)。 -
石碑の裏側にある「松本市立博物館」は移転・新築のため休館中でした。
松本市立博物館 美術館・博物館
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本丸に入る正門の「黒門」です。
本丸防衛の要の門で、「太鼓門」と同じく「桝形門」になっています。 -
内堀の向こうに「天守」が見えてます。
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「黒門」の「二の門」です。
平成元(1989)年に復元されたものです。
ここが松本城本丸観覧の入口になっています。 -
観覧券売場です。
城と調和がとれたデザインになっています。 -
観覧券です。
料金は大人(高校生以上)700円、小人(小・中学生)300円です。 -
「一の門」です。
昭和35(1960)年に復興されたものです。
同じ櫓門ですが、「太鼓門」よりも凝った造りになっています。 -
「一の門」を潜って中へ入ります。
門を支える柱の間に甲冑が展示されています。 -
門の内側です。
正面の建物が管理事務所と売店で、「御城印」やオリジナルグッズが購入できます。 -
内側から見た「一の門」です。
手前にある石燈籠は、松本藩11代藩主(水野氏では3代)「水野忠直」が、江戸幕府4代将軍「徳川家綱」の供養のために上野寛永寺に奉納したもので、明治維新後の寛永寺寺域整理に際して移設されたものだそうです。 -
この広くなった場所は「本丸御殿跡」で、現在は庭園になっています。
「本丸御殿」は城主の居所と政庁を兼ねていましたが、享保12(1727)年に焼失して、以後再建されなかったそうです。 -
松本城の「天守」です。
現存最古の5重6階の木造天守で国宝に指定されています。
「大天守」を中心にして、北面(右側)に3重4階の「乾小天守(いぬいしょうてんしゅ)」を2重2階の「渡櫓」で連結し、東面(手前側)に2重2階の「辰巳付櫓(たつみつけやぐら)」・1重地下1階付の「月見櫓(つきみやぐら)」を付属させた複合連結式と呼ばれる独特の構造をしています。国宝松本城 名所・史跡
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時代装束を纏った「おもてなし隊」がいました。
私はしませんでしたが、一緒に写真を撮ることもできるそうです。 -
「天守」をズームアップ。
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さらにズームアップ。
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もっとズームアップ。
「天守」の大棟に飾られた鯱(しゃちほこ)です。 -
この場所からは、松本城の天守と櫓のすべてが見渡せます。
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庭園の一角にあるこの木は「清正公(せいしょうこう)駒つなぎの桜」です。
戦国時代の武将で熊本城の城主だった加藤清正(かとう きよまさ)が、江戸からの帰りに松本城に立ち寄った際に、松本城主の石川康長が土産として駿馬2頭の内1頭を差し上げる旨を申し出たそうです。
その時に馬をつないだ桜の木だと伝えられているそうです。 -
「天守」と「乾小天守」をつなぐ「渡櫓」に入口があります。
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ここから中に入ります。
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「乾小天守」の1階です。
残念ながら、中を観覧することはできません。
乾小天守は三重4階の櫓で、内部の柱に丸太が多く使われているのが特徴だそうです。
天守の北に位置していますが、北は叛く、敗れるなどの意があって忌み嫌われるので、「乾」(方位は北西)と呼ばれたのだそうです。 -
「天守」1階です。
1階の周囲1間(約1.8m)は内部の床よりも50㎝低くなっていて「武者走(むしゃばしり)」と呼ばれています。
戦闘の時に、武士が矢玉を持ってこの場所を走るのでその名がついたのだそうです。 -
「天守」1階に設けられている石落(いしおとし)です。
これは、四隅の壁から張り出して下方向に開口した穴で、石垣をよじ登ってくる敵に対して石を落としたり、弓や鉄砲を撃って撃退する装置です。
松本城では、他の城よりも多く、四隅のほか「天守」1階中央や「乾小天守」・「渡櫓」の計11ヶ所に設けられているそうです。 -
壁には方形の「鉄砲狭間(てっぽうさま)」(手前)と長方形の「矢狭間(やさま)」(奥)の穴が設けられています。
射程圏内を広くするために内側が広くて外側が狭い構造になっていて、松本城には「鉄砲狭間」が55ヶ所、「矢狭間」が60ヶ所あるそうです。
松本城が築城されたのは争乱最中の戦国時代なので、武装強化のために弓や鉄砲を発射する「狭間」の数が多いのだそうです。 -
この階は、1間(約1.8m)毎にたくさんの柱が立ち、天守全体を支えています。
かつては食料や弾薬などの倉庫として使われていたようです。 -
1階に展示されていた「天守」の鯱です。
鯱は、火災除けの「まじない」として天守などの棟飾りに使われています。
この鯱は、昭和の修理の際に取り換えられたもので、高さが127㎝あるそうです。 -
1階に展示されていた「かぶら懸魚(げぎょ)」です。
「懸魚」とは、屋根装飾の「破風(はふ)」の装飾を目的として取り付けられる彫刻を施した板のことです。
これは「辰巳付櫓」に取り付けられていたもので、材質はひのき材で創建当時のものと推定されているそうです。
松本城天守の「千鳥破風(ちどりはふ)」と「入母屋破風(いりもやはふ)」に「かぶら懸魚」を取り付けてあるそうです。 -
2階への階段です。
松本城天守の階段は1階~6階までに7ヶ所設けられていて、階段の勾配は55度~61度とかなり急です。
それで、階段を上る際の写真撮影は禁止になっています。
現存天守は、この城に限らず姫路城、彦根城、犬山城でも急だったような記憶があります。 -
「天守」2階の「竪格子(たてごうしまど)=武者窓」からの眺め。
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2階には、瓦や硯などの「二の丸御殿」の発掘品の展示がありました。
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「天守」3階です。
この階は、天守二重の屋根裏に造られているので窓が全く無く、南側の木連格子(きづれごうし)から入るだけで暗いです。
外部からの遮蔽が強くて安全な場所なので、有事の際には武士が集まる「武者溜(むしゃだまり)」に当てていたようですが、通常は倉庫に使われていたそうです。 -
「天守」4階には「御座の間」があります。
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書院造り風で天井が高く、四方から光が入る「御座の間」は、いざというときには、城主の居場所(御座所)になったことからそう呼ばれているのだそうです。
また、この階だけが壁の上側が白壁になっています。 -
「天守」5階です。
戦いの際には、重臣たちが作戦会議を開く場所と考えられているそうです。 -
「天守」5階です。
天井の高さが4.54mと他の階よりも高いので、6階に上る階段にだけ勾配を緩やかにするために踊り場(写真の左上)を設けてあります。 -
天守5階からの眺め。
鮮やかな朱色の欄干が映える「埋橋(うずみばし)」が見えます。
二の丸と本丸の「埋門(うずみもん)」に架かる橋なので、この名前がついたのだそうです。
昭和30(1955)年に再建されたものです。 -
「天守」最上階の6階です。
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天井は、太い梁を井の字形に組んだ井桁梁(いげたばり)で、頑丈に造られています。
井桁梁の上に外側に向かって放射状に配置されているのは、梃子 (てこ) の原理を利用して軒先をはね上げるようにして支える「桔木(はねぎ)」で、天守最上階の重い瓦屋根の軒先が下がらないようにするための装置だそうです。 -
天井の中央には、松本城を守る神様「二十六夜神」が祀られています。
元和3(1617)年に入封した戸田氏が祀ったとされているそうです。
松本城天守が現存しているのは「二十六夜神」の「おかげ」かもしれませんね。 -
「天守」6階です。
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北方向の眺め。
眼下に乾小天守があります。 -
ズームアップ。
乾小天守の鯱。
なかなか立派です。 -
西側の眺め。
遠くにアルプスの山々が見えます。 -
南側の眺め。
内堀の向こうは松本市の中心街です。 -
東側の眺め。
周囲を全て山で囲まれていて、松本市が盆地なのが良く分かります。 -
東側の眺め。
庭園に引かれているラインは「本丸御殿跡」範囲です。 -
「辰巳付櫓」2階です。
「辰巳付櫓」は、「月見櫓」と同じく寛永年間(1624~1645年)に増築されたものだそうです。
窓が、上方が尖った特殊なアーチ型になった「花頭窓」になっています。
この窓の形式は、中国から伝わり主に禅宗寺院の建築様式に使われていましたが、その後城郭建築に広がったのだそうです。 -
「辰巳付櫓」2階の展示品です。
弾薬入れのようです。 -
「辰巳付櫓」2階からの天守2階の眺め。
竪格子窓の形が良く分かります。 -
「月見櫓」です。
北・東・南に備えてある舞良戸(まいらど)を外すと、三方吹き抜けになり、周りにめぐらされた朱塗り回縁や船底型の天井など書院風の造りと相まって、優雅な雰囲気を醸し出し、天守・渡櫓・乾小天守と比べ開放的で、平和な時代に造られたことが良く分かる。
この月見櫓は、松本城主の松平直政(徳川家康の孫)によって、一国一城令という統制の厳しい中、寛永年中に3代将軍の徳川家光を迎えるため増築されたものである。
現存する城郭建築の中で月見櫓を持つのは松本城と岡山城のみであるが、天守と一体になっているのは松本城だけである。
*説明文より -
朱塗りの回縁越しの「天守」の眺め。
天守1階に袴型に外にせり出しているのが「石落」です。
回縁は立ち入り禁止です。 -
「月見櫓」からの内堀の眺め。
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「月見櫓」からの庭園の眺め。
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「月見櫓」と「辰巳付櫓」との接続部分です。
写真左側にあるのが地下1階への階段です。 -
「月見櫓」の地下1階が出口です。
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「天守」をもう一度。
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ズームアップ。
千鳥破風に「かぶら懸魚」が確認できます。 -
「月見櫓」と「辰巳付櫓」です。
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「月見櫓」をズームアップ。
朱色の欄干が風情がありますね。 -
本丸の最後に「天守」をもう一度。
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本丸を出て、内堀沿いに移動して「天守」の姿を眺めます。
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この場所からは、辰巳付櫓の位置関係が良く分かります。
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この位置からの姿が1番のようです。
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「乾小天守」が良く見えます。
この辺りの内堀の幅はかなり広くなっています。 -
「埋橋」と内堀を入れた「天守」の姿です。
「埋橋」は、平成23(2011)年6月30日に発生した長野県中部地震(松本地震)以降通行止めになっています。 -
収集している訳ではありませんが、記念に御城印をいただきました。
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松本城の次は、「四柱神社」に向かいます。
松本城から街中を流れる女鳥羽川(めとばがわ)までの間を南北に走る「大名通り」を歩いていきます。 -
通りの歩道脇にある花で囲まれた水飲み場は「大名小路井戸」です。
水が豊かに湧き出しています。
地下水が豊富な地域の特性を活用して、松本市が実施する「水めぐりの井戸整備事業」の一環として平成21(2009)年に整備されたのだそうです。
傍らには「夏は冷たくて、冬は温かくてきれいな松本の自然の水です。大切にお使いください」の文言と水質検査結果書が表記されていました。大名小路井戸 名所・史跡
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街灯には、松本藩歴代藩主6家23代の家紋がデザインされています。
上から初代~2代の石川氏、3~4代の小笠原氏、5~6代・15~23代の戸田氏。 -
上から7代の松平氏、8代の堀田氏、9~14代の水野氏。
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「大名通り」が女鳥羽川にぶつかる場所に、変わった形をした像があります。
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この像は「がま侍(がまざむらい)」というそうです。
愛嬌がある像です。
この像の横にある「なわて通り」が、直ぐそばを流れる女鳥羽川に、かつて「カジカガエル」がいっぱいいたことにちなんで「カエルの街」を標榜していることから、東京芸術大学が平成17(2005)年に寄贈したものだそうです。
今年6月に改修されたばかりだそうで、色鮮やかでした。ガマ侍 名所・史跡
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こちらは、「なわて通り」の西入口です。
看板にもカエルが描かれています。
通りの両側に商店が軒を連ねています。なわて通り 名所・史跡
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「なわて通り」の横には「四柱(よはしら)神社」入口があります。
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拝殿です。
この神社は、明治12(1879)年に創建されました。
御祭神は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかむみ)、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)、神皇産霊神(かみむすびのかみ)、天照大神(あまてらすおおみかみ)で、4柱の神を祀ることからこの神社名になったのだそうです。四柱神社 寺・神社・教会
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拝殿内に掲げられた扁額の「惟神」の文字は、明治維新の元勲の一人で時の内大臣「三條實美(さんじょう さねとみ)」による書です。
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拝殿の向かって左側にある社務所です。
御朱印はここでいただくことが出来ます。 -
境内にある「松本市招魂殿」です。
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「なわ手通り」からの参道が正面のようです。
参道には、明治13(1880)年に明治天皇巡幸の際に行在所(天皇の宿泊所)となったことから新設されたという「御幸橋」が架かっています。御幸橋 名所・史跡
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御朱印をいただきました。
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四柱神社から「なわて通り」を通って出てきました。
「女鳥羽川」に架かる千歳橋(せんさいはし)を渡り、街中を南北に走る「本通り」を通って松本駅に向かいます。千歳橋 名所・史跡
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橋詰には「花いっぱい運動発祥地」碑があります。
花いっぱい運動発祥の地 名所・史跡
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街中を東西に走る「伊勢町通り」が「本通り」にぶつかる場所にある「牛つなぎ石」です。
永禄11(1568)年1月12日、越後(現在の新潟県)の武将「上杉謙信」が贈った塩を積んだ牛車がこの場所にたどり着いたと伝承されているそうです。
当時、信濃(現在の長野県)の松本地方は甲斐(現在の山梨県)の武将「武田信玄」の支配下にあり、武田氏と敵対していた駿河(現在の静岡県)の今川氏と相模(現在の神奈川県)北条氏は太平洋岸の塩(南塩)の輸送を遮断したので甲斐・信濃の人々は困窮しました。
これを知った「上杉謙信」は、「武田信玄」と敵対関係にあったにもかかわらず、義侠心により日本海岸の塩(北塩)を糸魚川経由で松本に輸送したのだそうです。
将に、日本中世の故事「敵に塩を送る」の現場だったのですね。牛つなぎ石 名所・史跡
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ここからは「伊勢町通り」を通って駅に向かいます。
幅広い歩道脇には人工の「せせらぎ」が流れていて、オシャレな通りになっています。 -
可愛い手毬の形をした「からくり時計塔」もありました。
夏季演奏曲は、ぼんぼんの唄(長野県下最大の夏祭り「松本ぼんぼん」の歌のようです)とアイネ・クライネ・ナハトムジークの2曲だそうです。
演奏時間は、午前10~午後8時までの毎正時です。
生憎と時間の都合で「からくり」を見ることはできませんでした。からくり時計 (伊勢町通り) 名所・史跡
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松本駅に到着。
次は、12:06発の特急しなの7号で長野市の善光寺に向かいます。松本駅 駅
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松本のお土産たちです。
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