2020/11/19 - 2020/11/19
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ちふゆさん
2020年11月19日(木)11時30分前、相槌神社から七曲がりと呼ばれるつづら折りの坂道を上がる。ゆったりした石段が方向を変えながら延々と続く。なお、実際には相槌神社横からでも六曲がりで、一曲がり目で神幸橋からの道と合流する。一番下からは上るのに6分くらい掛かった。
七曲がりの終点は、石清水社から裏参道に抜ける祓谷道との分岐点。祓谷という谷筋の流れが向きを変える場所で、谷を隔てた向かい側には、かつて祓谷社というお社があり、現在は山上の祓所で行われている夏越大祓や年越大祓がここで行われていた。昔の参詣者は、この清水に己の影を写して心身を祓い清めていたことから影清塚と呼ばれる。
三差路の反対側には朱塗りの鳥居を持つ大扉稲荷。昔、この辺りに狐が住んでいて、芝刈りに来る人にいたずらをするので、祠を建てて、悪さを鎮めたという伝説が伝わっている。誰も祭神を知らず、古記にも伝えられてなかったが、京都七条の高瀬川傍で稲荷を信仰し、神降しや吉凶占いなど神告を業としていた石井巳之助が「我は相槌稲荷の子、名を登毘良明神と申す」とのお告げを受けたことから「お扉さま→大扉」となったそうだ。
現在の祠は江戸後期の1829年に荒垣を取り除き、鳥居と玉垣を新たに作り、社を移して改築したと伝えられている。この稲荷社に祈った後で富くじに当たった方が寄進したそうで、宝くじを買ったらお参りするとよいと云われている。
祓谷道を少し上がった左側には松花堂跡がある。明治初期の1874年までここには江戸初期の瀧本坊の住職であった松花堂昭乗が隠遁後に移り住んだ泉坊があり、その一角に松花堂と称した方丈の草庵を結んでいた。彼の名前もこの庵から来ている。現在はその庵と泉坊の書院は、男山の約2㎞南にある松花堂庭園に移築されている。そこも行ったことあるわ。ここには発掘された露地庭くらいが残るだけで落葉が積もるだけ。
表参道に戻り、登り再開。ニノ鳥居から坂道の上まで、ここでまだ半分くらい。ここから先の参道沿いにはかつては多くの宿坊が立ち並んでいたが、今は石垣などの遺構が残るのみ。
最初に案内板があるのは橘本(きっぽん)坊跡。胡蝶坊とも呼ばれた。足利家の祈願所で室町時代以前の創建。阿弥陀三尊を祀っていた。足利氏の祖、源義康の祖父で、八幡太郎を名乗った義家の産着や甲冑などが納められていたと云う。江戸中期の1759年に炎上。明治の神仏分離で廃絶し、今は石垣が残るだけ。
先に進み、中坊と椿坊の坊跡の案内板の後ろには立派な石垣。手前の四角い切り石の石垣の上に中坊の門があった。中坊は平安時代中期に記録があり、鎌倉時代以降に増える石清水八幡宮の坊の中でも古いもの。本尊は観世音菩薩で、観音院とも呼ばれていた。神仏分離で廃絶した。
かつてはこの門の横から現在の社務所辺りに抜ける道があり、その社務所辺りにあったのが椿坊。款冬坊とも呼ばれ、平安時代末期の女流歌人で有名な小侍従が住んでいたと伝えられる。幕末に荒廃し廃絶した。
その上には豊蔵坊跡の碑。豊蔵坊は三河時代からの徳川家の祈願所。将軍家の坊として江戸時代最も栄え、江戸末期の1863年に孝明天皇が攘夷祈願を行った場所としても有名。阿弥陀三尊を祀られていて、当初は宝蔵坊と名乗ったが、家康によって改名した。
豊蔵坊は、幕府が直接修理や築造を行ったので、詳しい絵図が複数現存している。客殿や庭を備え、湯殿が2ケ所、蔵が3棟あり、敷地全体に所狭しと建てられていたが、神仏分離で廃絶した。祀られていた42歳の家康の像(東照神君像)は、京都市の等持院に移され現存している。
最後は愛染堂と南谷の坊跡の案内板(下の写真1)。愛染堂(盛輪院)は、鎌倉時代の1246年にこの辺りに建てられた隅切り八角形の仏堂。ここに祀られていた愛染明王像は、現在は愛知県蒲郡市の永向寺に安置されている。
この辺りは南谷と呼ばれ、坊や仏堂が建ち並んでいた。平安時代に栄華を極めた藤原道長が建てた仏塔や、平安時代の1126年に平宗実が建てた駿河三昧堂と云う多宝塔、さらに行教を中心に空海と益信を祀った開山堂、室町時代建立で、狩野永徳や狩野山楽の障壁画があった松本坊や同じく室町時代中期の成立で、1724年の焼失後は盛輪院という名で再建された菊坊や毘沙門天を御本尊とした多聞坊(多門坊)などがあった。
祓谷道との分岐から10分ほどで頂上に到着。赤い紅葉が美しい。頂上の手前には鳩茶屋と云う店があったが、コロナ禍のためかどうかは分からぬが開いてなかった(下の写真2)。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.5705343156202328&type=1&l=223fe1adec
本宮参道から御本社に向かうが、続く
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