2020/12/11 - 2020/12/15
255位(同エリア380件中)
かるあみるくさん
- かるあみるくさんTOP
- 旅行記157冊
- クチコミ1137件
- Q&A回答12件
- 165,419アクセス
- フォロワー11人
この旅行記のスケジュール
2020/12/13
-
南予文化会館駐車場
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
愛媛旅行二日目の前半です。
ここからは20年ぶりの愛媛!なんてタイトルをつけていますが初めて訪れる場所だけになっていきます。そもそも今治しか20年前は行っていないので・・・。
ホテルのある松山から宇和島へ向かい、宇和島では伊達博物館を最初に見学。室内撮影禁止なので写真は少ないですが、宇和島伊達氏についてや宇和島藩について、江戸時代の文化などが展示されていて勉強になります。
見学後は隣接する幕末に整備された天赦園を見学。美しい日本庭園でどれもが心惹かれる光景でしたが、中でも苔の小路は美しかったです(表紙写真です)。土曜日に訪れましたが人が多すぎなく落ち着いてみることができました。
その後は車で移動し住吉地区にある宇和島市歴史資料館と隣接する幕末に造られた樺崎砲台跡を見学しました。
食事は宇和島名物!鯛めしを頂きました。宇和島に来たら絶対食べたかった鯛めし、道の駅での食事でしたが本格的な鯛めしでとても美味しかったです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
-
早朝の松山駅前です。なんでこんなところにいるのかというとポケモンGOでジム置きの為にきました(笑。
東の空が薄っすらと明るくなってきています。
九州とか西日本の中でも西の方に来ると実感しますが、日没が遅くなる分夜明けも遅くなりますね。
おかげでこんな綺麗な朝焼けを見れました。 -
ホテルの朝食はバイキングスタイル、コロナ対策で上から飛沫が飛ばないようにフィルムが貼れているのと、手袋をしてトングをつかむ形になっていたほか、一部メニューを取りやめているようです。
-
とったものはこんな感じです。じゃこ天やちくわ、シラスなど地場のものも多く扱っているそうです。
-
再び松山駅へ。昨夜と早朝来ましたが明るくなってからは初めてみました。現在松山駅では連続立体交差事業と再開発が進んでいて、2024年には完了する予定になっているので、この駅舎は近いうちに見れなくなります。今の駅舎は1953年建設の2代目駅舎で、近年レトロ調に改修されています。
-
ホテルに戻りレンタカーに乗り松山ICから宇和島へ向かいます。松山ICから入ってすぐにある伊予灘サービスエリアに入ってみました。
ここは高台にあり松山市や伊予市を一望できるんですが天気がどんより曇り空で残念でした。伊予灘サービスエリア 道の駅
-
まだ小さい松が伊予灘を眺めるように植わっていました。1997年2月開設と新しいサービスエリアなので、開設時に植えられたものだと思います。
伊予灘サービスエリア 道の駅
-
日本中何か所にあるのか知りませんが、恋人の聖地と認定されているようです。
数年前行った長崎のサービスエリアにもあったような・・・。伊予灘サービスエリア 道の駅
-
97年建設のサービスエリアにしてはお店は結構狭く無理やり出入り口を分けた感じになっていました。
ぬいぐるみにもマスクが着用してあって、マスク着用のお願いをしていました。伊予灘サービスエリア(下り線)スナックコーナー・フードコート グルメ・レストラン
-
伊予灘サービスエリアからノンストップで宇和島最初の目的地伊達博物館までやってきました。松山と宇和島、同じ県内ですがかなり距離がありますね。それでも松山自動車道が宇和島まで繋がっているので昔に比べたら楽なんでしょうけどね。
宇和島伊達氏や宇和島藩について学べます by かるあみるくさん宇和島市立伊達博物館 美術館・博物館
-
残念ながら伊達博物館は館内撮影禁止。宇和島伊達氏のことや宇和島藩についてなどを細かく展示していました。展示方法は昔ながらの博物館という感じですが、資料の量はかなりあるので見ごたえはあります。
江戸時代の領地の争いなども書かれていまして、その解決の際の領地交換が今日本で一番長い名前の学校の「高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小・中学校」に繋がっていると書かれていて、ああ歴史は繋がっているんだなと実感しました。宇和島伊達氏や宇和島藩について学べます by かるあみるくさん宇和島市立伊達博物館 美術館・博物館
-
伊達博物館前の道に植わっていた柳です。
この柳に関しては、宇和島藩主伊達宗城が孝明天皇にお供した際の食事会で食事に柳の小枝が添えられており、その小枝を宇和島に帰ったあと鉢植えにしたものが根付いたのがこの柳の先代で、後に親の柳が枯れたあと幼木を育てたのがこの柳だそうです。
上記の話からすると樹齢150年程度だと思います。とても立派な柳でした。
伊達博物館からすぐのところにある天赦園へ向かっていきます。 -
天赦園の入り口にやってきました。宇和島伊達氏の庭園で整備は1862年から1866年の幕末と大名庭園としては新しいですが、元々は大名屋敷として1600年代後半に大名屋敷の庭として造られていたものです。
天赦園の名前は伊達政宗の漢詩に由来するとか。天赦園 名所・史跡
-
入るとすぐに藤棚がありました。季節ならきれいになっているんだろうなあ・・・。
まあ12月半ばなので植物は見ごろを過ぎているケースが多いですよね。
この先も藤が多い庭園でしたが、藤原氏と伊達氏の関係性から藤が多く植えられたそうです。天赦園 名所・史跡
-
天赦園の中に丸ポストが展示されていました。まだまだ現役のものもたくさんある一方、この様に展示品になっているポストも見られます。
あまりきれいに整備されていないですけど・・・(´・ω・`)天赦園 名所・史跡
-
天赦園は幕末に七代目藩主伊達宗紀が整備した庭園で、隠居後の宇和島での暮らしの為に造られたようです。とは言え明治初期には東京で外交官として活躍した時期もあります。
引退後は当初の予定通り天赦園に移り90台後半という長寿で亡くなるまでここで生活したそうです。天赦園 名所・史跡
-
美しい庭園が広がっています。先ほど藤棚のところで植物の見ごろは過ぎている、と書きましたが暖かかったおかげもあり紅葉がギリギリ見えました。
ちなみにこの庭園、伊達宗紀が整備する前は浜御殿という宇和島での伊達家の御殿でしたが、元々海だったところを埋め立てて整備したそうで、江戸初期に埋め立てられた場所がこんな綺麗な庭園になっているのもすごいなと思いました。天赦園 名所・史跡
-
木も丁寧に手入れを行っています。
訪問時も他の場所で手入れを行っていましたが、これだけ美しい庭園を維持していくのは大変な労力だと思います。天赦園 名所・史跡
-
紅葉も日の当たり方か木によって微妙に色が異なっていてそれが逆に美しさを感じます。
天赦園 名所・史跡
-
イチオシ
苔の小路と呼ばれるスポットで、飛び石周りの苔が美しく生えています。紅葉も竹も綺麗で美しい空間が広がっていました。
天赦園の中ではメインのスポットではないようですが、ここは美しかったですね。 -
宇和島伊達家の家紋に竹が配置されていることから天赦園では竹を多く使った庭園になっていました。竹ってすごい勢いで成長するから維持が大変だろうなあと思ったり・・・。
天赦園 名所・史跡
-
天赦園の奥には池がありその池の周囲の庭園も美しそうです。手前の苔の道もきれいでしたが、先も見に行ってみましょう。
天赦園 名所・史跡
-
奥には池がありその周りを散策できるようになっています。せっかくなのでゆっくりと見ていきます。
ここ数年日本庭園を見学しておらず、2019年に行ったタリンのカドリオルク公園にある日本庭園を除けば、2017年に行った鹿児島の仙厳園以来。久々に日本庭園を散策しましたが、やはり気持ちが落ち着きますね。天赦園 名所・史跡
-
美しい池と庭園の向こうに見える山々は鬼ヶ城山とそれに連なる連峰で、この山々を背景に見ることができるようにこの天赦園は整備されたそうです。
天気が良かったのもあるけど本当に美しい庭園でした。 -
池を跨ぐように太鼓橋の様な藤棚を作ってあります。この時期だとパッとしませんが、春にはとても美しく咲くのだと思います。
パンフレットには上り藤と書かれていて、一瞬宇和島家の家紋って上り藤だっけな?と思いましたが、調べてみるとそういう事ではないようです。天赦園 名所・史跡
-
立派な石灯篭。幕末から残っているのでしょうか。
天赦園 名所・史跡
-
鯉の餌やりもできるようで受付で餌を売っていました。私は買っていないですが、慣れているのか人が近づくと餌をもらえると思って近づいてきました・・・。なんか申し訳ない。
とても立派な大きな鯉でした。天赦園 名所・史跡
-
この建物は春雨亭と呼ばれきれいに整備されていますが、1862年に建てられたものです。隠居した伊達宗紀もここで過ごしたことになります。
天赦園 名所・史跡
-
奥に位置する庭園も美しいものでした。12月半ばでもまだまだ緑がきれいでちょうどいい時期だったのかな、とも思います。この日は日中はかなり暖かかったというのもありますが、ゆっくりと眺めて心が休まる場所でした。
天赦園 名所・史跡
-
車で移動して住吉町にある樺崎砲台跡へ来ました。現在では海から少し内陸に入った場所にありますが、江戸末期の安政年間では海岸線に位置していたようです。
幕末の大砲跡 by かるあみるくさん樺崎砲台跡 名所・史跡
-
1855年に約10か月の月日をかけて製造された砲台跡です。現在では砲身などはなく、砲台のみが宇和島市立歴史博物館の近くに残っています。
当時は黒船来航の影響もあり全国各地に砲台が造られていた時期でした。幕末の大砲跡 by かるあみるくさん樺崎砲台跡 名所・史跡
-
風化が進み文字を読み取れないくらい古い石碑が建っていました。横にある看板によれば竣工碑ということなので170年ほど前の石碑ということになります。
幕末の大砲跡 by かるあみるくさん樺崎砲台跡 名所・史跡
-
駐車場は宇和島市立歴史博物館と共用です。先に砲台跡を見ましたがこれから宇和島市立歴史博物館へと向かいます。
この建物は1884年に宇和島市中心部に宇和島警察署として造られたもので、西日本では珍しい擬洋風建築ぎです。昭和の大合併で新設された西海町の町役場として移築されますが、1994年にこの地に再移築され歴史博物館として利用されています。疑似洋風建築の元宇和島署の建物が移築されています。 by かるあみるくさん宇和島市立歴史資料館 美術館・博物館
-
それでは入っていきます。歴史博物館は無料なので受付を済ませると自由に見学ができます。
この車寄せも擬洋風建築らしさが出ています。柱は通しに見えますが、実は2階とは別のもので、よく見ると形も違っていました。疑似洋風建築の元宇和島署の建物が移築されています。 by かるあみるくさん宇和島市立歴史資料館 美術館・博物館
-
玄関を入ったところです。左手に行くと宇和島出身の挿絵画家、高畠華宵の作品展示、右手は郷土資料館の様になっています。高畠華宵のコーナーは撮影禁止ですが、郷土資料館は自由に撮影できるとのことです。
疑似洋風建築の元宇和島署の建物が移築されています。 by かるあみるくさん宇和島市立歴史資料館 美術館・博物館
-
郷土資料館は宇和島の歴史や宇和島の偉人について紹介しているコーナーがあります。一階には郷土に関する本が多く置いてあり読むことができるようにもなっていました。
そのほかこの様に往年の姿をそのまま見れるように保存してある場所もあり、展示の数は多くない建物ですが見どころはとても多かったです。疑似洋風建築の元宇和島署の建物が移築されています。 by かるあみるくさん宇和島市立歴史資料館 美術館・博物館
-
ベランダから砲台跡を見ると砲台の造りがよく見えます。安政の大地震で大きな被害を受けた直後に10か月でこれを制作したというのは、当時の外国船に対する恐怖というのがよくわかります。
実際には戦争で使われることはなく、慶応年間にイギリス船に礼砲を撃った記録がある程度のようですが、幕末の宇和島を守ったという事は間違いないです。疑似洋風建築の元宇和島署の建物が移築されています。 by かるあみるくさん宇和島市立歴史資料館 美術館・博物館
-
最後の小型焼玉エンジンとして展示されていました。宇和島も造船の街なので製造されていたものか渡船などで使われていたものか・・・。詳細は不明です。
疑似洋風建築の元宇和島署の建物が移築されています。 by かるあみるくさん宇和島市立歴史資料館 美術館・博物館
-
宇和島の予科練で教材として利用されていた日本軍の酸素魚雷の機関部だそうです。93式か95式魚雷なのでしょうか?こちらも残念ながら詳細は不明です。
疑似洋風建築の元宇和島署の建物が移築されています。 by かるあみるくさん宇和島市立歴史資料館 美術館・博物館
-
再び砲台跡へ。先ほどは海岸線側から見ていましたが、今度は陸地側に回ってみます。市立歴史資料館との位置関係はこんな感じ。
-
ここに砲身がはまっていたのだと思います。台座も砲身の切れ込みも石垣で作られていて時代を感じます。
幕末の大砲跡 by かるあみるくさん樺崎砲台跡 名所・史跡
-
お昼時になったので道の駅うわじまきさいや広場に移動しました。日曜日という事もあったのでしょうが大混雑で駐車場を入れるのが大変なほど、まあそれでも待たずに入れましたがほぼ空きなしでした。敷地の横に回転ずしもあったようでそちらも大混雑、やはり海の幸は人気ですね。
-
道の駅の一角に2001年2月に宇和島水産高校の実習船えひめ丸がハワイでアメリカ原子力潜水艦グリーンビルに衝突され9名が死亡した事件の慰霊碑が建立されていました。
最初は何のモニュメントかなと思い見に行きましたが、えひめ丸の慰霊碑でした。
なんで道の駅に設置されているのか疑問でしたが、母港がこの横にありこの場所から宇和島水産高校を望めることなどが理由のようです。
高校内にも別の慰霊碑が置かれているようです。鯛めしが美味しかったです。 by かるあみるくさん道の駅 うわじまきさいや広場 道の駅
-
メニューが非常に多いですね。元々鯛めしを食べようと思っていたのでそこまで悩んでいませんが、決めていなかったらめちゃくちゃ悩みそう。
やはり宇和島ということもあり海産物のメニューが多いですね。 -
メニューは定番的なものから郷土料理まで様々でしたが、せっかく宇和島に来たので鯛めしを選択。愛媛の鯛めしは普通の炊き込みご飯とは違い、鯛の刺身と生卵を出汁醤油に入れ混ぜたものをご飯にかけて食べる料理です。
ここのフードコートは3店舗あり、鯛めしは3店舗が日によりローテーションするため盛り付けや器が変更になるそうです。この日の担当は「かどや」さんでした。
愛媛に来たら食べたかったものの中に鯛めしとじゃこ天がありましたが、ここで2つ食べることができました(朝のバイキングにもじゃこ天はありましたけど・・・。) -
駄菓子のつかみ取り販売なんかもありました。観光案内所などもありましたが、地元の人も集まる感じの道の駅でしたね。
-
道の駅の観光案内所でいろいろ聞こうと思いましたが、案内所の窓口は閉まっていたのでネットで検索したところ宇和島城最寄の駐車場は改装工事中とのことで、近くにある南予文化会館の駐車場が案内されていました。台数も多く止められ料金も安くてよかったです。南予文化会館前の道は牛鬼ストリートと呼ばれているようで、植栽があったり、美術品の様なものが展示されていました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅。
-
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅-1日目前半
2020/12/11~
西条・石鎚山
-
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅-1日目後半
2020/12/11~
今治
-
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅-2日目前半
2020/12/11~
宇和島
-
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅-2日目後半
2020/12/11~
宇和島
-
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅-3日目前半
2020/12/11~
松山
-
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅-3日目後半
2020/12/11~
松山
-
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅-4日目前半
2020/12/11~
大洲
-
20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅-4日目後半
2020/12/11~
内子
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
宇和島(愛媛) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 20年ぶりの愛媛!城廻りと散策の旅。
0
46