2020/11/13 - 2020/11/14
14位(同エリア991件中)
旅猫さん
旅を再開し、改めて旅の魅力に嵌り、再び夜行列車に乗り込んだ。
今回の目的地は、高校の修学旅行で初めて訪れた讃岐路。
その思い出の場所を巡りつつ、金毘羅宮と讃岐国一宮、仁尾を始めて訪れることにした。
往きは夜行列車で琴平まで行き、二泊三日で一宮、栗林公園、高松、屋島、丸亀、仁尾と巡り、帰りは特急列車と新幹線を乗り継いで帰京する旅程とした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
金曜日の夜、東京駅22時発の琴平行寝台特急『サンライズ瀬戸』に乗車。
この列車は、通常は高松行だが、季節によっては琴平駅まで運転される。
この旅では、金刀比羅宮に行くことにしていたので、ちょうど良かった。サンライズ瀬戸 乗り物
-
翌朝、岡山駅の手前で目が覚めた。
岡山駅で『サンライズ出雲』と別れ、瀬戸大橋へと向かう。
橋からは、瀬戸内海の多島美が楽しめる。
早朝の瀬戸の海はとても綺麗だった。 -
高松駅には7時27分に到着。
列車は、ここで35分間停車する。
久しぶりに降りた高松駅だが、場所も変わり、大きく様変わりしていた。
修学旅行では、宇野から宇高連絡船に乗り高松に向かったが、その時、船の中で食べたうどんが懐かしい。
以前の駅には、その味を守る連絡船うどんがあったが、嬉しいことに新しくなった駅にも残っていた。高松駅 駅
-
高松駅を8時2分に出た列車は、高くなり始めた朝日の中を西へと向かう。
そして、終着の琴平駅には、8時39分に到着した。
ホームに降りると、船の形をした洗面台が残されている。
蒸気機関車や夜行列車も無くなり、ホームで顔を洗う人もいなくなり、多くの駅では見られなくなった。
使われていないようだが、撤去されずに保存されているようだ。JR 琴平駅 駅
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駅を出て、正面に見える象頭山の方へと向かう。
目指す金刀比羅宮は、その山の中腹にあるのだ。
途中には、駅前らしい喫茶もあった。 -
その先の公園には、安政7年(1860)に東讃岐の人たちによって建てられたという高燈籠があった。
その高さは27mあり、日本一だそうだ。
土台の石垣はとても立派で、燈籠のものとは思えないほどだ。高燈籠 名所・史跡
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しばらく歩くと、表参道へと続く街並みへ入った。
一気に観光地らしい雰囲気になったが、観光客の姿はそれほど多くない。
新宿でも呑んだことのある『金陵』の蔵元があったので、帰りに立ち寄ることにする。 -
さらに進むと、昼を食べようと思っていた蕎麦屋の建物が見えてきた。
しかし、どう見てもやっていない雰囲気である。
建物は宿らしいが、それも廃業している感じだ。
向いにあった皇族も泊まったことのある別館は、塀などが崩れ、かなり前から閉じている感じだった。 -
その先から、いよいよ石段が始まる。
御本宮までは785段あり、さらに奥社までは、ほぼ倍の1,368段もある。
在宅勤務が多くなり、増々運動不足の体で果たして登り切れるのだろうかと、甚だ不安になりながら、登り始めた。
土曜日の9時過ぎだと言うのに、人は疎らだった。 -
登り始めてすぐ、左側に古い建物が見えてきた。
灯明堂と呼ばれるもので、安政5年(1858)に、因島の人々によって寄進されたものだそうだ。
堂内には、釣灯籠がいくつも下げられている。
石段に沿って建てられているので、なかなか面白い。金刀比羅宮 寺・神社・教会
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そこから5分ほど登ると、大きな門が現れた。
それが金毘羅宮の大門だった。
軒には、琴平山と書かれた扁額が掲げられている。金刀比羅宮 寺・神社・教会
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石段365段目にある大門を潜ると、白い大きな傘が目に入って来た。
傘の下には、何かを売っている女性が一人ずつ座っている。
見ると、売られていたのはこんぴら名物の加美代飴で、販売が許可されているのは、5軒のみで、五人百姓と呼ばれているそうだ。
試食させていただいたが、琥珀のような色合いで、素朴な水飴のような味わいだ。
仄かに、柚子の香りがするのが特徴のようだ。五人百姓 専門店
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大門からは、桜馬場と言うまっすぐで長い参道が続いている。
桜馬場の先の石段を登ると、右手に祓戸社と言う社があった。
祓を司どる神である祓戸大神を祀る社で、ここで穢れを祓い参拝するのだが、多くの人は、そのまま御本宮へと向かってしまっていた、金刀比羅宮 寺・神社・教会
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祓戸社で体を清めた後、さらに石段を登って行く。
すると、ひときわ大きな建物が見えてきた。
天保8年(1837)に、金刀比羅宮の神宮寺本堂として建てられた総欅造りの御堂で、現在は旭社と呼ばれているそうだ。
参拝路は、ここで上りと下りに分かれていた。金刀比羅宮 寺・神社・教会
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賢木門を潜り、さらに登って行く。
そして、登り始めて35分ほどで、御本宮に辿り着いた。
ここまで785段。
奥社までは、まだ600段近くある。
とりあえず、御本宮に参拝し、御朱印をいただいた。金刀比羅宮 寺・神社・教会
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御本宮脇の見晴らしの良い場所から、丸亀平野の景色を眺めた後、奥社を目指して歩き始める。
さすがに、奥社まで行く人は少ないようだ。
急に静かになり、少し寂しい感じだ。 -
しばらく歩くと、朱色の社殿が見えてきた。
白峰神社と言う社で、崇徳上皇が祀られている。
讃岐に流された後、ここ象頭山に参篭したことがあるらしい。
その縁で、明治になってから祀られたそうだ。金刀比羅宮 白峯神社 寺・神社・教会
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白峰神社を過ぎ、さらに奥へと進むと、奥社まであと200mという案内板があった。
しかし、その200mが急な石段の連続だった。
かなり登ってきたが、それでも思ったより疲れていない。
暑くも無く寒くも無いのが良かったようだ。 -
そして、御本宮から25分ほどで奥社に辿り着いた。
奥社は、厳魂神社と呼ばれ、戦国時代の別当金剛坊宥盛を、明治になって祀ったものだそうだ。金刀比羅宮 厳魂神社 (奥社) 寺・神社・教会
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厳魂神社に向かって左側にある岩壁は、威徳巖と呼ばれるもので、祭神である金剛坊や崇徳上皇が参篭した場所らしい。
その岩壁の途中には、天狗と烏天狗の彫り物が掛けられていた。 -
社務所の脇からは、丸亀平野が一望できた。
平野の奥には、円錐型の綺麗な山が見えている。
讃岐富士と呼ばれている飯野山だ。
それにしても、かなり登ってきたものだと改めて思う。 -
奥社から御本宮へと戻る。
その途中で、石碑のようなものを見つけた。
木漏れ日を受けたその表面には、微かに文字が浮かんでいた。 -
御本宮まで戻ると、拝殿の近くに大きな楠が立っていた。
御神木のようだ。
この日は日差しが強かったので、木陰がとても気持ち良かった。 -
その幹には、樹皮が隠れるほどの苔が生えていた。
触れてみると、何とも言えない温もりがある。
巨木は神秘的だ。
近くにいるだけで、気分が穏やかになる。 -
そろそろ下山することにする。
下りの道は、絵馬堂の近くにあった。
その絵馬堂には、色褪せた大きな絵馬がたくさんか掛けられていた。金刀比羅宮 寺・神社・教会
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桜馬場へと降りる石段の脇に、高橋由一館がある。
高橋由一は、江戸時代末期から油絵技法を用いた日本最初の洋画家とされる人物。
金刀比羅宮には、27点の作品が納められ、それが常設されているのだ。
一度観たいと思っていたので立ち寄ったが、写実的静物画や風景画がとても良かった。
今では失われた東京近郊の風景もあった。一見の価値がある美術館 by 旅猫さん高橋由一館 美術館・博物館
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大門まで戻って来た。
そこからの眺めもなかなか良い。
いつの間にか、参拝客が多くなっていた。 -
石段を下り切り、参道からそれ、日本最古の芝居小屋と言う旧金毘羅大芝居を観に行く。
ところが、改修工事中で見学はできなかった。
裏から建物を観ることが出来たが、内子座の方が芝居小屋らしいような気がした。旧金毘羅大芝居 名所・史跡
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近くには、琴平町の公会堂があったが、こちらも立派な建物だった。
昭和9年に建てられたもので、今でも現役らしい。
土曜休日は休館と言うことで、中を観ることはできなかった。琴平町公会堂 名所・史跡
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参道へ戻る途中に、海の科学館なるものがあった。
時間があったので、寄り道することにする。
期待はしていなかったのだが、展示はなかなか興味深いものがあった。海の科学館 美術館・博物館
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参道へ戻ると、往きに見かけた廃業した宿の建物があった。
江戸時代から三百数十年続いた老舗の宿で、皇族御用達の旅館だったそうだが、廃業してしまい、蕎麦とうどんの店になったらしい。
高欄の彫刻などは素晴らしく、その格式の高さが伺える。
だが、その店もやっていないようだった。 -
その建物の隣にあったうどん屋には、長い行列が出来ていた。
情報誌などに掲載されているのだろう。
そこばかりが混んでいて、他のうどん屋は空いていた。
名物の灸まんの店で甘味がいただけると言うので、入ってみる。
抹茶とわらび餅を注文すると、灸まんがひとつ付いて来た。
その灸まんも良かったが、わらび餅がとても美味しかった。灸まん本舗石段や グルメ・レストラン
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その後、往きに見かけた金陵の郷に立ち寄ってみる。
その中庭には、御神木と言う大きな楠が立っていた。
樹齢は800年近くあるそうだ。
中庭を取り囲むように立つ蔵には、酒造に関わる資料が展示されていた。
売店で二本酒を買い込み、送ってもらった。金陵の郷 美術館・博物館
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駅へ戻ろうと橋を渡っていると、川の奥に屋根が付いた橋が見えた。
気になったので行ってみると、鞘橋と言うものだった。
明治2年に架けられたもので、元は一ノ橋の場所にあったそうだ。
現在は、神事の時だけに使われ、渡ることはできない。鞘橋 名所・史跡
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戻る途中、ご当地マンホールを見つけた。
琴平町のもので、図柄は金刀比羅宮の石段を登る籠が描かれている。 -
近くの商店街の入口に、ミンチカツとコロッケを売る肉屋があった。
昼を食べていなかったので、そこでミンチカツ(270円)を購入。
かなり厚みのあるミンチカツだった。
揚げたてで、肉汁たっぷりの美味しいミンチカツだった。平岡精肉店 グルメ・レストラン
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荷物を預けておいた琴電琴平駅に到着。
寄り道をしたため、予定より遅れてしまった。
しかも、着くと電車がちょうど出るところだったので、あたふたと乗り込んだ。
その電車は、懐かしい京浜急行の車両だった。
子供の頃、親戚の家が沿線にあったので、よく乗っていたのだ。琴電琴平駅 駅
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13時13分に琴平駅を出発。
電車は、丸亀平野をのんびりと走って行く。
そして、一宮駅には13時51分に到着した。
駅からは、歩いて田村神社を目指す。
その途中で、また、ご当地マンホールを見つけた。
高松市のもので、図柄は屋島合戦での那須与一を描いたものだった。 -
歩くこと5分で田村神社に着いた。
鳥居を潜ると、参道脇には菊の花が飾られている。
露店も出ていて、多くの人で賑わっていた。
何かと思えば、七五三の日だったのだ。 -
とりあえず、拝殿で参拝。
この田村神社は、讃岐国の一宮である。
拝殿と幣殿は明治に建てられたものだが、本殿は宝永七年(1710)に造営されたものだそうだ。田村神社 寺・神社・教会
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その境内は広く、田村神社以外の社も並んでいた。
境内を巡っていると、龍神の像があり、その周りには小判がたくさん積まれている。
何でも、その龍神に黄金を供えると長者になれるという。
物凄い数に、人の欲を感じた。 -
長い田村神社の参道を辿り、駅へと戻る。
途中の踏切からは、一宮駅の向こうに飯野山が望めた。
かなり小振りだが、讃岐富士と呼ばれるのがわかる姿である。一宮駅 駅
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一宮駅から、14時52分発の電車に乗り、栗林公園駅を目指す。
やってきた電車は、向日葵がたくさん描かれた車両だった。
車内はそこそこ混んでいて、地元の足として利用されているようだ。
そして、栗林公園駅には15時5分に到着した。栗林公園駅 駅
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栗林公園は、駅から徒歩で10分ほどだった。
高校の修学旅行で訪れて以来の来園だ。
記憶はほとんど無いが、園内の茶店の縁台に腰掛け、庭を眺めたことだけは覚えている。
入口を入ると、色づいた桜の紅葉が出迎えてくれた。栗林公園 公園・植物園
-
園内はかなり広い。
とりあえず、南側の北湖と南湖を巡ることにする。
北湖は、湖岸に松が多く、日本庭園らしい風情を感じる。
西側にあった皐月亭と言う茶店が、修学旅行の時に立ち寄った茶店だったようだ。栗林公園 公園・植物園
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栗林公園の西側には、紫雲山と言う山があり、これが借景となっている。
山があることで、風景が引き締まり、良い感じだ。 -
南湖へ至ると、こちらは島が織り成す景色が楽しめる。
風も無く、湖面は鏡の様で、樹々が映り込んでいた。栗林公園 公園・植物園
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紫雲山の麓まで来ると、水路のようなものがあった。
向の岸壁には滝もある。
栗林公園にこのような場所があるとは知らなかった。
入口から最も離れた場所なので、とても静かである。 -
近くには、戞玉亭と言う茶亭の跡があり、そこには降蹲踞が残っていた。
清らかな水が湧き、小さな水盤のようだ。
北側の芙蓉池まで足を延ばしたが、金刀比羅宮での上り下りが脚に来てしまい、群鴨池は諦めて帰ることにした。 -
栗林公園駅まで歩くのも辛いので、近くの栗林公園前バス停からバスで高松駅へ向かうことにする。
すぐにやってきた16時5分発のバスに乗り、高松駅前で下車。
駅前には、海水が入り込む池が設けられていた。
様変わりした駅前に建つ、JRホテルクレメント高松に入ったが、予約していたのは隣のJRクレメントイン高松だった。
高いホテルに入り、安い方だと言われるのは、かなり恥ずかしいものだと痛感した。 -
歩き疲れたので、夕食は宿の向かいにあった居酒屋にした。
入ってみると、地酒が5種類あったので良かった。
とりあえず、三種飲み比べを注文。
その三種は、『綾菊 国重 特別純米』、『勇心 純米 山田錦80』、『森国 純米 うとうと。』。
どれも旨かったが、山田錦の美味さを改めて感じた。個室と瀬戸内名物 瀬戸酒場 グルメ・レストラン
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肴は、讃岐名物だという『鰆の味噌漬け』、『えいひれ』、『鳴門竹輪の磯部揚げ』を注文。
楽しみにしていた『鰆の味噌漬け』は、かなり小振りでがっかりだった。 -
酒は、グラスと一合があったので、追加はグラスでもらうことにした。
ところが、出てきたのは桝にコップが入ったもの。
新宿などでは、これが一合で出て来るので、間違いだと思い訊ねてみるとみると、これがグラスで間違いないという。
しかも、桝のかなり上まで注がれ、驚いた。 -
頂いたのは、琴平で立ち寄った西野金陵の『金陵 ワイン酵母 純米』。
ワイン酵母を使っているので、ワインのような姿だった。
地元の酒造好適米を使っていて、やや軽めの飲み口だった。 -
合わせたのは、『讃岐鶏 親鳥もも』。
これがかなり噛み応えがあり、肉の旨味が感じられて美味しかった。
酒のつまみにちょうど良い。
最後は、『川鶴 純米吟醸 讃岐風花』で締めた。 -
外に出て、宿を眺める。
間違えて入ったJRホテルクレメント高松を借景に建つJRクレメントイン高松が小さく見える。
まさか、同じJRのホテルが並んで立っているとは思わなかった。
予約した時は、まったく気が付かなかったのだが。
まあ、部屋が広かったので良しとしよう。高松駅前にあるJRグループのホテル by 旅猫さんJRクレメントイン高松 宿・ホテル
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この旅行記へのコメント (2)
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- hot chocolateさん 2021/01/04 02:02:27
- 讃岐路の旅♪
- 旅猫さま
引き続き、金毘羅さんの旅行記にお邪魔しています。
高校の修学旅行では、奈良、京都、大阪、明石から、壇ノ浦、鳴門の渦潮、香川の栗林公園など1週間の旅程でした。
香川では、栗林公園の記憶はあるのですが、金毘羅さんの記憶はありません。
修学旅行で、おまかせ旅だったので記憶もあいまいなんですね。
自分で旅のプランを組み立てた場合は、しっかりと記憶しているのに・・・
金毘羅名物の加美代飴は、5軒だけが販売許可されているのも面白いですね。
何で「五人百姓」と呼ばれているのかな。
香川といえば讃岐うどんの「うどん県」ですね。
うどんは好きだから、うどんの食べ比べもしてみたいです。
>楽しみにしていた『鰆の味噌漬け』は、かなり小振りでがっかりだった。
私も福井の三方五湖の食事処で、名物「へしこ」がとても小さくてがっかりした記憶があります。
hot chocolate
- 旅猫さん からの返信 2021/01/07 08:45:27
- RE: 讃岐路の旅♪
- hot chocoさん、続けてありがとうございます。
修学旅行で一週間とは凄いですね!
しかもかなりたくさん回っていて。
金比羅さんは、修学旅行ではいかなかったので、初めてでした。
あの階段は、かなりの段数ですが、思ったよりはきつくなかったです。
江戸時代、加美代飴の販売を許されたのが、5軒の農家だったらしいです。
今は土産物屋さんだったりと商売は変わっていますが、代々子孫が受け継いでいるそうです。
そういえば、結局うどんは食べなかったな。
蕎麦好きで、うどんは稲庭うどんが好きなので、食指が動かなかったようです。
食事で出て来る焼き魚などは、やはり少ないと悲しいですね。
それが、名物となるとさらにがっかりしますね。
「へしこ」はまだ食べたことがありません。
コロナにお気を付けください。
旅猫
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