2020/08/28 - 2020/08/28
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Tagucyanさん
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なかなか出かけにくいこの時期、逆に列車は空いているようで、今の時期なら乗りたい列車に容易に乗れるだろうということで、一度乗って見たかった「スーパーはくと」に乗りに出かけております。
スーパーはくとの運転席の後ろは実質「展望席」となっており、先頭車が指定席なのは上り京都行きということで、その始発駅である倉吉に、ようやくやってきました。
さて、倉吉に来たら訪れてみたかった場所があります。
倉吉は、町の中心部と山陰本線の駅とが離れていて、かつてそこを結ぶ形で「国鉄倉吉線」という路線がありました。
この路線は昭和60年に廃止になってしまいましたが、その遺構があちこちに残っています。
私はそのうち、旧打吹駅の構内跡にある「倉吉線鉄道記念館」と、旧西倉吉駅の跡を訪れてみました。
また、近くには倉吉の名所とも言える景観地区「白壁土蔵群」もあり、ここも散歩してみました。
本来なら混雑しそうなところですが、観光客はほとんどおらず、静かに散策ができました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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【その2】からのつづき
羽田から飛行機に乗って出雲空港に飛び、そこから山陰本線の列車をトコトコ乗りついで、倉吉駅に着いた。
本日のメインとなる「スーパーはくと」の始発駅。
でも、その前に・・・ -
倉吉駅の南口。
倉吉駅 駅
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駅前広場の東側にあるバス乗り場から、路線バスに乗ります。
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鳥取県内には主に「日本交通バス」と「日の丸バス」の2社の路線バスが走っている。
倉吉市内では、特に日本交通バスの方は、市内外いろんなところへ行く系統を合わせて、駅前から市の中心部まで10~20分間隔でバスを走らせている。 -
市内を流れる天神川。
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川を渡った先が、市役所もある町の中心部になる。
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駅前から約12分、バスを降りる。
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赤瓦・白壁土蔵というバス停。
この通りの南側一帯が、景観地域となっている。 -
バス停から、その景観地域とは反対方向(北の方)に数分歩くと、こんな広場に出る。
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広場の中には、「倉吉線鉄道記念館」というのがある。
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C11も展示。
この機関車は昭和10年製で、最後は福知山線と境線を走っていたという解説が書いてあった。 -
鉄道記念館の方へ。
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なんだかビミョウに細長い敷地。向こうの方まで続いている遊歩道。
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【実家にとってあった 時刻表 昭和55年10月号より】
解説します。
かつてここには、国鉄倉吉線という路線がありました。
今いるのは倉吉駅から2つめの「打吹駅」があった場所です。
この駅が市の中心部に一番近いので、昭和47年まではこの駅が「倉吉駅」という駅名だったそうです。
昭和60年3月に廃止になりました。 -
【同じく時刻表昭和55年10月号より】
これが倉吉線の時刻表。廃止になるまでこんな感じだったと思います。
こんなローカル支線なのに、客車列車が走ってます。きっと朝夕は通学客で、2両ぐらいのディーゼルカーではさばけないくらい乗客がいて、たくさん車両をつないだ客車列車をあてがったのだと思います。
一方昼間の客車列車は、たぶん客車と貨車との混合列車ですね。
終点の山守駅は機関車の切り回しができなかったので、主にここ打吹駅か、となりの西倉吉駅で折り返してました。 -
ではさっそく、記念館へ。
旧国鉄倉吉線 打吹駅跡にあります by Tagucyanさん倉吉線鉄道記念館 美術館・博物館
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入場無料。
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この建物、普段は無人で電気が消えている。
開館時間だけカギが開いていて、中に入ることができる。 -
中に入ると、入口横のスイッチを入れて電気をつけて下さいと書いてある。
もちろん帰るときには、自分で消灯。 -
よく見ると、入口が木製のラッチのようになっていた。
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中に入ってまず目に入るのが、この機関車。
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この機関車は、今いる打吹駅やとなりの西倉吉駅の構内で、貨車の入れ替え作業をしていたそうだ。
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壁には、国鉄倉吉線時代の写真が、各駅ごとに膨大に展示されている。
この施設のメインといってもいい感じ。 -
倉吉線の歴史について。
明治45年に、現在の山陰線倉吉駅と、町の中心である今いる打吹駅の間で開業したのが始まり、だそうだ。
私がここまで乗ってきた本数の多い路線バスにはかなわずに廃止、とあった。 -
倉吉線の各駅の写真。
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こういう時代に来てみたかったですねえ。
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客車列車の写真。当然旧型客車。
路線が廃止になるまで、走ってたんでしょうね。 -
今いる打吹駅の写真。
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やっぱり味があっていいなあ・・・
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当時の資料もいろいろと展示。
鉄道むすめは知りませんが(笑) -
終点の山守駅。
棒線ホームの簡易駅だったそうだ。写真だけ見たことがある。 -
廃線跡がまだそのまま残っている区間もあるようで、廃線跡トレッキングが定期的に行われているようだ。
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客車列車の走行写真。
これでこの路線に乗ってみたかった。 -
かなり見応えがあった。ただし・・・
今はまだまだ夏の暑い盛り。建物内には冷房がなく、また窓もほとんど開かないため、かなり暑い。今の時期は長い時間見学しているのがちょっとつらかった。 -
今来た道を元に戻り、さらに先に進むと、昔ながらの街並みになる。
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地区の真ん中を流れている玉川(用水路ではない)。
これに沿って、昔ながらの街並みが残っている。
駅名にもなっていた「打吹」、そしてこの玉川からとって、このあたりの正式名称は「倉吉市打吹玉川伝統的建造物群保存地区」。
ちなみにこの地点、ストリートビューで見ると観光客がたくさん歩いているが、このときはご覧の通りの状況だった。倉吉白壁土蔵群 名所・史跡
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昔の建物を、そのままの姿で土産物屋や喫茶店などに使っている。
特徴が赤い石州瓦(赤瓦)を使った白い壁の建物。
これは赤瓦1号館。かつての醤油のもろみ工場だった建物。
こういうのが、16号館まである。赤瓦一号館~十八号館 市場・商店街
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名前のない普通の建物も風情がある。
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丸ポストが絵になってますね。
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こちらの長屋もお店やゲストハウスなどになっていた。
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このあたりは建物の通用口にあたる。石でできた橋がかかっている。
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そんな中にあった「琴櫻記念館」。
このすぐ近所で生まれ育った、第53代横綱・琴櫻に関する資料館。
古い民家をそのまま利用している。
中に入ってみた。景観地区の古い民家を改造した資料館 by Tagucyanさん琴櫻記念館 美術館・博物館
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内部は入場無料。いろんなものが展示されている。
これは化粧まわしですね。 -
トロフィーや実際に履いていた草履など。
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場所入りの際に使用していた「明け荷」ですね。
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優勝額。
国技館に掲げられていた本物。 -
地元紙の新聞の切り抜きなどもたくさん展示。
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2階の座敷では、引退後、佐渡ケ嶽親方として弟子を育てていた時のドキュメンタリー番組を放映していた。
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琴風、琴欧洲、琴光喜など、ちょうどリアルタイムで見ていた力士が登場するので、見入ってしまった。
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座敷の窓から見える景色。
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入口にあったパンフレット類。番付や、佐渡ケ嶽部屋特製マスクも置いてあった。
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ということで本物の番付を購入。
5月場所のものだったが、中止になったのでそのまま7月場所に使用されたとのこと。
昔、両国の国技館に買いに行ったことがあったなあ。 -
琴櫻記念館を出て、少しブラブラ。
すると、この写真の右側に・・・ -
こんなお店がありました。
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「くだものや」というスムージー屋さん。
倉吉「白壁土蔵」の中にあるスムージー屋さん by Tagucyanさんくだものや グルメ・レストラン
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暑いので、休憩がてら寄っていくことにした。
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本日のメニュー。
今の時期は鳥取県産の梨を使ったものが推しらしい。
一番上の「梨グリーン」を注文してみた。 -
注文を受けてから、1から作り始めるので、少し待つ。
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地元産の梨と、豆乳と小松菜で作った「梨グリーン」。
小松菜が隠し味になっていて、さっぱりした味わいだった。
なんだか汗が引いてきた。 -
さらにまたこういうところを歩いて、バス停に向かった。
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さっき降りたバス停のとなり、新町というバス停から再びバスに乗る。
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終点の1つ手前のバス停で下車。
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西倉吉町バス停。
倉吉の市街地の西端のあたりという感じ。 -
道なりに少し歩くと、交差点に出る。
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この道、なんだか変に膨らんでいると思いません?
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そしてこんなところに線路が。
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ここが、さっきの資料館にも写真があった、西倉吉駅の跡。
資料館のあった打吹駅のとなりだった駅。 -
かつてのホームの一部が残っている。たぶん線路は後付け。
ここから右側の道路いっぱいまでが、かつての駅構内だったようだ。 -
上の写真の反対側から見たところ。
この写真の手前方向が、線路跡を使ったサイクリング道路になっていて、その休憩所を兼ねている。 -
ホームの一部というのが分かりますね。
たぶん、こちら側に駅舎があったのだと思われる。 -
一方、倉吉駅寄りの線路跡は、このように幹線道路になっていた。
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さっきのバスの終点、西倉吉バス停にやってきた。
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日本交通バスの折返し場と乗り場は、あちらにある。
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今度のバスは日の丸バス。
日の丸バスも、本数が少ないながら倉吉駅まで行くバスがある。 -
この地区で競合する2つのバスに乗れました。
日付が平成32年になってる(笑) -
車種が同じなのかなあ、日本交通バスと車内の雰囲気が同じ。
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約20分の乗車で倉吉駅に戻ってきた。
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バス乗り場から駅へ。
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倉吉駅の南口。
倉吉駅 駅
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ここからいよいよ、と言うかようやくと言うか、本日のメインイベント、スーパーはくとに乗ります。
【その4】につづく
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旅行記グループ
2020.8 スーパーはくと「展望席」に乗ってきた
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2020/08/28~
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この旅行記へのコメント (9)
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- まつじゅんさん 2021/04/03 21:48:58
- かって倉吉線というのがありました。
- Tagucyanさん
またもや懐かしの風景です。
かって、倉吉駅は上井駅と言われていて、そこから倉吉線が出ていました。
岡山県の勝山とつなぐ構想だったのですが、途中で頓挫して関金町の少し奥の山守という所まで走っていました。
1985年3月末、倉吉線最後の日に、たまたま帰省していたので私も初めて乗車し、山森まで往復してきました。
上井、上灘、そして倉吉(打吹)、西倉吉、小鴨、上小鴨、関金、泰久寺、山守という、本当に人が乗っているのと思う場所を走っていましたが、今はその廃線跡が自転車道になっています。
琴桜は奥様の小学校時代、よく学校に来ていたようで、それ以降も桜相撲というイベントには必ず来られていて、気軽に接して頂いた記憶があります。
赤瓦の少し向こうが奥様の実家なので、懐かしい景色の数々、男はつらいよのロケ地でもあります。
あ~、倉吉の景色に癒されたいです。
matujyunn
- Tagucyanさん からの返信 2021/04/04 17:39:51
- 乗ってみたかった路線ですねえ
まつじゅんさま
たくさんコメントありがとうございます。
私も実際に倉吉に行ってみて、市の中心部は現在の駅周辺ではなく、かつての倉吉線沿線だったことを理解しました。倉吉駅と市の中心を結ぶ鉄道だったのに、本数の多い路線バスに追いやられて廃止になってしまったのは皮肉です。
もともとは岡山県の方まで計画された路線だというのは知っていました。山守駅の掘っ立て小屋のような駅舎も写真では見たことがあるのですが、乗ってみたかったですねえ。
赤瓦のすぐ近くが奥様のご実家なんですね。たしか、琴櫻の住んでいた家も市役所の方、いわゆる赤瓦のすぐ近くだったそうですね。
男はつらいよのロケ地でもあったんですね。寅さんがブラブラ歩いている様子が容易に想像つきます。
昔の時刻表を見ているとこういう路線がいくつも出てくるので、タイムマシンがあったら乗りに行きたいです、ほんとに。
---
Tagucyan
-
- ateruiさん 2020/09/27 20:43:41
- Taguchanさん 琴櫻記念館 ありがとうございます
- 私は 昭和40年代から 相撲のファンで 特に佐渡ケ嶽部屋が好きで
長谷川 琴櫻 琴乃富士 琴ケ嶽 応援してました
昭和47年 春場所 長谷川が優勝した年に 琴櫻も優勝して 翌場所も優勝して
横綱になったので よく覚えてます
館内も詳しく見ることができて 嬉しいです
無料の記念館があるのも この4トラで一昨年しりました
鳥取方面でかけましたら 必ず寄ります
どうもありがとうございました aterui
- Tagucyanさん からの返信 2020/09/27 22:38:08
- 私も見入ってしまいました
ateruiさま
こんばんは
私が現地を訪れたときは、まだコロナの影響がかなり残って、景観地区内も観光客がほとんどおらず、土日以外は臨時休業というお店も多くて(この日は金曜日でした)、見込んでいた時間が余り気味でした。そんな中、琴櫻記念館はやっていたので、じっくり見学しました。
暑かったので、建物内で涼みたいというのもありましたけどね^^;
実家では、本場所になると親父がいつもテレビ中継を見ていたので、子供の頃は一緒になって相撲を見ていました。今でも時間があれば見ますね。
個人的に一番古い記憶が輪島と北の湖の時代で、琴櫻の現役時代は知らないのですが、その弟子にあたる面々はリアルに見ていたので、座敷でその頃のドキュメント番組が放映されていたのをしばらく見入っていました。
相撲に少しでも興味があれば、しかも佐渡ケ嶽部屋のファンであれば、見応えがある資料館だと思います。
---
Tagucyan
- ateruiさん からの返信 2020/09/27 23:16:36
- RE: 私も見入ってしまいました
- 早速のご返事 ありがとうございました
北の湖 輪島 懐かしいですね
そのあと 若三杉(若乃花)がでてきて
今 解説で 北の富士さんが たまに見えますが
その北の富士さんと同時期に活躍したのが
琴櫻でした 猛牛なんて呼ばれてましたよ
aterui
>
> ateruiさま
> こんばんは
>
> 私が現地を訪れたときは、まだコロナの影響がかなり残って、景観地区内も観光客がほとんどおらず、土日以外は臨時休業というお店も多くて(この日は金曜日でした)、見込んでいた時間が余り気味でした。そんな中、琴櫻記念館はやっていたので、じっくり見学しました。
> 暑かったので、建物内で涼みたいというのもありましたけどね^^;
>
> 実家では、本場所になると親父がいつもテレビ中継を見ていたので、子供の頃は一緒になって相撲を見ていました。今でも時間があれば見ますね。
>
> 個人的に一番古い記憶が輪島と北の湖の時代で、琴櫻の現役時代は知らないのですが、その弟子にあたる面々はリアルに見ていたので、座敷でその頃のドキュメント番組が放映されていたのをしばらく見入っていました。
>
> 相撲に少しでも興味があれば、しかも佐渡ケ嶽部屋のファンであれば、見応えがある資料館だと思います。
>
> ---
> Tagucyan
- Tagucyanさん からの返信 2020/09/28 22:18:14
- RE: RE: 私も見入ってしまいました
- ateruiさま
輪島や北の湖は昭和50年代後半まで現役だったので覚えているのですが、琴櫻は昭和49年引退なので、さすがに覚えてないんですよね。
でも親方として弟子をたくさん育てていて、そういう意味で印象深いです。
北の富士さんと同世代だったんですね。元気ですねえ、あの方(笑)。
---
Tagucyan
- ateruiさん からの返信 2020/09/28 23:11:44
- RE: RE: RE: 私も見入ってしまいました
- いい男で 独身なので 強いですよ
(笑)
北の富士 記念館なんてあるんでしょうかねぇ?
ありがとうございました aterui
-
- Akrさん 2020/09/27 10:03:11
- ビンゴでした
- Tagucyanさま
おはようございます。Akrでございます。
やはりビンゴでした。いつもは絶対に先が読めないTagucyanさまの旅行記で予想が的中したので大変うれしく思います(笑)
でも、倉吉と聞いて「国鉄倉吉線」を連想するあたり、私も相当なおっさんだなあと思いました。国鉄時代にはこういった盲腸線がたくさんありましたね。乗りつぶしをすると終点まで行って折り返さないといけない上に本数も少なくて苦労します。
個人的に倉吉線と聞くと真っ先に思い出すのは、客車と貨車を繋いだ「混合列車」でしょうか。
客車と荷物車というのはよく聞きますが、貨車は珍しくて印象に残っています。青森の五能線でもありました。
それにしても驚いたのは、きちんと記念館を作って保存している所です。これは素晴らしい取り組みだと思いますし、廃線跡も整備して残しているのも凄いなあって思いますね。美しい街並みの打吹地区とともにゆっくり見て回りたいなと思いました。倉吉にも萩のような街並みがあったんですね。初めて知りました。
そして最後の1枚でスーパーはくとをチラ見せ(笑)
いよいよ次回、お待ちかね!という感じですね。楽しみに待ってます。
-Akr-
- Tagucyanさん からの返信 2020/09/27 22:25:33
- やっぱりそう来ますよねえ
Akrさま
こんばんは
倉吉といえば「国鉄倉吉線」、ですよねえ(笑)
私が乗り鉄を始めた頃にはまだあって、客車列車も走っているローカル支線ということで覚えていました。
朝夕の客車列車は、たぶん通学の高校生対策(ディーゼルカーだと乗りきれない)だと思うのですが、一方で昼間の客車列車は客貨混合列車だったんでしょうね。ちょっと本文に書き加えようかと思います。
客貨混合はともかく、当時はこういう盲腸線が多かったですね。まだそこまで遠出できるトシじゃなかったですけど、勝手に行程を組んでは妄想しておりました(笑)
倉吉線の記念館があるのは、数年前偶然に見つけまして。倉吉始発のスーパーはくとに乗る機会があったら、絶対に行こうと思っておりました。
この他にも廃線跡が整備されていたり、逆にまったく手つかずで残っていてそこをトレッキングするツアーが組まれたり、いい取り組みだなあと思います。
倉吉の景観地区がその近くにあったので行ってみたのですが、これが想像以上に良くて、しかもあの頃は観光客もほとんどいなくて、どちらがメインなんだか分からなくなってしまいましたね(^^)
前置きが長すぎましたが、やっと4話目にしてスーパーはくとが登場します。いつもそうですが、改めて、そういえばこれに乗りに来たんだよなあ、と思った次第です(笑)
---
Tagucyan
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