1989/11/08 - 1989/11/13
2位(同エリア153件中)
ほいみさん
トルコからシリアのラッカに入り、デリゾールへ。
楽しみにしていた、表紙写真の「パルミラ」に向かった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
トルコから国境を越えて、シリア最初の町はラッカ。
本当は地中海寄りのアレッポに行く予定だったが、より内陸のラッカに着いてしまったことは前回書いた。
まぁ、一人旅の時はそういうことはあまり気にしない。
シリアで見逃せないのは「パルミラの遺跡」
翌朝、バス停でパルミラに行きたい・・と伝えたら「とりあえずはデリゾールに行け」とのこと。
このバスターミナルで、いろんなシリア人にお世話になって、食事やら奢ってもらってたら、11時頃のバスになってしまった。
メシ食えや~、茶飲めや~、家に来いや~・・・と誘われると断れない性格なので困る。
で、夕方になって着いたデリゾールの名物(らしい)吊り橋。
すっげ~~立派に見えるんだけど、歩行者専用なんだよね。
そう、この川は、あのユーフラテス川だぜ!
ユーフラテス川横断歩道橋・・・ってわけだ。 -
この橋のたもとにあったレストランでいつもの様に
「とりあえずビール!」をちょっと大きな声で注文したら、なんか周囲がシーンとなった…様な気がした。
暫く考えて
あ、シリアって回教国だから酒はダメ? って、トルコは飲み放題?だったからね。
で、うやうやしく持って来てくれたビールがこれ!
え~・・・目を瞑って飲んだらビールだって分からないぞ!
ラベルも無くて怪しいよね・・・しかも高い!
そうか、シリアではなるべく飲まない様にしよう。
今はどうなんだろうね・・・って、それどころじゃないか、失礼しました。 -
デリゾールのホテルのスタッフ。
-
翌朝、いよいよパルミラに向かう。
バスはボロで混雑していた。
悲惨だったのは、通路に転がしておいた私のバックパックに、おばあちゃんが・・・・ゲロした!
バスゲロゲロ事件って、途上国ではよくあって、それは運転が荒っぽいこともあるが「初めてバス乗った」方がいたりして、自分が乗り物酔いすることを知らなかった・・・ってことが多いと思う。
私は何回か洗礼を受けている。
過去のバスゲロ事件 その1 インド編
https://4travel.jp/travelogue/11145153
これの後半ね。
その2 ネパール編
https://4travel.jp/travelogue/11284478
これの前半 -
猫も乗ってた。
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パルミラは意外と近くって、3時間もかからずに着いてしまった様に思う。
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分かっていれば、昨日ラッカを早く出発してデリゾールで乗り換えれば、昨日のうちにパルミラに着いてたはずだ。
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この頃って、地球の歩き方「トルコ編」はあったけど、シリアやヨルダン編は無かった様に思う。
地球の歩き方って、とかく「あてにならない」とか「迷い方」だろとか言う方がいるが、あれは有難いで~・・・日本語だし! -
パルミラって遺跡自体はもちろん素晴らしいけどさ・・・
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壮大な遺跡の中に、普通の生活があるんだよね。
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トラックは、なんだけど。
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パルミラ遺跡の中にはホテルもあって、これが普通の安いホテルなんだからありがたい。
中央に小さく写ってる建物ね・・・もちろん泊まったさ。 -
部屋からパルミラが見える・・・っていうか、遺跡の中に泊まれるって凄い.
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交通の便の心配がないから、夕日ものんびり見学出来る。
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後ろの山に登ってみようか・・
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五合目あたり。
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てっぺん!
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真っ暗になっちゃうと、さすがに怖いんで・・・
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暗くなる前に降りて来た。
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翌朝もちょっと見学して・・
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ラクダも起きたかな
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博物館など行っった。
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茶屋
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で、水車で有名なハマに向かった。
日記には途中ホムスで乗り換えた・・・とあるが記憶にはない。 -
水車を見学に行ったら、突然、怪しげなカップルに
「写真撮って・・」って言われた。
撮ったら「ありがとう」で、済んでしまった。 -
水車見学の続き
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動いてはいたけど・・・
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実用してたかどうかは不明
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貴重な遺跡?なんだろうけど、こんなだったりする。
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ちょうどここが空いてるから座りなよ・・・だって。
一緒に夕飯を食べたが、な~るほど、誰もビール飲んでないぞ。 -
ジュースでも飲むか。
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ここハマで1泊。
朝の水車・・? -
散歩してたら変なオヤジに捕まった。
事務所に連れていかれ、何やら延々と説明してくれたが全然分からない。
PLOとかパレスチナとか単語が聞き取れたんで、そっち系だったのかな。 -
見事に読めない!
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レストランであることは分かる。
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バスの時刻表であろうことは分かる。
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主食であるパンは、そこら中で売られていて安い。
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こうやって売ってることが多かった。
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道路沿いに干すと美味しくなるのかなぁ??
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巨大キャベツを買ったお母さん
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子供はどこでも元気
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遺跡っぽいけど、お店が入ってる
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11月11日 バスでダマスカスに着いた。
この日の日記に、ダマスカスまでのバス、闇レートなら100円もしない・・・ってあったけど、あれ?シリアって闇両替があったのかなぁ・・・記憶にないけど、ソ連系?だからあって当然か?
って、書いて思い出した。
そうそう、シリアはバスや食事は安いのに、ホテルはさもないところでも10ドル以上、しかもドルキャッシュのみ・・・あったんだね。
ウマイヤドモスク。 -
何故か人がいなかった
-
シリアでは「ローマングラス」を買おうと思ってった。
土産や買い物にはあまり興味がなく、滅多に買わないのだが、母が「ローマンガラス」を欲しいって言ってたので、探してみた。
疑問なのは、こういう発掘物って持ち出していいの? -
とりあえずは土産物屋がありそうなところを探す。
土産物屋があっても「ローマンガラス」は見つからない・・・っていうか、誰も知らない? -
そんなことでダマスカスもうろうろしてたら、ダマスカス大学の学生と称するヤツに捕まった。
-
何だか分からないけど、ダマスカス大学に連れていかれ、教室に入って彼らの友人たちに紹介された。
こりゃ付き合ってられないなぁ・・・ -
で、ただの観光客なんで市内を見学したいから・・・と言ったら、じゃ、案内するってことになった。
インドやエジプトなら、90%怪しいが、シリアってどうなんだろう? -
で、実はローマンガラスを捜してる・・・って言ったら
「なんだそれ?」
ローマンガラスってもしかして日本語? -
ソ連と仲良しだから、この時代に宇宙飛行士がいたんだよね。
-
夕飯は彼らの家でご馳走になってしまった。
-
翌日も付き合ってくれて(どんなにヒマなんだ、ダマスカス大学生)
小さなローマンガラスをゲット。
非常に脆弱なものなので、この後持ち歩くわけにもいかず、イチかバチか厳重に包装して家に送ってしまった。
無事に届きました。
この頃限定?だったのかもしれないが、ダマスカスからアンマンに行こうと思ったら、陸路はNGで飛行機じゃないとダメ・・・なんだって!? 意味分かんないけど、国境まで行って、本当にダメだったらヤじゃんね。
で、航空券買いながら聞いてみたら「そうだよ~」って、そうだったの?
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この旅行記へのコメント (10)
-
- Miyatanさん 2020/07/16 22:10:38
- シリア
- ほいみさん、こんばんは。
シリア、羨ましいです。2007年にヨルダン、イスラエルは行ったのですが、その頃に行っておけばよかったなあと思っています。当時の地球の歩き方はヨルダン・シリア・レバノンで一冊でした。今ではシリアとレバノンがほぼ抹消されています。内戦もひどいですが、コロナでさらに世界が遠くに。。。
ゲロゲロ事件、、、災難でしたね。
きな臭いイメージが強い中東ですけど、人がフレンドリーでいいですよね。
写真の子供たち、、、1989年だと私は小学生だったので、多分私と同世代くらいです。元気にしているといいですね。
Miyatan
- ほいみさん からの返信 2020/07/16 23:21:48
- RE: シリア
- こんばんは。
シリアね〜・・・第二のアフガンって感じになっちゃいましたね。コロナが絡んで更にややこしい。
私の同窓生は・・・ていうか私もですが、ここで65歳! 第二の定年を迎え「これからは旅行するんだ〜・・」って言ってましたが、その同窓会すら中止ですからね。今になって「行けるときに行く・・」は正解でしたが、現実的にはいろんなことを犠牲にしないと、当時から海外旅行は難しかったと思います。
この頃って、私の様に田舎に住んでると、それだけで「情報弱者」。本屋に行ったってブルーガイドと日本交通公社のガイドブックしかなかったですからね。今思うと、どうやって情報を集めてたのかなぁ?
海外旅行自体は来年には出来る様な気もしますが、いろんな制約や偏見がありそうで、以前の様なのんびり旅は暫く出来ないかなぁ。
イスラムの国々は、旅行をしてるとみんな優しいですよね、その優しさが伝わり難かったりするけど。私は欧米よりも、こんなところの旅が心休まります。
ゲロゲロ事件は、更に進化します・・・お楽しみに!
ほいみ
-
- jamokaさん 2020/07/10 02:59:13
- 後ろの山と髭!
- もしかして…ほいみさんの口髭!
一役かっていませんか~!?
妙に馴染んでますよー笑
後ろの山の中の天辺に建っているのはお城?要塞?
登りたくなります、、、
おそらく生涯見ることが出来ないお宝写真、開示頂き感謝です。
- ほいみさん からの返信 2020/07/10 09:53:25
- RE: 後ろの山と髭!
- この頃って仕事が最高潮に忙しくて、なかなか旅に出られなかったのに、突然長期の休みが取れたんです。当時は下調べもしようがない上に、調べる気も無かったんですが、あの辺りは「青の民族」っていうイメージがあったので、釣り用の青いシャツを着て行ったら、青い民族って北アフリカのトアレグ族のことでした。
中東では髭がないのはホモ…と真剣に語られていた時代で、日本を出るときから髭を剃らずにいました。髭って、毎日剃るのも面倒臭いけど、伸ばすのはもっと面倒臭いことを知った旅でもあります。
この頃デジカメがあったら、面白写真が満載の旅日記になったのですけどね。
ほいみ
-
- くろねこだりゅんさん 2020/06/30 15:30:46
- パルミラ♪
- この時代はまだ平和そう~
シリアも遺跡沢山で見どころ沢山だったのに…何時になったら見に行けるのか?
おそらくこの時代に「週刊世界遺産」という雑誌が発行されていてそのシリア編を今でも見返すのですが、その当時の面影は今はすっかり無くなっちゃっているようですね。
アレッポも粉々。パルミラのホテルもきっと無くなってますよね~
クラック・デ・シュヴァリエ見てみたかった。
トルコの介入でさらに長引きそうな予感…
あの水車全景、爆笑させていただきました!
シリアの方の写真って「撮ってもらうことに意義がある」のか~不思議(笑)
で、ローマンガラスはやっぱり日本語だったのでしょうか?
- ほいみさん からの返信 2020/06/30 21:26:59
- RE: パルミラ♪
- この時代は、レバノンが入れなかったかな。
イラクは湾岸戦争の前でしたが、ビザの申請に「エイズ証明書」とか要求されて、面倒臭いから行かなかったら、戦争になっちゃいました。
日記にも書きましたが、パルミラはゼノビア物語と「遺跡内に普通の生活」があるところが魅力でした。今はどうなっちゃてるんでしょうね。
クラック・デ・シュヴァリエ、当時は知らなくて行かなかったんですよ。まったく残念なことです・・・近くまで行ってるのにね。
ローマンガラス、いかにも日本人好みの響きだけどどうなのかなぁ。
現在は私の手元にあるはずなんだけど、発見したら写真をアップしますね。
ほいみ
-
- olive kenjiさん 2020/06/27 21:37:39
- イスラム国占領地じゃありませんか
- ほいみさん 貴方はやはり凄いよ。山男だけの男じゃない。
頻繁に出てくる地名、ラッカやアレッポなど。
ここってイスラム国の占領地であり、激戦地でもあり、虐殺の地でもありましたよね。
私はテレビやネットで初めて知り、もう覚えてしまった暗黒イメージの地です。
その地を30年前といえども、よく訪れていたと驚嘆します。
私なんかと違い、実際に居たのだから、ほいみさんの心境はいかほどのものかと絶します。
写真に出ていた元気な子供達。大人がレトロ感ある風貌なのに、今の時代にいるような現代っ子の風貌です。でも彼らも今はおそらく40歳位でしょう。
この戦火の仲、どのように耐え忍びたのか,イヤ安否自体が気になるところです。
茶屋の広告写真女性に怪し気なカップル女性・・この国の女性は魅力的過ぎません?
バスの時刻表を拡大して見てみました。ありゃま!数字もあちらの国の字体なんですね。私は1・2・3などの文字はアラビア数字だと教わったのでが・・・・
この旅行記を読みながら、凄く複雑な気分でした。
でも、てっぺんという写真・・地上と大空に月一つの写真が余りにも美しすぎる。
配置バランスが素晴らし。
ほいみさんは、やはり写真上手いなーと感心するのでした。
- ほいみさん からの返信 2020/06/27 23:25:19
- Re: イスラム国占領地じゃありませんか
- こんばんは。
いやいや、当時のシリアは安全快適でした。
例えばこの頃の、ラオスやカンボジアはとんでもなかったと思います。
この旅の最中に、ベルリンの壁が崩壊しました…そんな時代だったんですね。
そうですよね。
裕福ではないにしろ、普通に生活していた人たちは今頃、どうしてるんでしょう。コロナ騒ぎで、世界中の戦争や内戦の情報がありませんが、現実はどうなってるのか分かりません。
怪しげなカップル・・ケバくないですか? 正直ビビりました。シリアは徴兵制度があったのか、若い女の子の軍服?姿はなかなかでしたよ。
我々が俗にいう「アラビア数字」と、現場のアラビア数字は全然違うんですよね。微妙に似てるから間違えやすい・・・とか。
もちろん、フィルム写真だったのですが、スキャンを自分でやったのでヨレヨレになっちゃいました。デジカメってすげ~です…スマホも!
コロナ暇なうちに、昔の旅をアップしてしまおうと頑張てるので、よろしく。
ほいみ
-
- らびたんさん 2020/06/27 20:13:18
- ゲロゲロ事件
- ほいみさん、こんばんは^^
今となっては貴重なシリア・・もう10年近くになっちゃうんですね。
ちょうど10年前にヨルダンを訪れていて、明日ダマスカスに向かうんだーという旅行者を横目に弾丸だったことを、1年後に後悔することになります。
なんか、いいなあ・・パルミラ内の安宿もすごいですが、キャベツを乗せたおばさん、パンの売り方とか、ほいみさんの視点はまいど素晴らしいですよ。
現地の人に食事誘われてもさすがに女なんで行かないですが、行っても食あたりで苦しむんだろうな・・・とやっぱり断ってしまいます。
バスのゲロ事件には遭遇したことがありません。
車酔いすることをいい大人が知らない、ですと?!
自家用車とは違うんですかね。うーむ。
らびたん
- ほいみさん からの返信 2020/06/27 20:59:40
- Re: ゲロゲロ事件
- 今晩は。
あの辺?を旅すると、シリアとレバノンは後回しにしやすいです。私もこの時はレバノンはヤバかったので行きませんでいた。もう一生行くことは無いかな。
シリアって社会主義国なので、あの辺でもちょっと変わってるのかな。その辺?の人と両替してたので、最後までレートが分からなかったとか。パルミラ内の安宿、当時は私でも情報を得ていたのですが・・・確か、その名も「ホテル ゼノビア」じゃなかったかなぁ。女王ゼノビア、知らなかったら検索して下さいね。
バスゲロ事件、私は何回も遭遇してますが、実はこの旅で私は加害者になってしまうところだったんですよ。それは2回くらい後かな。私の場合は船だったのですが、それが後半の旅を決めちゃった・・・という、不思議体験。
そうそう、過去のバスゲロ事件、本文中にリンクを貼っておきました。
ほいみ
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