1997/07/24 - 1997/08/07
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Tagucyanさん
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今回はいつもと大幅に趣旨の異なる、旅行というより、一応海外研修のような形で行った、初ヨーロッパです。
当時、旧文部省の外郭団体だった某協会(現在は存在しない)が主催していた海外青少年派遣に、私の勤めている会社からも毎年何人か参加していました。
うちの会社に入った若手社員は、みんなとりあえず応募しておけとか言われていて、応募理由とか上司の推薦文とか、なぜか自分で書かされていました。行き先はいくつもあったのですが、どうせ行けないんだからと適当に「スイス」なんて書いていました。
そうしたら、巡り合わせで私が行くことになっちゃいましてね・・・(笑)
前年ひょんなことからサハリンに行って、それから海外づいて来てましたね、この頃。
ということで、今回は「海外出張」扱いです。会社からもちゃんと辞令が出ましたし。
しかも、1ヶ月ぐらい前に代々木の国立オリンピック青少年センターに集まって、2泊3日で事前研修まであったという(これもれっきとした出張扱い)。
そして、この年のスイス派遣一行17名は、約半月の行程でスイスに出かけたのでした。
まず、成田から飛行機でスイスのチューリッヒに飛び、そこからバスで首都ベルン、フランスとの国境の近くのジュネーブとモントルーを訪れます。
【その1】では鉄ネタがあまり出てきません。この時点ではバス移動の普通の旅行みたいになっていました。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
概要にも書きましたが、この年のこの派遣でスイスに行くことになりまして、6月に代々木のオリンピック青少年センターで事前研修。ここで今年のスイス派遣一行17名が初顔合わせとなりました。
ちなみにこの年は全10コース。内訳はアメリカ方面が2つでヨーロッパ方面が8つ。事前研修はすべてのチームが集まったので、結構な人数でしたね。
ちなみにこの協会の会長は、あの森喜朗さんでした。本人が開講の挨拶に来ましてね。国会議員クラスの政治家の生の話を聞いたのは、今のところあれが最初で最後です。 -
ということで、出発当日の成田空港。
実際には、都内にあるシティーエアターミナル(TCAT)の会議室に集合し、そこでこの日出発するチーム(10チーム中3チームくらいあったかな)で出発式。
バスに乗って、成田空港にやってきた。 -
成田から乗ったJALのジャンボジェット機。
記録を見たら、チューリッヒ経由ローマ行きだった。 -
出発前のロビー。
事前に3日間の研修があったので、久しぶりですねえとか会話してたと思う。 -
11時半過ぎ、搭乗。12時、出発。
チューリッヒまで約12時間のフライト。
個人的には、こんな長いフライトに乗るのは初めてだったりしますが、まったく写真を撮ってません(笑) -
日本とスイスには7時間の時差があり、現地時間の夕方5時過ぎにチューリッヒの空港に到着。
入国後、さっそくバスに乗って、約125km離れた首都ベルンに向かう。 -
高速道路走行中。
ちなみにこちらでは税金のような形で高速道路の料金を支払っているようで、出入り口に料金所はなかった。
ちなみに、チューリッヒの空港で現地ガイド役のMさんという女性(当時高校生でした)と合流。この方、お母さんが日本人。このあと、日本に遊びに来たときに、スイスチームで集まって会ったりもした。 -
夜7時半くらいになって、ベルンの街に着く。
緯度が高いので、夏のこの時期は7時半でもまだ全然明るい。 -
ベルン市内のホテルに到着。
ホテルの窓から見たベルンの街。
夕食を食べて、この日は終わりとなった。 -
2日目。
これが泊まったホテル。
朝食前、ちょっと周辺をブラついてみた。ホテル アンバサダー ホテル
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ホテルの目の前を通っている路面電車の線路。
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ホームに切符の自販機があった。
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電話ボックス。
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この日の午前中は、ベルンの市内見学。
バスと路面電車の1日乗車券が配られて、この路線バスに乗って市の中心部に向かった。 -
ベルン市の中心部にやってきた。
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スイス連邦議会の前。
ベルンはスイスの首都ですからね。連邦議会議事堂 建造物
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内部を見学。
入ってすぐの所にあった彫刻。
天井などにも壁画があったりして、荘厳な空間。 -
スイスは、上院と下院の二院制とのこと。
この写真はどっちの議会だっかたな。両院の議会や、議員控室なども見学。
このあたりが、研修旅行らしいところ。 -
ベルンの旧市街。町そのものがユネスコの世界遺産。
市内を、アーレ川という川が蛇行して流れていて、それに囲われた形の丘の上にある。ベルン旧市街 旧市街・古い町並み
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この眺めは川にかかる橋の上からだったかな。
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旧市街の中を歩く。
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旧市街にある大聖堂の前。
ベルン大聖堂 寺院・教会
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高さ100mのてっぺんに登った。
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そこから見る、ベルン市街。
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街の中心にある、時計塔。
建物自体は1220年に建てられたものだとか。ちょうど800年前。
そしてこの時計も1530年に設置されたものだとか。日本だと室町時代ですよ。時計塔 建造物
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歴史ある街の中を走る路面電車。
絵になるなあ。 -
記録によると、昼食後自由時間になったらしい。
吸い寄せられるようにベルン中央駅へ(笑)
この数年後、大改装されて、現在と姿が違う。ベルン中央駅 駅
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駅構内に入ってみた。
暗くてわかりにくいけど、写真で見たことのある機関車などいろいろいた。 -
やっぱ団体じゃなくて個人で列車に乗って来たいなあ、なんて思いましたねえ。
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ベルンからバスに乗り約1時間、モレゾン山という山の中腹にやってきた。
周辺は牧場。モレゾン山 山・渓谷
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そこにあるチーズ工場に寄る。
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チーズ作りの説明をいろいろと受ける。
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チーズの試食コーナー。
日本で一般的にチーズといえばあんまり種類がないが、ここでは食べたことのないようなチーズばかり。
ワインも置いてあり、ワインばっかり飲んでる人もいましたねえ(笑)
その後、さらにバスで3時間かけて、ジュネーブへ。
市内のホテルに着いて、本日は終了(写真がないの・・・)。 -
3日目。
宿泊したジュネーブ市内のホテル。エーデルワイス マノテル ホテル ホテル
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ジュネーブはスイスの西の端、レマン湖という湖に面していて、かつ3方をフランスに囲まれた町。
チューリッヒやベルンはドイツ語圏だが、ここはフランス語圏。
余談だけど、スイスの南部はイタリア語圏で、この他現地言語のロマンシュ語と合わせ、スイスの公用語は4つもある。 -
朝食前、いつものように市内の散歩に出かけてみた。
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やってきたのはジュネーブの中央駅であるコルナヴァン駅(結局、駅かい 笑)
ジュネーヴ コルナヴァン駅 駅
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駅舎内。
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基本的に、駅構内には自由に入れるのでブラブラ。
当時、スイス国内でよく見られた電気機関車。 -
さらに行ったら、フランス国鉄のTGVがいた。
おー、TGVじゃんとか興奮していたら、いつのまにかイミグレーションの先のエリアにいた。不法出国かよ(笑)
誰もいなかったから何事もなかったけど。 -
ホテルに戻り、朝食。
その後、ジュネーブ在住の日本人ガイドの案内で市内を歩き回った。
ここはバラ公園かな。 -
レマン湖に出た。
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あのレマン湖の大噴水も結構有名ですね。
ジュネーヴ大噴水 モニュメント・記念碑
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天気がよくて、暑い。
でも日本の夏と違って、湿度が低いので、日陰にいるとけっこう爽やかだったりする。 -
スイスですねえ。
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サン・ピエール大聖堂。
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旧兵器廠。
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長ーいベンチ。
帯広の緑ヶ丘公園に抜かれるまで、世界一長かったとか。
現在はさらにもっと長いのが富山県にあるらしい。 -
宗教革命記念碑。
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昼食後。涼しい木陰でみんなで休憩中。
ということで、みんなで休憩。一行のうちの10人が写ってますね。
今やみなさん、偉くなっているんでしょうねえ。
私も一応なんちゃって管理職ではありますが・・・
左端にいるのが現地ガイド役のMさん。
慣れない役で、よくメモを眺めていた。 -
ジュネーブにはいろいとろ国際的な機関の本部がある。
これは国際赤十字の本部。 -
こちらは、国連欧州本部。
この中にILOやWHOの本部もある。国際連合ヨーロッパ本部 (パレ デ ナシオン) 現代・近代建築
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国連本部の内部を見学。
これはよく登場する本会議場。
研修旅行ですから、こういう所には来ますよね。 -
ロビーの中央に置いてある、日本から贈られたという壺。
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軍事委員会の議場。
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1936年にできた、歴史のある建物。
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夕方、本日の宿泊地である、レマン湖畔にある町、モントルーに向かう。
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ワイン用のぶどう畑だそうです。
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ひまわり畑。
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途中にあるローザンヌ市内。
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レマン湖沿いを走る。
対岸はフランスです。レマン湖 滝・河川・湖
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一旦モントルーの町を行きすぎて、湖に面したシヨン城を見学。
このあと、市内にある本日のホテルに到着。シヨン城 城・宮殿
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夕食後。時刻は21時ぐらい。
このあたりの夏は、この時間でもまだ明るいんですよねえ。
ということで、湖沿いを散歩してました。 -
4日目。
モントルーで泊まったホテル。J5 ホテルズ ヘルヴェティ モントルー ホテル
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この日の朝も、朝食前に街の中をブラブラと歩いた。
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モントルーは、レマン湖とすぐ背後の山に挟まれた町。
湖の対岸はフランスで、ここもフランス語圏。 -
昨日立ち寄ったリヨン城が向こうの方に見えた。
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ホテルの前にはトロリーバスが走っていた。
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この日は1日、鉄道による移動。
ホテルから歩いて、モントルー駅に向かった。 -
モントルー駅構内。
モントルー駅 駅
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ここから、スイスゴールデンパスと呼ばれる、いくつかの鉄道を乗り継いで、ベルナー・オーバーラントと呼ばれる地域に向かう。
まずはMOB鉄道のパノラマ特急に乗る。
ここからはしばらく鉄ネタ(笑) 【その2】につづきます。
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旅行記グループ
1997年7・8月 海外出張扱いで行くスイス
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《メモリー》1997年7・8月 海外出張扱いで行くスイス【その1】 ベルン・ジュネーブ・モントルー
1997/07/24~
ベルン
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《メモリー》1997年7・8月 海外出張扱いで行くスイス【その2】 スイス・ゴールデンパスの車窓を楽しむ
1997/07/24~
インターラーケン
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《メモリー》1997年7・8月 海外出張扱いで行くスイス【その3】 グリンデルワルド付近での5日間
1997/07/24~
グリンデルワルト
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《メモリー》1997年7・8月 海外出張扱いで行くスイス【その4】 チューリッヒ近郊でのホームステイ(前編)
1997/07/24~
その他の都市
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《メモリー》1997年7・8月 海外出張扱いで行くスイス【その5】 チューリッヒ近郊でのホームステイ(後編)...
1997/07/24~
その他の都市
この旅行記へのコメント (6)
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- ねもさん 2025/10/08 23:42:50
- 前世紀のスイス(^^*)
- Tagucyanさん 稚内に返信ありがとうございます。
こんな興味深い旅行記を見逃していました(-_-;)
スイス旅行なら鉄道はmustだったのでは? たぶん日本の鉄道より便利なくらい⁉️
わが家も、この13年後、2010年に、グリンデルワルトからモントルーに来て、ジュネーブから帰国しました。
画像を拝見するとさほど変わっていないような。シヨン城にも入城しました✌️
- Tagucyanさん からの返信 2025/10/10 08:31:57
- たしかに「前世紀」ですね
- ねもさま
こんにちは
コロナ全盛の頃、新しい旅行記ネタがなかったので投稿した昔の旅行記にコメントありがとうございます。
あのスイス旅行は体裁上は「国際交流の研修出張」(会社から辞令も出ました)でして、鉄道といえばちょっとした自由時間に乗ったり見に行ったりする程度でした。そんな中、まる一日、鉄道で移動するだけという日があって、あれはよかったです。ねもさんが乗ったコースとだいたい同じですね。正直、自腹でもう1回満喫したいです。
「前世紀の」と付くとすごい昔に見えてきますね^^; あのあたりは何百年も前に建てられた建物とか普通にありますし、数十年ぐらいではさほど変わらないんでしょうねえ。
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Tagucyan
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- Akrさん 2020/06/08 08:31:37
- グローバルだったのですね
- Tagucyanさま
おはようございます。Akrでございます。
研修でスイスとは!さまざまな諸事情はあるのでしょうが、端から見たらうらやましい。私も'95年に「公用」でフランスとイギリス行きました。あれ以来、欧州へは行ってません。
それにしても当時は、国際線と言えば成田が当たり前。いまや羽田が国際空港に返り咲いてしまい、すっかり成田が廃れてしまった気がします。そしてチラッと写ったJAL旧塗装も懐かしい。当時は斬新だったのに今見ると古臭い(笑)
機内の写真が無いのはフォートラやってないからです(笑)いまなら機内だけで1話作れますね。
鉄ネタなしかと思ったら、しれっと入れて来ますね~
ベルン中央駅、気に入りました。緩やかなカーブを描くホーム。いかにもヨーロッパらしさに溢れていますね。やはり、鉄だとTGVには反応しますよね。子供の頃から本の中でしかみたことないからテンション上がります。私もパリ北駅で見た時、興奮しました。件の研修の時も、パリ→ロンドンの移動を空路か鉄路かを選べたので、迷わず、ユーロスターに乗りました。なんかヨーロッパの鉄道って憧れが強いんですよ。
次回も楽しみですね。
実は当時のガイド役のMさんが今の女房ですとかいうオチを想像してみました(笑)
-Akr-
- Tagucyanさん からの返信 2020/06/08 19:05:27
- 今じゃできません
Akrさま
こんばんは
あの研修、私が行った何年かあとまで続いていたと思います。
毎年、入社年度と職種でローテーションがなんとなく回っていて、たまたまその年は私がそれに当たったんですよね。
今でも海外留学の制度がありますけど、それは完全に「2年間勉強しに行く」のであって、あんな海外旅行みたいな研修ができたなんていい時代でした。
実は、この年の夏休みもアジアの某国に出かけることを考えていたんです。そこにこれが入ってきました。その国には翌年行きましたけどね。
当時は海外旅行といえば成田でしたね。でも、今まで行った海外で成田から出発したのは半分くらいかなあ・・・ まあいろいろとありまして(笑)
JALの塗装も、時代を感じますね。今だったら、機内食とか、窓の外とか、いろいろと写真を撮るのでしょうけど、当時そんな意識は全然なかったですね。
旅行記書く前に改めて写真を見ていて笑ってしまったのですが、訪れた町で自由行動になると必ず駅に行っていましたねえ。やっぱり団体行動は不自由だ、1人で行きたい、と思ったものです。会社の金だから文句も言えませんが。
そこで、本とかでしか見たことがない本物の車両が目の前にいると、興奮しますね。日本と違って駅には改札がなく構内には自由に入れるので、よく眺めていました。
現地ガイド役のMさんねえ。そんなドラマのような話は現実にはなかなかないですねえ(笑)
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Tagucyan
-
- Mollyさん 2020/06/07 07:41:25
- Mollyです。おはようございます。
- Tagucyanさんへ
いやー、昔のスイスの写真が
懐かしい。タイトルのは
以下の私のベルンのと同じ位置からですね。
(上から23枚目です)
https://4travel.jp/travelogue/10824230
物価が高かったなあ。
そろそろもう一度行ってみたい。
きれいな国ですものね。
- Tagucyanさん からの返信 2020/06/07 10:35:32
- 景色がいいですよね
Mollyさま
こんにちは
表紙の写真、どのあたりで撮ったか記憶が曖昧なのですが、撮影ポイントなんですね。
ネガから起こして、画質を補正する技がないのでそのままですが、もっと鮮やかな景色だったと思います。
改めてMollyさんの旅行記を拝見しましたが、このあと私たちが訪れるところに行ってますねえ。この時は研修旅行(つまり会社のお金)でしたが、自腹でももう一度行きたいですね。ホントに景色がよかったですから。
物価、たしかに高かったですね。
私が行った国で、日本より高いと感じたのは、ここだけです。
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Tagucyan
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J5 ホテルズ ヘルヴェティ モントルー
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旅行記グループ 1997年7・8月 海外出張扱いで行くスイス
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