2012/09/05 - 2012/09/05
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blumentalさん
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観光6日目は、ヴュルツブルクを宿にしてバンベルクとニュルンベルクを三角形に移動する日帰り観光です。バンベルク観光の次はニュルンベルク、古城街道の街が続きます。
旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。
8月30日(木) 10:30関空~15:25アムステルダム経由16:55~17:40ブリュッセル着(ブリュッセル泊)
8月31日(金) ブリュッセル、ディナン(ブリュッセル泊)
9月01日(土) ゲント、ブリュージュ(ブリュッセル泊)
9月02日(日) ブリュール、ケルン(アーヘン泊)
9月03日(月) アーヘン、ヴュルツブルク(ヴュルツブルク泊)
9月04日(火) ローテンブルク(ヴュルツブルク泊)
9月05日(水) バンベルク
★ ニュルンベルク(ヴュルツブルク泊)
9月06日(木) ミルテンベルク、アシャッフェンブルク、フランクフルト(フランクフルト泊)
9月07日(金) 11:30フランクフルト~12:45アムステルダム14:40~(機内泊)
9月08日(土) 8:50関空着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- KLMオランダ航空
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バンベルクを観光した後、バンベルク12:07発のICEでニュルンベルクに12:47の到着しました。ニュルンベルク中央駅の北側です。
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駅の北側には通りを挟んでフラウエントーア塔Frauentorturm(婦人門塔より響きはいいかも)。高さは40m、1388年に四角形で造られた後、16世紀に外側を丸くして直径18mの塔に。壁の一番厚い部分は5mあるそうです。
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フラウエントーア塔の手前にある城壁(外郭)。当時、旧市街は全長5kmの外郭で囲まれていたようです。
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外郭周囲の空堀にかかる橋の先にはフラウエン門Frauentor。
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門をくぐると職人広場Handwerkerhofという昔の職人街を再現した区域があります。
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何となく中世の雰囲気。民芸品、土産物、手工業製品を売る店が並んでいます。
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職人さんが製作する実演も見られるようです。このお店のおじさんはBSの旅番組で何度かお目にかかったことがあります。確かスズ細工だったか。。。
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イチオシ
以前からあった街並みを保存しているのかと思っていたら、これは1971年(画家デューラーの500年生誕祭)に観光用アトラクションとして造られたようです。
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フラウエントーア塔の横を通り抜けてケーニヒ通りKönigstr.に出ました。
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駅前から北に延びるケーニヒ通りを進むと左手にハル広場Hall Platzがあり、広場の北側には通行税徴収所Mauthalleがあります。1498-1502年建造の穀物倉庫が1572年から帝国関税局として使われました。この建物、何階建て?
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通行税徴収所の西側には帝国兵器庫Zeughaus(1588年建築)が見えます(横着してケーニッヒ通りから撮影)。玄関に並ぶルネサンス様式の玉葱塔が特徴ですね。現在は警察署です。
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ケーニヒ通りをさらに北へ進むとローレンツ広場Lorenzer Platz に出ます。そこにそびえる聖ローレンツ教会St. Lorenz Kirche。
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聖ローレンツ教会は、1270年から1477年にかけてゴシック様式で建設。左右対称の2本の尖塔(高さ81m)が印象的ですと言いたいところですが塔頂が少し異なります。これは落雷を受けた北塔(左側)が鋼鉄製に替えられたためです。
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正面入り口の彫刻。
この教会の大部分が対戦で破壊され戦後修復が行われましたが、正面の尖塔部分だけは戦火に耐えたオリジナルです。動かせる芸術作品はあらかじめ地下に保管され無事でした。 -
教会身廊。
ペグニッツ川を挟んで北はセバルドゥス地区、南はローレンツ地区と呼ばれますが、これは教会の名前に由来します。 -
教会内陣。
豪商の寄進の多い聖セバルドゥス教会に対し、こちらの聖ローレンツ教会は庶民の教会として対抗意識を持っていたようです。 -
内陣中央には天蓋からファイト・シュトゥス作の「天使の挨拶」Engelsgrussのレリーフが吊り下げられています(1517-18年作)。
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旅行ガイドでは「受胎告知」と紹介されていますが、「天使の挨拶」の方がふさわしい気がします。大天使ガブリエルとマリアの周りでたくさんの天使が様々な楽器を奏でているように見えます。
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中央祭壇の十字架像もファイト・シュトスの作品です(1516-20年の作)。
祭壇に向かって左側に、彫刻で覆われた高さ19mの「聖体安置塔」Sakramentshäuschenがそびえています(1493-96年アダム・クラフト作)。 -
聖体安置塔の台座部分(全体像を撮り忘れていました)。
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台座の下でひざまずいているは作者のアダム・クラフトです。作者自身が作品を支えています。
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教会の拝廊側。バラ窓とパイプオルガン。
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聖ローレンツ教会の北側にある「美徳の泉」Tugendbrunnen(1589年製作)。3段から成る台座で区切られており、中世の7つの美徳を象徴する人物像7体で飾られています。目隠しをして秤を持つ最上段の像は「正義」です。
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美徳の泉の向かい側(教会の西側)にあるナッサウハウスNassauer Haus。ロマネスク様式の塔型家屋で、市民家屋としてはニュルンベルクで最古(13世紀頃)だそうです。
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教会前のケーニヒ通りから遠方(北方向)を眺めるとカイザーブルクが見えました。あそこを目指します。
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イチオシ
ケーニヒ通りを北に進むとペグニッツ川に架かるムゼウム橋Museumsbrückeに着きます。
橋の東側に見える旧救済院(聖霊施療院)Heilig-Geist-Spital。1332-39年に社会福祉施設として建てられ、やがて建物が手狭になり、分岐するペグニッツ川の上に増築されました。 -
ムゼウム橋の西側風景。向こうに架かっているのはフライシュ橋Fleischbrücke。
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ムゼウム橋を北に渡りプローベンホフPlobenhofstr.を進むと中央広場Hauptmarktに到着。結構な数の露店が並んでいます。
1349年皇帝カール4世が、ユダヤ人居住地だったこの場所にマルクト広場を造る目的で民家の焼き払いを容認し、ユダヤ人600人が虐殺される惨劇が起きました。ここは焼き払われたユダヤ人居住区を埋め立ててできた広場です。 -
中央広場の東側にはフラウエン教会Frauenkircheがあります。
ユダヤ人居住地区破壊を許可したカール4世がその償いのため、1350-58年にニュルンベルクに寄贈した教会です。
(彼はプラハでは新市街への移民としてユダヤ教徒を歓迎しており、彼の矛盾ある行動に納得できません) -
教会入り口上部の彫刻ですが、派手な色使いにあまり感心しませんでした。
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教会内陣。宗教改革以降、プロテスタント教会として使われていましたが、バイエルン支配下の1812年に競売にかけられ、1916年に再びカトリック教会が復活しました。
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中央祭壇です。
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中央広場の一角にある美しの泉Schöner Brunnen。約40体の像が飾られた17mの金色の塔です。
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鉄柵の1箇所に金色の輪っかがはめられており、3回まわして願い事をして他人に話さなければ願いが叶うようです。御利益のあることなら何でもする女房です。
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美しの泉から北に進むと市庁舎広場Rathausplatz。天気もよく喉もからから。広場の西側にはレストランBratwursthäusle、ニュルンベルガーソーセージ専門店です。
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人気の店ですが、昼過ぎで少し客が減った所でした。すんなりテーブルを確保でき、ニュルンベルガーとブレーツェルで一杯。
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店の隣は聖セバルドゥス教会St. Sebaldus Kircheですが見学はあとまわし。写真は市庁舎広場に面した教会の東側です。
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市庁舎広場の東側には旧市庁舎Altes Rathaus。カイザーブルクに向かって緩やかな上り坂が続いています。
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旧市庁舎入り口の彫刻。
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今上ってきた坂を振り返った風景。旧市庁舎の北西側です。
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イチオシ
もう少し上り坂(ブルク通りBurgstr.)を進むとカイザーブルク(ニュルンベルク城)Kaiserburg Nürnbergに到着です。旧市街の北端に位置します。
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カイザーブルクのシンボルであるジンヴェル塔Sinwellturmです。旧市街入り口のフラウエントーア塔と比べるとすごくスマート。
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カイザーブルクの東側にある建物は皇帝の厩舎Kaiserstallung、現在はユースホステルです。
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1050年ハインリヒ3世が岩山中腹に建てた城塞がカイザーブルクの始まりです。1140年にコンラート1世が皇帝居城を構築、1200年頃フリードリヒ・バルバロッサ1世がさらに城を拡張させました。
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神聖ローマ帝国の皇帝は、首都を置かずに居城を移しながら政治を行っていましたが、1050年から1571年まで全ての皇帝が一度は居城としたのがここです。
ジンヴェル塔を見上げながら、横の城門から入ります。 -
門を抜けるとカイザーブルクの前庭です。右は官房。左端は井戸小屋。
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カイザーブルクから見下ろした街並み(南方向)。右は聖セバルドゥス教会、左奥は聖ローレンツ教会、よく似ています。
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前庭から本丸(皇帝居城)中庭に入る門です。
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イチオシ
門から東を振り返って。左から官房、井戸小屋、ジンヴェル塔。
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本丸中庭の北側です。
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中庭の南側。
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今回は時間の関係で城内や礼拝堂の見学は止めました。出口に向かって斜面を下っていきます。
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カイザーブルク城壁の南側から見上げたジンヴェル塔。カイザーブルクに沿ってオーベレ・シュミード通りObere Schmiedgasseを西に進みます。
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通りの西の突き当りにあるティアゲルトナートア広場Beim Tiergärtnertor。左の立派な木組みの家はピラトゥスハウスPilatushaus、1489年建造の甲冑師の仕事場だった家。ここらあたり(旧市街北西部)は世界大戦の戦禍を免れた地域のようです。
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広場の西側には13世紀建造の城門ティアゲルトナートア塔があります。さらに塔の横にはティアゲルトナー門Tiergärtnertor。ここから防御回廊が延びています。Tiergärtnerとは動物飼育師のことですが何でこんな名前がついているのでしょうか。
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広場から北東方向にはカイザーブルク本丸部分が見えます。
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広場の南西側にはデューラーの家Albrecht Dürer Hausがあります(1450年頃建造)。
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ドイツの代表的画家アルブレヒト・デューラー(1471-1528)が1509年から亡くなるまで住んでいた家で、内部は当時のままに再現され、彼の複製画や印刷機などが展示されていました(17年前の記憶ですが)。
この家の前のアルブレヒト・デューラー通りAlbrecht-Dürer Str.を200mほど南下すると左手に。。。 -
聖セバルドゥス教会が見えてきます(教会の西側正面)。
1225年に後期ロマネスク様式で建てられた教会を、1361-79年にゴシック様式で改築、尖塔などを増設させて1483年に完成。
尖塔の色も形も聖ローレンツ教会によく似ていて間違えそうです。塔頂の感じが聖ローレンツ教会と左右逆ですね。 -
教会身廊。光が射して結構明るいです。
「庶民の聖ローレンツ教会」に対してこちらは「富裕層の聖セバルドゥス教会」として張り合っていました。 -
中央祭壇には聖ゼバルドゥスの墓碑Sebaldus-Grabが置かれています。
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高さ4.7mの真鍮製の柵部分はペーター・フィッシャーによる制作です(1519年)。中にはゼバルドゥス聖遺物函(1391-97年)が収められています。
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側廊の柱と彫刻。
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彫刻の両側に祭壇画を有するペーター祭壇Petersaltar。
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聖ゼバルドゥス教会内部(どの部分だったか不明)。
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聖ゼバルドゥス教会内部(どの部分だったか不明)。
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聖ゼバルドゥス教会の外観を眺めた後、教会西側のカール通りKarlstr.を南に向かいました。
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イチオシ
マックス広場を経てマックス橋Maxbrückeに到着。
橋から眺めた東側風景です。白壁に屋根付きの木橋はヘンカーシュテーク(死刑吏の小橋)Henkerstegです。その左には給水塔Wasserturm。ペグニッツ川の川面に綺麗に映し出されています。 -
マックス橋から見た西側風景。シュライヤー塔Schlayerturmが見えます。
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橋の南西側。
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マックス橋の南端辺りから給水塔をもう一度。給水塔横の木組みの家はワインハウスWeinstadelで、15世紀にハンセン病患者収容所として建てられました。現在は大学の学生寮のようです。
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ペグニッツ川の南岸をヘンカーシュテークに移動します。ヘンカーシュテークの南側半分は屋根があるだけの木橋で、先ほどの白壁付きの小橋と中州で繋がっています。
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ヘンカーシュテークから西の風景。先ほど渡ったマックス橋です。
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ヘンカーシュテークから東の風景。左手は中州で、中州の向こうにはカールス橋Karlsbrückeが見えます。
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中州から見上げるヘンカーシュテークと給水塔。人込みもなく静かで綺麗で落ち着いた地区です、と思ったら。。。
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この中州には人がたくさんいました。ここだけ賑やかでした。
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中州を通りカールス橋を南に渡り、駅に向かいます。カールス橋から見た西の風景、ヘンカーシュテークが見えます。
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聖ローレンツ教会前からケーニヒ通りを通って駅前まで戻ってきました。
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ニュルンベルク中央駅。17:10発のICEでヴュルツブルクに戻りました(17:59着)。
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今日の観光はおしまい。今日もかなり歩きました。ヴュルツブルクのショッピングセンターを覗いた後で、昨晩とは異なるブロイハウスで夕食。
明日は観光最終日、宿をフランクフルトに変えてミルテンベルクを訪問します。
(ミルテンベルク、アシャッフェンブルク)https://4travel.jp/travelogue/11621095
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2012夏ベルギーとドイツの旅12:フランクフルトでおしまい
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この旅行記へのコメント (1)
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- mom Kさん 2021/02/04 21:54:27
- あの場所に脳内旅行
- blumentalさん、わが愛するハンブルグ旅行記に共感してくださってうれしいです。でも、ソーセージは、ニュルンベルグのが、私は一番好み。あの映画村みたいな界隈は、そのいわれでしたか。納得です。お店が観光客が入りやすいところばかりでしたから。地元感がもう一つ感じられなくて。でもソーセージのお店でその焼いたままの缶詰、日本へ。レストランそのままのお味でびっくりでした。中央広場の歴史を教えてくださってありがとうございます。1泊のつもりが2泊でも足りない町でしたから、再訪決めています。何しろ素手で訪問でしたから。コロナ禍お気を付けください。
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