2012/09/01 - 2012/09/01
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blumentalさん
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観光2日目、ゲントを見た後はブルージュの観光です。レンガ、レンガ、レンガと続く街並みを見るのは4年ぶり。ブルージュが初めての女房を案内します。
旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。
8月30日(木) 10:30関空~15:25アムステルダム経由16:55~17:40ブリュッセル着(ブリュッセル泊)
8月31日(金) ブリュッセル、ディナン(ブリュッセル泊)
9月01日(土) ゲント、
★ ブリュージュ(ブリュッセル泊)
9月02日(日) ブリュール、ケルン(アーヘン泊)
9月03日(月) アーヘン、ヴュルツブルク(ヴュルツブルク泊)
9月04日(火) ローテンブルク(ヴュルツブルク泊)
9月05日(水) バンベルク、ニュルンベルク(ヴュルツブルク泊)
9月06日(木) ミルテンベルク、アシャッフェンブルク、フランクフルト(フランクフルト泊)
9月07日(金) 11:30フランクフルト~12:45アムステルダム14:40~(機内泊)
9月08日(土) 8:50関空着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- KLMオランダ航空
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ゲントを観光した後、ゲント・セント・ピータース13:00発のICで、13:25ブルージュに到着。逆光で真っ黒なブルージュ駅です。
駅前の幹線道路と運河を渡り右折、運河に沿って緑地帯を東に進んでミンネワーテルに出ました。 -
ミンネワーテル(愛の湖)Minnewaterは、街の内港が砂の堆積によって機能しなくなったため、運河を水門で仕切って湖にしたものです。
今度は湖に沿ってベギネンフェスト通りをBegijnenvestを北にペギンホフ前を通って聖母教会を目指します。右手には愛の湖公園Minnewaterparkが見えました。 -
イチオシ
途中、マリア通りMariastaatにかかる橋から西側の風景。左手はボート乗り場、右手は旧聖ヨハネ施療院Sint-Janshospitaal(建物の一部はメムリンク美術館)です。
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マリア通りに面したメムリンク美術館Memlingmuseumの入り口です。
元は12世紀からある療養施設が16世紀から本格的な医療機関となり、1978年まで実際に病院として使用されていました。 -
聖母教会Onze Lieve Vrouwekerkです。
ロマネスク様式で建てられていた教会が1116年に焼失した後、1270-80年にゴシック様式で再建されました。北側の尖塔も含め、14-15世紀にかなり増築されているようです。 -
塔の高さは116m(122mという記載もあります)。レンガ造りの教会では世界で2番目の高さです。ちなみに1番はドイツ、ランツフートの聖マルティン教会(131m)。
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教会の身廊。何やら儀式をやっていたようですが、ちょうど終わったみたいです(ラッキー)。
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内陣仕切りの上にパイプオルガンがあるのは珍しい、余所で見たことありません。さらにその上にはキリスト磔刑像。
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内陣仕切りの聖母子像とパイプオルガン(1722年作)。
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身廊の両脇の柱には聖人の彫像がずらり。
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内陣にはブルゴーニュー公シャルルル・テメレールと娘のマリー・ド・ブルゴーニュの霊廟があります。
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主祭壇です。「十字架上のキリスト」はヤン・ファン・アイクの作。彼はブルゴーニュ公フィリップ3世(在位1419-67)善良公の宮廷画家でした。
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ブルゴーニュ公シャルルル(在位1467-77)の墓。突進公、勇猛公、豪胆公....異名が多すぎ! 彼はスペインと同盟し、フランス王ルイ11世に対抗してネーデルランドを支配。でも1477年ナンシーの戦いで敗れて戦死しました。彼の子は一人娘のマリーだけだったため、彼女がブルゴーニュ女公(在位1477-82)となりました(公国最後の君主です)。
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こちらは娘のマリー女公の墓。彼女はハプスブルク家のマクシミリアンと結婚したため、ブルゴーニュ公国はハプスブルク領となってしまいました。二人の挙式は(今日見てきた)ゲントの聖バーフ大聖堂です。
美しいと評判だった彼女は、美人薄明、25歳でお亡くなりに。一方マクシミリアンは後に神聖ローマ皇帝(マクシミリアン1世:在位1508-19)になりましたが、彼の死後、彼の心臓だけがこのマリーの墓に埋葬されました(他の部分はオーストリアに埋葬)。こんな風に埋葬する神経が理解できません。 -
主祭壇後ろのステンドグラス。この教会も綺麗なステンドグラスがいっぱいです。
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こちらは南側翼廊にある祭壇です。中央にあるのがミケランジェロ作の聖母子像(1501-04年作)で、ブルージュの豪商が1506年にこの教会に寄贈したそうです。ミケランジェロ存命中にイタリア国外に持ち出された唯一の彫刻作品。
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この聖母子像、傑作と評される一方で、キリストの頭でっかちと悪口もささやかれているようです。
1944年ドイツ軍が退却する際に聖母子像をドイツへ持ち去りましたが、オーストリアのアルトーセで見つかりました。
※このことは帰国後、映画「ミケランジェロ・プロジェクト」The Monuments Men (2013) を見て知りました。 -
こちらは聖母教会の東側にあるボニファシウス橋Bonifaciusbrugからの風景。運河沿いにレンガの家が並ぶ風景はいいですね。
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聖母教会の北側に運河巡りのボート乗り場がありました。
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すごい行列。かなりの順番待ちのようです。
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運河沿いのダイフェル通りDijverを北東に進みます。ここヨハネス・ネポムク橋Johannes Nepomucenusbrugの手前にもボート乗り場があります。
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橋から南西の風景。今歩いてきた川沿いの通りです。
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橋から北東側の風景。運河の曲がり角ですが、ここにもボート乗り場。どこも行列です。
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ちょっと寄り道。ネポムク橋を渡った所にあるビール専門店に入ってみました。
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ドイツとは形の異なる瓶もあります。たくさんの種類のビールが並んでいますが、買って帰るのは無理、残念です。
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マルクト広場に向かってウォレ通りWollestraatを進んでいます。向こうに鐘楼が見えます。
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マルクト広場Markt、ブルージュ旧市街の中心地です。10世紀ごろから市場として使用されています。三角屋根のギルドハウスがずらり。
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広場中央の銅像は「自由ブルージュ」の旗を掲げているヤン・ブレーデルとピーテル・デ・コーニンク。
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彼らは1302年の金拍車の戦いの指導者です。コルトレイクでフランドル都市連合軍がフランス軍を破り、フランドルの独立を守りました。市民兵からなる歩兵軍が初めて重装した騎兵軍を破った戦いでもあります。
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広場の東に建つネオゴシック様式の西フランドル州庁舎Provinciaal Hofです。
1294年に建てられたブルージュ港の物流センターWaterhalleが起源で、当時はここまで船が入ってこられたのですが、その後砂泥の堆積によって港として機能しなくなり、この建物も不要ということで取り壊されました。1887年にネオゴシック様式で再建が開始され、向かって右側が郵便局、左側が庁舎に(完成は1921年)。しかし現在はセレモニー会場になっているようです。
州庁舎の左はヒストリウムHistoriumという歴史アトラクションの施設です。 -
そして広場の南側には高さ83mの鐘楼Belfort van Bruggeがそびえています(真っ黒!)。世界遺産です。1240年建造の鐘楼が1280年に焼失して再建されました。建物は3層になっていて、13世紀には1層でしたが、1483-87年に上の2層が建造されました。
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鐘楼下の入り口をくぐって、中庭から見た鐘楼です。こちら側は日当たりがいいですね。
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観光馬車もブルージュの名物でしょうか。ここに来るまでたくさんの馬車を見ました。ブルージュの街は中世の香りだけでなく、馬の「落とし物」の香りもかなりしました。
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こちらはマルクト広場の東側に位置するブルグ広場Burgです。
広場の南側に建っているのはゴシック様式の市庁舎Stadhuis(1376-1420年建造)。壁面にはたくさんの彫像が並んでいます。
左のルネサンス様式の建物は1537年建造の公文書館Civiele Griffieで、18世紀末から200年間裁判所として使用されました。現在は自由ブルージュ博物館。 -
市庁舎の右側にあるのが聖血礼拝堂Heiling Bloed Basiliek。もとはフランドル伯の個人礼拝堂(1134年建造)でしたが、第2回十字軍遠征に参加したフランドル伯ティエリー・ダルザスが、1149年帰路コンスタンチノープルに立ち寄って聖血の遺物を持ち帰り、この礼拝堂に奉納したことによってバジリカに格上げされました。
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礼拝堂の入口の上には黄金の像が並んでいます。写真中央は聖母教会に埋葬されているブルゴーニュ女公マリーです。その右側は聖血の遺物を持ち帰ったフランドル伯ティエリーです。
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2階にはルネサンス・ゴシック様式の美しい礼拝堂があります。聖血の遺物に拝観する巡礼者が増えたため、16世紀に増築されました。壁全体がすごく派手な彩色です。
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主祭壇です。煌びやかな印象だけが残っています。
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ステンドグラスも大変綺麗だったのですが、堂内の壁がド派手だったので印象が薄れます。
聖遺物箱の拝観は壇上の聖職者が見守る前でひとりずつ行われていましたが、異教徒の我々が興味本位で順番待ちの列に入るのは気が引けたので遠慮しました。 -
こちらは1階にあるロマネスク様式の聖バシリウス礼拝堂Sint-Basiliuskapelです。こちらの方がおごそかで神聖な雰囲気がしました。2階と対照的です。
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こちらには聖バリウスとフランドル伯シャルル(善良伯)の聖遺物を納めた箱もありました。
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次にマルクト広場から南西に延びるステーン通りSteenstraatを通って救世主大聖堂(聖サルヴァトール大聖堂)Sint Salvatorskathedraalに行きました。近づきすぎて、これじゃ教会の形がわかりませんね。
教会の起源は9世紀なので一応ブルージュ最古の教会ということでしょうか。焼失後、1127年からロマネスク様式で再建が始まり、1250年からのゴシック様式による改築増築で現在の姿に。 -
入った途端、驚いたのは人の数、なんでこんなにたくさん!?
そして高い天井の広々とした空間にも威圧されました。 -
教会の内陣です。
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入り口のバロック彫刻(1682年作)とパイプオルガン(1719年作)も見事でした。
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救世主大聖堂から聖母教会前を通って駅に向かいます。
聖母教会前あたりから見た救世主大聖堂です。 -
ついでですから、メムリンク美術館裏手の中庭にも寄りました。
聖ヨハネ療養院の裏庭という方が的確でしょうか。レンガ造りの建物に囲まれています。表のマリア通りの賑やかさから離れ、落ち着ける空間です。 -
場面はかなり南に移ります。数時間前に通り過ぎたベギンホフBegijnhof入り口まで戻って来ました(二つある入り口の南側の方です)。
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門をくぐって右手の風景。運河を挟んでレンガの家。赤いゼラニウムがレンガに映えます。この裏側に聖エリザベス教会Begijnhofkerk Sint-Elisabethがあります。
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聖エリザベス教会の祭壇です。
ベギン会Beguinesは独身女性が修道院に所属せず、半聖半俗の共同生活を行うために形成した独自の自治体のことで、彼女らが共同生活を送った場所がベギンホフ(ベギン会院)です。ですから修道院とは本来無関係。 -
イチオシ
このベギン会院は1245年にフランドル伯爵夫人マルガレーテによって設立されたものです。しかし本来の居住者がいなくなったため、1927年にベネディクト会によって買い取られ、現在はベネディクト派の修道女がこの世界遺産の中で暮らしています。
(ガイド本で使われている「ベギン会修道院」「ベギン会修道女」という語はすごい矛盾表現ですね) -
つまりここは、元ベギン会院、現ベネディクト会修道院ということになります。まして世界遺産指定の他のベギンホフに至っては修道院とは全く関係ありません。
それにしても、ここは静かで自然豊かな別世界の感じがしました。今日のブルージュの街は賑やかで騒々しかったのですが、ここが1番落ち着ける場所のような気がしました。 -
ベギン会院のレンガ造りの建物からも中世の雰囲気が漂ってきます。
修道院に入って修道女になると、全財産を投げ打って生涯質素な暮らしを送りますが、ベギン会院に入居する時は財産持参で、しかも経済活動もできますので生活水準は低くはなかったそうです。
さて、ブルージュ観光はこれくらいにして駅に向かいました。 -
16:58ブルージュ発のICで18:01ブリュッセル中央駅着。
舞台はブリュッセル、写真は何度も登場する聖ミッシェル大聖堂(ホテルのすぐそばなものですから)。明日はブリュッセルともおさらばので、夕食を兼ねてぶらぶら歩きに出発。 -
ブリュッセル旧証券取引所Bourse de Bruxellesあたりをぶらり。グラン・プラスの北西に位置します。
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見納めのつもりでグランプラスに行こうとしたら、途中の通りは人でぎっしり。みんな手にはビール。
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もちろんグランプラスもすっごい人だかり。昨日からのビール祭り「ベルギービールウィークエンド」の真っ最中です。さすがビール王国。
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今日は土曜日です。今ちょうど20時。
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何という盛り上がり。
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さて、今日は遅くなりましたがこれから夕食(どこで何を食べたか記憶なし、写真なしです)。
明日はベルギーとおさらば、ドイツに移動です。15年ぶりのドイツにわくわくしています。まずはケルンとブリュールを訪れる予定です。
(ブリュール、ケルン)https://4travel.jp/travelogue/11596814
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2012夏ベルギーとドイツの旅
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2012夏ベルギーとドイツの旅01:ブリュッセル
2012/08/31~
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2012夏ベルギーとドイツの旅02:ディナン
2012/08/31~
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2012夏ベルギーとドイツの旅03:ゲント
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2012/09/02~
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2012夏ベルギーとドイツの旅06:アーヘン
2012/09/02~
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2012夏ベルギーとドイツの旅08:ローテンブルク
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2012夏ベルギーとドイツの旅09:バンベルク
2012/09/05~
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2012夏ベルギーとドイツの旅10:ニュルンベルク
2012/09/05~
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2012夏ベルギーとドイツの旅11:ミルテンベルクとアシャッフェンブルク
2012/09/06~
ミルテンベルク
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2012夏ベルギーとドイツの旅12:フランクフルトでおしまい
2012/09/06~
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