2020/03/21 - 2020/03/21
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PHOPHOCHANGさん
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何年前か覚えてないのですが(4トラに旅行記を載せてないので、2011年かそれ以前だと思います)、その時と全く同じコースをその時と同じく、息子と2人で歩きました。
きっかけは4月に予定されていた薬師寺の東塔大修理落慶法要が中止になったとの記事を読んだ事でした。
元々3連休に息子一家に会いに行くのは決まってたのですが、運良く息子の勤務が20日に夜勤明け、21日は休みになったので、PHOの観光に付き合ってもらえる事になりました。
旅行記を作成するにあたり、歴史の道沿いに在る蕎麦切り よしむらでPHOはすだち蕎麦、息子はきつね蕎麦に七味をたっぷり入れて食べ、其処で撮った写真を何処かで使った記憶を頼りに、それがいつだったのか探してみました。
PHOは4トラに来る前はmixiのアルバムに日記と合わせて旅行の写真を載せてたので、其処を引っ繰り返してみると、ザックリ関西として何枚かが残っているのが見つかりました。それが2010年10月で(東塔が修復の為に覆いをかぶされる前年だったんですね)、9年半ぶりって訳です。
息子はたまうさぎのお団子を覚えていました(親子して食絡みの記憶f(^^;)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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201010 せんとくんカプチーノ 大和西大寺駅ナカのチャオプレッソにて300円(当時のコメント)
夜行バスで来たのだと思います。息子との待ち合わせの為の時間調整してました。ってか、このアートを狙って立ち寄りました -
201010 雨上がりの薬師寺遠景 大池対岸より(当時のコメント)
今回はこちらの方へは来ませんでした。事前にこの写真を見つけてたら、絶対来てたのに。ってか今回、何処をどう廻るか全く決めずに出て来ました。相手の有る事だし、天気も定かじゃないし、昨日の生駒山も近鉄で奈良県に入った辺りで息子に告げました -
201010 金堂~中学の修学旅行以来、漸く薬師三尊像と再会。日光月光のヒップショットって言葉ずっと覚えてた(当時のコメント)
それと、この後に向かう唐招提寺金堂のエンタシス -
201010 修復間近の東塔~唯一創建当時より現存している(当時のコメント)
この時は中を見る事が出来たのです -
201010 西塔~内部公開中11時、13時、15時(当時のコメント)
って事は、今回見たのは2回目?全く記憶に有りません。きっと見ていないのでしょう -
201010 玄奘三蔵伽藍(当時のコメント)
正直この辺は記憶に残っていません。正しくは玄奘三蔵院伽藍です -
201010 (当時のコメントは有りません)
歴史の道、逆に人が居ませんね -
201010 すだち蕎麦~蕎麦切りよしむら(当時のコメント)
これ美味しかったです、一番印象に残ってた写真です -
201010 simple is best.~唐招提寺金堂(当時のコメント)
でも、これって一つ後ろの講堂ですよね -
201010 御影堂前庭(当時のコメント)
今も中へは入れません -
201010(当時のコメントは有りません)
季節柄、苔が濃いですね。mixiに載っていたのはこの11枚でした -
「時を戻そう」
大和西大寺でこれから乗ろうとする橿原線に遅れが発生している事が判明しました。特急の次の27分発がこの直後消えてしまって、次の橿原神宮方面行きは6番線から38分ですとの放送も入りました。
それだと20分以上時間が有るので、駅ナカをチェックしてみる事にしました大和西大寺駅 駅
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こんな展望スペースが在りました。
踏切を塞いだままで停まるのは止めて欲しいですけどね -
と、いきなり放送が入り「27分の橿原神宮方面行きは1番線から発車します」との事。走るの、やっぱり?
結局電車が来たのは35分近くになってからでした -
カフェ塔。
西ノ京駅前ですが、この看板以外はいたって地味です。中は壁に絵が掛けられただけのシンプルさで、雰囲気はカフェと言うより喫茶店です -
モーニングセット480円。サラダが無くて安いのは助かります。珈琲か紅茶だけでも430円なので、セットのお得さが際立ちます。
しかも、トーストを一口噛んで驚き、パンが甘いんです。美味しいトーストいただけました☆ -
アイスカフェぜんざい600円(モーニングセットより高いけど、此処に来た理由の1つがこれですから)。ワイングラスで供されました。一見コーヒーフロートのようですが、小豆粒いっぱいなのでストローは使いません
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與楽門。
令和2(2020)年2月1日より白鳳伽藍北受付の場所が変わりました(発掘調査が終了したようです)。西ノ京駅から東に2~3分歩いたところの右側にこの與楽門と寺標が在ります。電車で来るとこちらが最寄りの入口です -
平成10(1998)年に「古都奈良の文化財」の一部として、ユネスコより世界遺産に登録された薬師寺は興福寺とともに法相宗の大本山で、南都七大寺のひとつに数えられています。
https://yakushiji.or.jp/
PHOも息子も3度目ですが、来る度様子が違います(と後から実感)。
息子は体質的に暑さには強い反面、寒がりなので必要以上に厚着しています(してなくても胸板は厚い)。松ぼっくりを持っているのには理由が有るのですが、長くなるので此処では述べません薬師寺 寺・神社・教会
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薬師寺伽藍図。
薬師寺は天武天皇9(680)年に天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気快復を祈り発願された1340年の歴史を持つお寺です。
でも天武天皇は686年に崩御され、697年の本尊開眼は持統天皇が行ってるんですよ -
大修理を終えた東塔。
最後の足場の整備は法要の際に行われるとかで、今はまだ近寄れないままです -
姫路城の修理が終わった時に白過ぎるって声が上がりましたが、東塔も何だか綺麗に整い過ぎ?
薬師寺 寺・神社・教会
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金堂。
正面の長さ約27m・奥行約16m・高さは約20mの竜宮造りは大迫力です。
享禄元(1528)年に兵火により焼失し、その後は仮堂止まりで長らく再建される事は有りませんでしたが、高田好胤師が昭和43(1968)年にお写経勧進による白鳳伽藍復興を提唱し、一巻千円のご納経料をいただき、百万巻のお写経を勧進して金堂復興を目指しました。好胤師は管長として全国を行脚し、お写経を通した「美しい心の再発見」を呼びかけ、昭和51(1976)年に目標の百万巻を達成。金堂が落慶されました。
PHOは中学校の修学旅行で訪れた際に好胤師の楽しい講話を聞きました。
京都でも大徳寺大仙院の住職だった尾崎宗園師が話をしてくれて、と言うか「東叡山寛永寺の境内に在る学校」って事で、扱いが他校より上だったと教師たちがさんざん自慢してたのを記憶しています薬師寺 寺・神社・教会
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う~ん、やっぱり凍れる音楽だわ☆裳階が美しく映えますね
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富山県高岡市の職人さんが作った相輪
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中門。
薬師寺境内では最大級の門で昭和59(1984)年に再建されました。
左右に配された二天王像は、いわゆる仁王像とは異なり、重厚な鎧などを身に着けた武装した姿が特徴的です(遠くてスミマセン)。
駐車場がこの南側に在るので、観光バスや車で訪れる方はこちらから伽藍へ薬師寺 寺・神社・教会
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日本で一番最初に二基の塔を建てた薬師寺の独特なお堂の並び方は「薬師寺式伽藍配置」と呼ばれています
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東院堂。
鎌倉時代に再建された和様建築の建物で、日本最古の禅堂として国宝に指定されています薬師寺 寺・神社・教会
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中央の聖観世音菩薩像は国宝、四天王立像は重要文化財です。
堂内は撮影禁止だったと思いますが、堂の外から撮影するのは問題無いようです -
聖観世音菩薩像。
銅製の仏像で、金堂の薬師三尊像より早く造立されたとみられていますが、造立には
経緯に諸説あって定まらないとも -
東回廊の端っこから見た東塔
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西塔。
享禄元(1528)年の兵火によって焼失し、礎石のみが残されていたものを昭和56(1981)年に453年ぶりに再建。国宝の東塔とほぼ同じ形で、白鳳様式を用いて建てられています。良く見ると東塔は裳階部分が白壁なのに、西塔には連子格子を取付けた連子窓が設けられています(現地では全然気づかず、写真で納得)。
https://yakushiji.or.jp/guide/garan_seito.html薬師寺 寺・神社・教会
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西塔から見た東塔。連子窓無いですね
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西塔から見た金堂。後ろに大講堂も
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回廊に囲まれた東塔
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「何で、あんな所に縄?お寺なのに注連縄??」って思わず盛り上がり、注目を浴びてしまいました。そのお蔭で金堂の中に入った時に、係員の方から「良く気が付きましたね。ご指摘の通り注連縄ですよ。」と教えていただきました。
薬師寺の南大門(中門の外側)を出たすぐ南に鎮座する休ヶ岡八幡宮が薬師寺を守護する鎮守社です。寛平年間(889~898年)に薬師寺別当栄紹が宇佐八幡宮から分霊を勧請して創建されたという古社ですが、今なお神仏混淆時代の名残が有り、其処でいただいた注連縄を1年中飾って、薬師寺を守っていただいてるのだそうです -
国宝の薬師三尊像が見えます。
薬師三尊は身心の健康を護る仏様で、薬師寺創建当初からお祀りしている薬師寺のご本尊です。中央に薬師如来、向かって右に日光菩薩、左に月光菩薩が並びます。
この時期で無ければ堂内に沢山のお客さんが居て、中を見通す事など出来なかったと思います -
日光菩薩。
日光遍照菩薩とも呼ばれ、太陽の如く光を照らして苦しみの闇を消すと言われています。 -
薬師如来。
薬壺を持ち病気を治す仏様として知られる、如来の一尊です。
正式には薬師瑠璃光如来と言い、西方極楽浄土の阿弥陀如来に対して、薬師如来は東方浄瑠璃界(いわゆる現世)の教主とされています。
つまり、阿弥陀如来は死後の来世の平穏を司る仏なのに対して、薬師如来は現世での苦しみを取り除き安泰を司る仏として扱われています -
月光菩薩。
月光遍照菩薩とも呼ばれ、月の光のようなやさしい慈しみの心で煩悩を消すと言われています。
NO PHOTOと書かれていますが、これらも屋外から撮影したもので、係員さんからのお咎めは有りませんでした、念の為 -
この時も西塔は内部を公開していました。
平成27(2015)年から、文化勲章受章者の中村晋也氏によって奉納されたお釈迦様の生涯の後半を表す、釈迦八相像【西塔果相】が祀られています。
内部の写真は撮影出来ないので、こちらをどうぞ。
https://yakushiji.or.jp/guide/garan_seito.html -
大講堂。
正面41m、奥行20m、高さ17m、伽藍最大の建物です。平成15(2003)年に再建されました。講堂が金堂より大きいのは古代伽藍の通則で、大勢の学僧が参集して経典を学んだ為だそうです。堂内は天井が高く、大きく音が響きます。また仏様をお祀りする為の須弥壇よりも、僧侶や拝観者の為の空間が広く取られて、沢山の人が仏法を学べるようになっています薬師寺 寺・神社・教会
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大講堂は主に薬師寺の宗派である法相宗の教えを学ぶ場であり、その教主となる弥勒如来をお祀りします。
金堂の薬師三尊と良く似た容姿の三尊像で、中央に弥勒如来、向かって右に法苑林菩薩、左に大妙相菩薩が安置されています。弥勒菩薩ではなく弥勒如来として祀るのが法相宗の特徴です。
此処は正面から近寄って内部の写真が撮影出来ない(手前にステージ状のスペースが設けられている為、下から仏様のお顔が見えない)造りになっています -
お写経サンプル。当初は1000円でしたけど、今は倍。まぁ半世紀も前ですからね
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釈迦十大弟子と仏足石。
お釈迦様の直接の弟子の中でも特に優れた10人が釈迦十大弟子です。国宝の仏足石を中心に、お釈迦様の教えを説くかのようにインド風の姿で並んでいます。これらも中村晋也氏により奉納されました -
大講堂の後ろに食堂(右側)
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食堂は僧侶が斎食をするための建物で、僧侶約300人が一堂に会する規模であったと発掘調査により判明しています。
平成29(2017)年に再建された薬師寺では一番新しい建物です。西塔とともに公開中で、通常の入場料800円、玄奘三蔵院伽藍公開期間の入場料1100円は選択の余地が有りませんが、それに更にプラス500円の1人1600円(高い!)を支払えば、拝観可能です。
堂内には田渕俊夫画伯により描かれた食堂ご本尊「阿弥陀三尊浄土図」を中心に、全長50mにわたる壁画「仏教伝来の道と薬師寺」が祀られています。
これも撮影出来ないので、こちらをどうぞ。
https://yakushiji.or.jp/guide/garan_jikido.html -
大講堂の鴟尾。まだ新しいので金色が鮮やかです
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鐘楼
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最後にもう一度東塔。ところどころで待ちはしたものの、ほぼ人の入らない写真が撮れて良かったです
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台座模型。
薬師如来が座っておられる台座には、7世紀頃の世界各地の文様が集約されています。一番上の框にはギリシャの葡萄唐草文様、その下にはペルシャの蓮華文様が見られます。各面の中央にはインドから伝わった力神の裸像が浮彫りされています。さらに下框には、中国の四方四神(東に青龍、南に朱雀、西に白虎、北に玄武)の彫刻がなされています。正にシルクロードが奈良まで続いていたのです。
下の方に朱雀が居るの判りますか?って事は南側だから正面ですね -
冠木門前の桜並木
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大門から玄奘三蔵院伽藍へ向かう途中振り返って
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慈恩殿。
薬師寺では、東塔落慶を慶賛し第79代内閣総理大臣細川護煕氏による慈恩殿の障壁画が奉納されました。これを記念して「慈恩殿障壁画」が9月7日~15日まで特別公開されます。
画題「東と西の融合」は、正面に菩提樹を描き、左右にはたくさんの人々と動物が賛美する姿が描かれています。 66面(全113枚)合計総長157.72mは圧巻です。
でも、正直な感想を言ってしまうと(好みの問題ですが)、PHOはあんまり好きじゃないんです。平成29(2017)年春に完成の北面の壁画37枚を、奉納される前に日本橋三越で見ています。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000351.000008372.html -
玄奘三蔵院伽藍へ。
此処は人が居なくなるのを割りと待っちゃいました。息子に相変わらずだと思われたに違いありません -
礼門
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玄奘三蔵(602-664)は中国唐代を中心に活躍した僧侶です。玄奘三蔵は当時の中国に未だ伝来していなかった経典を求め、インドへ求法の旅に出ます。17年に及ぶ旅を終え帰国すると、持ち帰った経典の翻訳に努めました。その数は1335巻に及びます。『般若心経』は玄奘三蔵の翻訳によるものです。
西遊記の三蔵法師として有名ですね。
玄奘三蔵の求法の旅の目的は「瑜伽唯識」を究める事でした。その教えは玄奘三蔵の弟子である慈恩大師により、「法相宗」として大成し、日本へも伝来します。現在は薬師寺と興福寺が法相宗大本山です。玄奘三蔵は法相宗の鼻祖として仰がれています。
昭和17(1943)年に中国南京で駐屯していた日本軍が発見したと伝えられる玄奘三蔵のご頂骨(頭部の骨)は、後に全日本仏教会に分骨されました。
埼玉県さいたま市の慈恩寺に奉安されたご頂骨は玄奘三蔵の遺徳顕彰の為に昭和56年に薬師寺にも分骨され、平成3(1991)年に玄奘三蔵院伽藍が建立されました。
平成12年12月31日には平山郁夫画伯の手により玄奘三蔵の旅の道のりを描いた「大唐西域壁画」が奉納されました。
壁画は今回此処で見る前に、平成23(2011)年にトーハクで開催された特別展「仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護」で見ています。例によって招待券を手に入れて、ですけど。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=709
あれ、でも前回此処を訪れた時にも壁画見たのかな?壁画殿の記憶は無いのです -
玄奘殿。
玄奘三蔵法師は、真の仏法を求め、出発前に「インドに着くまでは一歩も東に帰るまい」という『不東』の誓いを立て、中国からインドまで旅をしました。
扁額は高田好胤師のお手によるものです -
法相宗の始祖である玄奘三蔵のご遺骨を真身舎利として奉安し、須弥壇に玄奘三蔵訳経像をお祀りしています。
像は大川逞一仏師の手によって制作されたもので、右手には筆を左手には貝葉(インドのお経)を手にしており、天竺からの帰国後、経典の翻訳作業中の玄奘三蔵の姿をモデルにしたものとしています -
壁画を見た後、冠木門から玄奘三蔵院伽藍を出ました。
歴史の道沿いで屋根に亀を見つけて思わず立ち止まり(親子して石亀飼育歴が長い)。
この後はお昼を済ませて唐招提寺へ向かいます
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