2018/09/20 - 2018/09/23
4276位(同エリア6028件中)
三峯霧美さん
京都と奈良の旅、最終日、興福寺の拝観後、レンタカーで奈良市内のお寺を廻ります。
奈良は奈良公園周辺の寺社なら、バスだけで充分廻れますが、ちょっと郊外のお寺となると、車が効率的です。
大和路秀麗八十八面観音巡礼のお寺を廻って朱印を頂き、超特急の春日大社本殿に再訪して、旅の最後に疲れてしまいました。
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10:30 海龍王寺 かいりゅうおうじ
門前の道はお寺の南側でクランクに曲がってるのですが、これは平城京を作った時からの道路付け。
伝承によれば創建は731年ですが、境内から飛鳥時代の古瓦が出土しているのと、道が寺を避けるように曲がっているので、平城京遷都以前に土師氏のゆかりの寺があったのではないか推定されています。海龍王寺 寺・神社・教会
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表門と築地塀は室町時代につくられたものです。
曼殊沙華が咲いている。
かつてこの辺りは藤原不比等の邸宅で、不比等の死後、娘の光明皇后の皇后宮となりました。
お寺は皇后の発願で創建され、皇后宮内寺院となったと伝わります。 -
734年、遣唐留学僧の玄ぼうは、唐から帰国途中に嵐に遭遇し、海龍王経を一心に唱え、種子島に漂着し九死に一生を得ます。
聖武天皇と光明皇后は宮内寺院の伽藍を整え、玄坊を住持に任じました。
参道の両側は手入れされているのか、されていないのか、ちょっと素人目には分からない植え込み。イングリッシュガーデンみたいに自然な感じです。 -
受付を通るとすぐにあるのが修行地蔵。
玄ぼうが海龍王経を唱えて暴風雨から逃れたので海龍王寺という寺号になりました。
奈良時代の記録では、皇后宮の端っこにあったので「隅寺」や「角寺」などと呼ばれていました。 -
この時期はまだ百日紅が咲いていました。
正面に見えるのが西金堂。
平安時代のお寺の記録はほとんどなく、鎌倉時代に真言律宗の筆頭格の寺院になります。
明治の神仏分離で東金堂は失われ、長く無住になっていました。
1953年(昭和28年)に住職が着任し、境内の整備が行われました。 -
本堂 江戸時代1666年の再建
元の中金堂のあとに建っています。古い様式を踏襲した造りです。
本堂の中にはガラス製の容器に入れられた全国各地の海水が並べられていました。
海龍王に海の安穏と自然への感謝、航海の安全を祈願しているそうで、4月は四海安穏祈願法要が行われます。 -
御本尊は十一面観音菩薩
大和路秀麗八十八面観音巡礼の御朱印
鎌倉時代の慶派の仏師の作、通常非公開で年に数回特別開帳が行われます。
金泥が施され、装飾品がとても繊細で綺麗なものだそうです。 -
西金堂は奈良時代の建物で、このサイズの建物で現存する唯一のお堂。
堂内の五重小塔は天平時代の建造物で創建当時からのもので、国宝です。
当初から屋内にあった塔で、皇后宮内の寺は敷地が狭いので、東西に小さな塔を作り堂内に納めたのではないかと考えられています。 -
書置きの御朱印を頂きました
妙智力 みょうちりき 観音経の言葉で、すぐれた知力、転じて素晴らしいこと。
現在のご住職は、精力的に活動されていて、奈良に住んでいた知人によると、お寺にいないことが多くて、御朱印がなかなかもらえなくてさ~・・って言ってました。 -
東金堂跡は植え込みになっています。
西金堂に向き合って、内部に五重小塔が建っていましたが、明治に入って失われました。
風が梢を揺らし木の葉がそよぐ音が聞こえます。
人の手を入れ過ぎない自然を愛でる庭で、鳥のさえずりとほほを撫でるそよ風に、この地球に存在する幸せを感じる、贅沢なひと時です。 -
檀家を持たないお寺だそうで、お寺維持管理もご苦労が多いと思います。
この静かな空間を維持するために、団体ツアーの方の拝観は時間をずらしたりなど、ご配慮もされている様子がうかがえます。
名残惜しいところですが、次のお寺に向かいます。 -
10:55 法華寺 ほっけじ 南門
海龍王寺の南西側に隣接しています。
駐車場の整備中で入口の水路に狭い鉄板が敷いてあって、脱輪しそうでビビりました。第二駐車場に駐車。法華寺 寺・神社・教会
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入り口はこっちの門から。
創建は745年 ここも藤原不比等の邸宅跡で、不比等の娘の光明皇后の皇后宮となり、お寺は宮寺として創建されて総国分尼寺となり、門跡尼寺でした。
各地の国分尼寺は「法華寺」を名乗るようで、全国に法華寺が多いのはその名残のようです。 -
鐘楼堂 二階建ての上層に縁や高欄がない珍しい形式。
慶長(1602年)に古い部材を使って再建。
創建当時は金堂や講堂が現在地のさらに南にあり、東西に塔がある大きなお寺でした。 -
本堂
1601年に豊臣秀頼と淀殿の寄進によって再建されたもの。
お寺は平安遷都後には荒廃し、鎌倉時代に入って再興されますが、室町時代に兵火と地震で東塔以外の建物を失います。
その東塔は1707年の地震で倒壊してしまいます。 -
御本尊は十一面観音
観音像は光明皇后をモデルにして作られ、蓮池を歩く姿なのだそうです。
年に三回、特別公開されます。
4月初旬にひな会式が行われます、御本尊の前に善財童子像をたくさん並べる法要で、ひな人形の原型ともいわれ、尼寺の優しい雰囲気にとても合っています。 -
大和路秀麗八十八面観音巡礼の御朱印
この御朱印帳は観音像の写真が印刷されているので、非公開時に訪問しても、写真で観音像の雰囲気を味わえます。 -
御朱印 本尊 十一面観音
蓮の花のプリントがあって、とても綺麗なので、書置きの御朱印を頂きました。 -
本堂で通年拝観できる
国宝の維摩居士坐像と文殊菩薩騎獅像の御朱印。
御朱印はきれいな紙にかかれていてます。 -
護摩堂
室町時代に失われたお堂を近年再興しました。池に囲まれて、6月は花しょうぶが綺麗なんだそうですよ。
カキツバタで有名な名勝庭園は春だけの特別公開なんだそうです。 -
受付左側の奥にある稲荷神社
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横笛堂
鎌倉時代に建立され、飛び地にありましたが、移築されたそうです。
平家物語の「横笛」のゆかりの建物 -
稲荷神社そばにある薬師堂
御本尊は薬師如来 -
浴室 1766年江戸時代の建物です。
光明皇后が難病者に入浴の恵みを賜ったという伝説があります。
また、ハンセン氏病患者の膿みを吸い取ると、その病人があしゅく如来だったという伝説があります。 -
お風呂用の井戸。大きいです。
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光月亭
18世紀に建てられた庄屋(農家)の住居を移築したものです。
建物の周囲に古い農機具などが展示されています。 -
華楽園 別料金。
春の花の多い時期でしたら300円の価値はあったんでしょうが、これはちょっと、ぼったくられ感が否めない。やれやれ・・。
さて、一回りしたので、西大寺に向かいます。 -
平城京の大極殿の後ろを通過。
西大寺は近鉄の駅のすぐ近く、京都に戻る途中に寄っても良かったのですが、荷物を預けなければならず、身軽なレンタカーで行くことにしました。
首都圏に比べれば道は混雑もなく、観光地はどこも近いんで車移動が便利です。 -
11:42 西大寺 勝宝山 四王院 西大寺
そんなわけで、西大寺です。駐車場からだと境内のど真ん中に出ます。
振り返ると南門
765年 孝謙上皇(称徳天皇)は藤原仲麻呂の乱の平定を祈願して四天王像を造らせます。その像を安置するためのお寺として創建されました。 -
東塔跡 当初は八角七重塔で設計されたそうで、周囲は八角形に仕切られています。
実際には五重塔で建立、1502年に焼失してしまいました。
孝謙上皇の父、聖武天皇が東大寺を作ったのに対して西大寺と名付けられ、荘厳な伽藍が立ち並ぶ大きなお寺で、敷地は興福寺の1.5倍でした。 -
鐘楼 明治期に兵庫県川西市の多田院(現多田神社)から移設。
お寺は平安時代には衰退し、堂宇は災害などで失われました。
鎌倉時代に叡尊によって中興され、お寺に残る仏像などはこの時代に作成されたものが多いそうです。 -
東塔基壇の先に本堂 1808年再建
室町時代以降は兵火や火災で堂宇が焼失し、現在の建物はすべて江戸時代以降に再建されたものです。 -
御本尊は釈迦如来立像 1249年に造られました。
京都清凉寺の釈迦如来像の模刻とされています。
文殊菩薩騎獅像と四侍者像、弥勒菩薩坐像が安置されています。
土曜のお昼、こんなにいいお天気だけど、参拝者は少ないです。
インバウンド系の方は全く見かけません。 -
御本尊の御朱印
釈迦如来 -
鎌倉時代の中興の祖、叡尊は仏教の堕落に憂い、戒律をを信仰し、貧しい人や病の人の救済に努めます。
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叡尊ゆかりの古刹の御朱印「ぼさつの寺めぐり」
叡尊上人の横顔入り
南無興正菩薩(叡尊) -
愛染堂
1762年に京都御所の近衛公政所御殿を移築しました。
本尊は愛染明王坐像、鎌倉時代の秘仏で、前立てに江戸時代に造られた愛染明王像があります。
ここには叡尊上人像も安置されています。 -
愛染堂の御朱印
一矢愛染明王
秘仏の愛染明王像は年に二度、開扉されて拝観できます。 -
大黒堂
明治に廃された塔頭の三光院の本堂で、室町時代の作の大黒天半跏像がまつられています。 -
本堂の前を突っ切って、参道を駅の方に向かうと左側にある不動堂(護摩堂)
1643年建立 江戸時代作の不動明王像がまつられています。 -
毎月28日に護摩供養が行われます。
護摩木 一本300円 妥当な値段。 -
暦はすっかり秋、白い萩が咲いていました。
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四王堂 江戸時代1674年再建
西大寺の建立の元となった、四天王像を祀るお堂です。
像は何度も災害にあい、本体は鎌倉、室町時代の作で、足元の邪鬼だけが奈良時代のもの。 -
大きな十一面観音立像は、平安時代の後期の作で、1289年に京都白河にあった法勝寺の十一面堂の本尊を移しました。
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右は愛染堂で頂いた大黒堂の御朱印 大黒天
左が四王堂の御朱印 十一面観音 -
大和路秀麗八十八面観音巡礼の御朱印
十一面観音 -
12:18 一巡したところで、車で近鉄奈良駅方面に戻ります。
一昨日、春日大社の創建1250年記念の神事で拝観できなかった有料拝観部分が、この日は無料で拝観できるというので、つれは何が何でも「見たい」というので、春日大社に向かいます。 -
13:37 やはり土曜のこの時間は春日大社の駐車場は満車。
高畑の一般駐車場に車を預けて、春日大社に向かうのですが、裏の下の禰宜道は台風の被害で閉鎖中。
つれはそんなのお構いなしで「見たい」という。
ここで拒否すれば、ご機嫌斜めになるし、このあと何年もボケて記憶が無くなるまで文句を言われ続けそうなんで、本殿まで1300mをただひたすら、急ぎ足で歩くことに。春日大社 寺・神社・教会
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のんびり歩く参拝者を縫って追い越し、傍から見たら馬鹿なんじゃね?と思う急ぎ足。上り坂で、しんどかった。
この急ぎ足のおかげで、足の親指の爪を負傷して、爪の中で出血しました。
負傷した部分の爪が伸びて、完全回復まで半年かかった。 -
13:41 そして、本殿拝観は当然行列。
あ~、やっぱ、どっかのカフェで待ってりゃよかった。 -
自分もちょっと本殿拝観してみたいと思っていたんで、仕方がないね。
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中門 ここからお参りします。
この中に入れるわけじゃない。 -
社頭の大杉
樹齢800-1000年。 -
中学の修学旅行で、墨を買って帰ったのは、この灯籠が印象深かったからなんでしょうね。そんな気がします。
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13:44 ぞろぞろと皆さんお参りして戻ります。
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一生懸命に血豆まで作って歩いて、拝観は数分。
連れにはご満足いただけたようで、良かったのはそれだけだ。
レンタカーの返却時間も迫っているので、帰りも早足で戻ります。 -
14時半ギリギリにレンタカーを返して、遅いランチ。
この時間でも、お店も混雑してて、この中華料理屋さん。
家族経営のようで、なんか昭和感のあるお店。
中華料理って、ほぼほぼ失敗がないので、旅先ではよく使います。 -
特急の発車まで、まだ時間があるので、東向商店街の店を流してみました。
東向商店街 市場・商店街
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奈良で買ったお土産は、唐招提寺の土産物屋で花柄のコースターと、寛永堂本店の特大のどら焼き。
ちなみに、会社の配布用お土産は、事前に通販で煎餅を購入済み、これ毎回ね。 -
15:30 近鉄の特急で京都に向かいます。
車窓からの大極殿
奈良はお天気に恵まれました。
初日の京都はひどい雨だったな。 -
16:08 京都駅着。
新幹線改札内で八ッ橋を買って
16:45 新幹線で帰路につきました。
大人の修学旅行の奈良の旅、中学の修学旅行はちゃんとポイントを押さえていたのに、すっかり忘れ去っていたことに気づきました。
まだまだ、行きたい場所があるので、再訪しなければね。
爪が痛いので、次回は一人で行こうっと。京都駅 駅
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