2019/03/29 - 2019/03/29
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ドクターキムルさん
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昨年春に蛇居ヶ谷切通跡を踏破し、蛇居ヶ谷の大堀切と呼ばれている場所は切通が通っていた跡(https://4travel.jp/travelogue/11475889)で、決して鎌倉の防御施設などではないことを報告した。その後、戦前の地図(「鎌倉市及近傍明細地図(1941年)」(https://stroly.com/maps/2104/?lang=ja))を見るとこの蛇居ヶ谷切通を通る街道が記載されており、石切場となって大切岸となったのは中世ではなく、常識的には時代が下がった戦中戦後のことであろう。
また、蛇居ヶ谷切通の隧道の並びなど(蛇居ヶ谷側)にも瓜ヶ谷側にもやぐら(瓜ヶ谷やぐら群)があり、鎌倉時代に掘削された切通であることは確実である。
これまでは、釈迦堂口切通(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10483011/)のように隧道を切通と呼ぶ例や、大船の切通(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10806215/、http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10806232/)のように3つ股の掘割に隧道(トンネル)が穿枯れていたりする例が見られるが、ここ蛇居ヶ谷切通は蛇居ヶ谷の入口に隧道があり、そこを潜って切通を峠まで上っていたことになる。隧道と切通が組合わされた峠を越える街道である。
なお、蛇居ヶ谷の大堀切の先(、浄智寺側)の尾根から東慶寺西側に出る街道があるが、ここから浄智寺と清凉寺谷を結んでいた清凉寺谷切通までには道は描かれてはいない。したがって、葛原岡ハイキングコースと呼ばれているこのコースは石切場となった後に整備されたものであろうか。また、ここの石切で蛇居ヶ谷の尾根が大堀切となり、切通に5、6mもの土が積まれて葛原岡ハイキングコースとなっているが、元々は尾根から瓜ヶ谷側に残る笹薮の小さな谷の中に街道が通っていたのだろう。そうでないと瓜ヶ谷方面にも葛原岡神社方面にも通るのが大変だったと思われるからだ。
(表紙写真は蛇居ヶ谷切通跡)
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海蔵寺横のトンネル(底脱井側)。入り口壁まで建物に連なるコンクリートが打たれている。
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海蔵寺横の隧道(トンネル)(蛇居ヶ谷側)。やぐら群の中にある。隧道並びのやぐらの中には五輪塔が並び花が添えられていた。
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やぐらの中の五輪塔。
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蛇居ヶ谷切通跡(瓜ヶ谷側)入口。
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蛇居ヶ谷切通跡。峠(蛇居ヶ谷の大堀切)が見える。
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「鎌倉市及近傍明細地図(1941年)」(https://stroly.com/maps/2104/?lang=ja)にある蛇居ヶ谷切通。
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