2020/01/05 - 2020/01/07
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☆☆☆ラオス最北部の観光都市ポンサーリーに六泊七日滞在した。
滞在五日目には、この街の近辺にある数少ない観光スポットである400年茶園を訪れた。バイクのドライバー兼ガイドは、アカ族の村へのトレッキング・ツアーのガイドMr.アルイである。
この日の午前中、400年茶園の訪問中から私は腹痛に襲われた。ホテルに戻った後、夕食のための外出もままならないほど体調が悪化した。
翌日も体調はあまり回復せず、大人しくしていた。
翌々日、ポンサーリーからルアンパバーンへ11時間半のバス旅。ルアンパバーンの宿は予約してしまったので、スケジュールは変更出来ない。
体調不良のまま、七日目の出発の朝を迎えたMr.OTTU。今回のラオス北部の旅で最大の「ネコブル」にどう立ち向かったか?
何かの参考になると思うので、体調不良への対処法についても、包み隠さず記すことにした。☆☆☆
※表紙の写真は、私がポンサーリーへ行きたいと考えるきっかけとなったラオスの観光ポスターの一部。2019年8月下旬、ラオス南部のパークセー空港で目にしたものである。
タイ北部からラオス北部に入り、念願のポンサーリーを目指すことにした。
途中のルアンナムター、ウドムサイを訪れるのは、これが二度目である。チェンラーイに至っては、三度目の正直である。
恋も二度目なら少しは上手に愛のメッセージ伝えたい
に倣うなら、
旅も二度目なら少しは上手に街のいいところ見つけたい
なんちて。
(2020.01.13加筆)
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☆☆☆Mr.アルイのホンダ製バイク。ナンバープレート無し。ポンサーリーではプレートの無いバイクを多数見かけた。警察の統治力が十分機能していないのだろうか。☆☆☆
【01月05日(日)、ポンサーリー5日目】
午前06時00分のアラームで起床した。昨夜は寝落ちした後23時30分に目覚め、しばらく起きていた。その後は比較的良く寝られた。
シャワーを浴び、買い置きしたマフィン(蒸しパンに近い生地)で朝食を取る。
08時30分頃から停電。けっこう長い。出発時も停電が続いていた。
停電の最中08時50分に下りていくと、Mr.アルイは既にロビーで待っていた。 -
☆☆☆途中立ち寄った商店。この地域は小ぶりのミカンが特産品のようだ。☆☆☆
08時55分、Mr.アルイが運転するバイクの後部シートにまたがって出発した。
途中までは昨日と同じ道を走ったが、すぐに東へ向かう山道に入った。
奥へ行けば行くほど舗装状態が悪くなる。 -
09時25分、景色が良い撮影ポイントでしばし休憩。
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09時37分、400年茶園400-years-old tea plantationに到着した。
記念撮影用のコンクリートのモニュメントがある。Mr.アルイはその前でポーズを決め、自分のスマホでの撮影を私に頼んだ。 -
☆☆☆村への入り口。☆☆☆
実際には、どこからどこまでが茶園ということではなく、我々が着いたのは茶の栽培で生計を立ているプノイ族のコーメン村Ban Komaenの入り口だった。
初めに、すぐそばの茶の木が植えられている斜面を登った。昨日の山越えほどの距離はなく、村の奥に通じる道を下りた。(帰りはその山の裾に沿った道路を歩いた。) -
茶畑というよりは「比較的背が高い茶の木が乱雑に生えている斜面」を登って村の奥へ向かう。
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眺望がよい。
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村の中心が見えてきた。
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☆☆☆村から帰るときに撮影した茶の木。かなりの老木と思われる。☆☆☆
Mr.アルイに確認すると、この村の何処かに樹齢400年の特定の茶の木があるわけではないとのこと。
現在植えられている茶の木の中に、400年前から植えられているものが混じっている、ということのようだ。
何となくスッキリしないが、古い茶の木が点在していることは分かった。
例えば、村を出るときに見た茶の木はかなり立派で、樹齢が400年あっても不思議ではない気がした。 -
村の奥へ進み、摘み取った茶葉を乾燥させ加工する工場を見学した。
手前がラオス人の経営の工場(この写真)、奥のより大きい方が中国人の経営だそうである。 -
摘み取った茶葉を乾燥させる温室。
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☆☆☆中国人経営の茶葉を加工する工場。☆☆☆
今日は、この村の学校の校庭で結婚パーティーが行われていて、茶を摘む作業は休みとのこと。
その上、ポンサーリーと同様にこの村も朝からかなり長い時間停電していたようだ。
茶葉を加工する機械が動かせないので、中国人たちはどこかへ出かけているとのことである。 -
☆☆☆パーティー会場の入り口。☆☆☆
結婚パーティー会場のすぐ近くにMr.アルイの友人の家が二軒あった。 -
10時34分にそのうちの一軒の家に寄らせてもらい、しばし休憩する。
友人であるご主人が茶でもてなしてくれた。少し変わった味がする。ウコンでも入っているのかな。 -
☆☆☆村の奥からの眺め。☆☆☆
この少し前から、私は腹痛を覚えていた。腹がしくしく痛む。
(ホテルに戻った後に水便になった。原因は昨日の食べ物もしくは飲み水と考えられる。) -
村の一番奥の小高い場所に茶についての解説コーナーがあった。
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解説コーナーの外からは周囲の山がよく見渡せた。
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☆☆☆二軒目の家の台所。☆☆☆
11時30分、もう一軒のMr.アルイの友人の家に立ち寄った。
そこで簡単な食事を取った。Mr.アルイが買ってきたおかず(干した豚肉、焼き魚)と餅米である。私は腹痛のことを告げて少しだけ食べた。 -
この家でご馳走になったお茶は美味しかった。容器の中に乾燥した茶葉を直接入れて湯を注ぐ。
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☆☆☆村の入り口付近から村を眺める。☆☆☆
12時30分過ぎに二軒目の家を出発した。 -
途中、Mr.アルイは一軒の商店で高級な茶葉を買い求めていた。
葉巻状に加工されたもの(上の写真は英語の観光パンフレットから転載)が四本で一セット、50,000LAK(約607円)とのこと。 -
☆☆☆ビパポーンホテルの屋上からの眺め。☆☆☆
13時05分にバイクを停めた場所を出発した。
13時43分ホテルに到着。今日のツアー代300,000キープ(約3,640円)をMr.アルイに支払い、丁寧にお礼を言った。
舗装状態の悪い山道をバイクで長時間走行したため振動が激しく、私の全身の筋肉は疲弊していた。
昨日のトレッキング終わりからポンサーリーへ戻る幹線道路と比べ、今日はことのほかしんどかった。
今日のツアー、完全にMr.アルイのペースに振り回されっぱなしだった。
しかし、コーメン村の結婚式や彼の友人たちの暮らしぶりなどを垣間見ることができて、なかなか良い経験をしたと思う。
全身の疲労に加えて、ホテルに戻ってからずっと腹の具合が悪い。
幸い発熱はなかったが、身体の節々が痛い。
外出する気力が出ぬまま、時間をやり過ごす。
18時30分過ぎ、今日は夕食を取らないことに決めた。身体の節々の痛みが続き、外出もままならない。
ベッドに入って21時過ぎまで眠った。目が覚めた後は、無理に寝ようとせずに起きていた。いつの間にかうとうとしていた。
※この日、村を出発した後は写真撮影をしていない。それほど体調が悪かった。
【01月05日(日)、了】 -
☆☆☆ホテルのすぐ近くのモーニング・マーケット。☆☆☆
【01月06日(月)、ポンサーリー6日目】
06時00分のアラームで起床した。お腹は小康状態である。さほど空腹は感じない。
06時30分シャワーを浴びた。
胃腸の薬を持っていることを思い出し、正露丸糖衣を服用した。
08時00分、フロントにランドリーを預け、外出した。
ホテル前のマーケットを覗き、バナナやミカンが売られているのを確認した。
お腹の調子が悪いので、フルーツでも食べていようと思う。
一昨日の朝お世話になったツーリズム・オフィスの女性スタッフさん(広瀬香美に似ている)が赤ん坊連れでバイクに乗って買い物に来ていた。私に気づいて声をかけてくれた。 -
その後市場まで歩き、これまでに二回食べたことがある若いおねいさんの店でカオソーイを恐る恐る食べた。念の為、辛味調味料は一切加えなかった。それでも美味しい。
会計をしてもらったら12,000LAKだった。前二回は15,000LAKだった。
なぜだろう? 顔なじみになると安くしてくれるのだろうか? -
食後、気を紛らわすために市場の中や周囲をぶらぶらした。
中央のクリーム色は食用花の一種。一昨日のトレッキングの帰り道に畑のすぐそばに生えている木をMr.アルイが見つけ、大量に持ち帰ったのと同じ花。彼は私に、ビニール袋を持っていないかと尋ね、私が差し出したビニール袋に大量の花を詰め込んだ。 -
モヤシと豆腐。モヤシは細くて味が濃い。カオソーイにもよく入っている。豆腐を見るとこの街の中華食堂で供された「地獄豆腐」を思い出してしまう。
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ラオスの市場で必ず見かける川魚。
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大型哺乳類の開き(干物)。左隣の二羽の鳥(野生の鴨?)と比べると大きさが分かる。大型のイタチかハクビシンといったところか。刻んで煮物や鍋料理にでも使うのであろう。
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市場から帰る前に少し先まで歩いてスタジアムに寄った。サッカー場と陸上競技場を兼ねているようだ。
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帰りがけに、商店でオレンジジュース、ホテル近くのモーニング・マーケットの露店でバナナと大きいミカンを買った。
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ミカンは写真のように外皮を剥いた状態で売っていた。後で食べてみるとグレープフルーツよりも夏蜜柑(私の好物の一つ)に近い味だった。
09時10分過ぎにホテルに戻ると、部屋の清掃は終わっていた。 -
☆☆☆ポンサーリー・ホテル。☆☆☆
10時台から14時過ぎまでベッドで寝た。
しばらくして、今朝預けたランドリーを受け取りにフロントへ行くと、初めて会う男性の欧米人スタッフがフロントにいた。
明日の私の出発時刻とトゥクトゥクの手配のことを確認してくれた。
スタッフ間できちんと引き継ぎが出来ているのだろう。とても有り難い。
昼の分の正露丸糖衣を飲む。ミカンとバナナを食べる。15時00分頃から腹の調子が少し良くなった。 -
17時に外出した。英語で書かれた観光パンフレットにポンサーリーの見どころとして旧市街のことが取り上げられていた。
フロントで旧市街の場所を教えてもらった。ホテルより山側で、すぐ近くであることがわかった。
ゆっくり歩き回って写真を撮った。 -
曲がった道がポンサーリーの特徴。石畳みたいで風情のある道。
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旧市街に中国系の住民が多いことを伺わせる建物が目につく。
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夕食は、初日に入ったSone Laos Coffee Shopで取ることにした。
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☆☆☆この日の夕食。本当はお粥のようなものを食べたかった。☆☆☆
バゲット一個と目玉焼きと小さなチーズ。ビアラオを1本だけ頼んでちびちび飲んだ。
※今日食べたのは、以上の夕食のほか、朝食べたカオソーイと、その後にバナナ一房の半分程度とミカン全部。オレンジジュースは全部飲んだ。
今日は明朗会計だった。帰るとき女将さんに私がどこの国から来たか聞かれた。
19時に部屋に戻った。明日はルアンパバーンへの長時間移動だ。
ユーチューブで時代劇を見ながら、23時00分くらいまで起きていた。
【01月06日(月)、了】 -
☆☆☆バスターミナルから見たこの日の朝焼け。☆☆☆
【01月07日(火)、ポンサーリーを発ちルアンパバーンへ】
午前05時00分のアラームで起床した。すぐにシャワーを浴びる。下痢は止まっていた。
06時50分にホテルをチェックアウト。玄関の前にバスターミナルへ行くタクシー(バン)が待っていた。
フロントの男性スタッフにタクシー代を支払い、すぐに乗車した。 -
バスターミナルの窓口でルアンパバーン行きのミニバス(すぐそばに入線している)のチケットを購入する。
食堂でオレンジジュースのみ購入した。用心して食事は止めておく。 -
午前08時00分発車だと思い込んでいたルアンパバーン行きのミニバスは、午前10時00分発車だった。
ビパポーン・ホテルのオーストラリア人スタッフも勘違いしていたということだろうか。数日前にフロントで確認したときは08:00発車で間違いないと言っていたのに。
仕方なく車内のシートに大人しく座って発車を待つことにする。
この日ポンサーリーからの乗客は私を含めて七名。私の後からすぐにラオス人女性が一名が来た。この人も08:00発車だと思っていたに違いない。 -
午前10時01分、私が乗ったミニバスはポンサーリーのバスターミナルを発車した。直前に有料トイレを見つけて用を足しておいた。
このミニバスの運転手は異常なほど頻尿で、自分の都合で頻繁にバスを停めて用を足していた。ほぼ1時間間隔である。
腎臓を患っているのだろうか。岡村隆史に少し似ている。 -
11時07分ボンヌアのバスステーションに到着した。
11時41分発車。乗客は最初7人。ここから14~15人になった。その後も短い停車が何度かあった。 -
ボンヌアのバスステーションでは、アカ族と思われる女性たちが物売りをしていた。
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☆☆☆夜のルアンパバーン。☆☆☆
ウドムサイのバスターミナルに17時01分に到着し、乗客の大半が降りた。残りは私を含めて4名である。17時11分に発車。
山道に入ってから陽が落ちた。対向車が少なくなった分、スピードアップ。
21時31分、ルアンパバーンの北バスターミナルに到着した。出発から約11時間30分が経っていた。
この日、ルアンパバーンに着くまでに私が食べたのは、バナナの残り五本、昼に買った練乳が塗られた小さなコッペパン二個、5,000LAKで買った餅米(カオ・ラーム)の三分の一。正露丸糖衣は朝昼夜に服用した。お腹の具合は順調に回復に向かっていた。
【01月07日(火)、了】
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この旅行記へのコメント (1)
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- Shu-senseiさん 2020/02/04 22:03:04
- ポンサリーの正月
- ポンサリーの旅行記を拝見させていただきました。お泊りになったホテルが、去年私が泊まったホテルだったので、チョット驚きました。私は、タイで働いてるので、ここ二年ほど毎年タイの夏休みに趣味の大型バイクでラオスに行ってます。ポンサリーは、ラオスでも秘境と言えると思います。交通の便が悪すぎて、なかなか行きにくい所ですよね。筒状のお茶は、私も市場でいっぱい買いました。と言うか他に買えそうなものがなかったかも。ホテルの下の池の周りは散策されましたか。中国人相手の飲み屋とかが有ります。ポンサリーは、寒かったんじゃあないでしょうか。私は、3月に行ったので、そうでもなかったですが、それでも、ラオス東部のポンサワンから山越えで南に抜けるルートでは寒すぎて、地元の民家の焚き火で暖をとりながら、 走ってました。ルアンプラバーンには、友人がいるので、毎年この時期会いにいってます。ラオスは、中国資本に席巻されてて、どこもかしこも中国人だらけです。今回のウイルス騒ぎはどうなんでしょうね。
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