2020/01/01 - 2020/01/02
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☆☆☆ウドムサイ滞在中に大晦日と新年を迎えた私は、お屠蘇気分など微塵もなく、かねてから憧れていたラオス最北部の観光都市ポンサーリーへバスで移動した。この街は、良い意味でも悪い意味でも私の想像を超えたとんでもないところだった。☆☆☆
※表紙の写真は、私がポンサーリーへ行きたいと考えるきっかけとなったラオスの観光ポスターの一部。2019年8月下旬、ラオス南部のパークセー空港で目にしたものである。
タイ北部からラオス北部に入り、念願のポンサーリーを目指すことにした。
途中のルアンナムター、ウドムサイを訪れるのは、これが二度目である。チェンラーイに至っては、三度目の正直である。
恋も二度目なら少しは上手に愛のメッセージ伝えたい
に倣うなら、
旅も二度目なら少しは上手に街のいいところ見つけたい
なんちて。
(2020.01.05暫定版)
-
【プロローグ】
上の図は、この旅行記の表紙に掲げた図版の右下の部分を拡大したもの。
英語では、「北部ラオスの民族グループの一つ、アカ族の少女。(ポンサーリー)」と記されている。
当時(2019年8月)、東南アジア大陸部に暮らす山岳民族に関心を強めた私は、アカ族の本場?らしいポンサーリーという街に俄然興味を引かれた。
しかし、諸般の事情から10月のラオス北部の旅ではポンサーリー訪問は実現しなかった。
捲土重来。今度こそ何としてでもポンサーリーへ行く。
そう決めた私は、タイ北部のチェンラーイからファイサーイ、ルアンナムター、ウドムサイを経由して比較的短い日数でポンサーリー入りすることにした。 -
上の写真は、標高1,400メートルに位置するポンサーリーの街の外れにあるプーファーという丘(観光パンフレットによると標高1,625メートル)から眺めたポンサーリーの街(2020年01月03日午前11時11分撮影)。
右手の谷間が雲に埋め尽くされ、まるで街が空に浮かんでいるように見える、と言うのは大げさだろうか。 -
【2020年01月01日(水)、ポンサーリーに到着】
ウドムサイのバスターミナルから乗車した今年最初のポンサーリー行きの大型バスは、08時58分に発車した。
しばらくして、私は意識を無くした。 -
10時30分、パクナムノイPak Nam Noyというやや大きな町に到着した。トイレ休憩5分間。
-
モン族の衣装(正装と思われる)を身に纏ったおねいさんたちが少し遠くにいた。
何かを売りに来たのだろうか。停車時間が短いため、彼女たちの近くへ行く勇気が出ないヘタレな私。 -
発車後まもなくして、再び意識を無くす。高い山の上を走って行く。
13時00分から30分間の休憩。市場のような場所。トイレが一つだけで、しかもかなり汚い。
ここには食事が出来る適当な店が無い。結局、この日昼食を取るのは諦めた。 -
15時58分、思ったより早くポンサーリーのバスターミナルに到着した。出発からちょうど7時間経っていた。
ここは私が今日から泊まるホテルより標高が低く、ここからさらに2km以上上り坂を歩かねばならない。
ネット情報にあったトゥクトゥクは待機していない。バスのドライバー曰く、彼は飲みに行った。
ほかの欧米人二組四人も、どうしたものかと所在なげにしている。 -
私が諦めて歩き出そうとしたところ、ターミナル内に停まっていたミニバンのドライバーが現れた。
私が、宿泊するホテル名を告げると、一人20,000LAKで街の中心まで乗せて行くと言う。
ルアンパバーンから今朝ミニバンで戻って来たとのこと。
他の四人も乗り、16時10分に発車。
坂道を登り、16時20分、Viphaphone Hotelに到着した。五人全員ここに泊まる。 -
二番目にチェックインした。金髪の英語を話す欧米人女性が親切である(後でオーストラリア人だと聞いた)。
部屋は値段なり。ホテルと言うよりゲストハウスかな。ルアンナムターのズエラゲストハウスのレベルかな。 -
エアコン、ヒーター、冷蔵庫、ヘアドライヤー、フェイスタオル、ティッシュペーパーが無い。
部屋はそんなに広くないが、床はピカピカ。バスタオルは厚い生地で、そこはホテル並みかもしれない。
Booking.comで予約して現地払い。チェックイン時に六泊分の料金90ドルをドルで支払った。一泊あたり約1,665円である。 -
ホテル前の道路で。西陽が強い。
-
しばらくしてから外出した。
Google Mapの検索では近くにランドリーはない。ホテルのフロントで、溜まっていた洗濯物を預けることにした。明日の午前08時00分に仕上がるとのこと。
昼間のバス移動の疲れから、遠くへ行く気力が無く、近くのSone Laos Coffee Shopという食堂に入った。
シャッターが半分閉まっていたので店頭にいた中年女性に声をかけ、オープンしていることを確認した。 -
この店のメニュー。最初はちゃんとした店だと思ったのだが。
-
チキンのガパオライスと野菜のオムレツを注文。ビアラオ大瓶2本。
私の後から、ウドムサイから乗ったバスからホテルまで一緒だった西欧人カップル(けっこう年配)が来店。さらに西欧人の初老女性がバゲットを買いに来た。 -
会計のとき、私の計算では64,000LAKのはずが(メニューの表記を信じれば)、食事の途中で中年の女性はやや若い男性のバイクにニケツしてどこかへ消えてしまった。
その後、店番をしていたこの店のお婆さんからの請求は69,000LAKだった。
確認したくても中年女性はいない。仕方なく69,000LAK払った。とても嫌な気分になる。
お婆さんから水のペットボトルを買ってホテルに戻った。
不明朗な会計は、この店だけのことだろうと考えていたら、二日目以降の夕食でも同じ様な目に会った。
ポンサーリーというのは大変な街かもしれない、とふと思った。
【01月01日(水)、了】 -
【01月02日(木)、ポンサーリー2日目】
午前06時00分にセットしたアラームで起きた。今回一番の寒さかもしれない。
ベッドからなかなか出られず、うだうだしていた。
シャワーを浴びて数日ぶりに髭を剃ったが、シャワーの温度が低く震えた。 -
08時30分過ぎに朝食へ。昨夕入った食堂Sone Laos Coffee Shopに入る。
-
ソバ(ヌードルスープ)とミルク入りホットコーヒー。ソバはカオソーイではない。乾麺を使っている。
味付けは悪くはないのだが、麺が美味しくない。乾麺の戻し方が悪いようである。普段食べ残しをしない私にしては珍しく、三分の一弱を食べ残した。
ちなみに、この時の会計も、メニューにはソバ15,000LAK、コーヒー10,000LAKと記されていたが、30,000LAK請求された。メニューの価格は参考価格ということか。
※メニューの価格が当てにならないことは、後にこの店だけの現象ではないことを何度も思い知らされる。 -
その後しばらくホテルの近くをぶらぶらした。モーニングマーケットは終わったみたいだ。
まだ少しだけ露店が出ていた。イタチかハクビシンのような小型哺乳類の干物が売られていた。けっこうインパクトがある。こちらでは普通に食べるのか?
次に、ポンサーリー民族博物館へ行く。 -
中年の女性スタッフが暇そうにしていた。
入館料10,000LAK。頼んだら灯りをつけてくれた。館内では自由に撮影させてくれた。
展示内容は乏しいが、多少は面白いものがあった。 -
仏教の祭祀を表現した部屋。
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アカ族に関する展示内容が多い。
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さらに大通りを歩いた。ほぼ唯一と思われるツアーなどを行っている旅行会社Amazing Lao travelの場所を確認出来た。
一旦ホテルに戻る。ランドリーを受け取る。11時00分。掃除は終わっていた。
14時過ぎ再び外出。まずツーリズム・インフォメーション・センターへ。
感じの良い女性スタッフ(広瀬香美に似ている)が明後日実施可能なアカ族の村への日帰りツアーの案内をしてくれた。
明日は英語のガイドがつかない由。明後日の料金は605,000K(約7,339円)とのこと。 -
ツアーの申し込みを一旦保留にしてその場を去り、坂の下へ行ってちょっと景色の良い池の周りをぶらぶらした。
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坂を上り、この街で唯一らしいトレッキングを扱う旅行会社Amazing Lao travelのオフィスへ。
応対した中年男性は感じが悪い。うちは一泊二日以上のトレッキングしかやってない、とのこと。
※後にGoogleの口コミで、西洋人女性が単独でツアーに参加したい旨告げたところ、不愉快な仕打ちを受けたとの記事があった。さもありなんと言った感じである。 -
すぐにツーリズム・インフォメーション・センターへ戻り、先程の広瀬香美に似た女性(赤ちゃんに哺乳瓶でミルクを飲ませていた)に事情を話した。
先程のツアーの内容、スケジュールを再度確認し、料金を払った。 -
明後日の土曜日、午前07時30分にホテルでピックアップ。
車を降りてから村まで片道1時間歩く。村の中でも少し歩くようだ。
英語のガイドについてはまだ確定ではないようなことを言われた。
ホテル名と部屋番号を伝えたので、何かあれば明日中に連絡が来るであろう。 -
帰る途中で市場に寄った。中は広かった。アカ族の衣装を着た女性も一人店を出していた。
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隅の方の食堂で若いおねいさんにカオソーイを勧められたので、ふらふらと腰をおろした。
そう言えばまだ昼を食べていない。朝食べた美味しくない麺の記憶が蘇るが、ここのはまあまあ美味しい。 -
☆☆☆ポンサーリーの夕景。18時16分撮影。☆☆☆
夕方遅く18時すぎに外出した。ガイドブックに載っているLaoper Restaurantへ。
ラオス北部の中華食堂の注文スタイル。メニューの代わりに食材ケースの前に連れて行かれ、食材を指定する。
豆腐を指定し、ウイズ・ミートと言ってみた。 -
店内の様子。どういう店か察しがつく。
-
出てきたのは、肉がまったく入っていない麻婆豆腐風の激辛豆腐煮込みだった。
生姜と唐辛子の破片、韮、刻み葱が入っている。
私はこの料理を「地獄豆腐」と命名したい。
※ラオス北部の中国系料理屋でここと同じ注文の仕方をして、ここまで変な料理を出されたのは初めてである。
おかげで食が進まず、ご飯はほどほどにした。
缶ビール(ビアラオの瓶が無い)3本で退散した。
会計は50,000LAK。美味しくない料理にしてはちと高いかな。
近くの商店でマフィンと缶ビールなどを買って帰った。
【01月02日(木)、了】
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