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2019年10月20日(日)午後6時過ぎ、パナマシティ(Ciudad de Panama)、カスコビエホ(Casco Viejo)のトマス・エレラ広場(Plaza Tomas Herrera)から1本北のセントラル通り(Av Central)に進むと、市公舎(Casa de la Municipalidad)。1881年に当時町一番の金持ちだった云われるアリアス・フェロー(Arias Feraud)が建てたもので、1979年に市が購入し、81年にリノベーションされるまではアリアス・フェロー邸(Mansion Arias Feraud)と呼ばれていた。1856年に町の拡張に伴って解体された外壁のティエラ門(Puerta de Tierra)があったところに住居として建てられたものだが、1階は店舗として使用されることが多かった。1926年にリモデリングされている。<br /><br />その東側の東10番通り(Calle 10 Este)を挟んで建つのが慈悲の聖母教会(Iglesia de Nuestra Senorade La Merced)。カスコビエホで唯一、スペイン植民地時代のオリジナルの木製の屋根と柱を維持している教会。正面のファザードは元々パナマビエホに建てられていたもので、1680年頃から移設が行われた。右手前の礼拝堂は、1673年の町の再建時に最初のミサが行われたところ。右側の塔の4つの鐘は360度回転し、素晴らしい音色を聞かせてくれる。ちょうど5時の鐘が鳴っていた。中には1032本の管を備えたパイプオルガンが18世紀のアンティックの戸棚に収められており、また併設の博物館には貴重な崇拝物の他、市で最も古い教区アーカイブ(出生、洗礼、結婚、死亡などの記録)がある。<br /><br />慈悲の聖母教会の南側のセントラル通り(Av Central)を3ブロック、東に進む。日没時間を過ぎ、通りに灯が入りいい感じ。通りは独立広場(Plaza de la Independencia)に突き当たる。カスコビエホ最古の、そして長らくは唯一の広場だった。マヨール広場(Plaza Mayor)とも大聖堂広場(Plaza Catedral)とも呼ばれる。元々は正方形だったが、火災で焼け落ちた部分が広がり、長方形となった。かつては闘牛や競馬も行われていた。1903年にコロンビアからの独立が宣言された場所で、中央の初代大統領マヌエル・アマドール・ゲレロ(Manuel Amador Guerrero)の胸像を当時の関係者の胸像が囲んでいる。<br /><br />独立広場は歴史的な建物に囲まれている。南側の西半分に建つのが市庁舎(Palacio Municipal)。1910年に植民地時代の市議会(Cabildo)があった場所に建てられたもの。正面上に建つ左右の彫刻は、左側が立っているものが「知恵」を、座っているのが「商業」を表わし、右側は立っているのが「仕事」を、座っているものが「農業」を表わしている。<br /><br />その東はパナマ運河博物館(Museo del Canal Interoceanico de Panama)。1874年にホテルとして建てられたもの。以後フランスやアメリカの運河建設のための事務所としてや、郵便局など公的機関などとして使われてきたが、1997年から運河博物館となった。パナマ運河(Canal de Panama)建設に関わるものから、現在のパナマ運河の役割に至るものまで、多くの資料が展示されている。ここは見たいと思ってたところで、チケット発売が4時15分までと云うことで、なんとかその時間までにたどり着けないかと思っていたが、飛行機が大きく遅れたので、コスタリカにいた時点で諦めた。まあ、翌日実際の運河に行くのでいいんじゃないとも思ったし・・・<br /><br />東側、大聖堂の向かいにあるのはセントラルホテルパナマ(Central Hotel Panama)。1874年にパナマ初のホテルとして開業。ユニークなフランス風のデザインが特徴的で、20世紀初頭の米国大統領セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)やフランス人運河建築者のレセップ(Ferdinand de Lesseps)らも宿泊している。<br /><br />そして大聖堂(Catedral Metropolitana de Panama)は1688年から1796年という100年以上の長い年月をかけて建設された中央アメリカで最大の教会の一つ。暗くなってしまったが、正面ファザードの彫刻は見事。塔の鐘はパナマビエホの大聖堂から移設されたもの。主祭壇の祭壇画は運河建設に従事したフランス人の手に依る19世紀後半の作品と云われる。<br /><br />セントラルホテルパナマの南側、1893年から1941年まで走っていた路面電車の線路の残る趣のある通りを1ブロック東に進むとあるのが、ゴンゴラの家(Casa Gongora)。パナマで最も古い家屋の1つで、植民地時代の100%真正な建物。1760年頃に建てられ、真珠商人であったポール・ゴンゴラ・カセレス(Paul Gongora Caceres)にちなんで名付けられた。1998年から99年に復元工事が行われ、華やかなドア、バルコニーや鎧など17世紀からオリジナルの木工が、すべてのオリジナルに復元されている。現在、この家はパナマ政府が所有しており、著名なパナマの芸術家をフィーチャーした定期的な芸術家の展示会場となっている。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3460841873985812&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />シモン・ボリバル広場に進むが、続く

パナマ パナマシティ カスコビエホ独立広場付近(Casco Viejo, Ciudad de Panama, Panama)

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2019/10/20 - 2019/10/20

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ちふゆ

ちふゆさん

2019年10月20日(日)午後6時過ぎ、パナマシティ(Ciudad de Panama)、カスコビエホ(Casco Viejo)のトマス・エレラ広場(Plaza Tomas Herrera)から1本北のセントラル通り(Av Central)に進むと、市公舎(Casa de la Municipalidad)。1881年に当時町一番の金持ちだった云われるアリアス・フェロー(Arias Feraud)が建てたもので、1979年に市が購入し、81年にリノベーションされるまではアリアス・フェロー邸(Mansion Arias Feraud)と呼ばれていた。1856年に町の拡張に伴って解体された外壁のティエラ門(Puerta de Tierra)があったところに住居として建てられたものだが、1階は店舗として使用されることが多かった。1926年にリモデリングされている。

その東側の東10番通り(Calle 10 Este)を挟んで建つのが慈悲の聖母教会(Iglesia de Nuestra Senorade La Merced)。カスコビエホで唯一、スペイン植民地時代のオリジナルの木製の屋根と柱を維持している教会。正面のファザードは元々パナマビエホに建てられていたもので、1680年頃から移設が行われた。右手前の礼拝堂は、1673年の町の再建時に最初のミサが行われたところ。右側の塔の4つの鐘は360度回転し、素晴らしい音色を聞かせてくれる。ちょうど5時の鐘が鳴っていた。中には1032本の管を備えたパイプオルガンが18世紀のアンティックの戸棚に収められており、また併設の博物館には貴重な崇拝物の他、市で最も古い教区アーカイブ(出生、洗礼、結婚、死亡などの記録)がある。

慈悲の聖母教会の南側のセントラル通り(Av Central)を3ブロック、東に進む。日没時間を過ぎ、通りに灯が入りいい感じ。通りは独立広場(Plaza de la Independencia)に突き当たる。カスコビエホ最古の、そして長らくは唯一の広場だった。マヨール広場(Plaza Mayor)とも大聖堂広場(Plaza Catedral)とも呼ばれる。元々は正方形だったが、火災で焼け落ちた部分が広がり、長方形となった。かつては闘牛や競馬も行われていた。1903年にコロンビアからの独立が宣言された場所で、中央の初代大統領マヌエル・アマドール・ゲレロ(Manuel Amador Guerrero)の胸像を当時の関係者の胸像が囲んでいる。

独立広場は歴史的な建物に囲まれている。南側の西半分に建つのが市庁舎(Palacio Municipal)。1910年に植民地時代の市議会(Cabildo)があった場所に建てられたもの。正面上に建つ左右の彫刻は、左側が立っているものが「知恵」を、座っているのが「商業」を表わし、右側は立っているのが「仕事」を、座っているものが「農業」を表わしている。

その東はパナマ運河博物館(Museo del Canal Interoceanico de Panama)。1874年にホテルとして建てられたもの。以後フランスやアメリカの運河建設のための事務所としてや、郵便局など公的機関などとして使われてきたが、1997年から運河博物館となった。パナマ運河(Canal de Panama)建設に関わるものから、現在のパナマ運河の役割に至るものまで、多くの資料が展示されている。ここは見たいと思ってたところで、チケット発売が4時15分までと云うことで、なんとかその時間までにたどり着けないかと思っていたが、飛行機が大きく遅れたので、コスタリカにいた時点で諦めた。まあ、翌日実際の運河に行くのでいいんじゃないとも思ったし・・・

東側、大聖堂の向かいにあるのはセントラルホテルパナマ(Central Hotel Panama)。1874年にパナマ初のホテルとして開業。ユニークなフランス風のデザインが特徴的で、20世紀初頭の米国大統領セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)やフランス人運河建築者のレセップ(Ferdinand de Lesseps)らも宿泊している。

そして大聖堂(Catedral Metropolitana de Panama)は1688年から1796年という100年以上の長い年月をかけて建設された中央アメリカで最大の教会の一つ。暗くなってしまったが、正面ファザードの彫刻は見事。塔の鐘はパナマビエホの大聖堂から移設されたもの。主祭壇の祭壇画は運河建設に従事したフランス人の手に依る19世紀後半の作品と云われる。

セントラルホテルパナマの南側、1893年から1941年まで走っていた路面電車の線路の残る趣のある通りを1ブロック東に進むとあるのが、ゴンゴラの家(Casa Gongora)。パナマで最も古い家屋の1つで、植民地時代の100%真正な建物。1760年頃に建てられ、真珠商人であったポール・ゴンゴラ・カセレス(Paul Gongora Caceres)にちなんで名付けられた。1998年から99年に復元工事が行われ、華やかなドア、バルコニーや鎧など17世紀からオリジナルの木工が、すべてのオリジナルに復元されている。現在、この家はパナマ政府が所有しており、著名なパナマの芸術家をフィーチャーした定期的な芸術家の展示会場となっている。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3460841873985812&type=1&l=223fe1adec


シモン・ボリバル広場に進むが、続く

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