2019/12/08 - 2019/12/08
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ドクターキムルさん
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県立大学駅から線路沿いに横須賀中央駅方向に進んだ聖徳寺脇のガード下に赤門がある。京浜急行のガード下を国道16号線と三崎街道を繋ぐ道路が通り、その道路下にも更にガードがあり、車も通る道路「うらが道」が通っている。ただし、一方通行になっている。それが、坂の下の標高がない平地になっているために、坂道とそれぞれのガードの高さ制限があり、他では見られない道路と線路の重なり具合を見せている。
この崖の下にある浜側にこの崖を横に、かつての永嶋家の長屋門が残っている。永嶋家は、三浦氏の子孫と伝えられ、戦国時代には小田原北条氏の支配下にあって浜代官を務め、江戸時代には、三浦郡の総名主を務めたほどの家柄であり、長屋門を朱塗りすることが許されたのだろう。馬場の赤門(横浜市鶴見区馬場2)(https://4travel.jp/travelogue/11310421)が残る澤野家も江戸時代に、北寺尾、馬場の総代名主を務め、名字帯刀を許されていた。また、ここ三浦半島では長屋門をまなこ壁にするのはここ横須賀市では若命家長屋門(横須賀市秋谷)(https://4travel.jp/travelogue/10987801)でも見た。しかし、逗子や葉山では見掛けなかった。山梨県で見たことがある(https://4travel.jp/travelogue/10917497)程度だ。
また、横浜市内や川崎市内、鎌倉市郊外などで多くの長屋門を見て来ているが、家屋敷が一番狭いと思えるのが永嶋家である。尤も、澤野家の家屋敷も広くはなかったが…。
地元の長老の話ではこの永嶋家から木曽に移ったのが島崎藤村の先祖だという(https://4travel.jp/travelogue/11574795)。島崎藤村については長野県にある小諸市立藤村記念館を訪れて初めて触れ、藤村終焉の地である神奈川県大磯町の旧宅(https://4travel.jp/travelogue/11063732、https://4travel.jp/travelogue/11162719)を訪れ、夫婦の墓(https://4travel.jp/travelogue/11063423)にも墓参した。横須賀市が先祖の地ならば、当然、子孫である藤村も周知していたはずで、湘南の地でも三浦半島側に居住しなかった点には合点が行かない。
(表紙写真は赤門)
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赤門。
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赤門。
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「市制施行七十周年記念
横須賀風物百選
赤門
この門は、かつて朱塗りであったことから「赤門」と呼ばれています。
武家屋敷などでは、主家を防衛するために、屋敷の外郭に家来のたまの長屋を建てて、その一部分を門としました。門の屋根と家屋の屋根を一連にした形にした建造物を「長屋門」と呼び、この赤門もその一つです。
初めは上級武家の門で、建て方も複雑堅固なものでしたが、後に武家以外の者でも、特に功労のあった家などには、出窓や出格子のない簡単な長屋門の建築を許されました。
この長屋門の主であった永嶋家は、三浦氏の子孫と伝えられ、戦国時代、小田原北条氏の支配下にあって浜代官を務めました。更に、江戸時代には、三浦郡の総名主を務めたほどの家柄なので、この門の建築を特に許されたものと思われます。
かつて、この門前の道路は、江戸より浦賀に通じる主要道路でした。明治末期までは、白砂青松を連ねた海に面していて、猿島や千葉の山々が手にとるように見えた景勝の街道で、数多くの旅人の眼を楽しませてきました。門前の右手にある石柱の道標がかすかに当時を物語っています。
横須賀市文化資産にも指定され、現在も広く市民に親しまれています。」
肝心の赤門の築年が記載されていないとは何ということだ。42年前の横須賀市の文化財行政が垣間見れる。
市のホームページ(https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2120/g_info/l100050935.html)では江戸時代末の建築と推定されている。
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赤門。
三浦一族である大田和義政の父義勝は、中先代の乱に北条時行に加担し、敗れて捕らわれたが、楠正成に預けられ、助命されて三浦に帰った。その後に義政は永嶋を名乗っている。正徳は、永嶋義政を頼り、田戸庄に下向した。義政は、恩義のある楠一族の正徳を楠ヶ浦に館を建て住まわせた。これが、楠ヶ浦の地名の由来となっている。その後、義政の妹・八重姫と結ばれ、義政には子がなかったため、楠正徳が永嶋家を継いで坂下にある赤門で知られる家となった。また、義政の弟・正胤が島崎を名乗り、木曽に移って島崎藤村を輩出した島崎家となっている。 -
赤門。朱塗りの跡が伺える。しかし、まなこ壁であるからどこまで朱塗りだったのであろうか?
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赤門。
門柱横にある石柱が道標であろう。文字を読み忘れてしまった。 -
母屋。
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母屋。
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