2019/09/30 - 2019/09/30
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ドクターキムルさん
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鎌倉市二階堂字紅葉谷(もみじがやつ)にある瑞泉寺には茶室がある。南芳庵は平成23年(2011年)7月に完成した(https://4travel.jp/travelogue/10761192)が、建て替え前は「南芳軒」(https://tocotocoyu.exblog.jp/2505659/)であった。境内図の中には庫裏の横に「保寿軒」(平成8年(1996年)に建てられた)、南芳庵の裏手に「吉祥斉」とあるものもある。これらはいずれも茶室と紹介されている(https://omairi.info/2018/10/03/zuisenji-tpl-keidaisanpo/#outline__5_5)ので、ここ瑞泉寺には都合3つの茶室があることになる。
嘉暦元年(1326年)夢窓疎石は南禅寺を退院し、二階堂道蘊(貞藤)が建立した「南芳庵」に入るが、翌年には浄智寺に移ってしまう。そこで、貞藤は嘉暦2年(1327年)に南芳庵の近くに新に瑞泉院を建立し、疎石を紅葉谷の地に戻すことができた。この年が後の瑞泉寺の創建年になっている。正平22年/貞治6年(1367年)に初代鎌倉公方・足利基氏の塔所となって瑞泉寺に改まるのであるが、寺は隆盛を極め、南芳庵の他、保寿院、果証院、長春院、勝光院などの塔頭が設けられた。瑞泉寺の茶室・南芳庵や「南芳軒」、「保寿軒」はそれらの塔頭名に由来していよう。また、吉祥は「めでたい」とか「縁起が良い」という意味であり、「斎」は日本語の当て字であり、斎戒(神聖な仕事をする前に身を清めること)という意味があるようである。その「斎」が「斉」になったのであろうか?上述したように、建て替え前は「南芳軒」であった。庵(いおり)ではなく茶室だったので軒を用いていたのだろう。「保寿軒」もしかり。
(表紙写真は南芳庵)
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門前の手水。井戸から自噴していて一年中枯れない。お茶に使う水だという。10年くらい前の暑い夏にこの水を飲んで喉を潤したことがあるが、美味い水であった。
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南芳庵。
二階堂貞藤(文永4年(1267年)~建武元年12月28日(1335年1月23日))は元応2年(1320年)に出家し、法名は道蘊である。元弘2年/正慶元年(1332年)には鎌倉幕府の政所執事を務め、得宗・北条高時を補佐したが、建武政権に参加し、西園寺公宗による北条氏再興の陰謀に加担したとされ、建武元年12月28日(1335年1月23日)に六条河原において処刑された。享年68。 -
南芳庵。
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南芳庵。
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南芳庵。
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竣工間もない南芳庵(2013年3月24日撮影)。
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今の南芳庵と同じ場所に建っていた茶室(平成20年(2008年)4月に撮影)。南芳軒か。
平成20年(2008年)桜の頃(https://4travel.jp/travelogue/10448574)のブログにも似た茶室の写真が掲載されている。半解体修理工事(https://4travel.jp/travelogue/10761192)であったのかも知れない。
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