ブエノスアイレス旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2017年11月24日(金)、ブエノスアイレス(Buenos Aires)での2日目、午後4時半過ぎ、サンテルモ地区(Barrio San Telmo)からデフェンサ街(Defensa)を北に進み、前日最初に行ったモンセラート地区(Barrio Monserrat)に戻る。<br /><br />町の中心になる5月広場(Plaze de Mayo)の3ブロック手前、ベルグラーノ通り(Av. Belgrano)との交差点の南東部にあるのがサントドミンゴ教会・修道院(Convento de Santo Domingo)。1751年から建設が始まり、1783年にいったん竣工したが、その後も建築は続けられ、1784年に東の塔が追加され、最終的に西の塔が完成したのは1856年。<br /><br />この教会は1807年にイギリスが2回目のアルゼンチンに侵攻した際にイギリス軍が立て籠ったところで、正面から見て左側の東の塔には、その際教会を取り囲んだ植民地政府率いるクリオージョ(Criollo)軍が発砲したライフルの弾痕が見事にたくさん残る。よう残してたわ。この時にはまだ西の塔はなかった。なお、教会内には、その前年の1806年にも侵攻してきたイギリス軍を撃退した時に奪った旗が残されているそうだ。ちなみに2回ともイギリスの侵攻は失敗した。<br /><br />教会の前には独立の英雄、ベルグラーノ将軍(General Manuel Belgrano)の霊廟がある(表紙の写真)。また、内部正面の祭壇に設置されているパイプオルガンは国内最大の大きさで、ミサでは美しい音色を聴くことができるとのこと。他の教会とは違うちょっとオレンジがかった外壁とジャカランダ(Jacaranda)の紫の花が印象的。<br /><br />そこから2ブロックほど北に進むと左手にブエノスアイレス博物館(Museo de la Ciudad)。1808年築のロスアルトス・デ・エローラリア邸(la Casa de los Altos de Elorriaga)、 1830年築のエズクララ邸(la Casa de Ezcurra)、1894年築のロスアルトス・デ・ラエストレッラ邸(la Casa de los Altos de la Estrella)と1895年頃築のロスケルビム邸(la Casa de los Querubines)の4つ建物を使って1968年にオープンした博物館。さまざまな時代の家具や古いおもちゃが展示されている。交差点の角にある薬局もその一部だが、実際に営業しており、市内で一番古い薬局。ここには美しい壁画も残っている。ここも入場無料だが、入らず。<br /><br />道の反対側はサンフランシスコ教会(Basilica de San Franciscoo)。1731年から54年に掛けて建てられたものだが、現在のファザードと塔は1907年から11年に掛けて改築されたもの。教会の入口に向かって左側にはサンロケ礼拝堂(Capilla de San Roque)がある。いずれも国の歴史的建造物に指定されている。<br /><br />サンフランシスコ教会の1ブロック西には真っ白なサンイグナシオ教会(Iglesia de San Ignacio)がある。市内最古の教会で、元々は1675年に建てられた。現在の建物はファザードと南側の塔が1686年築で、全体は1722年に完成したもの。1942年に国立歴史的建造物に指定されている。2012年に3年掛けて修復作業が完了したので、中も外も白色が綺麗。<br /><br />サンイグナシオ教会の裏側、ペルー通り(Peru)に入口があるのが、光明の家(Manzana de las Luces)。イエズス会(Societatis Iesu)が運営する文化公会堂。マンサーナ(Manzana)は区画を表わし、大体100m四方のことで、ルセス(Luces)は光りを意味する。光明をもたらす希望のエリアって感じ。<br /><br />この辺りはサンイグナシオ教会が17世紀後半に建てられた後、隣接してブエノスアイレス最初の中学校や現在のブエノスアイレス国立大学(Colegio National de Buenos Aires)などを建てられた場所。しかし、イエズス会の力の増大を恐れたスペイン王が、1767年にすべての聖職者を新大陸から追放してしまう。それから50年余り、1822年に宗教団体総改革法が施工されるまで、このマンサーナは、市の頭脳ともいうべき場所だった。大学、下院議場、学校、博物館、国立図書館が並び、最初のブエノスアイレス立法府議会(Legislatura de Buenos Aires)があった所でもある。無料のガイドツアーがあり、1730年に建てられたオフィスや同じく18世紀に造られた建物を繋ぐ地下トンネルを見たりできる(見るだけで歩ける訳ではないらしい)そうだが、利用してない。<br /><br />5時を過ぎ、一通り行くところは全て行ったので、洗濯物の回収にいったんアパートに戻ることにする。光明の家の前の大きな交差点の真ん中に立派な騎馬像がある。19世紀の終わりから20世紀に掛けて2回大統領を務めたフリオ・アルヘンティーノ・ロカの銅像(Monumento a Julio Argentino Roca)。<br /><br />銅像のそばの地下鉄(Subte de Buenos Aires)のボリバール(Bolivar)駅から今度はE号線(Linea E)に乗車。この線は1944年開業で、この駅から市内南西部のビレーシェス(Virreyes)駅までを結んでいたが、今年(19年)の6月にレティーロ(Retiro)駅まで延伸され、今は18駅、11.9㎞を結んでいる。使っている車両は国産。2つ目のインデペンデンシア(Independencia)駅で、昨日も乗った名古屋の地下鉄車両が走るC号線(Linea C)に乗り換え、サンマルティン将軍(General San Martin)駅へ戻り、洗濯物を無事回収して6時頃いったんアパートに戻る。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2138797886190224&amp;type=1&amp;l=8a89379cb0<br /><br />アパートに戻ってから、翌日の空港バスの乗り場を確認しておこうとレティーロ駅(Estacion Retiro)の近辺を探しに行ったのだが、これが全然分からない。人にも何度か聞いて、駅の奥にあるバスターミナルでも聞いたが、全く分からない。おまけに探し回ってる最中に手口には引っ掛からなかったが、駅近くに多いと云う通称ケチャップ強盗にケチャップでなく車のエンジンオイルを掛けられる。上着の背中に掛けられた時には当然気付かず、何かついてるので拭きとった方がいいよと近づいてきたやつがいたので、やられたと分かる。有名な手口なので、そいつは相手しなかったが、掛けられたのがオイルで、臭くて参った。アパートに戻ってなんとか拭き取れたが。いや、この辺りに多いと云う噂通りだった。<br /><br />で、アパートに戻ってネットにつないで、ティエンダレオン(Tienda Leon)のターミナルをようやく発見して、確認のために行ったら、事前にチケットが購入できたので購入する。これで安心。翌日の朝食用のサンドイッチを駅で購入して8時半前にまたアパートに戻る。<br /><br />明日の準備も出来たと云うことで、安心して夕食に出掛けることにする。少し遠いが、20分ほど歩いてサンニコラス地区(Barrio San Nicolas)の映画館通りと呼ばれるラバージェ通り(Calle Lavalle)にあるラ・エスタンシア(La Estancia)と云うレストランへ。ガウチョ(Gaucho)姿のスタッフが店先でダイナミックにアサードを焼く姿は目を引く。広い店内の壁には牧場の絵が描かれ、牛、鶏、羊、豚など各種のアサード(Asado)が味わえる。私も地元ビールでアサードを満喫する。415ペソだったので、2700円くらい。たっぷり飲んで食べたし安い!<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2138801369523209&amp;type=1&amp;l=8a89379cb0<br /><br />10頃夕食終えて、アパートに戻ったのだが、予約した空港バスがアエロパルケ(Aeroparque)空港でなく、エセイサ国際空港(Aeropuerto Internacional de Ezeiza)行になってることに気付き、再びバスターミナルへ行き、変更してもらった。買う時に気付けよ、自分! でも、まあ後でも気付いてよかった。ちなみに空港バスは110ペソ(700円余り)だった。11時頃全てを終えてアパートに戻った。夕方から結構疲れた日だった。<br /><br /><br />3日目へ続く。

ブエノスアイレス みたびモンセラート地区(Barrio Monserrat, Buenos Aires)

0いいね!

2017/11/24 - 2017/11/24

696位(同エリア741件中)

旅行記グループ ブエノスアイレス

0

0

ちふゆ

ちふゆさん

2017年11月24日(金)、ブエノスアイレス(Buenos Aires)での2日目、午後4時半過ぎ、サンテルモ地区(Barrio San Telmo)からデフェンサ街(Defensa)を北に進み、前日最初に行ったモンセラート地区(Barrio Monserrat)に戻る。

町の中心になる5月広場(Plaze de Mayo)の3ブロック手前、ベルグラーノ通り(Av. Belgrano)との交差点の南東部にあるのがサントドミンゴ教会・修道院(Convento de Santo Domingo)。1751年から建設が始まり、1783年にいったん竣工したが、その後も建築は続けられ、1784年に東の塔が追加され、最終的に西の塔が完成したのは1856年。

この教会は1807年にイギリスが2回目のアルゼンチンに侵攻した際にイギリス軍が立て籠ったところで、正面から見て左側の東の塔には、その際教会を取り囲んだ植民地政府率いるクリオージョ(Criollo)軍が発砲したライフルの弾痕が見事にたくさん残る。よう残してたわ。この時にはまだ西の塔はなかった。なお、教会内には、その前年の1806年にも侵攻してきたイギリス軍を撃退した時に奪った旗が残されているそうだ。ちなみに2回ともイギリスの侵攻は失敗した。

教会の前には独立の英雄、ベルグラーノ将軍(General Manuel Belgrano)の霊廟がある(表紙の写真)。また、内部正面の祭壇に設置されているパイプオルガンは国内最大の大きさで、ミサでは美しい音色を聴くことができるとのこと。他の教会とは違うちょっとオレンジがかった外壁とジャカランダ(Jacaranda)の紫の花が印象的。

そこから2ブロックほど北に進むと左手にブエノスアイレス博物館(Museo de la Ciudad)。1808年築のロスアルトス・デ・エローラリア邸(la Casa de los Altos de Elorriaga)、 1830年築のエズクララ邸(la Casa de Ezcurra)、1894年築のロスアルトス・デ・ラエストレッラ邸(la Casa de los Altos de la Estrella)と1895年頃築のロスケルビム邸(la Casa de los Querubines)の4つ建物を使って1968年にオープンした博物館。さまざまな時代の家具や古いおもちゃが展示されている。交差点の角にある薬局もその一部だが、実際に営業しており、市内で一番古い薬局。ここには美しい壁画も残っている。ここも入場無料だが、入らず。

道の反対側はサンフランシスコ教会(Basilica de San Franciscoo)。1731年から54年に掛けて建てられたものだが、現在のファザードと塔は1907年から11年に掛けて改築されたもの。教会の入口に向かって左側にはサンロケ礼拝堂(Capilla de San Roque)がある。いずれも国の歴史的建造物に指定されている。

サンフランシスコ教会の1ブロック西には真っ白なサンイグナシオ教会(Iglesia de San Ignacio)がある。市内最古の教会で、元々は1675年に建てられた。現在の建物はファザードと南側の塔が1686年築で、全体は1722年に完成したもの。1942年に国立歴史的建造物に指定されている。2012年に3年掛けて修復作業が完了したので、中も外も白色が綺麗。

サンイグナシオ教会の裏側、ペルー通り(Peru)に入口があるのが、光明の家(Manzana de las Luces)。イエズス会(Societatis Iesu)が運営する文化公会堂。マンサーナ(Manzana)は区画を表わし、大体100m四方のことで、ルセス(Luces)は光りを意味する。光明をもたらす希望のエリアって感じ。

この辺りはサンイグナシオ教会が17世紀後半に建てられた後、隣接してブエノスアイレス最初の中学校や現在のブエノスアイレス国立大学(Colegio National de Buenos Aires)などを建てられた場所。しかし、イエズス会の力の増大を恐れたスペイン王が、1767年にすべての聖職者を新大陸から追放してしまう。それから50年余り、1822年に宗教団体総改革法が施工されるまで、このマンサーナは、市の頭脳ともいうべき場所だった。大学、下院議場、学校、博物館、国立図書館が並び、最初のブエノスアイレス立法府議会(Legislatura de Buenos Aires)があった所でもある。無料のガイドツアーがあり、1730年に建てられたオフィスや同じく18世紀に造られた建物を繋ぐ地下トンネルを見たりできる(見るだけで歩ける訳ではないらしい)そうだが、利用してない。

5時を過ぎ、一通り行くところは全て行ったので、洗濯物の回収にいったんアパートに戻ることにする。光明の家の前の大きな交差点の真ん中に立派な騎馬像がある。19世紀の終わりから20世紀に掛けて2回大統領を務めたフリオ・アルヘンティーノ・ロカの銅像(Monumento a Julio Argentino Roca)。

銅像のそばの地下鉄(Subte de Buenos Aires)のボリバール(Bolivar)駅から今度はE号線(Linea E)に乗車。この線は1944年開業で、この駅から市内南西部のビレーシェス(Virreyes)駅までを結んでいたが、今年(19年)の6月にレティーロ(Retiro)駅まで延伸され、今は18駅、11.9㎞を結んでいる。使っている車両は国産。2つ目のインデペンデンシア(Independencia)駅で、昨日も乗った名古屋の地下鉄車両が走るC号線(Linea C)に乗り換え、サンマルティン将軍(General San Martin)駅へ戻り、洗濯物を無事回収して6時頃いったんアパートに戻る。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2138797886190224&type=1&l=8a89379cb0

アパートに戻ってから、翌日の空港バスの乗り場を確認しておこうとレティーロ駅(Estacion Retiro)の近辺を探しに行ったのだが、これが全然分からない。人にも何度か聞いて、駅の奥にあるバスターミナルでも聞いたが、全く分からない。おまけに探し回ってる最中に手口には引っ掛からなかったが、駅近くに多いと云う通称ケチャップ強盗にケチャップでなく車のエンジンオイルを掛けられる。上着の背中に掛けられた時には当然気付かず、何かついてるので拭きとった方がいいよと近づいてきたやつがいたので、やられたと分かる。有名な手口なので、そいつは相手しなかったが、掛けられたのがオイルで、臭くて参った。アパートに戻ってなんとか拭き取れたが。いや、この辺りに多いと云う噂通りだった。

で、アパートに戻ってネットにつないで、ティエンダレオン(Tienda Leon)のターミナルをようやく発見して、確認のために行ったら、事前にチケットが購入できたので購入する。これで安心。翌日の朝食用のサンドイッチを駅で購入して8時半前にまたアパートに戻る。

明日の準備も出来たと云うことで、安心して夕食に出掛けることにする。少し遠いが、20分ほど歩いてサンニコラス地区(Barrio San Nicolas)の映画館通りと呼ばれるラバージェ通り(Calle Lavalle)にあるラ・エスタンシア(La Estancia)と云うレストランへ。ガウチョ(Gaucho)姿のスタッフが店先でダイナミックにアサードを焼く姿は目を引く。広い店内の壁には牧場の絵が描かれ、牛、鶏、羊、豚など各種のアサード(Asado)が味わえる。私も地元ビールでアサードを満喫する。415ペソだったので、2700円くらい。たっぷり飲んで食べたし安い!
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2138801369523209&type=1&l=8a89379cb0

10頃夕食終えて、アパートに戻ったのだが、予約した空港バスがアエロパルケ(Aeroparque)空港でなく、エセイサ国際空港(Aeropuerto Internacional de Ezeiza)行になってることに気付き、再びバスターミナルへ行き、変更してもらった。買う時に気付けよ、自分! でも、まあ後でも気付いてよかった。ちなみに空港バスは110ペソ(700円余り)だった。11時頃全てを終えてアパートに戻った。夕方から結構疲れた日だった。


3日目へ続く。

0いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

ブエノスアイレス

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

アルゼンチンで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
アルゼンチン最安 688円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

アルゼンチンの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP