2018/08/02 - 2018/08/02
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su3さん
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いつか歩いてみたいと思っていた熊野古道。割と歩きやすく距離もないところを体験してみました。その足で熊野詣。心の赴くまま三重と和歌山の地をウロウロしていたら、気付いた時には体力ゲージがほとんどなくなっていました。熊野古道初体験に加えて熊野三山にも訪れ、一日が終わるころには疲れと充足感でぐっすりです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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早朝の刈谷ハイウェイオアシス。一時間ほど休息がてら寝ていたら、空が綺麗に開けてきました。観覧車の影が綺麗。
刈谷ハイウェイオアシス 道の駅
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嬉野サービスエリアに到着。
ちょうど開いた時間だったので時間だったので朝食を取ろうと中に入ります。伊勢自動車道 嬉野PA (下り) 道の駅
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屋台の看板にドドーンと日本一食べづらい直径8cm超特大たこ焼き。ナニコレ珍百景に紹介されたようです。なんでもデカくすればいいってのとは違うと小一時間(ry
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朝食に伊勢うどん♪と注文している横で津餃子の文字が。ついつい頼んでしまい、出てきた餃子の大きさに慄く。揚げたてジャンボ餃子は美味しかったです。お腹いっぱい。
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さあ、やってきました憧れの熊野古道。
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初めての熊野古道は馬越峠です。
石畳が美しい by su3さん世界遺産熊野古道 馬越峠 名所・史跡
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入り口横の駐車場で山道をサクサク歩ける靴に履き替えて、
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いざ参る!
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入口近辺は蚊やら虻やらいっぱいでした。刺されないように虫と戦いながら進んでいきます。
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馬越峠の説明看板がありました。国道ができる大正初期まで幹線道路だったんですね。
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石畳が続く緩やかな道を進みます。
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上に登っていくにつれ、苔で湿った大きな石の石畳が続くようになりました。
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時折、野鳥や蝉の声が聞こえる以外は静かな石畳を歩いていきます。
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写真ではあまり分かりませんが、結構な急勾配になっているところもあり、歩いている内に滝のような汗が出てきました。
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時折キラキラと木漏れ日が差しているところなどは、影になっている部分と相まって清々しいほど。
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目で見る馬越峠は写真では味わえない美しさです。
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大きな石がある場所ではよじ登っている感覚。
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途中の何か所かに番号が描いた小さな看板が立っていて、そこに警察と消防の番号が書いてありました。遭難対策なんだろうな、コレ。ここは2/22。
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所々、石畳が途切れて階段になっていました。
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道の横にはごろごとした大きな石が時折見えます。
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写真より自分の目で見たほうが何倍も綺麗な道。
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ずっと続く坂道は良い運動になりますね。トレッキングには最適な道かも。
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苔もいい具合に生えていて、先に伸びている石畳が何とも美しい。
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神様の使いがひょいっと出てきてもおかしくないな。
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4/22と番号が描いた小さな看板登場。
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夜泣き地蔵尊がありました。
明治までは旅人の無事を祈る石地蔵があったそうですが、やがて地域の人々が子供の夜泣き封じを願うようになり、夜泣き地蔵尊と呼ばれるようになったとか。地蔵尊の横には、哺乳瓶が添えられていました。 -
地蔵尊を過ぎてから石畳が消えました。これはこれで歩きやすくて良いな。
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あ、清流が見える!
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透き通った水に何気なく手を入れてみたら、ひやりとして気持ちい良い。
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清流の水を水筒に組んでいる人がいました。確かに凄くきれいだけれど、飲んでも大丈夫なのかしら。
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岩の隙間から生えるシダ植物が綺麗です。
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清流を過ぎるとまた石畳がありました。
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5/22と番号が描いた小さな看板登場。
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ポッコリと大きな石が何か所かある道は通れる場所が狭くなっていて、上から降りてくる人と譲り合いながら進みます。表面には苔がいっぱいで綺麗。
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進んだ先には6/22と番号が描いた小さな看板。
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空気が澄んでいるからが、真夏の暑い中でも気持ちよく歩くことができますね。
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大きな切り株の表面にも苔。
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道の橋に杭?何だろうと反対側の斜面を見てみると。
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あ、ここにも水が流れている。
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水が綺麗すぎて、あるかどうかわかりにくい。
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更に登ります。
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7/22と番号が描いた小さな看板を過ぎ、
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8/22と番号が描いた小さな看板も過ぎ、
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少し行くと道の両端にあった木がどんどん減ってきました。ちなみにこのあたりまだ幼稚園や小学生くらいの子供たちを連れた家族が何組かいまして、かなり急だったので幼児には厳しい道程でしたが、とても頑張って登っていました。心中でひそかに応援。
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坂道を上った先にある一里塚のあたりから見た景色。このあたりにはベンチもあって休憩できるようになっていました。ちなみに昔の一里塚周辺には、西に松、東に桜が植わっていたようです。
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一里塚を少し進んだあたりでは、道が林道と交差していました。ひょっこり見える案内板。
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林道を横断して、看板に従って更に進みます。
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9/22と番号が描いた小さな看板みつけ。
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このあたりに来ると、ほとんど石畳は見られなくなってきました。
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10/22と番号が描いた小さな看板。
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あともう少し。
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11/22と番号が描いた小さな看板。このあたりがちょうど馬越峠全体の半分位なんでしょうか。
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少し切通しのような道。
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13/22と番号が描いた小さな看板の先には、
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馬越峠の登頂地点 キタ――(゚∀゚)――!!
ここで自分の外にもう一人休んでいる人がいたので、声をかけて記念写真を撮ってもらったのですが、後から写真を見たら、見事に色が変わったTシャツを着た自分が疲れた顔で写っていました。登山みたいだったからな。 -
茶屋跡があったよという看板。ここで餅とお茶をいただけたら確かに良いな。
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このあたりに茶屋があったのかしら?
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ベンチがあったので座って一休み。
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目の前に見えるあの山は何て名前でしょうか。
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俳句の碑がありました。「夜は花の上に音あり山の水」と刻まれたこの句碑は、1854年に桃乙の弟子たちにより建立されたものなんだそうです。古いものなので文字がよく分からなくなっていました。
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俳句の解説看板にクマ注意の張り紙。このあたり熊がいるのか。
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ここから道が分かれていて、便石山に登頂できるようです。天気が良かったので、登頂すれば絶景が見れたかもしれませんが、軽装だったし、そこまで時間はなかったので、とりあえずここで一休みした後に引き返すことにしました。
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こちら側に行くと桜地蔵がある尾鷲方面。こちらに行くと車のある場所に戻るのが大変になるので行きませんでした。
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さて、車のある場所まで戻りましょう。
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もと来た道を戻ります。
結構な下り坂です。 -
歩いている間、どうも自分の体が抹香臭かったので、汗の匂いって抹香臭いものもあるのかなと考えながら足を進めていました。自分から仏壇のにおいがするというのも変な話なんですが。
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結構な坂道で苔で滑るところもあったので、足元に気を付けながらゆっくり降りていきます。
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駐車場前の看板がある入口に戻ってきました。このあたりに来るとやっぱり温度が違うな。
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馬越峠から車を走らせ、やってきました夢古道おわせ。
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その土地の旬のものを食べることができる、おかあちゃんランチバイキングというものがあるよと友人から聞いていたのでワクワクしながら扉をくぐります。
お好きな席にどうぞといわれ、連日猛暑日だったので、テラス席へは行かず涼しい室内の席へ。 -
地元の方々が作った丁度、夏にしか食べない尾鷲名物くき漬物があったり、秋刀魚寿司があったり、魚や肉や野菜を使った料理がずらっと並んでいてウキウキしながらちょこっとずつ皿に盛り付けたらいつの間にか結構な量に。
母の味バイキング by su3さん夢古道おわせ お母ちゃんのランチバイキング グルメ・レストラン
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気が付いたらたくさんの人で埋め尽くされていて、店の入り口の辺りでは行列ができていました。人気があるんだな。
満腹になったお腹を抱え、次の目的地へ。 -
熊野速玉大社まで行こうと車を走らせているときに、三重から和歌山に入ったあたりで間違えて高速を降りてしまい、Uターンできる場所を探してそのまま走っていたら、すごくきれいな川の横を走る道に出る。
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車を停めて休憩がてら景色を楽しみます。
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川の水がすごく綺麗。
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雨が降ると一気に水かさが増しそうな川。紀伊半島は水の豊かな当に木(紀)の国だなとぼんやり思う。
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車を停めた場所の近くには、山に蓄えられている水が清水となって流れてる小さな滝がありました。
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豊かな山が続いている土地だから水も豊富なんでしょうかね。
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熊野三山の一つ、熊野速玉大社に到着。
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駐車場に車を停めて参拝します。浄土への入り口第一弾。
熊野速玉大社 寺・神社・教会
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鳥居の手前で横を見ると、世界遺産のマークが付いた碑石が立っていました。こういえばここら一帯は世界遺産登録されていたっけ。
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境内に入ると右手に手力男神社と八咫烏神社。
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更に進むと看板が見えてきました。
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案内板かなと思って見てみると、熊野速玉神社曼陀羅の掲示にはこのあたりのことが分かりやすく書かれていました。神倉山から初めて熊野速玉神社の神殿を建てて遷し祀られたから新宮という土地になったところなどは、地名の由来が信仰と密接にかかわっていることがよく分かって面白なと思ったり。
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看板の右手奥には宝物殿、左手奥には大きな梛がありました。
でっかくてのびのびと枝を広げる樹齢千年の梛の御神木。国指定の天然記念物です。
熊野詣の人々は、この木の葉を必ずいただいて帰る習わしがあったとか。平重盛によって御手植えされたこちらの御神木の苗木が沖縄に贈られたこともあるそうです。 -
熊野速玉神社は武蔵坊弁慶ゆかりの社らしく木彫の弁慶が熊野神宝館の横に立っていました。速玉神社に仕える鈴木一族の出自という伝承が残っているそうです。
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こちらの宝物殿は熊野の正倉院と言われるほど国宝が揃っています。
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さあ、神様にご挨拶に行きましょう。神門に向かいます。
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お邪魔しますね。
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こちらは日陰で涼しそう。
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神門のしめ縄の奥に菊の御紋と八咫烏の門帳が見えますね。
二羽のヤタガラスが良い感じの面白いデザイン。 -
神門の軒下に立体の絵馬?がありました。
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門を出ると広い空間が広がり、
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拝殿が見えました。
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熊野速玉大社は熊野速玉大神と熊野夫須美大神を主祭神とする神社です。熊野三山の中で一番早く『熊野権現』の称号を得た神社でもあります。
別名で熊野速玉大社を新宮と呼んでいるそうですが、最初の祭祀の場である神倉神社から新たに現在の地に社殿を移したことがその呼び名の由来なんだだそうです。 -
神様にごあいさつ。縁結びの神様だということですが、この暑さで体がくたびれているため健康で楽しい旅が続けられますようにとお願いします。
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拝殿の横にはずらりと並ぶ上三殿の鈴門。
その更に横には中四社・下四社の八社殿の鈴門がありました。
10世紀中頃に制作された熊野三神をはじめ、十二所権現ゆかりの神像が祀られているそうです。 -
熊野詣でに来た皇族の方々の名前が記された熊野御幸の碑。
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新宮神社でお参りしてから近くの木陰で一休み。
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新宮神社のお隣には熊野恵比寿神社。
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大きな木の下にいると幾分か暑さが和らぎます。
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ううう…暑くてこの木陰から出るには勢いがいるな。
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新宮市指定の天然記念物のオガタマノキ。
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オガタマの名はこの木を神殿に植えて神の霊を招く習わしからきているそうです。
上の方で横に枝を大きく伸ばして木陰を作っており、猛暑日だったのということもあって影になっているこの下で休んでいる人多かったな。 -
こちらにも世界遺産の碑がありました。
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熊野速玉神社の横には小さな横丁があり、夏の暑い平日だったためかビニールプールに水が張られて涼が取れるようになっていました。猛暑日だったんで、きっとぬるい水なんだろうな、あれ。お店では熊野三山の地酒やみかんなどが売られていました。
こちらの横丁は復元された川原家横丁なんだそうで、昔は川の参詣道を来た人が権現川原で乗降したためこういった賑わいがあったそうです。 -
民家が立ち並ぶ細い道を車で走ると、阿須賀神社に到着。
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参道を歩いていると、こちらにも世界遺産の碑がありました
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手を清めましょう。
阿須賀神社の手水鉢は巨大な一枚岩を彫ってつくられたものなんだそうです。阿須賀神社 寺・神社・教会
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鳥居をくぐって社に向かいます。
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阿須賀の「須賀」は、砂洲、砂丘、砂浜など、砂がたまるところを意味する古語の「すか」からきているとか。確かにここらは熊野川の河口域だよね。
秦の始皇帝の命を受け渡来した徐福一行が上陸したのが阿須賀神社の建立地と言われています。 -
境内から弥生時代の竪穴式住居跡、土師器、須恵器、祭祀用土器などがでたとか。かなり昔から人が住んでいた土地だったんですね。
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社の裏に見えるは蓬莱山。もともと阿須賀神社は蓬莱山を御神体とする自然崇拝の祭祀場であったのではないかという話もあるそうです。
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こちらでは事解男命と熊野三所権現をお祀りしています。暑くて体が少しふらついていたからでしょうか、無意識に体力が本日の最後まで持ちますようにとお願いしていました。気持ちはまだまだ大丈夫だったんですがね。
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阿須賀神社は実は熊野発祥の地であるといわれているとかなんとか。さあ、次の場所に向かいましょう。
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車を走らせ、本日最後の神社へ。
駐車場に車を停めて少し歩くと橋が見えてきました。 -
こちらにも安定の世界遺産の碑。
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着いたのはこちら、神倉神社。
熊野三山は有名ですが、かつて熊野の神々が最初に降りたった場所がこちら。日本最古の火祭り「御燈祭」が行われている場所でもあります。 -
鳥居の奥に急な階段が続いています。階段を上がったところに社があるのでしょうが、ここにすでに賽銭箱。この意味を、自身の体験から後に知るのでした。
神倉神社 寺・神社・教会
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良い感じで生えていた植物。
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少し登って後ろを振り返ると、うわ!かなり急に見える。
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しかし、どこまでも急な階段だな。だいぶ足に来ている私にはきついのぼり道。さすが熊野三所権現降臨の地。
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カーブして少し登った先で足の疲れがピークに達してへたり込んでしまい、そのまま動けなくなって数分間座り込んでしまい、結果、登り切れないと判断したのでここで終了。ゴトビキ岩まではいけませんでした。チクショー!(小梅太夫風)
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へたり込んでいた場所で、横を通りすぎる外国の方から「頑張って!」と日本語で励ましてもらったのは良い思い出。
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足に力があまり入らないので、ほとんど座りながらゆっくり階段を降りていきます。
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やっと元いた場所が見えてきた。若干ほっとする。
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振り返ってみても急な階段。
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次に来るときは体力ある時に来ようとリベンジを願いつつ、神倉神社を後にしました。
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全国に4700社以上ある熊野神社の総本宮、熊野本宮大社に到着。
熊野本宮大社 寺・神社・教会
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平成30年が丁度、2050年目だったんです。節目に来れたことが何だか嬉しい。
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浄土への入り口第二弾。
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鳥居をくぐり、お参りと参りましょう。
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ズラリと両端に並ぶ奉納幟。阿須賀神社も幟が並んでいて綺麗でしたが、それ以上の数がここまでびっちり並んでいると綺麗を通り越してなんだか楽しくなってきます。
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進んだ先にある階段を見て思ったこと。
ここの階段は多いけど優しい。(傾斜的な意味で) -
江戸時代の蟻の熊野詣と言われていた頃は、この階段がびっしり人で埋まっていたのかしら?
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参道石段の中腹左側にある祓戸大神。こちらでお参りをして先に身を清めます。
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杉並木と奉納幟に囲まれた158段の石段参道。
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流石、熊野神社の総本山。度の件にいくつ社があるかが分かるようになっていました。福島と千葉と愛知が200社越え。なんでだろう?
提灯奉納っていうのも面白いね。 -
階段をだいぶ登ったところで手洗舎が見えてきました。
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手や口をお清めしましょう。
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風鈴の音がしますね。
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参道の量橋をよくよく見ると…
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涼やかな音を立てる風鈴が参道の両脇にずらりと吊るされていました。綺麗な風鈴の音と参道の様子から、このあたりが現世離れした異空間になっていました。
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こちら宝物殿の碑。宝物殿は参道から脇にそれて入ります。常陸宮殿下御愛用ヨットがゴロンと置かれていました。
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こんなところにまでミニ幟。
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旧熊野本宮大社の絵がありました。元々は3つの川の間にある中州にあったのだとか。
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158段を登り切りると見える広場と奥に見える広場と神門。
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神門手前の分かれ道のところに、頂上に八咫烏をいただいた風鈴塔があって涼やかな音をさせていました。
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神門には菊の門としめ縄と絵馬。
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神門前に八咫烏についての説明があったのですが、神武天皇を大和の橿原まで先導したという話は有名なので予想内でしたが、まさかの北欧神話やギリシャ神話や北欧らアラスカの民話についても触れられ他説明がなされていて少し驚きました。
そういえば、この熊野旅でヤタガラスを割とよく見るんですよね。サッカーのシンボルにもなっていますし、この地では大切なお使いなんですよね。 -
そういえば戌年でした。
しめ縄の上にある茣蓙の塊みたいなのは何だろう? -
ずらりと並ぶ社。
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こちらの左側西御前から参拝し、四番目に右側東御前を参拝。
西御前は夫須美大神が、東御前は天照大神が祀られています。主祭神である家津美御子大神(素盞鳴尊)にお仕えしていえるのは八咫烏。 -
こちらの右側中御前が二番目の参拝所で、左側証誠殿が三番目の参拝所。
中御前は速玉大神、証誠殿は家津美御子大神が祀られています。 -
五番めの参拝所。
満山社という結びの神が祀られている社です。 -
神門をくぐって直ぐ近くにあったオガタマの木。招魂の木ですからこちらにもありますよね。
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和歌山らしいなと思った南高梅の横には、
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和泉式部祈願塔。
和泉式部が熊野詣でをした折のこと、
熊野へ詣でたりけるに女身のさわりありて奉幣かなはざりければ
”晴れやらぬ身に浮雲のたなびきて月の障りとなるぞ かなしき”
その夜 熊野権現の霊夢ありて
”もろともに塵にまじわる神なれば月の障りの何かくるしき”
かくて身を祓い清めて 多年あこがれの「熊野詣で」を無事すませしと云う。
ということがあったそうです。
サラッと返歌できるのが凄いな。 -
拝殿にも行ってみました。
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大黒石は金運上昇。
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亀石は長寿祈願。
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黒いポストに八咫烏!
流石。
近くには多羅葉のご神木がありました。この多羅葉って、葉の裏に爪などで文字を書いていたことが葉書の語源となったため、はがきの元ネタと言われている木なんですよね。 -
ヤタガラスみくじ買うか迷いましたが、昔、春日大社で鹿みくじを買って家にあることを思い出し喧嘩するかなと買うのをやめました。
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では次の場所に行きましょうか。
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階段をのんびり降りて大鳥居に向かいます。
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日暮れが近づいてきているからか影が長くなり、参道が横からの光でキラキラしていました。
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大鳥居に戻ってきました。ここから歩いて大斎原へ向かいます。
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熊野本宮大社から大通りを渡り、小道へ足を進めます。
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案内板に沿って、道を右に曲がり少し歩くと、
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大きな鳥居が見えてきました。熊野川、音無川、岩田川といった三本の川の中洲に建立された大斎原の鳥居です。
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稲穂が綺麗。
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鳥居まで続く舗装された一直線の道が良い感じです。真ん中は神様のための舗装でしょうか。
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熊野本宮大社旧社地・大斎原に到着。
いやはや、近くで見ると更にでかい。 -
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山というのですが、こちらにも世界遺産の大きな碑がドーンと建っていました。そうだよね、大水害により社殿のうち中・下社が倒壊しちゃったんだけれど、元々こっちが最初にあった場所だもんね。
中は撮影禁止でしたので写真はないのですが、一歩中へ入ると静寂の中に清々しい空気が漂っていました。広いなと思いましたが、大洪水で甚大な被害が出る前は能舞台などもあり、今の8倍の規模を誇っていたそうです。現在は上四杜の社殿が熊野本宮大社に遷されていてもうありませんが、八社は石祠らしきものはあって、このあたりに立っていたんだなと分かるようになっていました。 -
紀元前33年から明治24年まで上四杜があった場所は鳥居をくぐって外に出ると下界に舞い戻ってきた感が凄かったです。
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もと来た道を通って熊野本宮大社の方に戻ります。
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この堤防の向こうには熊野川。これらの川が明治22年に大洪水を起こしたため、大斎原は大きな被害を受けたんですよね。鮎獲れるようで、ここから下流域では釣り人が糸を垂らしていました。
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大斎原からの帰り道、彦田社に最寄り道してみました。
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先ほどの看板がある位置から歩いて割と直ぐに到着。
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熊野本宮大社の境外末社である彦田社には伊邪那美命が祀られています。国作りに欠かせない万物を生み出す神ですよね。黄泉の国の伊邪那美命には少し同情してしまいます。
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再度、熊野本宮大社隣のお土産物屋さんにある無料駐車場駐車場に戻ると、誰もいなかった。
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どんどん日が暮れていく景色と熊野川を横目に車を走らせ新宮へ向かいます。途中でアユ料理のお店や川下りの乗り場がありましたが、遅い時間なので閉まっていました。
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河原近くまで行ってみましたが、いやはや川幅が広い。
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途中で何故か無駄に渡ってしまった橋。こういう構図、好きなんです。
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発電所発見。
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何度も車を停めて思わず見てしまう熊野川の流れ。
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熊野川では豊富な水量を生かして、現在は11のダムが開発されているそうで、納得の水量です。
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熊野速玉大社へは本宮から熊野川を舟で下って行ったそうで、この辺りを下っていったのかと感慨深くなります。
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同時に熊野川の上流の地域にとって熊野川は非常に大事な交通路であり、モノの行き来、人間の行き来の要でした。塩、酒、醤油、味噌といった生活用品全般や米が採れない土地柄だったため米も下流から運ばれてきたそうです。
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ぼんやり川を見つめていたらあっという間に暗くなり、空と山と川が良い感じで一体化していきました。綺麗だったな。
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新宮のスーパーで食料を買い込んでからホテルにチェックインし、
一息つきがてらWi-Fi接続を試みるもつながらず。
ホテルの方が部屋までやってきていろいろ試してもらったのだけれど
どうやら自分の持っている機材だと繋がらないということが判明し、
それならいいやとご飯を食べて直ぐに就寝。
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