2019/07/10 - 2019/07/13
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まつじゅんさん
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いよいよ最終日となりました。
19時の飛行機まで、どこに行こうかと、いつものようにカフェで相談していると、奥様から思いもかけぬ提案がありました。
「天気も薄曇りで、雨の心配はなさそうだし、行きたいって言っていた柴又に行ってみる?」。
何度も「いいの、いいの?」と確認し、久し振りに寅さんに会いに行けることとなりました。
前回の寅さん↓
https://4travel.jp/travelogue/10586383
寅さん記念館がリニューアルされたと聞いていて、行きたいなぁと言い続けた成果かと感謝しつつ、「それなら、ランチは寅さんゆかりの鰻屋でごちそうする」と舞い上がって提案すると、鰻好きの奥様、鰻が食べれるならと喜んでくれました。
荒川の土手で少年野球を見て、20年振り位に矢切の渡の船に乗り、鰻を頂き、寅さん記念館をゆっくり見学し、帝釈天の参道で草団子と甘味で休憩し、羽田空港に向かい、無事帰還いたしました。
ほぼ1年振りのお上りさんでしたが、内容の濃い4日間となりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 交通手段
- ANAグループ 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- ANAセールス
-
今回3泊お世話になった、ホテルメトロポリタンエドモント。
飯田橋、水道橋と駅からも近く、都内への移動には本当に便利な所でした。
ANAの旅作で、下調べ無しで神保町に近いという事と、価格重視で選んだのですが、近年稀にみるヒットでした。 -
食事は付けていないので分かりませんが、部屋も使い勝手が良く、スタッフも親切でゆっくりと休むことができました。
-
ホテルをチェックアウトし、今回の旅行でフル活用の、地下鉄フリー切符で新橋に向かい、コインロッカーに荷物を預け、都営浅草線直通で京成高砂に向かいます。
京成高砂駅の金町行ホーム、やはり違和感を感じますね。
一旦改札を出て再度改札を通るというのは、寅さんに会いに行く旅情に水を差すと思うのは私だけでしょうか。 -
京成柴又駅着。
駅前には寅さんと、見送るさくらさんの銅像が・・・。
帰ってきた寅さんを、さくらが迎えに来たというのは、私の記憶では無いように思います。
寅さんは、大体は予告なしに帰ってくるのが多いですからね。
寅さんが、柴又駅にリリーを雨の降る中迎えに行くという、15作目の寅次郎相合い傘は、別れのない駅のシーンとして印象に残っています。 -
さくら像のサンダルには、左足の甲には「さ」の文字、右足のかかとにはさくらを演じた倍賞千恵子さんの名前から「ち」と記され、両足を触ると「さち」(幸)があると言われています。
-
寅さん(1990年完成)から約7mの距離に立つさくらの像。
2017年3月完成の、サンダル履きにエプロン姿といういつもの「さくら」です。
大体は、失恋し旅に出る寅さんを見送る、少し物悲しい風景です。
デザイナーの野沢克昌氏によると、第14作「寅次郎子守唄」の出て行く寅さんに預金通帳を手渡すさくらの表情がモデルとなっているそうです。 -
帝釈天参道を歩きます。
昔から変わらない雰囲気を感じますが、年齢層が幅広くなって、多国籍化してきたように思います。 -
ランチの場所と営業時間を確認し、土手に登っていきます。
河川敷では少年野球の試合が行われていました。
息子がやっていた10数年前を想いながら、野球好きの我々、楽しんでみていました。 -
良い雰囲気の場所ですね。
「矢切の渡し」、細川たかしさんの歌って、皆さん知っているのでしょうかね。 -
『男はつらいよ』第1作で、20年ぶりに故郷に戻った寅さんは、ここから降り立って帰ってきた場所です。
千葉側から帰ってきた・・・って思いましたが、以降、映画では寅さんが乗船するシーンで度々登場しています。
舟を眺めて土手に寝転んだ寅さん、横に源公が似合う風景です。 -
対岸に渡ると、そこは千葉県松戸市。
ゴルフ場の間の通路を進んでいくと、長閑な田園風景が現れます。
「矢切の渡し」が世に広まったのは、1906年に発表された悲恋の物語を描いた小説「野菊の墓」や、1982年に細川たかしさんの「矢切の渡し」の大ヒットだと思いますが、一寸の距離なのに、これだけ東京都と松戸市で違いがあることに驚きました。 -
幟が良い雰囲気を醸し出しています。
デジタル社会ではなく、アナログ社会のもう少し前の世界観ですね。 -
船頭さんは、単に移動だけでなく江戸川周辺のガイドも行ってくれました。
柴又に戻る際、上流に向かって走り、金町浄水場取水塔まで連れて行ってくれました。
この取水塔では、現在江戸川から52万?/日の水を取水し、処理しています。
大正15年の開設で、とんがり帽子の取水塔は昭和16年建設の第2取水塔。
この丸い屋根の第3取水塔は昭和39年に作られたものです。 -
葛飾側に戻ってきました。
丁度ランチタイム営業時間となり、土手からほど近い「川甚」に向かいます。
「川甚」は創業220余年。
江戸後期の寛政年間から続く川魚料亭で、多くの文人や著名人に愛されてきたお店のようですが、私にとっては、「男はつらいよ」第1作で、さくらさんと博さんが結婚式を挙げた場所として記憶に残っています。 -
タコ社長が遅れて来てバイクを本館の入口に倒しそうな勢いで放置し、駆け上がっていった風景が印象的でした。
-
私達が頂いたのは隣の新館です。
全席イス席で、壁には「川甚」来店された文人・著名人の方々が書いた色紙も展示されています。
昭和の時代は、お客様の余興の一環として、サイン帳に一筆記していくといった風潮があり、川甚に残された4冊のサイン帳には、昭和20~40年代の松本清張氏をはじめ、三島由紀夫、黒澤明、手塚治虫氏等の文学、映画、芸能の各界を代表する人々の名前が数多く残されています。 -
私達は鰻重定食。
私は鰻より、タレのかかったご飯が好きで、奥様は鰻は好きだがご飯は直ぐにお腹が膨らむので要らないという利害関係が一致し、鰻は奥様の重箱に移動し、代わりにご飯が戻ってきました。
タレは代々受け継がれてきたという秘伝の味わい。
確かに美味しかったです。 -
お腹も一杯になり、寅さん記念館に向かいます。
無料休憩室では7月素人落語会が開催されており、「かつしか落扇指南所」で入船亭扇好師匠に学んでいる方々が、日ごろの成果を披露されていました。
演目は5題予定されていましたが、次の予定もあり「酒呑亭一升さんの猫の茶碗」「座亭タッチンさんの禁酒番屋」の2席を聞いてお暇いたしましたが、面白かったです。
暑い土手から、エアコンが効いた室内に入った気分転換になりましたね。 -
開館以来7度目のリニューアルが2019年4月に行われており、充実した展示と映像を見ることができました。
入口の看板を取り付ける寅さんは、開館以来変わらずランドマークになっています。 -
「わたくし生まれも育ちも葛飾柴又です」コーナーでは、昭和30年代の帝釈天参道の街並みを、遠近法を用いて精巧に再現されています。
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撮影スタジオ「くるまや」です。
実際の撮影に使用した「くるまや」のセットが大船撮影所から移設され、茶の間では数々の名場面が放送されています。
いつまでも見ていたい衝動に駆られますね。 -
「くるまや」にある、寅さんが皆と語らいの後機嫌よく登っていった階段です。
旅立ちの時、片手にトランクを下げて降りてきて、さくらと「もう行っちゃうの」という物悲しい別れのシーンでもありますね。 -
タコ社長の工場を見ながら、日向ぼっこの寅さん。
気持ち良さそうですね。 -
タコ社長の「朝日印刷所」。
タコ社長の朝日印刷所を再現し、本物の活版印刷機も展示されています。
寅さんと博、タコ社長の掛け合いは楽しかったですね。
「労働者諸君」という声と共に工場に入ってくる寅さんに、嫌みを言うタコ社長と、つかみ合いになる寅さん。
その間に割って入る博・・・。その構図が思い出される空間です。 -
「色んな所に行ったなぁ」と振り返る寅さん。
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今回のリニューアルではエンディングコーナーが一審されています。
歴代のマドンナやポスターが次々と写し出され、来館者が寅さんと共に新たな旅路に出る空間となっています。 -
歴代のマドンナに見送られ、私もまたの来訪を誓います。
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いつもとは逆ルートで、京成柴又方面に向かいます。
柴又帝釈天です。
日蓮宗 経栄山 題経寺ですが、「帝釈天」の本来の意味は、仏教の守護神である天部の一つを指すのですが、題経寺の略称として定着していますね。
寅さんも「帝釈天で産湯を浸かい・・・」ですから。 -
大鐘楼。
環境庁選定の「日本の音風景100選:柴又帝釈天界隈と矢切の渡し」の主役で、寅さんの映画でも必ずこの大鐘楼の効果音が挿入されています。 -
題経寺の建物は、大部分が明治以降の建築です。
二天門、帝釈堂等は彩色を施さない素木造で一見地味ですが細部には精巧な装飾彫刻が施されていて、帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われています。
胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が著名で、法華経に説かれる代表的な説話10話を選び視覚化しガラスの回廊で「彫刻ギャラリー」となっています。 -
帝釈天参道でお茶休憩です。
今回はこちら「とらや」です。
明治20年「柴又屋」として創業され、昭和44年第1作目の「男はつらいよ」の映画に使用され、第4作目まで「寅さん」の実家として撮影が行われていたようですが、平成元年、老朽化の為現在の建物に建て替えられ、その当時の面影はなくなっています。 -
寅さんが旅から帰ってくるところは、東京葛飾柴又 帝釈天参道にある「とらや」でしたが、何故か第40作から名前が「くるまや」変わっています。
その経緯は色々あったのでしょうが、ファンとしては1.TV版「男はつらいよ」の「とらや」の最初のモデルは、参道入口の「えびすや」さんであった。
2.その後、映画版の「とらや」の間取りのモデルは「亀家」さん。
3.映画の撮影隊のベースとなったのは「高木屋」さん。
ということですね。 -
元々こちらのお店は「柴又屋」という名前でしたが「男はつらいよ」の映画ヒットの後に映画と同じ「とらや」に変更されたようです。
「柴又屋」の経営者が変わったことも要因だったようですが、映画の制作側としてはそのままでは済まされない状態で、何せ同じ名前の店が本当に柴又に実在するという事は避けたい事情があったと思います。
参道にある他のお店に多大な迷惑を掛けてしまうこともあるでしょうし、特に映画の撮影を支えてもらっていた「高木屋」さんへの影響は計り知れない、と考えての苦渋の決断だったようです。
ただ「とらや」さんが一方的に悪いわけではなく、色々な大人の事情という事なんでしょうね。
草団子は帝釈天の味、どこのお店のもそれぞれ特徴があり、美味しいです。 -
奥様はクリームあんみつ。
美味しかったです。 -
寅さんが帰ってきます。
山田監督は、全50作完結の構想でしたが、第49作『寅次郎花へんろ』準備中に渥美さんの死去により、1995年公開の第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』をもって終了になってしまいました。
誕生50周年を迎える2019年9月頃に“50作目”となる新作映画を公開すると、『50周年プロジェクト』会見で発表され、22年ぶりとなる新作は、シリーズ全49作を4Kデジタル修復した映像と、新たに撮影される映像が使用されるとの事です。
今から楽しみでワクワクしています。
ただ、情報では満男と泉ちゃんは結ばれることなく、新しい話になっているようで、48作のエンディングで、熱田神宮に初詣に行っていた泉ちゃんと「さくら」の会話で、若い二人の未来が暗示されていただけに、何故結び付けてくれなかったのか、そこを見てみたいと思っています。
今回これまで。
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