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敬愛する ”ピアノの詩人” ショパンの足跡を追ってフランス&ポーランドの2か国をシニア男性が一人旅で「冒険旅行」してきました<br /><br />今回はショパンの生育地、ワルシャワ編です。ショパンは1810年~1830年までの20年間と、短い人生39年の約半分を過ごしています<br /><br />そして1830年、20歳の時ウィーンに旅立った直後にワルシャワ蜂起がおこり、その後二度と祖国の地を踏むことはできませんでした<br /><br />現在ワルシャワには彼の心臓が安置されている聖十字架教会や多くのゆかりの地が存在し、ファンにとっては聖地となっています<br /><br />その聖地の主なところを「地球の歩き方」などのガイドブックを頼りに巡礼してきました<br /><br />音楽にあまり詳しくない素人の妄想が多分に入った記事ですがご一読いただければ幸いです<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><全体日程><br />往復LOT(ポーランド航空)利用、<br />往路・・NRT→WAW乗継→CDG、復路・・・WAW→NRT(直行便)<br /><br />パリ×2+南仏×4+クラクフ×2+ワルシャワ×3+機中泊=12泊13日

(7) ワルシャワでショパン博物館やワジェンキ公園などの聖地を巡礼 ショパン三昧で過ごす

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2019/07/05 - 2019/07/08

600位(同エリア1163件中)

deracine

deracineさん

この旅行記スケジュールを元に

敬愛する ”ピアノの詩人” ショパンの足跡を追ってフランス&ポーランドの2か国をシニア男性が一人旅で「冒険旅行」してきました

今回はショパンの生育地、ワルシャワ編です。ショパンは1810年~1830年までの20年間と、短い人生39年の約半分を過ごしています

そして1830年、20歳の時ウィーンに旅立った直後にワルシャワ蜂起がおこり、その後二度と祖国の地を踏むことはできませんでした

現在ワルシャワには彼の心臓が安置されている聖十字架教会や多くのゆかりの地が存在し、ファンにとっては聖地となっています

その聖地の主なところを「地球の歩き方」などのガイドブックを頼りに巡礼してきました

音楽にあまり詳しくない素人の妄想が多分に入った記事ですがご一読いただければ幸いです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<全体日程>
往復LOT(ポーランド航空)利用、
往路・・NRT→WAW乗継→CDG、復路・・・WAW→NRT(直行便)

パリ×2+南仏×4+クラクフ×2+ワルシャワ×3+機中泊=12泊13日

  • ワルシャワに着いた翌日、7月6日、早速大きなショパン像のあるワジェンキ公園を訪れた (撮影時刻 10:41:23、以下同様)<br /><br />行きかたはネットで調べたらトラムが便利とのこと<br />切符を買うのにひと苦労して乗りこんだが、降りる駅を間違え時間ロスするも何とかたどり着いた

    ワルシャワに着いた翌日、7月6日、早速大きなショパン像のあるワジェンキ公園を訪れた (撮影時刻 10:41:23、以下同様)

    行きかたはネットで調べたらトラムが便利とのこと
    切符を買うのにひと苦労して乗りこんだが、降りる駅を間違え時間ロスするも何とかたどり着いた

  • 確かに大きな像で、頭上には雲のようなものがある。(10:44:29)<br />これが何なのか分からなかったが、翌日生家ツアーのガイドの話を聞いて疑問が解けた<br /><br />これは風になびく柳の枝葉を表現、田舎の静かな環境を愛した彼にふさわしい

    確かに大きな像で、頭上には雲のようなものがある。(10:44:29)
    これが何なのか分からなかったが、翌日生家ツアーのガイドの話を聞いて疑問が解けた

    これは風になびく柳の枝葉を表現、田舎の静かな環境を愛した彼にふさわしい

  • ところで現地を訪れて初めて気付いたが、ここには同じく浪漫派の巨匠、リストの胸像もある。そして両者の位置関係が興味深い (11:07:40)<br /><br />私にはリストの厳しい視線をショパンは顔をそむけて避けているように見えた<br />リストはショパンの音楽を高く評価し、コンサートでも積極的に彼の曲を演奏したがショパンはリストを避けていたようだ・・・「ショパン物語」第16回 by 林 倫恵子<br /><br /><br /><br />

    ところで現地を訪れて初めて気付いたが、ここには同じく浪漫派の巨匠、リストの胸像もある。そして両者の位置関係が興味深い (11:07:40)

    私にはリストの厳しい視線をショパンは顔をそむけて避けているように見えた
    リストはショパンの音楽を高く評価し、コンサートでも積極的に彼の曲を演奏したがショパンはリストを避けていたようだ・・・「ショパン物語」第16回 by 林 倫恵子



  • ピアノの巨人と称されるフランツ・リスト* (11:07:54)<br />私自身も超絶技巧を見せびらかすような彼の演奏スタイル、人間性は嫌いだ<br /><br />*1811年10月22日~1886年7月31日(74歳没)<br />「ピアノの魔術師」と呼ばれ、どんな曲でも初見で弾きこなした<br />高い演奏技術に、はじめはショパンも「あんな風に弾いてみたい」と好意的であったが、あまりの技術偏重に呆れた後期は否定的だった・・・Wikipedia より抜粋<br /><br />

    ピアノの巨人と称されるフランツ・リスト* (11:07:54)
    私自身も超絶技巧を見せびらかすような彼の演奏スタイル、人間性は嫌いだ

    *1811年10月22日~1886年7月31日(74歳没)
    「ピアノの魔術師」と呼ばれ、どんな曲でも初見で弾きこなした
    高い演奏技術に、はじめはショパンも「あんな風に弾いてみたい」と好意的であったが、あまりの技術偏重に呆れた後期は否定的だった・・・Wikipedia より抜粋

  • 公園内には美しい花壇があった (11:27)

    公園内には美しい花壇があった (11:27)

  • 池のほとりに立つその美しい姿から「水上宮殿」とも呼ばれている (11:48)<br />

    池のほとりに立つその美しい姿から「水上宮殿」とも呼ばれている (11:48)

  • 公園には大きな池と宮殿がある。(11:57)<br /><br />ちなみに「ワジェンキ」とは「浴場」の意味で、公園内に幾つもある離宮に 素晴らしい浴場があったことから呼ばれるようになった

    公園には大きな池と宮殿がある。(11:57)

    ちなみに「ワジェンキ」とは「浴場」の意味で、公園内に幾つもある離宮に 素晴らしい浴場があったことから呼ばれるようになった

  • ワジェンキ公園の園内案内図<br /><br />この公園は広い割にはトイレが少なく、かつ分かりにくい<br />そこでここからショパンミュージアムまでタクシーで行くことにした<br /><br />タクシー代は 69PLN(=約2,000円) 

    ワジェンキ公園の園内案内図

    この公園は広い割にはトイレが少なく、かつ分かりにくい
    そこでここからショパンミュージアムまでタクシーで行くことにした

    タクシー代は 69PLN(=約2,000円) 

  • ワジェンキ公園から今度はショパン博物館に行った (12:34)<br /><br />ワジェンキ公園を訪れるのに思わぬ時間ロスをしたこと及びトイレに行きたかったが公園内にトイレは少なく見つけるのも面倒なので公園出口でからはタクシーを利用した<br /><br />これがショパン博物館。2010年3月1日、ショパンの生誕200周年記念に合わせオープンした<br /><br />ポーランド・リトアニア共和国の貴族 Janusz Ostrogski(ヤヌシュ・オストログスキー)が16世紀から17世紀にかけて建てたバロック形式の宮殿で、第二次世界大戦中に焼失したが1954年に再建された

    ワジェンキ公園から今度はショパン博物館に行った (12:34)

    ワジェンキ公園を訪れるのに思わぬ時間ロスをしたこと及びトイレに行きたかったが公園内にトイレは少なく見つけるのも面倒なので公園出口でからはタクシーを利用した

    これがショパン博物館。2010年3月1日、ショパンの生誕200周年記念に合わせオープンした

    ポーランド・リトアニア共和国の貴族 Janusz Ostrogski(ヤヌシュ・オストログスキー)が16世紀から17世紀にかけて建てたバロック形式の宮殿で、第二次世界大戦中に焼失したが1954年に再建された

    ショパン博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • ミュージアムの右側の建物はチケット売り場。(12:34)<br />ここで ChopinPASS の予約票を提示して入場券の代わりとなるICカードを受け取る<br /><br />入場制限があるなどの情報もあったが、空いていたのかあっさりと入れた

    ミュージアムの右側の建物はチケット売り場。(12:34)
    ここで ChopinPASS の予約票を提示して入場券の代わりとなるICカードを受け取る

    入場制限があるなどの情報もあったが、空いていたのかあっさりと入れた

  • Level 0(=1階、入り口のある階)の様子 (12:47)<br /><br />ショパンの作品や出来事を年代順に紹介している<br />

    Level 0(=1階、入り口のある階)の様子 (12:47)

    ショパンの作品や出来事を年代順に紹介している

  • 地下1階の様子。ショパンの全曲がヘッドフォンで聞けるブースが彼の作曲した音楽ジャンルごとに並んでいる<br /><br />ここでゆっくりと座って自分の好きな彼の曲を聴くことにした<br />生演奏ではないが、はるばる彼の祖国で彼の音楽を聞けて感動で少しウルウルした<br />

    地下1階の様子。ショパンの全曲がヘッドフォンで聞けるブースが彼の作曲した音楽ジャンルごとに並んでいる

    ここでゆっくりと座って自分の好きな彼の曲を聴くことにした
    生演奏ではないが、はるばる彼の祖国で彼の音楽を聞けて感動で少しウルウルした

  • ショパンのポロネーズの解説(12:49:42)<br /><br />英語で、しかも音楽の専門用語も出てくるので難解で読むのに時間がかかった<br />

    ショパンのポロネーズの解説(12:49:42)

    英語で、しかも音楽の専門用語も出てくるので難解で読むのに時間がかかった

  • 即興曲の解説と収録曲&演奏者(13:01:14)<br /><br />残念ながら日本人ピアニストの名前は見つからなかった<br /><br />

    即興曲の解説と収録曲&演奏者(13:01:14)

    残念ながら日本人ピアニストの名前は見つからなかった

  • ショパンとバッハ(13:25)<br /><br />ショパンは幼少時よりバッハの音楽に親しんでおり偉大な「音楽の父」へのオマージュとして24の前奏曲集を作曲した<br /><br />有名な「雨だれ」(=前奏曲 第15番  変ニ長調)もこの中に入っており、スペインのマジョルカ島旅行中に作曲されたもの<br /><br />ただしショパン自身は作品にタイトルをつけることはしなかった

    ショパンとバッハ(13:25)

    ショパンは幼少時よりバッハの音楽に親しんでおり偉大な「音楽の父」へのオマージュとして24の前奏曲集を作曲した

    有名な「雨だれ」(=前奏曲 第15番 変ニ長調)もこの中に入っており、スペインのマジョルカ島旅行中に作曲されたもの

    ただしショパン自身は作品にタイトルをつけることはしなかった

  • これは館内の案内図。ミュージアムは地上3階、地下1階<br /><br />Level 0 (=地階)は入り口、ショパンの家族や故郷のジェラゾワ・ヴォラに関する展示<br /><br />Level 1(=2階)はショパンが活躍したパリ時代の展示。パリのサロンの再現やプレイエル社製ピアノの展示など<br /><br />Level 2(=3階)はショパンの欧州演奏旅行、死に関する展示<br /><br />Level -1(=地下1階)はショパンの作曲ジャンルごとにブースがあり、ヘッドフォンで録音された音楽を聴ける

    これは館内の案内図。ミュージアムは地上3階、地下1階

    Level 0 (=地階)は入り口、ショパンの家族や故郷のジェラゾワ・ヴォラに関する展示

    Level 1(=2階)はショパンが活躍したパリ時代の展示。パリのサロンの再現やプレイエル社製ピアノの展示など

    Level 2(=3階)はショパンの欧州演奏旅行、死に関する展示

    Level -1(=地下1階)はショパンの作曲ジャンルごとにブースがあり、ヘッドフォンで録音された音楽を聴ける

  • Level 0 にはショパンが生まれたジェラゾワ・ヴォラの様子や家族が肖像画とともに紹介されている (13:37)<br /><br />また写真にあるようにカプセル状の空間でショパンの音楽を楽しめる<br />

    Level 0 にはショパンが生まれたジェラゾワ・ヴォラの様子や家族が肖像画とともに紹介されている (13:37)

    また写真にあるようにカプセル状の空間でショパンの音楽を楽しめる

  • これがLevel 1(=2階)の階段室 (14:41)

    これがLevel 1(=2階)の階段室 (14:41)

  • 階段は両側にあった (14:41)<br />

    階段は両側にあった (14:41)

  • Level 1(=2階にあたる)はショパンが活躍したパリ時代の展示<br /><br />ショパンが好んだプレイエル社のピアノが展示されていた<br />

    Level 1(=2階にあたる)はショパンが活躍したパリ時代の展示

    ショパンが好んだプレイエル社のピアノが展示されていた

  • 一見女性かと思ったがこれはジョルジュ・サンドの息子、Maurice (モーリス)の肖像画 (14:13:15)<br /><br />ジョルジュ・サンドはこの息子を溺愛し、奔放な娘のソランジュに厳しく接したので両者の溝は深まっていく

    一見女性かと思ったがこれはジョルジュ・サンドの息子、Maurice (モーリス)の肖像画 (14:13:15)

    ジョルジュ・サンドはこの息子を溺愛し、奔放な娘のソランジュに厳しく接したので両者の溝は深まっていく

  • ジョルジュ・サンドの娘 ソランジュ、ショパンの臨終を見守ったひとり<br /><br />フランスの田舎ノアンで暮らすうちに(ショパン+ソランジュ)VS (サンド+息子モーリス)の対決構図になっていった<br /><br />彼女の結婚問題がショパンがサンドと破局に至る直接的な原因となった

    ジョルジュ・サンドの娘 ソランジュ、ショパンの臨終を見守ったひとり

    フランスの田舎ノアンで暮らすうちに(ショパン+ソランジュ)VS (サンド+息子モーリス)の対決構図になっていった

    彼女の結婚問題がショパンがサンドと破局に至る直接的な原因となった

  • ジョルジュ・サンドがショパンを描いた絵<br />この絵の説明として &quot;Chopin running up four stairs to Ms.Marliani&quot; と添えてあった<br /><br />ショパンは大きな鼻にコンプレックスを抱いていたというが、この絵も彼の鼻を誇張気味に描いている<br />

    ジョルジュ・サンドがショパンを描いた絵
    この絵の説明として "Chopin running up four stairs to Ms.Marliani" と添えてあった

    ショパンは大きな鼻にコンプレックスを抱いていたというが、この絵も彼の鼻を誇張気味に描いている

  • これはサンドの息子、モーリス が描いた絵<br /><br />タイトルは &quot;Fryderyk Chopin giving instructions to Pauline Viardot&quot; ポーリーヌ・ヴィアルドを教えるショパン<br /><br /><br />

    これはサンドの息子、モーリス が描いた絵

    タイトルは "Fryderyk Chopin giving instructions to Pauline Viardot" ポーリーヌ・ヴィアルドを教えるショパン


  • Jenny Lind (ジェニー・リンド)<br /><br />この少女漫画に出てきそうな美女は「ショパンの最後の恋人」という説もある女性<br />スウェーデン人のスーパースターのソプラノ歌手だった<br /><br />裕福だった彼女は経済的に困窮していたショパンに多額の援助を申し出、求婚もしていたとの話も、、、

    Jenny Lind (ジェニー・リンド)

    この少女漫画に出てきそうな美女は「ショパンの最後の恋人」という説もある女性
    スウェーデン人のスーパースターのソプラノ歌手だった

    裕福だった彼女は経済的に困窮していたショパンに多額の援助を申し出、求婚もしていたとの話も、、、

  • 2階にはバルコニーがあり、「ショパンの壁画」が見えたが、外には出られなかった

    2階にはバルコニーがあり、「ショパンの壁画」が見えたが、外には出られなかった

  • 木製の手すりが美しい階段を利用してLevel 2(=3階)に上がった (14:42)

    木製の手すりが美しい階段を利用してLevel 2(=3階)に上がった (14:42)

  • Level 2(=3階)は欧州旅行でのショパンと彼の &quot;死&quot; に関する展示<br />

    Level 2(=3階)は欧州旅行でのショパンと彼の "死" に関する展示

  • よく見かけるこのショパンが38歳の時の肖像画は親交のあった画家Ferdinand Victor Eugène Delacroix (フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ)が描いたもの

    よく見かけるこのショパンが38歳の時の肖像画は親交のあった画家Ferdinand Victor Eugène Delacroix (フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ)が描いたもの

  • 病床のショパンは最愛の母との再会を望んだが老いて長旅は無理なので姉ルドヴィカに会いに来てくれるよう懇願した<br /><br />リドヴィカは病床のショパンを献身的に介護し、死後も夫より弟ショパンの遺品整理などに奔走、これがのちに離婚の原因になったという<br /><br />ショパンの家族の結びつきがいかに強固なものであったかが分かるエピソードだ<br />

    病床のショパンは最愛の母との再会を望んだが老いて長旅は無理なので姉ルドヴィカに会いに来てくれるよう懇願した

    リドヴィカは病床のショパンを献身的に介護し、死後も夫より弟ショパンの遺品整理などに奔走、これがのちに離婚の原因になったという

    ショパンの家族の結びつきがいかに強固なものであったかが分かるエピソードだ

  • ミュージアムにはショップがあり、バラマキ用にショパンの肖像画が描かれたチョコレートを買った<br />

    ミュージアムにはショップがあり、バラマキ用にショパンの肖像画が描かれたチョコレートを買った

  • 自分用にはこのデミタスカップを購入<br />

    自分用にはこのデミタスカップを購入

  • ミュージアムを出てからバルコニーからも見えた「ショパンの壁画」まで歩いた<br /><br />中央の長髪でタキシードを着た人物がショパン、その右の葉巻を持った女性がジョルジュ・サンド<br /><br />ショパンの左には心臓の入ったボトルを持つショパンの姉、ルドヴィカが描かれている<br /><br />ルドヴィカの上にはこの絵のタイトルだろうか &quot;The mese of Chopin&quot; (ショパンの女神)と書かれている<br /><br />気になるのはショパンとルドヴィカの間に描かれているカメラを持った人物で、明らかに日本人?を意識して描かれている

    ミュージアムを出てからバルコニーからも見えた「ショパンの壁画」まで歩いた

    中央の長髪でタキシードを着た人物がショパン、その右の葉巻を持った女性がジョルジュ・サンド

    ショパンの左には心臓の入ったボトルを持つショパンの姉、ルドヴィカが描かれている

    ルドヴィカの上にはこの絵のタイトルだろうか "The mese of Chopin" (ショパンの女神)と書かれている

    気になるのはショパンとルドヴィカの間に描かれているカメラを持った人物で、明らかに日本人?を意識して描かれている

  • ミュージアム見学終了後はショパンがよく通ったというレストラン &quot;Honoratka&quot; ホノラトカ に行ってみた<br /><br />これは Miodowa 通りにあるレストランの看板で、ここからは入れない<br />

    ミュージアム見学終了後はショパンがよく通ったというレストラン "Honoratka" ホノラトカ に行ってみた

    これは Miodowa 通りにあるレストランの看板で、ここからは入れない

  • Miodowa 通りにあった看板のメニュー表をGoogle 翻訳を利用して解読すると月曜から金曜日の12時~16時に限り写真左端のランチメニューが用意されているようだ (17:19:05)<br /><br /><br />

    Miodowa 通りにあった看板のメニュー表をGoogle 翻訳を利用して解読すると月曜から金曜日の12時~16時に限り写真左端のランチメニューが用意されているようだ (17:19:05)


  • レストランに入るにはカピトゥルナ通りにあるこの看板のところから入る (17:20:47)<br />

    レストランに入るにはカピトゥルナ通りにあるこの看板のところから入る (17:20:47)

  • レストランは地下にある。ワインセラーを転用したものらしい

    レストランは地下にある。ワインセラーを転用したものらしい

  • 入り口にはショパンの似顔絵とワルシャワの王宮広場の絵があった(18:15:54)

    入り口にはショパンの似顔絵とワルシャワの王宮広場の絵があった(18:15:54)

    ホノラトカ 地元の料理

  • レストラン内はほとんど客もおらず、静かな雰囲気だった (17:38:55)

    レストラン内はほとんど客もおらず、静かな雰囲気だった (17:38:55)

  • 最初にマッシュルーム・スープを食べた(17:34:19)<br /><br />しょう油のような色で見てくれは悪いが味は美味しかった

    最初にマッシュルーム・スープを食べた(17:34:19)

    しょう油のような色で見てくれは悪いが味は美味しかった

  • 次にポーランド名物、ピエロギを食べた(17:42:43)<br /><br />ピエロギはクラクフでも食べたがこちらの方が塩味が薄く、自分好みだった

    次にポーランド名物、ピエロギを食べた(17:42:43)

    ピエロギはクラクフでも食べたがこちらの方が塩味が薄く、自分好みだった

  • 最後に「ご飯いり野菜サラダ」のようなものを食べた(17:52:19)

    最後に「ご飯いり野菜サラダ」のようなものを食べた(17:52:19)

  • よせばいいのにスイーツとしてアップルパイを食べたら、これは少し甘すぎた(18:02:51)<br />

    よせばいいのにスイーツとしてアップルパイを食べたら、これは少し甘すぎた(18:02:51)

  • 以上にミネラル・ウォーター込みで合計63PLN(=約1,800円)と分量を考えると日本よりはるかに安いと言える料金だった

    以上にミネラル・ウォーター込みで合計63PLN(=約1,800円)と分量を考えると日本よりはるかに安いと言える料金だった

  • 旧市街にあるホノラトカからぶらぶら散歩がてらにショパンゆかりの場所を見て回った。これはワルシャワ大学<br />

    旧市街にあるホノラトカからぶらぶら散歩がてらにショパンゆかりの場所を見て回った。これはワルシャワ大学

    ワルシャワ大学 建造物

  • ショパンがよくオルガンを演奏したヴィジトキ教会

    ショパンがよくオルガンを演奏したヴィジトキ教会

    ヴィジトキ教会 寺院・教会

  • あいにく結婚式が執り行われていて内部は見られなかった

    あいにく結婚式が執り行われていて内部は見られなかった

  • クラクフ通りにはショパンの音楽が流れるベンチがあるが、あいにく壊れていた(と現地のポーランド人が指されて言っていた)

    クラクフ通りにはショパンの音楽が流れるベンチがあるが、あいにく壊れていた(と現地のポーランド人が指されて言っていた)

    ショパンのベンチ モニュメント・記念碑

  • ベンチの左端には次のように書かれていた<br /><br />・・・ショパン一家は1827年にここに住み始めた。フレデリックはピアノ付きの前面の部屋を与えられ、1830年にワルシャワに永遠の別れを告げるまでここに留まった。・・(以下略)<br /><br /><br /><br /><br />

    ベンチの左端には次のように書かれていた

    ・・・ショパン一家は1827年にここに住み始めた。フレデリックはピアノ付きの前面の部屋を与えられ、1830年にワルシャワに永遠の別れを告げるまでここに留まった。・・(以下略)




  • ショパンの心臓が安置されている聖十字架教会<br />

    ショパンの心臓が安置されている聖十字架教会

    聖十字架教会 (ワルシャワ) 寺院・教会

  • ”SURSUM CORDA”” ラテン語で Lift up your hearts (心を挙げよ、の意味)<br /><br />カトリックのミサの初めの決まり文句<br />

    ”SURSUM CORDA”” ラテン語で Lift up your hearts (心を挙げよ、の意味)

    カトリックのミサの初めの決まり文句

  • 聖十字架教会内部。 手前左側の柱にショパンの心臓が安置されている<br />

    聖十字架教会内部。 手前左側の柱にショパンの心臓が安置されている

  • ショパンの心臓が安置されている柱

    ショパンの心臓が安置されている柱

  • 柱の上部にはショパンの胸像があり、その下には以下の言葉が刻まれている<br /><br />Gdzie skarb twoj tam i serce twoje (汝の宝物があるところに汝の心もある  マタイの福音書6章21節より)<br /><br />フレデリック・ショパン<br /><br />1810年2月22日 ジェラゾワ・ヴォラ生まれ、1849年10月17日 パリ没<br /><br />

    柱の上部にはショパンの胸像があり、その下には以下の言葉が刻まれている

    Gdzie skarb twoj tam i serce twoje (汝の宝物があるところに汝の心もある  マタイの福音書6章21節より)

    フレデリック・ショパン

    1810年2月22日 ジェラゾワ・ヴォラ生まれ、1849年10月17日 パリ没

  • この部分に姉ルドヴィカがパリから持ち帰ったショパンの心臓が埋め込まれている<br /><br />“HERE RESTS THE HEART OF FREDERICK CHOPIN&quot; ここにショパンの心臓眠れり<br /><br />この場合のHEARTは「心臓」と「心」の両方の意味を持っていると思う<br /><br />20歳にして故郷ワルシャワを離れ、パリでは成功を収めたものの彼の庇護者でもあったジョルジュ・サンドとも別れ最後はごく内輪の人々だけに看取られて旅立ったショパン<br /><br />異国にいてもその心はいつもワルシャワの彼の温かい家族とともにあったのだろう<br /><br />今回彼の人となりもいろいろ知り、益々彼のことが好きになった。<br />また彼の音楽に秘められた彼の人生そのものの喜怒哀楽も理解できるようになった<br />彼の音楽を聴くたびに今回の旅を懐かしく思い出すだろう<br /><br />有難う、ショパン さようなら また逢う日まで! Dziękuję Do widzenia<br /><br />https://www.youtube.com/watch?v=0gM4dWVc0fM<br /><br /><br />

    この部分に姉ルドヴィカがパリから持ち帰ったショパンの心臓が埋め込まれている

    “HERE RESTS THE HEART OF FREDERICK CHOPIN" ここにショパンの心臓眠れり

    この場合のHEARTは「心臓」と「心」の両方の意味を持っていると思う

    20歳にして故郷ワルシャワを離れ、パリでは成功を収めたものの彼の庇護者でもあったジョルジュ・サンドとも別れ最後はごく内輪の人々だけに看取られて旅立ったショパン

    異国にいてもその心はいつもワルシャワの彼の温かい家族とともにあったのだろう

    今回彼の人となりもいろいろ知り、益々彼のことが好きになった。
    また彼の音楽に秘められた彼の人生そのものの喜怒哀楽も理解できるようになった
    彼の音楽を聴くたびに今回の旅を懐かしく思い出すだろう

    有難う、ショパン さようなら また逢う日まで! Dziękuję Do widzenia

    https://www.youtube.com/watch?v=0gM4dWVc0fM


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