2019/03/26 - 2019/03/26
143位(同エリア646件中)
motogenさん
- motogenさんTOP
- 旅行記391冊
- クチコミ1件
- Q&A回答3件
- 438,717アクセス
- フォロワー44人
若草伽藍はあきらめて、法隆寺の西院伽藍に入る。
何回となく見学した法隆寺だが、今回はこれまでとは違って、美術鑑賞や骨董鑑賞ではない。
この寺の真実は、聖徳太子一族の怨霊を外に出さないように閉じ込め、礼を尽くして怨霊を祀り上げ、祟りが起こらないよう鎮めるためのものだという。
それを聞いて、ここにやって来たのだ。
法隆寺は聖徳太子を讃える寺には違いないが、太子を褒め上げる奇想天外な話も多い。
太子をそこまで褒め上げるという、そうせざるを得ない事情があったのだ。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
中門の不思議は、門の中央に柱が立っていることだ。
中央にこの柱があるために、門は2組の観音扉が必要となる。
立ちふさがる邪魔な柱・・
このような門は、法隆寺にしかない。
門の前面に5本の柱が立ち、4つの区切り(4間)になっているからだ。
この時代、偶数は陰数(縁起の悪い数)で、特に4は死者に絡む数だ。 -
受付でチケットを買う。
「えっ!!」
1500円だった。(西院、東院、大宝蔵院にも入れるが)
高い。
驚く私たちに向かって、先輩リーダーに率いられた見習いガイドたちがやって来て、この人たちは無料で入っていった。 -
中門を内側から見ると、やはり真ん中の柱は邪魔だ。
門は人が出入りするものだと現代人は思いがちだが、本来は、寺の門は仏が出入りする仏門なのだそうだ。
そうなると、この門は仏(怨霊)が外に出ていくのを妨げる造りとなっている。(梅原氏はそう考える。) -
中門から奥を見ると、正面にあるのは講堂だ。
創建当初は講堂はなく、この場所には食堂があったようで、
講堂がないということは、法隆寺は僧侶が修行したり研鑽する寺ではないことになる。 -
元の法隆寺の回廊は、オレンジ色の線のようになっていて、回廊の外に鐘楼、食堂、経堂があったのではないのか・・
食堂などは回廊の外あって、怨霊を見張っていたのではないのか・・
と梅原氏は考える。 -
いつもなら見学しない西室や西円堂にも行ってみた。
西円堂は八角形の建物で、夢殿と似ている。
当時の最高権力者、藤原不比等の妻の橘三千代が建てたという。
夢殿完成の20年前だ。
八角形の建物は墓だという。
夢殿も墓だ。法隆寺 寺・神社・教会
-
もとに戻って、五重の塔を観察する。
解体修理をした時、心柱の下には舎利がなく、東北隅の柱の下から焼かれた人骨が出てきたという。
法輪寺(法隆寺のミニチュア版?)の礎石の下からも、焼けた人骨が出たというが、いったい誰の骨なのか。法隆寺 寺・神社・教会
-
塔の最上階は柱が3本、区切りは2間で、ここにも偶数の原理がある。
偶数の原理で造られている代表格は、オオクニヌシを祀る出雲大社だ。
九州からやって来た神(アマテラス)に、国譲りをした古の神(オオクニヌシ)は言う。
「お前の館よりも巨大で立派な館を作ってくれれば、国を譲る。」
実際には九州の王族が、古来の王族を滅ぼしたのだが、滅ぼされた一族がタタリ神(怨霊)となって災いを起こさないよう、立派な神社を造り、その中に怨霊を閉じ込めたのが出雲大社だ。
伊勢神宮(アマテラス)は奇数の原理で造られている。 -
塔の中にあるのは粘土で造られた塑像だ。
東西南北の四面にあり、東面は文殊菩薩と維摩(ゆいま)が問答している場面だ。
俗人でありながら、文殊よりも仏教に詳しい維摩を太子のイメージとダブらせて、仏の教えは大衆と共にあるもので、大衆を救うものでなければならないと説いている塑像だ。 -
北側に回ると、釈迦が亡くなる場面で、
太子の死をダブらせている。
-
そして西側に回ると、釈迦が火葬され、舎利瓶に入れられて分骨される場面となる。
南側には、弥勒となった釈迦が天使に導かれ、天上に昇っていく。
この一連の場面は、釈迦を題材としているが、太子の一生を現しているのだという。
「貴方はこんなに立派だった。この塔こそ貴方だ。だからずっとこの塔の中に居てください。」 -
塑像を取り巻く四方の壁には、色鮮やか仏画が描かれていたという。
昭和の事故で壊されてしまったが、現代テクノロジーで復元が試みられ、このように再現された。 -
当時は赤い柱や梁に囲まれた8面の壁に、菩薩が描かれて、塔の内部は極楽浄土となっていたはずだ。
仏教を崇拝した太子の理想の世界は、徳こそが最高のもので、
徳によって官位を決めるべきで、家柄や武力ではないというものだ。
この理想主義は曽我氏内部でも対立を起こしていく。
その対立を利用して曽我氏を滅ぼし、理想と現実を上手に使い分けて、自分は表面に立たずに権力を維持し続けたのが藤原氏だ。 -
金堂に入る。
金堂は寺の本尊を安置する場所であり、本尊を拝む場所でもある。
2階を仰ぎ見ると、ここにも偶数の原理がある。 -
金堂の中には13体の仏像があるが、作成年代はそれぞれ違う。
中央のご本尊様は、銅でできた釈迦如来だ。
焼失した法隆寺にあった釈迦如来だと言うが、焼失した寺の仏像が損傷もおわず、なぜここにあるのか。
この謎は、金堂の建立年代が推定できたことで解けた。
(画像はパンフレット等より) -
金堂を造り始めたのは、元の法隆寺が焼失する前で、焼失時には完成間近だったことが分かった。
仏像はすでに移されていたのだ。
元の寺には太子一族が殺害された塔があり、近寄るものはなく荒れ果てていたという。
この時期、白村江の戦で敗北したり、疫病が流行ったりして、これを太子一族の祟りと考えた権力者は、呪われた寺を壊すと同時に、一族の恨みを鎮める新しい寺が必要になったのだ。 -
太子一族を殺したのは曽我入鹿ということになっているが、(日本書紀)
実際には入鹿一人の仕業とは考えにくく、中臣鎌足や中大兄皇子も共犯で、太子を慕う人々の目を気にして、入鹿一人の犯行としたのであろう。
その後、太子の敵討ちと称して入鹿を討ち、権力を掌握して大化の改新となる。 -
中臣鎌足は天皇より藤原の姓を賜る。
中臣という姓は、高貴な姓ではなかったのだ。
鎌足は中大兄皇子(天智天皇)によって立身出世を実現し、その後永きに渡って日本を動かす藤原一族の基礎を築くことになるが、
その藤原氏の恐れは、太子一族の祟りである。 -
新しい法隆寺の完成後も、疫病が流行ったり、災害があったり、身内の者が若くして亡くなったりすると、法隆寺の仏像や装飾品が増えたり、寺の荘園が増えていく。
権力者の太子の霊への恐れは並大抵のものではなかったのだ。 -
本尊の釈迦如来(左)の横には薬師如来(右)が鎮座している。
しかしこの薬師如来は、本当に薬師如来だろうか?
手の形、衣服、髪型、どう見ても釈迦如来とそっくりで、本尊を手本にして造られたものであるとしか考えられない。
コピーが隣に置かれているとは不思議な金堂だが、 -
現在の金堂には13体の仏像が置かれているが、当初は違っていたらしい。
本尊に向かって左側には、救世観音が置かれていたことが分かってきた。
救世観音とは、秘仏として夢殿に格納されていた仏像だ。
釈迦如来と救世観音は、太子の等身大となっていて、太子の顔や身体になぞらえて制作したものだという。
法隆寺は太子を如来や菩薩として祀ってある寺ということになる。 -
秘仏として夢殿の厨子に厳重に保管されていた救世観音。
明治17年、一人の欧米人が政府の公文を持って夢殿を訪れた。
頑として抵抗する僧侶を退けて、二重になった厨子を開けると、何重にも布で巻かれた仏像が現れた。
人の目にふれることあれば忽ち災いが起こる、と言い伝えられきた仏像は、この日から美的鑑賞の対象となる。 -
不思議な仏像だ。
高村光太郎はこれを見て
「顔面の不思議極まる化け物じみたもの凄さ・・」と表現した。
その手にあるのは、宝珠ではなく舎利瓶だと梅原氏は言う。
-
救世観音(右)は百済観音(左)と似ているが、救世観音は背中側は空洞で、背や尻がない。
そして光背が、大きな釘で頭に打ち付けられている。
まるで呪いの人形であるかのように。
この光背は最初(金堂に置かれていた時)からこんな状態だったのか?
そうではなく、夢殿に封じ込まれた時にこうなったのかも知れない。 -
大宝蔵院の中にはこの救世観音をはじめ、玉虫厨子や多くの仏像・仏画、装飾品が展示されていたが、撮影禁止となっていた。
-
救世観音が秘仏となっていた夢殿に向かう。
東院伽藍の建立時期は、太子が亡くなってから120年後の平城京時代だ。
この時期になぜこのようなものが造られたのか?
それは太子の怨霊が再現したからだという。
法隆寺 寺・神社・教会
-
藤原氏の最大のピンチがおとずれた。
疫病が発生し、たちまちのうちに藤原氏の有力者の命をうばっていった。
そして藤原氏の女性たちは恐怖のどん底に落ちいった。
「これは、太子一族の祟りに違いない。」
残された光明皇后や聖武天皇は、神仏に頼り、様々な祭りごとを行う。 -
その中心に政治僧の行信がいた。
行信は夢殿を造らせ、そしてこう言ったに違いない。
「ご安心ください、皇后様。
この八角堂は太子の怨霊を封じた墓です。
この厨子の中で、太子の霊に夢をみていてもらうことにいたしましょう。
大丈夫です。
太子の身体は中身が空っぽなのです。
頭の真後には釘が打ちつけられ、重い光背が乗っています。
そして二重の厨子の中に、閉じ込めてあるのです。
もうここから抜け出して、祟りを起こせません。」 -
法隆寺は、舎利瓶が数多く出てくる。
法隆寺は死に匂いが漂う寺院だ・・と梅原氏はいう。 -
夢殿には回廊の一部を兼ねている舎利殿がある。
太子が2歳の時に、太子の掌中から出現した釈迦の舎利を納めてある建物だという。
奇想天外な伝説を含め、聖徳太子を褒め称えたのも藤原氏だ。
「貴方ほど、素晴らしいお方はいない!
貴方こそ、釈迦の生まれかわり、釈迦如来だ。」
最大限に褒め称え、仏教信者の支持を集め、太子の霊を鎮めたかったのだろう。 -
舎利殿を覗いてみたが、立ち入り禁止となっていた。
-
法隆寺を後にする。
これまでは寺社に興味はなく、仏や仏閣には、どちらかと言えばそっぽを向いていた私なのに、今回の古墳や寺院巡りは、わくわくするものだった。
物部氏とか曽我氏とか、入鹿とか中大兄皇子とか、おおまかな知識はあるものの、その実はほとんど理解できず、この時代は闇の中だったのに、
それを生き生きとした姿で空想させてくれたのは、梅原氏だ。 -
この時代の仏教とは、何だったのか・・
聖徳太子の功績は、何だったのか・・
この時代の人は何を信じ、何を考えて暮らしていたのか・・
権力とは、どのようにして作られるのか・・
それらのことを考える、楽しい旅となれたことに感謝したい。 -
法輪寺に戻って来ると、もう昼を過ぎていた。
急がないと、帰宅が深夜になってしまう。
法輪寺の見学は取りやめて、駐車場をそっと抜け出した。
天理、伊賀を通って我が家に帰る、7時間の自動車旅が待っている。法輪寺 寺・神社・教会
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊
-
「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊(1/7)こんな街道があったのか!関宿
2019/03/24~
関
-
「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊(2/7)高松塚古墳の謎・太子の湯
2019/03/24~
飛鳥
-
「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊(3/7)暴かれた石舞台古墳と、母を弔う川原寺跡
2019/03/25~
飛鳥
-
「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊(4/7)太子ゆかりの橘寺、日本で最初に建立され...
2019/03/25~
飛鳥
-
「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊(5/7)大官大寺跡、本薬師寺跡、小墾田宮の候補...
2019/03/25~
飛鳥
-
「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊(6/7)法隆寺の若草伽藍を探しまわる
2019/03/26~
斑鳩・法隆寺周辺
-
「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊(7/7)法隆寺の謎を見て歩く
2019/03/26~
斑鳩・法隆寺周辺
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (4)
-
- kummingさん 2020/10/31 22:18:09
- 隠された十字架♪
- はじめまして~
昔むかし、まだ怖れも知らず、純真無垢?なうら若き乙女だった時代、出会った高校日本史の先生ご推薦の、梅原猛著「隠された十字架」、貪るように読んだ青春時代が懐かしく想い出されました。
その日本史の先生は、天武、天智天皇の青年時代の額田王を巡る三角関係とか、僧道鏡と孝謙女帝の妖しい関係、藤原不比等の姻戚関係による天皇家乗っ取り政略?もちろん、聖徳太子を巡る色々な呪われた話、等、授業は本道から外れに逸れたにも関わらず、私たち生徒の注目度No.1の興味深い、面白いものでした。
motogenさんの実地検証兼ねた現地取材歴史旅行記、興味深く、楽しませて頂きます♪
- motogenさん からの返信 2020/11/01 17:33:07
- Re: 隠された十字架♪
- ありがとうございます。
梅原猛ファンに出会えて、最高に幸せです。
梅原氏の著書を読むようになったのは最近のことで、人生観が変わりました。
それまでは、仏教や神は坊さんや神主たちの金儲けや立身出世の道具で、神話や説法は詐欺めいたものだと思っていました。
ところが梅原氏の著書を読み進めていくと、本来の仏教や神道は、なんて素晴らしいものなんだろう、古来より伝わってきた日本文化の精神は、今の社会を救うのではないだろうか・・・と思えるようになってきました。
今の葬式仏教や、伊勢神宮を頂点とする明治政府が作った神道は嫌いですが、本来の仏教や神道は違うようです。
梅原猛のものの見方、考え方、生き方に感激するのは、自分が年老いたからかもしれませんが、やはり梅原猛を知って良かったと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
「徒然なるままに♪」 すごく面白いですね。完成が豊か。こんな旅行記もあったんだ・・と感服しています。
-
- mistralさん 2020/10/26 23:07:48
- 斑鳩、飛鳥へ。
- motogenさん
はじめまして。
「隠された十字架・法隆寺論」というタイトルに惹かれて旅行記を
拝読しました。
折から、近くgo to travei キャンペーンを利用して奈良へ、
そこで斑鳩、飛鳥を回ってくる予定だったものですから。
読み進めるうちに、motogenさんのご旅行のスタイルにもとっても
興味を惹かれました。
ドローンを飛ばして高松塚古墳を空中から撮影されるなど
日頃、旅をしていて空からみたらどのように見えるのかと想像する
のみですが、見事なまでに実現されていてワクワクしました。
おまけに車中泊をされながら、現地で食料を調達されたりしての旅。
奈良までの往復のドライブも、何やら楽しそう。
今日は駆け足にて一気読みさせていただきましたが、またじっくり
拝読させていただきます。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
mistral
- motogenさん からの返信 2020/10/27 12:35:45
- Re: 斑鳩、飛鳥へ。
- ありがとうございます。
今まで抱いてきた常識がくつがえる、新しい視点からものを見る、そんなことが大好きです。
この歳になっても、興味本位で生きているので、人様から変わり者だと思われているようです。
でもやめられません。
mistralさんも、山登りをしたり、人が行かない場所で体験したり、楽しい人生ですね。
これからもよろしくお願いします。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
斑鳩・法隆寺周辺(奈良) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 「隠された十字架・法隆寺論」に導かれて、明日香・斑鳩で車中泊
4
34