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ベルギー王立美術館の近代(世紀末)美術館の旅行記(コレクション紹介)の第3弾です。 楽しみにしていたフェルナン・クノップフ、ジャン・デルヴィルをはじめとするベルギー象徴派の作品が中心です。<br />クノップフは、1898年、第1回ウィーン分離派展へ傑作『愛撫』を出品、クリムトの作風形成にも影響を与えた画家ですが、彼の作品はコレクターが愛蔵しているものが多く、纏まった作品が見れるのはここベルギー王立美術館の近代(世紀末)美術館ぐらいだと思います。日本でも1990年にフェルナン・クノップフ展開催されていますが、それ以来まとまった作品群を見る機会はなかったと思います(ベルギー王立美術館展のは数点出品)。<br />2018年8月に訪問した、オランダ・ベルギー・ルクセンブルグの旅の旅行記並びにベルギー王立美術館のコレクションの紹介、写真を整理しながら不定期にアップしてきましたが、1年半以上かかってやっと完成しました(笑)<br />※HPから作品名等検索しましたが詳細不明なものもあります。

ベルギー王立美術館近代部門【3】Fernand Khnopff、Jean Delville etc

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2018/08/08 - 2018/08/08

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旅行記グループ ベルギー王立美術館

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ベルギー王立美術館の近代(世紀末)美術館の旅行記(コレクション紹介)の第3弾です。 楽しみにしていたフェルナン・クノップフ、ジャン・デルヴィルをはじめとするベルギー象徴派の作品が中心です。
クノップフは、1898年、第1回ウィーン分離派展へ傑作『愛撫』を出品、クリムトの作風形成にも影響を与えた画家ですが、彼の作品はコレクターが愛蔵しているものが多く、纏まった作品が見れるのはここベルギー王立美術館の近代(世紀末)美術館ぐらいだと思います。日本でも1990年にフェルナン・クノップフ展開催されていますが、それ以来まとまった作品群を見る機会はなかったと思います(ベルギー王立美術館展のは数点出品)。
2018年8月に訪問した、オランダ・ベルギー・ルクセンブルグの旅の旅行記並びにベルギー王立美術館のコレクションの紹介、写真を整理しながら不定期にアップしてきましたが、1年半以上かかってやっと完成しました(笑)
※HPから作品名等検索しましたが詳細不明なものもあります。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
  • フェルナン・クノップフ 「シューマンを聞きながら」1883年<br />おそらくはクノップフの母親をモデルに、画家自身、熱狂的な崇拝者であったロマン派を代表する音楽家のひとりロベルト・シューマンの曲を室内で聴く女性の姿を描いた作品。2006年国立西洋美術館で開催された「ベルギー王立美術館展」に出展されていました。

    フェルナン・クノップフ 「シューマンを聞きながら」1883年
    おそらくはクノップフの母親をモデルに、画家自身、熱狂的な崇拝者であったロマン派を代表する音楽家のひとりロベルト・シューマンの曲を室内で聴く女性の姿を描いた作品。2006年国立西洋美術館で開催された「ベルギー王立美術館展」に出展されていました。

  • フェルナン・クノップフ「エドモン・ピカールの肖像」1884年<br />エドモン・ピカールは、ベルギーの法律家・作家であり、美術評論も行っており、ベルギーの画家達が1883年に結成した「20人展」にも関わっていて、毎年1月から3月に行われた展覧会の論評を行っていました。フェルナン・クノップフも20人展の設立メンバーの一人です。

    フェルナン・クノップフ「エドモン・ピカールの肖像」1884年
    エドモン・ピカールは、ベルギーの法律家・作家であり、美術評論も行っており、ベルギーの画家達が1883年に結成した「20人展」にも関わっていて、毎年1月から3月に行われた展覧会の論評を行っていました。フェルナン・クノップフも20人展の設立メンバーの一人です。

  • フェルナン・クノップフ「The Garden」1886年<br />フェルナン・クノップフは、ベルギー象徴主義において指導者的存在となった同派最大の画家。非現実的で夢想的な世界観や神秘的な場面描写、静寂性と虚無感が混在する独自の絵画表現で自身の様式を確立し、100点あまりの油彩画のほか、パステルや色鉛筆などを用いた作品を数多く残しています。

    フェルナン・クノップフ「The Garden」1886年
    フェルナン・クノップフは、ベルギー象徴主義において指導者的存在となった同派最大の画家。非現実的で夢想的な世界観や神秘的な場面描写、静寂性と虚無感が混在する独自の絵画表現で自身の様式を確立し、100点あまりの油彩画のほか、パステルや色鉛筆などを用いた作品を数多く残しています。

  • フェルナン・クノップフ 「ヴァン・デル・ヘクト嬢の肖像」1883年<br />可愛らしい少女の肖像画。モデルのルイーズ・ヴァン・デル・ヘクトは3歳。

    フェルナン・クノップフ 「ヴァン・デル・ヘクト嬢の肖像」1883年
    可愛らしい少女の肖像画。モデルのルイーズ・ヴァン・デル・ヘクトは3歳。

  • フェルナン・クノップフ 「ジェルメーヌ・ヴィーナーの肖像」1893年頃 <br />象徴主義の画家クノップフが、国際的な名声と認知を得たのは、肖像画によってですが、まず、彼は子供の肖像画を描くことから始めています。クノップフの描く子供は、あどけない外見にもかかわらず仕草や顔の表情によって大人のような印象を与えます。こちらも「ベルギー王立美術館展」に出展されていた作品。

    フェルナン・クノップフ 「ジェルメーヌ・ヴィーナーの肖像」1893年頃
    象徴主義の画家クノップフが、国際的な名声と認知を得たのは、肖像画によってですが、まず、彼は子供の肖像画を描くことから始めています。クノップフの描く子供は、あどけない外見にもかかわらず仕草や顔の表情によって大人のような印象を与えます。こちらも「ベルギー王立美術館展」に出展されていた作品。

  • フェルナン・クノップフ 「マルグリット・クノップフの肖像」1887年<br />クノップフは、6つ年下の妹のマルグリットに異常なまでの執着を持っており、彼の描く絵のモデルは特定の人物の肖像画以外は、すべてマルグリットです。この作品では、高貴な白のドレスに身を包んだマルグリットです。

    フェルナン・クノップフ 「マルグリット・クノップフの肖像」1887年
    クノップフは、6つ年下の妹のマルグリットに異常なまでの執着を持っており、彼の描く絵のモデルは特定の人物の肖像画以外は、すべてマルグリットです。この作品では、高貴な白のドレスに身を包んだマルグリットです。

  • フェルナン・クノップフ 「記憶」(部分拡大)1889年<br />作品全体の写真は、ガラスが反射してどうしても周りが映り込んでしまう為、トリミングしました。作品全体では7人の女性が描かれていますが、モデルは全て最愛の妹マルグリットです。

    フェルナン・クノップフ 「記憶」(部分拡大)1889年
    作品全体の写真は、ガラスが反射してどうしても周りが映り込んでしまう為、トリミングしました。作品全体では7人の女性が描かれていますが、モデルは全て最愛の妹マルグリットです。

  • フェルナン・クノップフ 「沈黙」1890年<br />沈黙は、とりわけ象徴主義者が愛好した主題。こちらのモデルもいうまでもなく妹のマルグリット。<br />

    フェルナン・クノップフ 「沈黙」1890年
    沈黙は、とりわけ象徴主義者が愛好した主題。こちらのモデルもいうまでもなく妹のマルグリット。

  • フェルナン・クノップフ「若い英国女性の顔」1891年<br />こちらはフェルナン・クノップフによる最初の彫像。

    フェルナン・クノップフ「若い英国女性の顔」1891年
    こちらはフェルナン・クノップフによる最初の彫像。

  • フェルナン・クノップフ「フォッセにて-モミの木の下で」1894年<br />極めて整然と木々が配置された森が描かれた作品。クノップフの内面的な風景の1枚。<br />

    フェルナン・クノップフ「フォッセにて-モミの木の下で」1894年
    極めて整然と木々が配置された森が描かれた作品。クノップフの内面的な風景の1枚。

  • フェルナン・クノップフ 「愛撫」1896年<br />クノップフ の代表作。1898年に開催された第1回ウィーン分離派展への出品作である本作に描かれるのは、人間の頭部と獅子の肉体を持つ、神話上の生物スフィンクスが、男性とも女性とも受け取ることができる両性具有的な人物を愛撫する姿です。スフィンクス、人物とも顔はマルグリットですね。

    フェルナン・クノップフ 「愛撫」1896年
    クノップフ の代表作。1898年に開催された第1回ウィーン分離派展への出品作である本作に描かれるのは、人間の頭部と獅子の肉体を持つ、神話上の生物スフィンクスが、男性とも女性とも受け取ることができる両性具有的な人物を愛撫する姿です。スフィンクス、人物とも顔はマルグリットですね。

  • フェルナン・クノップフ 「ストックレ邸の装飾計画」1904年頃<br />ベルギーの実業家アドルフ・ストックレはブリュッセル郊外に邸宅を建てることを決心し、設計をウィーンの建築家兼工芸家ヨーゼフ・ホフマンに依頼します。クノップフも室内装飾の依頼を受け、ここに見るようなクノップフの青を基調としたオリエンタルな構想を提出しましたが、実現しませんでした。<br />

    フェルナン・クノップフ 「ストックレ邸の装飾計画」1904年頃
    ベルギーの実業家アドルフ・ストックレはブリュッセル郊外に邸宅を建てることを決心し、設計をウィーンの建築家兼工芸家ヨーゼフ・ホフマンに依頼します。クノップフも室内装飾の依頼を受け、ここに見るようなクノップフの青を基調としたオリエンタルな構想を提出しましたが、実現しませんでした。

  • フェルナン・クノップフ 「メデューサの首」 1900年 <br />

    フェルナン・クノップフ 「メデューサの首」 1900年

  • フェルナン・クノップフ「聖アントニウスの誘惑」1883年<br />ギュスターヴ・フロベールの「聖アントニウスの誘惑」から着想を得て、描かれた作品。聖アントニウスがシバの女王の幻覚と対峙している幻想的なシーンが描かれています。<br />

    フェルナン・クノップフ「聖アントニウスの誘惑」1883年
    ギュスターヴ・フロベールの「聖アントニウスの誘惑」から着想を得て、描かれた作品。聖アントニウスがシバの女王の幻覚と対峙している幻想的なシーンが描かれています。

  • フェルナン・クノップフ<br />(左)「妖精の女王、アクラシア」1892年頃<br />(右)「妖精の女王、ブリトマール」1892年頃<br />対になっているこの作品はイギリスの詩人エドマンド・スペンサーが書いた寓意詩「妖精の女王」の登場人物、女騎士ブリトマートと裸体のアクラシアを描いた作品。いずれも妹マグリットを思わせる顔が描かれています。

    フェルナン・クノップフ
    (左)「妖精の女王、アクラシア」1892年頃
    (右)「妖精の女王、ブリトマール」1892年頃
    対になっているこの作品はイギリスの詩人エドマンド・スペンサーが書いた寓意詩「妖精の女王」の登場人物、女騎士ブリトマートと裸体のアクラシアを描いた作品。いずれも妹マグリットを思わせる顔が描かれています。

  • フェルナン・クノップフ 「青い翼」1894年頃<br />クノップフお気に入りの素材を集めたものだそうです。女性だけでなく、ギリシャ彫刻の頭部もマルグリットになっています。<br />

    フェルナン・クノップフ 「青い翼」1894年頃
    クノップフお気に入りの素材を集めたものだそうです。女性だけでなく、ギリシャ彫刻の頭部もマルグリットになっています。

  • ジャン・デルヴィル「パルジファル」1894年<br />クノップフとならんで「ベルギー象徴派」を代表する画家ジャン・デルヴィルの作品が続きます。

    ジャン・デルヴィル「パルジファル」1894年
    クノップフとならんで「ベルギー象徴派」を代表する画家ジャン・デルヴィルの作品が続きます。

  • ジャン・デルヴィル「オルフェウスの死」1893年<br />第3回薔薇十字展に出品されたもので、デルヴィルは、妻のマリー・ルセーヌをモデルとしてオルフェウスを両性具有者的に描いています。

    ジャン・デルヴィル「オルフェウスの死」1893年
    第3回薔薇十字展に出品されたもので、デルヴィルは、妻のマリー・ルセーヌをモデルとしてオルフェウスを両性具有者的に描いています。

  • ジャン・デルヴィル「輝く天使」1894年<br />

    ジャン・デルヴィル「輝く天使」1894年

  • ジャン・デルヴィル「サタンの財宝」1895年<br />デルヴィルの代表作の1つ。深海で仄暗く動く海藻類や珊瑚のなかで妖しく波打つアンドロギュヌスたちの群れ。<br />

    ジャン・デルヴィル「サタンの財宝」1895年
    デルヴィルの代表作の1つ。深海で仄暗く動く海藻類や珊瑚のなかで妖しく波打つアンドロギュヌスたちの群れ。

  • Omer Coppens「晩課」1899年頃

    Omer Coppens「晩課」1899年頃

  • Auguste Danse「Robert Sand travaillant dans l&#39;atelier d&#39;Auguste Danse」

    Auguste Danse「Robert Sand travaillant dans l'atelier d'Auguste Danse」

  • ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク「Storm on the north coast」1900年<br />ベルギーの象徴主義派の画家の作品。

    ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク「Storm on the north coast」1900年
    ベルギーの象徴主義派の画家の作品。

  • ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク「Le Puig Major, Ile Majorque」1902年頃

    ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク「Le Puig Major, Ile Majorque」1902年頃

  • ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク「Les amandiers, Baleares」1902年

    ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク「Les amandiers, Baleares」1902年

  • フランツ・フォン・シュトゥック「家族のグループ」1909年頃<br />フランツ・フォン・シュトゥックは、ドイツの画家・版画家・彫刻家・建築家。1895年からミュンヘン美術院の教授となり、教え子にはパウル・クレー、ワシリー・カンディンスキーなどがいます。

    フランツ・フォン・シュトゥック「家族のグループ」1909年頃
    フランツ・フォン・シュトゥックは、ドイツの画家・版画家・彫刻家・建築家。1895年からミュンヘン美術院の教授となり、教え子にはパウル・クレー、ワシリー・カンディンスキーなどがいます。

  • エドワード・バーン=ジョーンズ「プシュケの結婚」1895年<br />ラファエル前派のイギリスの美術家エドワード・バーン=ジョーンズの作品。プシュケはギリシャ神話の登場人物で美貌の持ち主です。その美貌ゆえに愛の神キューピッドからの求婚を受け、神の世界に迎い入れらえますが、この作品はプシュケがキューピッドの花嫁になるために天上の世界に向かう場面を描いたものです。

    エドワード・バーン=ジョーンズ「プシュケの結婚」1895年
    ラファエル前派のイギリスの美術家エドワード・バーン=ジョーンズの作品。プシュケはギリシャ神話の登場人物で美貌の持ち主です。その美貌ゆえに愛の神キューピッドからの求婚を受け、神の世界に迎い入れらえますが、この作品はプシュケがキューピッドの花嫁になるために天上の世界に向かう場面を描いたものです。

  • 可愛らしい作品ですが詳細不明。

    可愛らしい作品ですが詳細不明。

  • こちらも上と同じ作者のものでしょうか、詳細不明。

    こちらも上と同じ作者のものでしょうか、詳細不明。

  • Pierre Oyens 「De collega&#39;s」1884年<br /><br />

    Pierre Oyens 「De collega's」1884年

  • 彫刻が続きますが、詳細不明。

    彫刻が続きますが、詳細不明。

  • Charles Samuel 「Juliette Wytsman, peintre, n?・e Trullemans (1866-1925)」1893年 <br />ブリュッセルの彫刻家Charles Samuelの作品。モデルのJuliette Wytsmanも画家のようです。

    Charles Samuel 「Juliette Wytsman, peintre, n?・e Trullemans (1866-1925)」1893年
    ブリュッセルの彫刻家Charles Samuelの作品。モデルのJuliette Wytsmanも画家のようです。

  • シャルル・ヴァン・デル・スタッペン「L&#39;enseignement de l&#39;art」<br />年頃<br />古代ギリシャ・ローマを思わせる美しい彫刻。

    シャルル・ヴァン・デル・スタッペン「L'enseignement de l'art」
    年頃
    古代ギリシャ・ローマを思わせる美しい彫刻。

    ベルギー王立美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • ギュスターヴ=アドルフ・モッサ「死体」1906年<br />ギュスターヴ=アドルフ・モッサは、フランス象徴主義の最後の世代の画家。

    ギュスターヴ=アドルフ・モッサ「死体」1906年
    ギュスターヴ=アドルフ・モッサは、フランス象徴主義の最後の世代の画家。

  • ギュスターヴ=アドルフ・モッサ「Circe」1904年

    ギュスターヴ=アドルフ・モッサ「Circe」1904年

  • ヤコブ・スミッツ「ケンペン(地方)のシンボル」1901年頃、

    ヤコブ・スミッツ「ケンペン(地方)のシンボル」1901年頃、

  • ヤコブ・スミッツ「慈愛深い母」1901年頃<br />

    ヤコブ・スミッツ「慈愛深い母」1901年頃

  • Gustave Van De Woestyne 「日曜の午後」<br />

    Gustave Van De Woestyne 「日曜の午後」

  • ギュスターフ・デ・シュメト「Eve or The Apple」 1913年<br />

    ギュスターフ・デ・シュメト「Eve or The Apple」 1913年

  • コンスタン・モンタルド「the nest」1893年<br />ベルギー象徴主義の美術家、「藝術のために」のメンバーでもあるコンスタン・モンタルドの作品。

    コンスタン・モンタルド「the nest」1893年
    ベルギー象徴主義の美術家、「藝術のために」のメンバーでもあるコンスタン・モンタルドの作品。

  • コンスタン・モンタルド「踊るニンフ」1898年<br />モンタルドの理想や永遠の美への憧れを唯美主義的表現で示している作品。こちらも「ベルギー王立美術館展」に出展されていました。<br />

    コンスタン・モンタルド「踊るニンフ」1898年
    モンタルドの理想や永遠の美への憧れを唯美主義的表現で示している作品。こちらも「ベルギー王立美術館展」に出展されていました。

  • コンスタン・モンタルド「女性と孔雀」1909年<br />コンスタン・モンタルドの神秘的で幻想的な作品。

    コンスタン・モンタルド「女性と孔雀」1909年
    コンスタン・モンタルドの神秘的で幻想的な作品。

  • エミール・ファブリ「the fiancee 」1894年<br />エミール・ファブリもベルギー象徴主義のグループ「藝術のために」のメンバー。

    エミール・ファブリ「the fiancee 」1894年
    エミール・ファブリもベルギー象徴主義のグループ「藝術のために」のメンバー。

  • エミール・ファブリ「L&#39;offrande」1884年

    エミール・ファブリ「L'offrande」1884年

  • エミール・ファブリ「Les moissons」1921年

    エミール・ファブリ「Les moissons」1921年

  • エミール・ファブリ「Etapes et gestes」

    エミール・ファブリ「Etapes et gestes」

  • 詳細不明

    詳細不明

  • グザヴィエ・メルリ「ブルージュ」1890年頃<br />

    グザヴィエ・メルリ「ブルージュ」1890年頃

  • グザヴィエ・メルリ「The Dance」

    グザヴィエ・メルリ「The Dance」

  • George Minne「Les (trois) saintes femmes (au tombeau) 」1896年頃<br /><br /><br /><br />

    George Minne「Les (trois) saintes femmes (au tombeau) 」1896年頃



  • Gustave Vanaise 「La bacchante」

    Gustave Vanaise 「La bacchante」

  • レオン・フレデリック「生命の源」1880年<br />レオン・フレデリックは、ベルギー象徴主義の画家。1890年頃から象徴主義に傾倒し、1896年よりジャン・デルヴィルが主催した「理想主義芸術展」に出品。1904年にベルギー・アカデミー会員に選ばれ、1930年に男爵位を授けられています。

    レオン・フレデリック「生命の源」1880年
    レオン・フレデリックは、ベルギー象徴主義の画家。1890年頃から象徴主義に傾倒し、1896年よりジャン・デルヴィルが主催した「理想主義芸術展」に出品。1904年にベルギー・アカデミー会員に選ばれ、1930年に男爵位を授けられています。

  • レオン・フレデリック「Clair de lune」1898年<br />

    レオン・フレデリック「Clair de lune」1898年

  • アルフォンス・ミュシャ「ラ・ナチュール」1899-1900年<br />ミュシャらしい美しい女性が立体で表されています。

    アルフォンス・ミュシャ「ラ・ナチュール」1899-1900年
    ミュシャらしい美しい女性が立体で表されています。

  • 横から見ても美しい。

    横から見ても美しい。

  • ブロンズ彫刻「ラ・ナチュール」はオリジナルも含め、配色を変えた5つのヴァージョンが制作されています。うち1つは、日本の「堺 アルフォンス・ミュシャ館」にあります。

    ブロンズ彫刻「ラ・ナチュール」はオリジナルも含め、配色を変えた5つのヴァージョンが制作されています。うち1つは、日本の「堺 アルフォンス・ミュシャ館」にあります。

  • アルフォンス・ミュシャ「La Princesse lointaine」1900年<br />Adolphe Truffierとの共作

    アルフォンス・ミュシャ「La Princesse lointaine」1900年
    Adolphe Truffierとの共作

  • 職場でベルギー旅行に行くことを話したところ、部下の新人の女の子が大学で美術史専攻しており、卒論クノップフだったとのこと(職場は美術とはまったく関係ありません)。お土産にクノップフグッズ買っていき、喜ばれました。

    職場でベルギー旅行に行くことを話したところ、部下の新人の女の子が大学で美術史専攻しており、卒論クノップフだったとのこと(職場は美術とはまったく関係ありません)。お土産にクノップフグッズ買っていき、喜ばれました。

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