2018/08/10 - 2018/08/17
28位(同エリア782件中)
こあひるさん
下北半島で、恐山とともに有名なシーンが、白亜の灯台が立つ岬で、草をはむ素朴な寒立馬(かんだちめ)たち。
寒さと粗食に強い寒立馬たちは、1年中放牧されている。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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むつパークホテルの朝食については、和食が648円、パン・コーヒーが216円で頂くこともできます。
自分でパンと飲み物を買っても216円以上になってしまうので、ホテルの朝食の方が安上がり・・・とわかり、この日から、ホテルでパン・コーヒーを頂くことにしました。
朝食は7時から。今日は9時半のバスに乗るので、早速食べに来ました。
食パンまたは十五穀パンから選べます(枚数はたぶん好きなだけ)。ゆで卵とサラダがついて、飲み物はフリー。ヨーグルトもありました。むつパークホテル 宿・ホテル
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9時過ぎ・・・むつバスターミナルにやってきました。
尻屋崎行きのバスは、むつバスターミナル発が7:50(日・祝は運休)、9:30、11:50のみです。帰りは、尻屋崎発8:53(日・祝は運休)、10:58、13:20のみ。運行期間は、5月1日~10月31日となっています。
今日は日曜なので、朝一番便は運休ですが、わが家がそんなに早く行動するわけもなく、必然的に、行きは9時半、帰りは13:20と決まってしまいます。 -
9:20頃、尻屋崎行きのバスが入ってきました。
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終点の尻屋崎までは45分ほど。安心の距離です。
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尻屋崎は、下北半島の北東先端の尖った部分になります。まさかりの形にも例えられる下北半島・・・その柄の最頭部です。
尻屋崎に近づくと、道路は海沿いになり、眺めがいいです。 -
寒立馬(かんだちめ)は、4月~12月の間、尻屋崎一帯で放牧されています。放牧というだけあって、その日どこら辺にいるものなのか・・・はまったく読めず(決まっておらず)、灯台近く(バス停近く)にいるのか、それとも、放牧地をず~っと南下しないと出会えないのか・・・という心配が少しありました。
放牧地を通る道路は、岬の形に沿ってぐるっと周っていますが、どちらもゲートで仕切られおり、17時(季節によって多少短縮)になると閉まってしまうので、誰もがそれまでに放牧地から出ないとなりません。
ゲートの開放期間は4月~11月。12月になると寒立馬たちは、尻屋崎放牧地より少し南側の「アタカ」とよばれる越冬放牧地に移動し、1~3月は、防風林に囲まれたアタカで過ごします。越冬地といっても、屋外なのは変わりませんが。 -
終点でバスを降りると・・・目の前には尻屋崎灯台。真っ白い灯台が青空にとてもよく映えます。
けっこうな数の観光客が訪れていて、人気のスポットなのだな~と実感します。 -
お馬さん、どこにいるのかな~という心配をしなくても、灯台の西側に集まっている寒立馬たちを発見!
寒立馬は寒さと粗食に強く、持久力に富む農用馬として重用されてきましたが、時代の移り変わりと共に、平成7年には9頭まで減ってしまいました。しかし、その後の保護政策によって、現在は30頭ほどにまで回復しているそうです。でも30頭ほどしかいないのですね・・・。
寒立馬およびその生息地は、青森県の天然記念物に指定されています。 -
白い灯台と緑の芝生と寒立馬・・・を1枚に収めたい・・・と思っても、まぁ、そうそう都合よい場所にいてくれるわけでもなく・・・ちょうどこちら向きでいてくれるわけでもなく(けっこう皆、尻を向けて・・・の写真も多かった・・・笑)・・・。
道産子のように、ずんぐりした体格が愛らしい。 -
灯台は、切り立った断崖に立っているのですが、近くの斜面は比較的ゆるやかで、波打ち際まで降りていける場所もあります。
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30頭ほど・・・というのが正確なら、ほとんどの寒立馬がここに集まっていることになるのかな・・・。
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寒立馬という名前からして、寒い中・・・と連想しますが・・・厳冬の間、アダカで放牧されているお馬ちゃんたち・・・雪の中(よく見る写真は、吹雪の中)のお馬ちゃんたちも見てみたいなぁ・・・でも冬場にはバスがないから・・・わが家はムリかぁ・・・。
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青空と津軽海峡と、寒立馬たち(芝生も欲しかった~~笑)。
4~6月頃には子馬が生まれるので、親子のお馬ちゃんたちを見ることができるそうです。 -
東通村の海岸地帯には、南部藩の時代から、比較的小柄で、寒気と粗食に耐え、持久力に富んだ田名部馬が1年中放牧されていました。
これらは南部馬を祖とし、藩政時代から明治・大正・昭和にわたって、主に軍用馬として、外来種との交配によって改良されてきた田名部馬であり、なかでも、尻屋地区では、この田名部馬をブルトン種と交配することにより、独自の農用馬(肉用馬←えっ!?食べちゃうの?とビックリ)として改良されてきた馬です。 -
マタギ(狩人)たちは、カモシカが厳寒の中、何日も動かずにじっとたたずむ姿を「寒立(かんたち)」と呼んでいました。
厳しい風雪の中でも、耐えるように過ごす野放し馬を、地元の作家などが寒立馬と呼んだのが、その呼び名の始まりのようです。 -
今日は、寒立馬たちは海岸までは降りてきていなかったけれど、ここまで降りてくることもあるのかな。
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馬の集まるところ、人も集まる・・・。
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崖が、他の部分よりも海に突き出ている岩場があり、人が歩いていくことができます。
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岩場の先端には、お地蔵さまが・・・。
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尻屋崎灯台も、4~11月は内部公開されています(有料)。
尻屋崎灯台は、明治9年、英国人技師R・H・ブラントンにより建設されたもので、二重のレンガ壁による複層構造になっています。レンガ造りの灯台としては、日本一の高さを誇り、東北最古の洋式灯台です。
明治10年には、日本で初めて霧鐘(むしょう)が・・・明治12年には、日本で最初の霧笛(むてき)が設置されました。明治34年に、自家発電による電気回転灯台となったのも日本で最初なんだそうです。
第二次世界大戦中、米軍機の攻撃を十数回受け、技手が無線通信室で殉職したことがありました。灯台も大きく破壊されましたが、まだ復旧していない灯台に、夜な夜な明かりが灯り・・・それは殉職した技手の霊が灯した・・・という噂になりました。
灯頂部は地上から約33m、海面から約47mあり、灯台の明るさは今も日本最大級で、灯火は18. 5海里(約34km)の沖合まで届くそうです。平成29年に、国の登録有形文化財になりました。 -
改修工事の際に発生したレンガを使って、外壁部分の積み方を紹介する展示がありました。
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128段の螺旋階段を上がります。連れ合いも一緒です。
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螺旋階段の先は展望台になっていて、津軽海峡と太平洋とが一望できます。
尻屋崎沖は潮流の変化が激しく、海の難所としても有名な場所。濃霧や吹雪に惑わされ座礁する船が絶えないので、難破岬と呼ばれることもあったほどだそうです。
お馬さんたち、なぜちょうど草のない場所に集まっているんだろう~? -
放牧地はけっこな広さがあり・・・その中央のほとんどは、濃緑の木々に覆われています。
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海の色や透明感がとても美しい~。
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岩場に打ち付ける白波。
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展望台の風は強めだけれど・・・目の前に広がる眺めは爽快そのもの!
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灯台の展望台から降りてきました。
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灯台の敷地内を歩いて、岬と海の境目を覗いてみたり・・・。
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こうして眺めていても、素人目には、そんな難所だなんて想像できません。
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11:15・・・バス停のそばにある唯一の売店・・・軽食をとることができます。トイレはこの売店ではなく、2~300mほど離れたところにあります。
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わたしはそんなにお腹が空いていなかったので、おでんとビール。連れ合いは、豚丼をがっつり食しました。
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トイレに行きがてら、海に沿った道路をブラブラ・・・。あの岩にある白い点々は、海鳥です。
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ホントに癒されますねぇ~。どこまでも緑と青の海岸線が続きます。
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トイレから戻って、寒立馬たちが集まっているあたりに再び戻ってみました。ずんぐりした体型、首は太く短く・・・脚も太く、ブーツを履いてるみたいな大きなヒズメ・・・。
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周りをウロつく多くの観光客を気にすることもなく、まったくマイペース。近づいて触ってもいいみたいだけれど、蹴られたりしないように自己責任で・・・。
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この子の脚は黒っぽくて、タイツを履いているみたい~。
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金髪のタテガミが立派な子。
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船が通って行きます。
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灯台の東側に来ました。
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今日は青空で良かったです。これまでのところ、お天気には恵まれてラッキーです。
夏休みの旅行はいつも暑すぎて、バテバテで思うように歩き周れない・・・のですが、今回は、(有り難いことに)予想していたよりも暑さが厳しくなくて・・・旅行しやすかったな~。海沿いが多かったということもあるのかもしれません。 -
このあたりも、ちょっと高低差はありますが、海辺まで降りていけそう。
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激しく打ち寄せる波の音・・・。
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波って・・・ずっと見ていたくなる・・・いつの間にか吸い込まれてしまいそうな繰り返し。
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あ!お馬ちゃんたち、灯台の西側から東側に移動したね。
灯台の展望台には、けっこう人がいっぱい~。 -
やっと芝生の上に来てくれました~!
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寒立馬&白亜の灯台&青い海と空・・・なんとか1枚に収めることができました!
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金髪ちゃん、黙々と食事。
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お馬ちゃんたちの身体に、虫が付きまとうのを払っている男性がいました。西側から東側への移動とか・・・誘導したり見張ったりしている人がいるのかしら?
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13:15頃、帰りのバスがやってきました。ほとんどの人は自分の車で来ていますので、バスはガラガラでした。
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ここが、放牧地から馬が出て行かないように仕切るゲートです。尻屋崎バス停から2. 4㎞ほど距離があります。
放牧地に入るのにお金は要りませんし、ゲートは自動で開閉するみたいです。開放期間と時間にだけ注意しなければなりません。 -
ゲート手前ギリギリのこのあたりにお馬ちゃんたちがいることもあるのかしら?
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ゲートを出て・・・小さな集落を過ぎると・・・みっしり茂った木々の間を走ります。さすが青森という名前だけあります。
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尻屋崎へのお出かけは、早めに帰ることになるとわかっていたので、暑さで参っていなければ、訪れてみようと思っていたスポット・・・むつバスターミナルより手前のバス停なので、途中下車することにしました。
ホテルから歩くにはちょっと距離があり(しかも上り坂)、尻屋崎から戻ってからだと、ここまで来るバス便がないので、タクシーで行こうかしら?なんて考えていたので、ちょうど帰路でよかったです。
斗南岡(となみおか)というバス停を降りると・・・斜め向かいに、「斗南(となみ)藩史跡地」という場所があります。斗南藩史跡 名所・史跡
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公園のよう一応整備されているものの・・・街はずれにあってひと気もないこの場所は・・・戊辰戦争に敗れた会津藩が、最果てにある不毛のわずかな土地に追いやられ・・・それでもここを開拓し、新たなわずかな希望を抱きながら市街地を築いた場所で、斗南ヶ丘と名付けられていました。
明治3年(1870)、100戸ほどの家屋が建てられ、東西にはそれぞれ大門が設けられ、18ヶ所の井戸も造られました。そして市街地は、一番町から六番町までの大通りによって屋敷割され、一屋敷を100坪単位として、土塀をめぐらせて区画したといいます。
しかし、過酷な風雪で倒壊したり、野火にあうなどした家屋が続出し、藩士たちの生活はとても苦しく、命を失うものも多かったといいます。
さらに、明治4年(1871)には廃藩置県となり、当主の松平容大は東京に去り、政府の援助も打ち切られました。心の支えを失った藩士たちは次々に斗南を去ることとなり、離散していきました。こうして、斗南藩士たちの新天地開拓の夢は、1年で儚くも消え、藩士たちの努力も水泡に帰してしまったのです。 -
土塀跡と標識がありましたが、どこを指すのかよくわかりませんでした。
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秩父宮両陛下御成記念碑があります。
昭和11年10月に、秩父宮雍仁(やすひと)親王と妃・勢津子さまが下北を巡遊したときに、斗南ヶ丘に立ち寄ったことを記念して、昭和18年に会津相携会(現在の斗南会津会)が中心となり建立されたものです。
勢津子さまは、旧・斗南藩(会津藩)松平容保の孫であることから、この婚礼は、戊辰戦争以降、朝敵という汚名に押しつぶされながら生き続けてきた会津人にとって、再び天皇家と強い絆を結ぶことができるようになった大きな出来事だったのです。
そして最果てのこの地に、両陛下に足を運んでいただいたことが、どんなに喜ばしい出来事だったか・・・想像すると胸が痛くなります。 -
ひっそりと・・・でも色鮮やかに紫陽花が咲いていました。
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市街地全体の跡が残っているのだと思い込んでいたのですが、残されている敷地は、土塀・・・というか、石垣で四角く囲まれている一画だけのなので、おそらく一軒か数軒分だけなのでしょう。
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街はずれのせいか、周りには森林や田畑と少しの家屋があるだけで、とても静かで・・・人々からも忘れ去られたような寂しさを感じます。
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草木が生え、荒れ果てた石垣を見ると・・・ヤマセが吹く痩せた土地で・・・わずかな希望を見つけようと開拓を進めた会津藩士たちが、過酷な環境の中で、飢え、追い詰められ絶望し、散り散りに去っていかざるを得なかった虚しさや悔しさが伝わってくるようで、切なくなります。
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これは井戸の跡でしょうか・・・?
むつ市近隣には、この市街地跡の他にも、斗南藩史跡地として残されているスポットが点在しています。
ちなみに、2019年は明治維新150年とよく見聞きしましたが、東北にいると、ほとんど明治維新とは言わず、戊辰(戦争)150年といった言い方をします。 -
14時半になるところです。思ったよりも小規模で何もないところだったので、あっという間に見終わってしまいました。
バス停の時刻表を見ると、むつバスターミナルに行くバスは、このあと15:17に1本だけあります(これは尻屋崎発ではなさそう)。
ここからホテルまでは2. 6kmあり、30分あまり歩かなければならないけれど、バスを待っている間に、ホテルに到着できるんじゃない?ということで、歩いて帰ることにしました。ほぼ下り坂ですし。
かつてはこんな森林が広がっていたエリアのようですが、けっこう切り拓かれていて、不自然に所々残っていました。 -
ゆるやかな下り坂を進みます。だんだん道路沿いの人家が多くなってきました。
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だいぶ歩いたなぁ・・・新田名部川がありました。
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なんだか惹かれてしまう・・・鄙びた風情の木造家屋。
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15時半頃・・・ホテルに戻りました。
途中、休憩したくてもカフェを見かけなかったので、毎日お世話になっている、ローカルスーパー「松木屋」でアイスクリームを買って、ホテルでひと休みです。 -
17時ころ・・・今夜も、田名部神社あたりの飲食店街に来ました。
お盆の週末なのでお休みのところもありますが・・・営業しているこの居酒屋さんにしよう。
田舎の町では、お盆に地元に戻ってきている人が多いようで、居酒屋さんとかは、観光客よりも、そういう地元の人たちで賑わっていました。 -
ビールとお通し。夏はやっぱりイカ(毎日、イカの刺身食べてるけど~~)!もちろん、好物のホタテも!
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サラダとか・・・貝焼きとか・・・焼き鳥も少々。〆はおにぎりで・・・。
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もうすぐ19時。まだうっすら日の名残りがあります。3泊滞在したけれど、今夜が最後。
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なんか寂れたような・・・横丁を覗きながらホテルへ戻ります。
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田名部川の噴水を眺めながら・・・特に何かがある街ではないけれど、あちこちに日帰りするには便利な拠点だし(意外と、あちこちバスで行けるのも有り難かった)、ちょっと演歌風な空気感が、じんわりと染みわたってくる街でした。
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あっという間に暗くなってきました。
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19時過ぎ、ホテルに戻りました。明日は、1ヵ所くらい温泉に・・・ということで、下風呂温泉へ移動します。
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この旅行記へのコメント (6)
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- ラクパグさん 2019/03/19 17:57:59
- 日本らしい 寒立馬 可愛いですね!!
以前 見せていただいたときも 行きたいなと
思っていたのですが やはり 8月くらいが 見れることが
多いのでしょうか?暑いのが 弱くて でも あの景色のなかで
自由に 放牧されている 足の短い 馬 惹かれます。
近づいても 大丈夫かなと 思うのですが・・・
蹴られたら 怖いので様子は見たいです。フェリーも
いいですね。青森は 駅前の ビジネスホテルに 泊まって
ホタテをいただき 満足でした。バスが 出ているのですか?
また 教えていただきたいと思います。よろしくお願いします。
ラクパグ
- こあひるさん からの返信 2019/03/25 11:25:37
- RE: 日本らしい 寒立馬 可愛いですね!!
- ラクパグさん、こんにちは。
返信が遅くなってごめんなさいm(__)m。
下北半島の冬は気候が厳しく、交通公共機関も運休になったりして、夏季の方が見られるところは多いような感じがします。でもできれば8月でなく、前後にズラしたほうが、旬の魚介が多くあるような気がします。8月でも海沿いなので、弘前や青森市なんかよりも、ずっと涼しくてビックリしました。
寒立馬は、馬の後ろにまわったりしなければ、近づいて触っても大丈夫みたいです。触っている子供や大人も多くいましたよ。岬の芝と灯台と寒立馬・・・もステキな光景でしたが、バスでは行けなくなる冬の寒立馬も、とても魅力的だと思いました。
ラクパグさんは車で旅されるので、もっと効率的に、好きなスポットをたくさん周れそうですね。
こあひる
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- aoitomoさん 2019/02/21 15:00:35
- たしかに寒立してますね!
- こあひるさん
『尻屋崎』
天気も良くて海の色も美しいし、白い灯台も映えます。
灯台と寒立馬とのコラボが尻屋崎らしい絵になりますね。
寒立馬も丁度灯台付近にいてくれてラッキーです。
観光客のためにここに誘導させているのでしょうか。
保護されて9頭から30頭まで増え、大事にされていることにホッとします。
多くの馬が食用馬になっている時代ですからね。
『斗南藩史跡地』
開拓を進めた会津藩士たちの話は厳しい環境に生きる寒立馬ともオーバーラップします。
ドキュメンタリードラマや映画などがあれば見てみたいです。
帰りの2. 6kmの徒歩は大変ですが、色々な発見がありますね。
観光客が少ない感じが昭和の風情を感じます。
やはり演歌を歌いたくなります。(笑)
aoitomo
- こあひるさん からの返信 2019/02/22 21:32:32
- RE: たしかに寒立してますね!
- aoitomoさん、こんばんは〜!
昨年は台風が多く、その影響でお天気の悪い日が多かったのですが、この旅行の前半はお天気に恵まれて、イメージした通りの景色を見ることができてよかったです。
寒立馬がどこにいるかは、けっこう心配していたのですが、あっさり灯台の周りにいてくれて嬉しかったです。
天然記念物になっている寒立馬なんですが・・・保護して数も増えてきてよかったのですが、やはり食用として(食用になる時には、寒立馬という名前でなくなるみたい)出荷しているみたいです・・・まぁ、色々とお金もかかるんでしょうけれどね。
東北にいると、明治維新を、敗れた側の立場から眺めることが多いので、会津藩の人たちは、ほんとうに苦労したし、哀しかったし悔しかったんだろうな〜と感じます。まぁ、藩士たちは過酷な環境に追いやられ苦労しまくったのに、白旗を揚げた当主だけ、結局、東京で過ごすことになったわけですが・・・。
寒さと飢えに耐えて忍ぶ姿は、東北人や過酷な地で育つ馬たちと通ずるものがありますよね。
帰りの2. 6kmは、下り坂だったのでまだマシでしたが、カフェすらなくて・・・とっても遠く感じられました。けれどどんなところでも、自分の足で自分のペースで歩くことで、色々な景色や空気感を肌で感じることができるので、旅には欠かせませんね〜。
そう、やはり演歌の空気感に包まれる地でした。
こあひる
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- kayoさん 2019/02/20 01:31:05
- 寒立馬
- こあひるさん、こんばんは~☆
凄く素敵な所を紹介して頂き、とてもハッピーな気分に。
前回の恐山の殺伐とした風景から、一転して太平洋と灯台をバックに
お馬さん達の放牧の風景。この寒立馬、初めて見ました!
こんなずんぐりむっくりのお馬さん、最初は牛かと思ったぐらいです。
足も短くてそんでもって筋肉質、ちょっとバランスは良いとは言えませんが、
自分の中での「馬はこれ」ってな固定観念を見事にくつがえされました。
青森県はまだ訪れた事がない県ですが、かなり魅力的に映りました。
寒立馬、覚えておきます!(パソコンでカンダチメと入力すると
この漢字が出て来てビックリ!)もしかして有名なお馬さんなのかも?
寂れた横丁風景もいかにも日本の地方都市へ来たって感じで、良いですね~。
kayo
- こあひるさん からの返信 2019/02/20 10:40:25
- RE: 寒立馬
- kayoさん、こんにちは〜!
夏の青空と白い雲、美しい海・・・そして愛らしい寒立馬ちゃんたち。少しでもハッピーな気分になって頂けてよかったです。
わたしも寒立馬のことは知らなかったのですが、下北半島といったら、恐山と寒立馬と大間のまぐろが有名なのかな〜。
改良を重ねて、寒さに強い系統の馬をさらに丈夫にしていったのでしょうが・・・道産子もこういうずっしりした体型ですよね〜。農耕馬は、比較的こういう体型になるのかも。
もともと厳しい寒さと風雪の地域なので、人間も馬も、我慢強い性質になるのでしょうが・・・いくら寒さと飢えに強い馬だからって、真冬の雪の中の放牧は、ちょっと気の毒な気もしちゃいます(でも、その姿も見たいんですが・・・)。そりゃあ、ぬくぬくと暖かい方がいいですもんね(笑)。
演歌の空気感漂う北の田舎町・・・演歌はぜんぜん好きでもないけれど、なんか良い印象が残りました。
こあひる
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