2018/11/21 - 2018/11/22
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諏訪での定例懇親会の翌日に参拝した、諏訪大社の紹介です。古事記にも記されている、日本最古の神社の一つです。拝殿のみで本殿を持たない、『諏訪造り』と呼ばれる建築様式の神社です。
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イチオシ
諏訪大社・上社本宮の『参拝所』の建物光景です。黄色の菊の花が飾られ、『奉祝・天皇陛下即位30周年』の垂幕がありました。
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高い基壇の上に建てられた、地味な造りに見える社殿の光景です。ネット検索では『勅願殿』と紹介されていました。一般に『勅願』は天皇によるものですが、諏訪大社上社の場合、ご?禱を行うことを示すようです。元祿3年(1691年)建立の建物とされます。
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絵馬掛けの光景です。説明立札には、『祈願絵馬』のタイトルがありました。諏訪大社・上社では毎月の15日に所願の祈祷を行っていると紹介されていました。
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『諏訪大社・上社』の拝殿光景です。古代の様式が伝わる神社ですから、御祭神を祀る『本殿』の建物はありません。
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『長野県天然記念物・諏訪大社・上社社叢』と、『国指定重要文化財・諏訪大社・上社本宮・幣殿等六棟』の二つのタイトルがあった説明看板の光景です。文化庁と長野県、諏訪市の連名での看板でした。
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諏訪大社・上社本宮の『御柱』の光景です。『一之御柱』から数えて、時計回りに四本目となる『四之御柱』です。手前に、蕃塀のような木柵が置かれていました。『一之御柱』の北側に位置します。
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中央、やや左手に見える立札には、『本宮四之御柱遥拝所』の文字が記されていました。『本宮四之御柱』の位置までは、三段になった石垣があり、立ち入ることは出来ないようでした。
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宝物殿の前にあった案内標識から判断して、『御祈祷所』の建物になるようです。その左手前が案内標識に記された『御祈祷者待合所』になるようです。
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『宝物殿』の建物正面光景です。宝物殿は諏訪大社の上社本宮の境内にあり、奈良の正倉院を模した建物で、諏訪大社に代々伝わってきた宝物を保管し、展示しています。
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『宝物殿』とその周りの境内光景です。『宝物殿』の館内には、名刀『梨割の太刀(なしわりのたち)』や、武田信玄が戦の折りに鳴らしたと言われる『宝鈴(ほうれい)』があるようです。『鉄鐸(てったく))6個を一組にした神鈴とされます。
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少し離れた場所からの撮影ですが、玄関脇に『御祈祷者待合所』の表札が懸かっていた、銅葺屋根の建物光景です。
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『平成30年厄年標(数え年)』のタイトルがあった一覧表の光景です。男女別に前厄、翻訳、後厄の都市が表示してありました。翻訳は、男子が2歳、25歳、42歳と61歳、女子が2歳、19歳、33歳と61歳が、それぞれの生年とともに記されていました。
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苔だらけというより、苔が見所になっていた手水舎の光景です。注ぎ口は、ブロンズの龍でした。苔だけでなく、シダ類らしい植物の姿もありました。
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御神紋の『梶の葉』が染め抜かれた暖簾と、その前に飾られた注連縄の光景です。上社は根が四本の『諏訪梶の葉』で、下社は五本の『明神梶の葉』と分かれています。これは上社の御神紋ですから、根は四本です。梶はクワ(桑)科の植物ですから、桑の葉に似ていますが、やや厚みがあります。
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同じ場所から眺めた、上社の拝殿光景です。『梶』の木は、暖地性であることから『諏訪神のルーツは南方』との説もあるようです。
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『四脚門』の建物光景です。慶長13年(1608年) に徳川家康が家臣・大久保石見守長安に命じ、国家の安泰を祈願して造営寄進したもので、別名は勅使門です。切妻造、銅板葺で、現在は国の重要文化財の建物です。『諏訪大社上社本宮・四脚門(すわたいしゃ・かみしゃほんみや・しきゃくもん)』として、1983年に登録されました。
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中央後方に、瑞垣で囲われた大岩が見えます。これが『硯石(すずりいし)』で、『諏訪七石』の一つに数えられています。『諏訪七石』には諸説あるようですが、『上社本 諏訪上社物忌令』では、御座石、御沓石、硯石、蛙石、小袋石、小玉石、亀石を挙げています。
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『境内摂社』か、あるいは『境内末社』の社殿光景になります。見落としたのかも知れませんが、社名は分かりませんでした。
(追記)ネット情報では、境内摂社の大国主社、御祭神は大国主命、諏訪大神の父神と紹介されていました。 -
建物の中の右手に、『額堂』のタイトルが記された説明立札がありました。吹き抜けの建物の中に、年代物の額などが納められていました。
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『本宮二之御柱』の光景です。『本宮一之御柱』から数えて、時計回りに最初の『御柱(おんばしら)』になります。『樅木(もみのき)』が使われています。御柱の由来は明らかでなく、古来より説があります。神霊降臨の依り代説、聖地標示説、社殿建て替え代用説などが主な説です。
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『大欅・樹齢約千年)』のタイトルがあった、説明立札の光景です。『贄掛けの欅』とも呼ばれる、境内最古の樹木の一つと紹介されていました。『ケヤキ(欅)』は、ニレ科ケヤキ属の落葉高木で、『ツキ(槻)』とも呼ばれます。
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右が樹齢千年と言われる『大欅』、左が『本宮二之御柱』の光景です。国の特別天然記念物のケヤキは、『東根の大ケヤキ(山形県東根市)』があり、その樹齢は1500年とされます。このケヤキのほか、国の天然記念物の『原町の大ケヤキ(群馬県東吾妻町)』と『三恵の大ケヤキ(山梨県南アルプス市):樹齢1000年』が、『日本三大ケヤキ』と呼ばれています。
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『出早社(摂社)』の社殿光景です。「出早社(いづはやしゃ)」の祭神は『出早雄命(いづはやお)』。例祭は10月15日です。
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『出早社(摂社)』のタイトルがあった、説明立札の光景です。祭神の『出早雄命(いづはやお)』は、『諏訪大神』の御子神と紹介されていました。
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木々の間に見えていた、『御柱』の光景です。『本宮二之御柱』になります。
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同じく、別の場所から眺めた、『御柱』の光景です。すぐ横に欅の大樹がありましたから、『本宮二之御柱』の光景になります。
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諏訪大社上社の西の外れ付近の光景です。諏訪神社を中心とする神道の信仰は、『諏訪信仰(すわしんこう)』と呼ばれ、全国に約25,000社あり、その総社が諏訪大社です。
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『明治維新前の諏訪大社上社と神宮寺』のタイトルがあった説明看板です。赤色で表示された建物は、慶応4年(1868年)の神仏分離令により、破却された建物です。
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小さな社と鳥居の光景です。鳥居の左手前に『吉良上野介義央公養嗣子(孫)吉良左兵衛義周公ここに眠る・吉良町』の立札がありました。『吉良左兵衛義周(きら・さへい・よしちか)』は、吉良上野介義央の養子ですが、実際は吉良上野介の長男三郎(上杉家の養子になり綱憲を名乗る)の次男で義央の孫にあたる人です。諏訪に流され、享年21歳でした。
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『鷲嶺山・法華寺』の石標の脇から眺めた、緩い登り坂の光景です。その先に見える山門は、『鷲嶺山・法華寺』の建物の一部になるようです。先程の案内看板には、『鷲嶺山・法華寺』の境内に『吉良左兵衛義周』のお墓も記してありました。推測ですが、破却された後に再建されたお寺かも知れません。
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