2018/08/07 - 2018/08/15
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worldspanさん
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チェチェン共和国には99年3月に陸路で通過以来、19年ぶりのことだ。前回は第一次チェチェン戦争と第二次チェチェンの狭間、第二次チェチェンが開始する半年前の非常に混沌としていた時だった。
チェチェンと言えば、ロシアから独立を試みた第一次チェチェン戦争、そして第二次チェチェン戦争を経験し、国土が廃墟となった。またその後もモスクワや北オセチア、ダゲスタンでもテロを引き起こすなど、北コーカサスの治安や政情を大きく揺らがせた。
2014年にチェチェン共和国の首長、カディロフとプーチンによる正常化宣言し、幹線沿いの町はまるで今までとは別の町のように整備された町に変わった。
市民は町で買い物を楽しみ、ショッピングモールでカフェをしていたりする姿をみると、チェチェンで過激派が一掃され、平和が訪れ本当に良かったと感じた。しかし、こうした「普通の生活」を謳歌しているのはプーチンに忠誠を誓ったカディロフの派閥だけなのかもしれない。とはいえ、市民の生活が一定してきたことは歓迎すべきことなのだろう。町を歩いていても戦争によって破壊された痕跡は全く残っておらず、治安も良好だ。ダゲスタンからチェチェンまで私を車で送ってくれたサーシャは「このチェチェンを見て、市内の何処にテロリストがいて、テロが発生して、危険だと思う? 見ての通り平和だ。」と私に話していた。
一方でまるで戦争がなかったかのように復興した町をみると、改めてロシアの恐さを感じた。
チェチェンの山岳部にはまだ過激派がいると言われていたので旅行も制限され、観光名所のある山岳部にはFSB(旧KGB)に登録しなければ旅行ができなかった。
今回訪れてみると、グロズヌイで滞在したHotel Nocho Starホテルでは山岳部への観光もアレンジしてもらえ、1万円程度で丸一日山岳部も旅できることがわかった。
まさか山岳部が開放されているとは思わなかったので、ホテルにも山岳部へのアレンジを問い合わせていなかったことに非常に悔いが残った。解っていれば最低2泊はしていただろう。
私がチェチェンに訪れる前、様々なロシアのサイトを検索したが、FSBの登録が必要であることが記載されているものもあれば、間もなく登録も不要になり、旅行者にも開放される(2016年時点)ともあった。
いずれにせよ情報が不明瞭だったので首都のグロズヌイには一泊だけにしたが、ホテルには山岳部へのツアーも出しており(それも場所にもよるが10000円もせずやすかった!)、外国人旅行者も容易く足を踏み入れやすくなった。
チェチェンでは小さな子供を連れたロシア人家族の旅行者も見かけたので治安はかなり安定しているのだろう。町を歩いていても危険な要素はなかった。
現在こんなコーカサスの地方都市にバンバンと高層建築が建ち、「コーカサスのドバイ」とも言われているチェチェン共和国のグロズヌイ。今後どのような変貌を遂げるのか注目したい。
チェチェン共和国で列車ジャック-恩人と赤き狼達 1/4 -始まりはバクーから
https://4travel.jp/travelogue/10144889
チェチェン共和国で列車ジャック-恩人と赤き狼達 2/4 -チェチェンで列車ジャック
https://4travel.jp/travelogue/10145088
チェチェン共和国で列車ジャック-恩人と赤き狼達 3/4 -グロズヌイでの緊張、誘拐の危機一髪
https://4travel.jp/travelogue/10145727
チェチェン共和国で列車ジャック-恩人と赤き狼達 4/4 -チェチェンを越えた後の落とし穴
https://4travel.jp/travelogue/10146002
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8/7 KIX JL220 6:35 -HND 7:40
羽田空港からリムジンバス 7:55- 成田空港第2ターミナル9:00
NRT JL421 10:40 - DME15:00
ドモジェドヴォ国際空港からアエロエクスプレス→地下鉄5号線→アエロエクスプレスでヴヌコヴォ国際空港へ
8/8 VKO UT559 0:45 - MCX3:15
朝方は首都のマハチカラ市内を周遊
10:00車をチャーターし、アヴァール人の村、カヒブへ。
マハチカラに19:30着
8/9 7:00車をチャーターし、世界遺産の町、デルベントへ。デルベントを12:30に出発しチェチェン共和国の首都、グロズヌイへ17:00着
8/10 10:30車をチャーターし、イングーシ共和国を通って北オセチアーアラニア共和国の首都、ウラジカフカスへ12:30着
その後ウラジカフカスを散策。
8/11 10:00車をチャーターし、イングーシ共和国の山岳部をリクエストしていたが、結局北オセチアとイングーシの紛争等による感情的な問題からイングーシに行くことを拒否され、北オセチアの以下のルートに変更
ウラジカフカス→カルダガヴァンスキー渓谷→ドジフギスのスカリナヤクレポスチ遺跡→ヴェルフニー・フィアグドン→ダルガフスの「死者の町」→ギゼリのパーミャトニク・ペトル・バルバショヴ→ウラジカフカス17:00着
8/12 車をチャーターし、ベスランのメモリアリノエ・クラドビシェへ。
OGZ S7 882 13:55-DME16:20
モスクワ市内を散策
8/13 モスクワ市内を散策
0814DME JL422 17:10-
0815-NRT8:35
HND12:30-13:30
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8月9日、マハチカラを7:00に出発し、アゼルバイジャン方面に南下し出るベントに向かった。その後北上しグロズヌイへ。17:00頃にグロズヌイに到着予定だ。
8月10日にはイングーシ共和国を経由し、キタオセチア-アラニア共和国の首都、ウラジカフカスに向かう。 -
デルベントを12時過ぎには出発し、ダゲスタン共和国の首都、マハチカラ方面に反転した。ダゲスタンは住宅やビルに使用する石材の産地としても有名だそうで、ダゲスタンの石材は特に裕福なロシア人に好まれ、住宅のファサードに使われるそうだ。
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バクーからダゲスタンやチェチェン、イングーシ共和国等を通りロシアのロストフまで続くフェデレーションロード。
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エンジントラブルか!?
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二時間位でようやくマハチカラまで戻ってきた。マハチカラ市内はこの山の裏手に広がっている。マハチカラからグロズヌイ迄は約三時間かかる。この先で道路は大渋滞する。フェデレーションロードとマハチカラの大きな県道ような道路がラウンドアバウトでクロスする。
そんな幹線道路にラウンドアバウトにするなよー、立体交差にしろよといいたい場面だ。。 -
マハチカラから約80キロ離れた場所にあるダゲスタンの地方都市、ハサヴユルト。人口約13万人の町だ。チェチェンから近いのでチェチェン戦争において、最前線の町であった。
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チェチェン戦争迄は人口が7万人程度の町だったが第一次チェチェン、第二次チェチェン戦争により多くの難民が流入し、人口が増加した町だ。
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元々帝政ロシアが19世紀に北コーカサス攻略のために最前線基地としての防御を固めるため砦を築いたのが歴史の始まりだと言われている。町を眺めると雑多な感じで面白そうに感じたが、サーシャの話では見所はないという。
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この先がダゲスタンとチェチェンの国境がある。
マハチカラ~デルベント間も検問が幾つかあったか、チェチェンに近づくとより検問が多くなる。全ての車を止めるのではなく、無作為に選びチェックを行う。 -
チェチェンに入国後急に雨が降り始めた。チェチェンとダゲスタンの国境では検問があるが、こちらも全ての車をチェックしているのではなく、無作為に車を選んでいた。今回ドライバーはロシア人のサーシャで、車はラーダの新型車両なので、検問通過もかなり緩い。
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チェチェンに入ると途端に道が綺麗に整備されている。戦争の影響だろう。そして道路にはチェチェンの故カディロフ前大統領とプーチン大統領の写真が掲げられているをよく見かける。イングーシや北オセチア、ダゲスタンで、地元の大統領やプーチンの写真をここまで掲げていない。
写真はチェチェン共和国第三の町、グデルメスを示す、「グデルメスの門」チェチェン共和国のグデルメスの門 by worldspanさんTown Gate of Gudermes 建造物
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先程のゲートの町はダゲスタンとの国境に近いグデルメスという、人口約50000人のまち。油田が主な産業だ
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グデルメスは特にロシア連邦軍の攻勢が激しかった場所だそうだ10年前に戦争が終結し、ここまで復興しているとは。
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フェデレーションロードはグデルメスの南を横切るが、グデルメスは戦争がなかったかのように新しい建物がバンバンと並んでいる
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フェデレーションロードを走っていると2009年に紛争の終結宣言がなされたとは思えない。
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グデルメスを過ぎるとジャルカДжалкаという小さな町を過ぎ去っていく。
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ジャルカのグランモスクがみえる。人口が1万人にも満たない町にこんな取って付けたような不釣り合いなモスクを作るなんて信じられないことだ。
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ブルーモスクをイメージしているのか?元々東方正教会だったブルーモスクだから、東方正教会の雄を自認するロシア正教会とイスラム教の融和をイメージするには良いのかな?
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グロズヌイの一つ手前の町、アルグンΑргун。人口約30000人の町だ。この町には北コーカサスで最も美しい近代的なモスクがあるという。
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アルグンにも近代的な建築物が建ち並ぶ。とはいえ企業が入居しているのかな?
チェチェン共和国にある北コーカサスで最も美しいモスク by worldspanさんAimani Kadyrova Mosque (Mother's Heart) 寺院・教会
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チェチェン美人たち。
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子供たちの顔を見ると、戦争が終わって、本当によかったと思う。
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アルグンの北コーカサスで最も美しいと言われるモスク。外観は異彩を放ち、ミナレットも近代的だ。
チェチェン共和国にある北コーカサスで最も美しいモスク by worldspanさんAimani Kadyrova Mosque (Mother's Heart) 寺院・教会
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グロズヌイまで一時間もかからない場所のフェデレーションロード。
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グロズヌイ市内の様子。とても落ち着いている。
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アルグンを過ぎるとようやくグロズヌイに入域だ。
グロズヌイのゲート by worldspanさんCity Gate of Grozny 建造物
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世界の中心がグロズヌイで、グロズヌイが世界の中心である事を指している地球儀。こんなん見るとホンマに胡散臭く感じる。そんな事を示した方がよっぽどロシアにコントロールされているように感じる。
チェチェン共和国のモニュメント by worldspanさんGrozny - Center of the World モニュメント・記念碑
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グロズヌイの山岳部にはバシニャがあり、これをあらわしている。
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グロズヌイは第一次、第二次チェチェン戦争で瓦礫と化した。現在の姿から紛争があったことをかぎ分けることは全くできない。
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17時にやっとグロズヌイで宿泊するホテルノチョスターに到着した。
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ホテルは一泊朝食付で約2600円だ。
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ホテルには日本料理のお店のメニューがおいてあった。
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ホテルはグロズヌイ市内中心部から徒歩20分の場所にある。歩いて中心部を目指してみることにした。
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線路を横断。この先にグロズヌイ駅がある。
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休戦期間はあるものの、1994年から2010年まで続いた二つのチェチェン戦争で徹底的に破壊されたグロズヌイ。グロズヌイのほぼあらゆる建物が戦後に建てられたものだ。
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グロズヌイは人口約40万人の町。2000年にはグロズヌイ全土が空爆により瓦礫の山となった。
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現在のグロズヌイの町並みを見ていると、とても2000年に焦土と化した町並みとは思えない。
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何事も、戦争もなかったかのような都市建設に、改めてプーチンの恐さを感じた。
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チェチェン人のアフマド・カディロフはロシアと手を結び、1999年から始まった第二次チェチェンチェチェン独立派とも対峙した。結果的にはチェチェン独立派は掃討され、アフマド・カディロフがチェチェンを牛耳る。
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アフマド・カディロフは2004年に独立派に暗殺されるが、その息子ラムザン・カディロフが意思を継ぎチェチェンをプーチンとともに再建する。しかしカディロフ派による汚職や反体制派に対する侵害は多くの人が指摘をしている。
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カディロフ派の功罪はあるが、いずれにせよ結果的にはカディロフがロシアと手を結ぶことで戦争が早く終わったことには間違いないだろう。
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グロズヌイ中心部にあるショッピングモール。この中を歩いてみた。
チェチェン共和国のグロズヌイにあるグランドパーク by worldspanさんShopping Center Grand Park ショッピングセンター
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日本でもよく見かける光景だ。ゲームセンターがあり、子供たちがキャッキャと遊んでいる。
チェチェン共和国のグロズヌイにあるグランドパーク by worldspanさんShopping Center Grand Park ショッピングセンター
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ホテルに置かれていた日本料理のメニュー表はこのモールにあった。
チェチェン共和国のグロズヌイにあるグランドパーク by worldspanさんShopping Center Grand Park ショッピングセンター
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マハチカラからグロズヌイまで送迎してくれたサーシャが「グロズヌイに行けばわかるよ。チェチェンは平和になり、治安がよくなったのか。我々もチェチェンの平和を歓迎している」と。
チェチェン共和国のグロズヌイにあるグランドパーク by worldspanさんShopping Center Grand Park ショッピングセンター
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ミハイラ・アルハンゲラ教会。
チェチェン共和国の大聖堂 by worldspanさん聖ミカエル大天使大聖堂 寺院・教会
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市内中心部にはビルが建ち並ぶ。
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このビル群の手前に公園が広がっており、フラワーパークと呼ばれている。マハチカラからグロズヌイまで車で送ってくれたサーシャオススメの場所だ。
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ここがグロズヌイであることを忘れさせてくれるような展示だ。
チェチェン共和国のフラワーパーク by worldspanさんFlower Park 広場・公園
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女子大生たちも写真を撮りあったりと、マッタリした場所だ。平和を謳歌している。
チェチェン共和国のフラワーパーク by worldspanさんFlower Park 広場・公園
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正直自分はグロズヌイが少し殺伐とした雰囲気なのかと思っていた。
チェチェン共和国のフラワーパーク by worldspanさんFlower Park 広場・公園
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ところが訪れてみるとこんな感じだ。
チェチェン共和国のフラワーパーク by worldspanさんFlower Park 広場・公園
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イスラム色が最も強いロシアの共和国でこんなハートが!?チェチェンの市民の多くは独立よりもより良い生活を望んでいたのではないのかな。。。
チェチェン共和国のフラワーパーク by worldspanさんFlower Park 広場・公園
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フラワーパークの先に見えるビル群
チェチェン共和国の首都、グロズヌイナンバーワンのホテル by worldspanさんGrozny City Hotel ホテル
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あの独立戦争はいったい何だったんだろう?双方に多くの犠牲を払い、チェチェンは疲弊した。カディロフがチェチェンを統一できたのも、チェチェン戦争によるチェチェンの疲弊や先の見えぬ現実があり、過激派はチェチェンの一般市民と考え方が解離していったのではないか、と思えてならない。
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仮に彼らが独立をしたとしても、その後の豊かになったとは到底考えられない。恐らく、利権を巡り血で血を洗う内戦に発展していたのではないだろうか
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フラワーパークを歩いていても形はどうあれ、平和が訪れて良かったと感じた。
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中心部に建ち並ぶビル群。ダゲスタンやイングーシなど、北コーカサスでは明らかにきらびやかになったグロズヌイ。
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フラワーパークとビル群を抜けて歩くとスンジャ川が現れる。
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政府庁舎には暗殺されたカディロフ前大統領の肖像画が掲げられている。
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失業率が20%を超えるチェチェンでこのビル群のテナントに企業が入っているのかとても気になるところだ。
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グロズヌイの治安は飛躍的に改善され、危険を感じることなく歩くことができる
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今回の旅ではチェチェン情報が少なく、治安面に不安はあったが、まさか山岳部にも旅行者が行くことができるようになっていたとは思わなかった。
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グロズヌイにはヨーロッパ最大のモスクがある。
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それがこのグランモスク。イスタンブールのブルーモスクと瓜二つの建築物だ。
チェチェン共和国の首都グロズヌイのモスク(ヨーロッパ最大のモスク) by worldspanさんAkhmad Kadyrov Mosque 寺院・教会
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遠目で見るとブルーモスクと似ていると思っていたが、近づくと窓などに特徴はあった。
チェチェン共和国の首都グロズヌイのモスク(ヨーロッパ最大のモスク) by worldspanさんAkhmad Kadyrov Mosque 寺院・教会
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モスクはチェチェン戦争後に建てられたものだ。
チェチェン共和国の首都グロズヌイのモスク(ヨーロッパ最大のモスク) by worldspanさんAkhmad Kadyrov Mosque 寺院・教会
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チェチェンは北コーカサスでは最もイスラム色が強いと言われている。
チェチェン共和国の首都グロズヌイのモスク(ヨーロッパ最大のモスク) by worldspanさんAkhmad Kadyrov Mosque 寺院・教会
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人口30万にもいない町にこれほどの規模のビル群やモスクを建てるロシアがチェチェン再建とイメージ払拭に躍起になっているのは手に取るようにわかる。
チェチェン共和国の首都グロズヌイのモスク(ヨーロッパ最大のモスク) by worldspanさんAkhmad Kadyrov Mosque 寺院・教会
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とはいえチェチェン人の雇用創設となれば、それはそれで良いのだが。。実態はどうなのだろうか。
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天気が悪く、夕方と言うこともあってか、建物があるのに人がほとんど歩いていないのがとても不気味に感じる。
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グロズヌイ駅周辺の様子。これだけの土地があるのだからきっと大きなビルが建ち並ぶのだろう。
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グロズヌイ駅。意外とこじんまりと再建されている。
チェチェン共和国のグロズヌイ駅 by worldspanさんグロズヌイ駅 駅
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以前はダゲスタンやバクーからモスクワに向かう列車はグロズヌイを通っていたが、第二次チェチェン戦争の頃には迂回ルートが作られ、グロズヌイには主要列車が来なくなった。
1999年3月にここで誘拐されかけたあのときの事を思い出した。列車が武装勢力にコントロールされ、ここで武装勢力により車内が荒らされた。そのときの自分はここで終わるのか、抗うことができるのか、人生最大の危機であった。
結果的には車掌の助言やその言葉に理解を示した武装勢力のおかげで自分は救われた。
この地には絶対に戻ってきたかった場所だった。チェチェン共和国のグロズヌイ駅 by worldspanさんグロズヌイ駅 駅
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チェチェンで自由に旅できるようになっているとは思わなかったので、改めて再訪し広範囲に旅してみようと思った。
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所々にぽっかりと空き地がある。
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グロズヌイ駅付近は空き地も広いので規模の大きな再開発があるのかもしれない。10年後にはきっと今とは全く異なる風景が広がっているに違いない。
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市内中心部にはチェチェン戦争で亡くなった人たちの慰霊碑がある。ダゲスタンからグロズヌイに向かう途中に通ったグデルメスの名前もあるので、チェチェン全土で亡くなった人たちの名前が刻まれているのかもしれない。
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慰霊碑を見ているととても悲しくなってくる。あの独立戦争は一体なんだったのだろうか?独立派は弱体したロシアの力を読み間違っていたのだろうか?
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チェチェンは50年に一度大きな独立運動を起こしその都度大きな犠牲を払ってきた。ソ連が崩壊し、連邦軍も力を失ったとみた初代大統領のドゥダエフは、弱体化したロシアを目の当たりにしてこの機にソ連を形成した15の共和国とともに、混乱に乗じて念願の独立ができると判断したのかもしれない。
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プライド高く高潔な山岳民族でもあるチェチェン人たち。多数の民は本当に大きな犠牲を払ってでも独立を望んでいたのだろうか?
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第二次チェチェン戦争が始まる半年前の99年3月、チェチェン走る列車の中に私はいた。何処で仕入れたのか、乗客から略奪したのかわからないが、 あらゆるものを手に持ち列車内の乗客に売っていたが乗客は誰一人買っておらず、チェチェン人たちに対する冷たい視線は手に取るようにわかった。同じイスラム教を信仰する乗客すらもチェチェン人に対する視線は厳しいものだった。今でもその光景は忘れられない。
ただでさえ、ロシアが力を失い機能不全を起こしていた時代なのに、第一次チェチェン戦争でチェチェンが勝利したとはいえ、市民の生活はますます苦しくなっていた事は容易に想像できる。
都市部の市民は普通の生活を望んでいたのではないのか?と思えてならない。 -
慰霊碑を見ると本当に悲しくなった。
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グロズヌイ市内を流れるスンジャ川。チェチェンの母なる川、テレク川の支流だ。
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工事現場に掲げられてたイメージ図。僅か30万人の町でこんなものを作って需要があるのだろうか?北コーカサスの町の中でチェチェンの再開発にあまりに偏りすぎ、周辺諸国でチェチェンに対するやっかみなどの影響が心配だ。そ
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19時になるとモスクに明かりが灯り、グロズヌイの夜景を彩る。
チェチェン共和国の首都グロズヌイのモスク(ヨーロッパ最大のモスク) by worldspanさんAkhmad Kadyrov Mosque 寺院・教会
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ここまでロシアがお金を投じてチェチェンの復活を印象づける必要があるのだろうか。
チェチェン共和国の首都グロズヌイのモスク(ヨーロッパ最大のモスク) by worldspanさんAkhmad Kadyrov Mosque 寺院・教会
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自分にはフェイクにしか見えなかった。しかし、本当に市民の雇用を産み出し、幸せな生活が送れるのであれば良いのだが。
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チェチェン再開発の象徴とも言える高層ビル群にもイルミネーションが灯る。
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イルミネーションを楽しむために夜のフラワーパークにも市民が歩いている。
チェチェン共和国のフラワーパーク by worldspanさんFlower Park 広場・公園
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よるのグロズヌイを歩いたが、治安面に不安はなった。
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夕食はホテルのレストランで。「チェチェンらしい食事」を、注文して出てきた食事。鶏のモモ肉と小麦粉を練って作られたマカロニのようなもの。実にシンプルだ。ソースはとても特徴的で、ニンニクの味がとてもきつく舌がピリッとするほど。しかしこれが鶏肉と練り物を引き立てる。このソースはヤミツキになる味だ。
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朝のグロズヌイ。北コーカサスの北部は数日間天候が悪いようだ。
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ホテルの朝食はシンプルだ。蕎麦のカーシャとクレープで、ロシア料理の定番の朝食だ。カーシャにバターを落とし、ハチミツを垂らすととても美味しい。
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翌朝、ホテルの窓から見た眺め。今日も残念ながら雨だ。この日、ホテルは朝から停電になった。トイレに入る前に気づいてほんまよかった。上の階に水を汲み上がらないようで、断水状態。ホテルを出発するギリギリまでトイレを我慢することに。
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グロズヌイで宿泊したHotel Nocho-Starに掲示されていた世界地図。宿泊客の居住地に画鋲が打たれている。日本は自分の滞在で大阪が3ヶ所目となった。
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この旅行記へのコメント (8)
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- 哈桑湖さん 2019/07/21 13:50:13
- チェチェンは本当に平和になったんですね。
- worldspanさま、素晴らしいお写真、有難うございます。
カザフスタンのガイドさんが、グロズヌイを訪れたらチェチェンの治安は大丈夫だったと言っていたのですが、私は半信半疑でした。でも本当に平和になったんですね。
チェチェン人には、スターリンによる強制移住の歴史がありますが、ソ連時代には何の問題もなかったと、元ナリチクで教師をしていた方がおっしゃってました。そして「ドダーエフの奥さんはロシア人だよ」とも。
ドダーエフ将軍はロシアという敵を作ることで、分裂していたチェチェンの権力を握ろうとしたと言ってました。一方、タタールスタンのシャイミーエフが、独立をチラつかせて、連邦政府から多くの譲歩を勝ち取ったやり方を、「お見事」と言ってました。名古屋大学に留学に来ているカザフ人の学生さんは「タタール人は頭のいい(ずる賢い)民族なので、戦争なんて馬鹿なことはしませんよ」と言ってました。
友人のことを、知人のロシア人主婦の人は、カディロフさんを「ポリトコフスカヤさん殺し」とか言ってますが、カザフスタンのガイドさんは、「彼はとても頭いい」と高い評価をしています。
でもチェチェンが平和になって良かったですね。
- worldspanさん からの返信 2019/07/21 22:52:40
- Re: チェチェンは本当に平和になったんですね。
- ご無沙汰しております。
チェチェンは数年前までFSBの許可がなければ旅ができなかったのですが(これはイングーシや北オセチアの一部もそうでした)、昨年訪れてみると山岳部にも足を踏み入れることができるようで、ホテルからツアーも出てました。残念ながら時間を取ってなかったのでいけなかったのですなが、それほど治安が安定していると言うことなのかもしれません。歩いていても平和そのもので、写真の通りでした。
こんな日がようやく訪れたのですね!
-
- ムロろ~んさん 2019/02/04 22:07:22
- I love Crozny(^_-)-☆
- またまたこんばんは、ムロろ~んです。
クロズヌイへ行かれた旅行記を拝見しました。
って、二つの街マハチカラと比べながら見たのですけれど、全然違うって思いました。
未来都市?というか、全然違うっていう気がします。
まず、ショッピングセンターがあるのが驚きました。
でも、一番嬉しかったのは記念写真スポットがあること(^_-)-☆。
クアラルンプールにもある「I love」スポット(^_-)-☆。
うちの相方と撮ってみたいです(笑)。
って、誰かしら歩いている人っているか気になりますが?
カメラスタンド持っていく必要あるかなぁと(^_^;)???
私も知らなかった街を拝見できて良かったです(^_-)-☆。
タジキスタンとウズベキスタンで警察官にパスポートチェックされるかヒヤヒヤされた思い出があったのですけれど、気にせずに歩けそうですね。
ムロろ~ん(-人-)
- worldspanさん からの返信 2019/02/05 08:00:12
- Re: I love Crozny(^_-)-☆
- チェチェン共和国の主要都市は全て第二次チェチェン戦争が終結するまでに焦土と化し、ロシアによってほぼ町が作り替えられてしまったのが、大きな違いです。
そのため、戦争から復興した町というイメージを国内外に示す必要もあり、その一方でチェチェン人にも雇用を与え、旧態依然とした反ロシアの濃いイスラム色からの脱却を考えているのだと思います。北コーカサス諸国は保守的な共和国が多いので、チェチェン諸都市の取って付けたような町並みにただただ驚かされました。
しかし、モールで子供たちの笑い声が聞こえてくるのを聞いたり、家族連れでフードコートで食事を楽しんでいるのを見ると、それでも平和になって良かったと思います。
-
- Salaamさん 2018/09/15 22:55:42
- 列車強盗の面影もなく
- worldspanさん、こんばんは。
いつも大変興味深い旅行記を拝見させて頂いております。
もうだいぶ前なので、どのようにworldspanさんの旅行記に遭遇したかも記憶は定かではないですが手探り感、そして前人未踏とまでは行かずとも情報の少ない地域にグイグイ行くスタイルはどことなく現代版深夜特急を拝読しているような気にすらなっております。
その中でも特に印象的だったのが20世紀も終わろうとしている頃の混乱から立ち直らぬままのチェチェンで綱渡りな国際列車に乗車されたあのエピソード。
文章を読むことが苦手で写真眺め序でで旅行記を読む私が、食い入るように読んだ事、鮮明に覚えております。
今回の旅行記で訪れた駅舎は当時の車窓とは打って変わって危険な香りが漂わない閑散とした雰囲気に妙な拍子抜けを感じましたが、あの場所にworldspanさんが戻ったのだな、と思うと何とも感慨深いです。
これからも引き続き旅行記を楽しみにしております!
Salaam
- worldspanさん からの返信 2018/09/17 00:32:04
- RE: 列車強盗の面影もなく
- Salaamさん
こんばんは。
自分の中で最も再訪したかった場所であり、もっとも行きたかった場所はやはりチェチェンでした。ずっとチャンスをうかがっていたのですが、北コーカサスがかなり安定しているのがロシアの観光サイトで確信を持つことができたので今回訪れてみました。
ただSalaamのおっしゃる通り、情報が非常に少なく、FSBの許可が必要なのかなど不明瞭なことが多かったのも事実です。宿泊するホテルから情報収集をしておけば、チェチェンで誘拐されていれば連れて行かれてたかもしれない山岳部にも行けてました。
自分がここで命を落としていたのかもしれない、とグロズヌイを歩きながら思いましたが、チェチェン人に当時の雰囲気や面影もなく、本当にここで戦争があったのか不思議な感覚でした。
グロズヌイに驚かされたのはあの再建の力の入れようです。人口約30万人のグロズヌイだけでなく、人口5万人にも満たないアルグンという街にバンバンビルを建てたり。。企業を誘致しているならともかく、こんなにビルを建てても空室が多いのではないかとなりません。ロシアの再開発により、雇用を生み出せれば、一層治安が安定すると思うのですがもし失業率が改善されなければ、その不満は反政府化し治安悪化につながりそうでとても懸念しています。
今回の旅では隣国のイングーシの山岳部にも行くことができす、チェチェンとイングーシに忘れ物をしてしまいました。もう一度時間を開けて再再訪しようと思います。
worldspan
-
- さとこさん 2018/09/15 22:54:23
- 偶然にも同じ世界地図にピン
- WorldSpanさんこんばんわ。
世界地図にPin。ちょうど私も旅行記に同じような写真を載せていました^^
さすがにチェチェンを訪れる日本人の足跡はわずかのようですね。
今回もWorldSpanさんの日記を読んで初めてこの国、この都市を認識した次第です。
チェチェンに旅行とか戦争のイメージしかなかったので、本当に信じられないですね。
我々一般人も「行ってみようか!」という時代はもう少し先のようです。
- worldspanさん からの返信 2018/09/17 00:11:16
- RE: 偶然にも同じ世界地図にピン
こんばんわ。
ここまで全く違う街に再建されているのを見ると、歴史がこうして勝者によって塗り替えられるのかと、改めて感じました。
ここから彼らがどうやって歴史を作っていくのか、今後も見守っていきたいと持っています。そして誇りよりも多くの市民の幸せを考えていってほしいと思います。
旅がもっと自由にできるのはもっと先かのしれませんね。
worldspan
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