2018/08/07 - 2018/08/15
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ジフギスの洞窟要塞の後に訪れたのは、北オセチア-アラニア共和国を代表する観光名所の一つがある町、ヴェルフニー フィアグドンверхний фиагдонに訪れた。
ヴェルフニー フィアグドンは首都のウラジカフカスから約45キロ離れた場所に位置し、近年までFSB(ソ連時代のKGB)が管理していたので外国人観光客の立ち入りが制限され、行きにくい場所だった。
現在のヴェルフニー フィアグドンは外国人にも解放され、自由に入域ができる。ヴェルフニー フィアグドンにはウラジカフカスからマルシュを利用して行くことができるが本数に限りがあるので、ジフギスの洞窟要塞等複数の名所を回ろうと思うと、ホテルで車をチャーターしたほうが効率良く回ることができる。
因みに「フィアグドン」という名のつく町は北オセチアには点在しているので(首都のウラジカフカス近郊にもある)、車をチャーターするときには「ヴェルフニー」をつけないと誤解を生じさせるので注意が必要だ。
ヴェルフニー フィアグドンはコーカサス山脈の支脈に囲まれた高原で天気がよければ素晴らしい景色を楽しむことができる。またスパやバシニャ(石塔)が点在し今後観光名所として注目を浴びていくかもしれない。
ヴェルフニー フィアグドンの観光名所と言えばロシア正教会とツィミティЦимити遺跡だろう。中でもツィミティ遺跡は丘の上に複数の石塔が建ち、要塞のような跡が残っている。
しかし残念ながら遺跡は放置された状態で、修復も殆どされていない。そして高原から丘の上までの路面状態も非常に悪く、ダートロードで轍上に道路が陥没しているのでタイヤをとられてしまうと事故になりかねない。そして路肩の一部は崩落し、運転を誤ればたちまち、丘の上から車はまっ逆さまに落ちてしまう。
ツィミティ遺跡の石塔は9世紀頃から形成され、17世紀まで繁栄していたといわれている。何故滅んでしまったのか、文献を調べても自分の検索力とロシア語力では知ることはできなかった。
イングーシ共和国のジェイラフからエギカルまで走る「石塔街道」に点在する石塔群と比べると保存状態は決して良いとは言えないが、今後観光名所として注目されてもおかしくない場所であることはまちがいない。
ヴェルフニー フィアグドンに訪れるのであれば、ジフギスの洞窟要塞やツィミティ遺跡、そして支脈を越えて「死者の町」ダルガフスを車でチャーターすれば、朝10時にウラジカフカスを出発すれば17時には戻ることができる。私がチャーターした車はヒュンダイのセダンで8000円ほどだった。ほぼ一日チャーターしてこの値段な満足行く価格だ。
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8/7 KIX JL220 6:35 -HND 7:40
羽田空港からリムジンバス 7:55- 成田空港第2ターミナル9:00
NRT JL421 10:40 - DME15:00
ドモジェドヴォ国際空港からアエロエクスプレス→地下鉄5号線→アエロエクスプレスでヴヌコヴォ国際空港へ
8/8 VKO UT559 0:45 - MCX3:15
朝方は首都のマハチカラ市内を周遊
10:00車をチャーターし、アヴァール人の村、カヒブへ。
マハチカラに19:30着
8/9 7:00車をチャーターし、世界遺産の町、デルベントへ。デルベントを12:30に出発しチェチェン共和国の首都、グロズヌイへ17:00着
8/10 10:30車をチャーターし、イングーシ共和国を通って北オセチアーアラニア共和国の首都、ウラジカフカスへ12:30着
その後ウラジカフカスを散策。
8/11 10:00車をチャーターし、イングーシ共和国の山岳部をリクエストしていたが、結局北オセチアとイングーシの紛争等による感情的な問題からイングーシに行くことを拒否され、北オセチアの以下のルートに変更
ウラジカフカス→カルダガヴァンスキー渓谷→ドジフギスのスカリナヤクレポスチ遺跡→ヴェルフニー・フィアグドン→ダルガフスの「死者の町」→ギゼリのパーミャトニク・ペトル・バルバショヴ→ウラジカフカス17:00着
8/12 車をチャーターし、ベスランのメモリアリノエ・クラドビシェへ。
OGZ S7 882 13:55-DME16:20
モスクワ市内を散策
8/13 モスクワ市内を散策
0814DME JL422 17:10-
0815-NRT8:35
HND12:30-13:30
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- JAL S7航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回訪れている北コーカサス諸国の場所をおさらい。コーカサスは黒海とカスピ海の間に位置するエリアで、ヨーロッパで最も標高の高い5000メートル級の山がそびえるコーカサス山脈がコーカサスを南北に分断している。
南コーカサスにはソ連から独立したアルメニア共和国、グルジア共和国、アゼルバイジャン共和国の他、グルジアから独立宣言したアブハジア共和国、南オセチア共和国、アゼルバイジャンから独立宣言したナゴルノカラバフ共和国がある。
一方北コーカサスにはロシアから独立宣言し、長い間北コーカサスの政情を揺るがせたチェチェン共和国、ダゲスタン共和国、イングーシ共和国、北オセチア-アラニア共和国等が位置し、何れもロシア連邦を形成する。
今回の旅では北コーカサスの上記4か国を旅した。 -
ルートはブルーのルートで旅をした。ダゲスタン共和国の首都マハチカラからスタートし、ダゲスタンの山岳部や世界遺産のある町、デルベントに訪れた後、北上してチェチェン共和国、イングーシ共和国を経て、北オセチア-アラニア共和国の首都ウラジカフカスに達した。北オセチア-アラニア共和国は名前が長いので一般的に「北オセチア共和国」とも言われている。
北コーカサスはチェチェン戦争の影響によるテロが多発し治安も悪かったが、現在は治安も良好となり、安定している。
北コーカサスには数十もの北コーカサス系民族やイラン系、トュルク系民族が居住し、ダゲスタンだけでも35の民族にも及び、その殆どが独自の言語をもつ。
宗教はイスラム教が非常に多いがコーカサスには世界で最初にキリスト教を受け入れたアルメニアや2番目に受け入れたグルジアがあり、正教会の影響も大きい。北オセチア共和国はイラン系民族が多く、大半がロシア正教を信仰する。ロシアとの関係が微妙な北コーカサス諸国ではあるが、北オセチア共和国はロシアとの関係も良好だ。しかしこうしたことが周辺諸国から疎まれる原因ともなっている。
北オセチア共和国とグルジアから独立宣言した南オセチア共和国は同じイラン系のオセット人で、両国は合併し、南オセチア共和国はロシアへ併合されることを望んでいる。
なお、南オセチア共和国へのアクセスは北オセチア共和国からでも可能だ。
北オセチア共和国とイングーシ共和国は1992年に紛争しており、両者の関係は悪い状況にある。
北コーカサスでは英語は殆ど通じずロシア語での会話となる。 -
今回のトピックはこの北オセチア共和国の山岳部、ヴェルフニーフィアグドンを訪れた時の話。
北オセチア共和国の滞在ではイングーシ共和国の山岳部の石塔群を巡りたかったが、生憎オセット人たちのイングーシに対する感情論で山岳部へのチャーターを断られてしまい、地図のようなルートで北オセチア共和国内を巡った。山岳部を移動するため、道路事情も悪く、首都ウラジカフカスを10時に出発し、17時に戻ってくる形で車をチャーターした。料金は約8,000円ほど。 -
ジフギスの洞穴要塞に訪れた後、向かった先はヴェルフニー フィアグドン。フィアグドンにはアラン修道院と石塔群がある。
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アラン修道院。修道院は歴史がありそうな雰囲気があるでしょ?
北オセチア共和国のアラン修道院 by worldspanさんアラン ウスペンスキー修道院 寺院・教会
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実は2000年に建設された新しい修道院だ。
北オセチア共和国のアラン修道院 by worldspanさんアラン ウスペンスキー修道院 寺院・教会
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イメージ的にはアルメニア正教会の古代の教会に近いだろうか。
北オセチア共和国のアラン修道院 by worldspanさんアラン ウスペンスキー修道院 寺院・教会
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付近には石塔や建物の跡が残っている。18世紀頃、この場所に鐘楼と幾つかの石塔が建てられていた。その遺跡の一つなのだろうか。
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二つの石塔は破壊されており上部を失った状態だ。
北オセチア共和国のアラン修道院 by worldspanさんアラン ウスペンスキー修道院 寺院・教会
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修道院の「オブジェ」として作られた石塔の横には「本物の石塔」の跡が残る。
北オセチア共和国のアラン修道院 by worldspanさんアラン ウスペンスキー修道院 寺院・教会
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損傷が目立つ修道院近くの石塔。よく見ると、真ん中よりやや右側に上から下に亀裂が走っている。倒壊が免れないかもしれない。
北オセチア共和国のアラン修道院 by worldspanさんアラン ウスペンスキー修道院 寺院・教会
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この廃墟の石塔にどんな歴史があるのだろうか?思わず想像を巡らせる。
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正面の壁が塗りつぶされた跡のようなものがある。入口を潰したのだろうか。
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アラン修道院の周りにはこうして幾つか石塔が残っているが、その向かいの丘にも複数の石塔が村を築いているような場所がある。
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この周辺は遺跡の宝庫とも言える。外敵の襲来をいち早く察知するための石塔跡が数多く残されている。
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それがこのツィミティЦимтиの遺跡だ。
ツィミティЦимти遺跡 by worldspanさんツィミティ遺跡 史跡・遺跡
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ツィミティにはバシニャが複数残っており、13世紀から14世紀に建設されたものだと言われている。
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オセット人の祖先、アラン人たちにより形成されたツィミティのバシニャ。バシニャにより機能がわかれていたみたいだ。
ツィミティЦимти遺跡 by worldspanさんツィミティ遺跡 史跡・遺跡
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ツィミティに至るまでにもポツンポツンとの石塔が建っているので、侵入者がいれば煙を上げるなどで知らせていく。ツィミティには複数の石塔があるので、軍事的な要素が強いのかもしれない。
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石塔により守備陣営であったり、攻撃部隊が留まったりしたようだ。
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ツィミティの遺跡から見た麓に広がるヴェルフニー フィアグドンの町。町の中にも複数の石塔があるのがわかる。
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ツィミティの遺跡は丘の上に位置し、途中で車を降り獣道のような山道をのぼっていく必要がある。
ツィミティЦимти遺跡 by worldspanさんツィミティ遺跡 史跡・遺跡
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手つかずの遺跡が残るツィミティ。観光客は全くいない。
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驚いたのはツィミティでドローンが飛んでおり、FSBが監視しているのかと思いきや、ドイツ人旅行者が一人でこの場所に訪れ、ドローンで撮影していた。
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こんな場所をドローンで撮影したらきっと素晴らしい動画が撮れるんだろうな。
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小さな石造りの建物は民家のようにも見えるがこれは「死を待つ家」。
ツィミティЦимти遺跡 by worldspanさんツィミティ遺跡 史跡・遺跡
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この地域でチフスなど致死率の高い感染病に罹患した場合、罹患者を隔離する必要がある。
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この家はこうした感染者を押し込める場所なのだ。
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この家に入った者は唯々死を待つばかりとなる。
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一見のどかな風景に溶け込む民家のようだが、この家から生きて出ることができる人は殆どいなかったと言われている。
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壊れかけの「死を待つ家」の中を除いてみるとどうなっているのか?
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中には遺体が白骨化したまま散乱している。
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ツィミティの丘から。ツィミティの遺跡までは途中から勾配のキツイダートロードを走らなければならない。雨水で大きな轍ができていたりするので、雨の日は決しておすすめできない。
フィアグドン渓谷 by worldspanさんフィアグドン渓谷 山・渓谷
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道もなく野にはアザミ等があり、道を掻き分けるのも手を焼く場所もある。
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遺跡まで上がるとそれなりに道があるので歩きやすくなる。道路を整備すれば絶対に観光名所になると思うのだが。。。
ツィミティЦимти遺跡 by worldspanさんツィミティ遺跡 史跡・遺跡
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ツィミティ居住していたのは現在のオセット人の祖先、アラン人たち。北オセチア-アラニア共和国の「アラン人の土地」という意味も込められている。
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ツィミティの麓に位置するヴェルフニーフィアグドン。
フィアグドン渓谷 by worldspanさんフィアグドン渓谷 山・渓谷
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アラン人はイラン系の民族で、アランの末裔のオセット人たちも継承する。オセット語はイラン系言語で、隣国のイングーシやチェチェンの言語とは全く異なるのが特徴だ。
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付近には戦士たちの墓もある。
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上部が崩れてしまった石塔。そのままの形で残っていればよかったのだが。。。残念ながらツィミティの石塔はイングーシの「石塔街道」と比べ保存状態があまりよくない。
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石塔付近には石垣が築かれているところをみると、要塞のようになっていたのかもしれない。
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石垣の壁に守られるように作られていたのがよくわかる。
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ツィミティの遺跡からヴェルフニー フィアグドンの中心部が左手にみえる。ヴェルフニー フィアグドンにはホテルやスパもある。
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死者が多く眠る家。これだけ見ると、長閑な田舎の風景なのだが。。
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ツィミティは14世紀初め、アラニア王国の最後の王により建設されたと言われている。
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ツィミティの歴史を紐解こうと文献を探してみたが、探し方が悪かったからなのか、なかなか見つからず、ツィミティがいつ滅んでしまったのか、判らずじまいとなった。
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ツィミティには9世紀頃から石塔が形成されたと言われている。
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そして14世紀までに規模が拡張し最も繁栄を迎えたのが15世紀から17世紀だ。
ツィミティЦимти遺跡 by worldspanさんツィミティ遺跡 史跡・遺跡
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これほどの遺跡があるにも係わらず、整備や修復がされていないのは実にもったいない。整備をしていけば北オセチア共和国とイングーシ共和国は観光客を呼べるのに。。。
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自分の場合、偶々ロシア語の北コーカサスの観光サイトでヴェルフニー フィアグドンのツィミティ遺跡を見つけることができたが、もっと英語のサイトでもオープンにするべきだと思う。それに北オセチアにはツィミティほどでないにせよ、山岳部にはこうした遺跡が点在しているようだ。もっと広報すればよいのにと思う。
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フィアグドンのツィミティ遺跡を見学した後は、北オセチアで最も有名な観光名所、「死者の町」があるダルガフスヘ向けて出発。
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