2018/08/07 - 2018/08/15
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worldspanさん
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8月10日、チェチェン共和国のグロズヌイのホテルでトランスファーをチャーターし、次の宿泊地北オセチアーアラニア共和国の首都、ウラジカフカスに向かった。
ウラジカフカスでは2泊し、8月11日は北オセチアの隣国のイングーシ共和国の山岳部を目指そうとした。イングーシの首都マガスや旧首都だったナズランから山岳部を目指すより北オセチアのウラジカフカスの方が山岳部に近い。イングーシの山岳部には12世紀頃に建てられた石塔が多く残っており、魅力あるエリアだ。
「石塔街道」が走るアルムヒАрмхи、リャジュギляжги、オリゲチОльгети、グリΓули、エギカルЭгикалといった村には海外には殆ど知られていない素晴らしい景観が残されている。中世の遺跡と自然が合わさった、観光地化されていない場所だ。
ウラジカフカスから目指すと、グルジアのアナヌリに抜ける軍用道路を南下し、チミЧмиからイングーシに入れば「石塔街道」ともいえる、景観を楽しめることができる。ウラジカフカスから往復四時間あれば十分だと踏んでいた。
しかしこの地域に踏み入れるには二つの不安要素があった。一つはイングーシの山岳部といえばテロリストの活動拠点があるとも言われ、FSB(ソ連時代で言うKGB)の許可を得なければ入域できない可能性があること。。
もう一つは北オセチアのオセット人のイングーシに対する国民感情の問題。1992年に発生したオセット人とイングーシ人の紛争で、両者の感情が悪化していること。加えて2004年に北オセチアのベスランの学校を襲ったテロリストがイングーシから来ていたことも影を落としている。
FSBの管理下については、確証はないがチェチェンの山岳部が開放されているのであれば、イングーシも問題なく旅できるだろう。
しかしオッセト人の感情論は現在でも尾を引いていた。ホテルで車をチャーターしようとしたが、何れもイングーシの山岳部への運転を断られた。オセット人は山岳部のイングーシ人たちの報復を恐れていたのも一因にあったのかもしれない。
そのためイングーシの山岳部に行くことを断念し、イングーシ共和国はチェチェンから北オセチアへの移動時に素通りするだけとなった。
イングーシ共和国と北オセチアーアラニア共和国の山岳部を予定していたが、イングーシに足を延ばせなくなったので北オセチアに時間をかけることとなった。
先ず訪れたのがカルダガヴァン渓谷Кардагаваとジフギスの洞窟要塞Дзивгисская скальная крепость。
ジフギス村は現在僅か30名にも満たない小さな村だが、この要塞は洞窟要塞としてはコーカサス最大を誇り、12世紀から13世紀に築かれ、1820年にに帝政ロシアの手により陥落するまで、鉄壁の防御を誇る難攻不落の要塞だった。
当時「世界の半分」とまで言わしめたイスファハーンを建設したアッバッース1世(在位1588-1629)はイランのサファヴィー朝を建て直し、オスマン朝から失地を回復し、破竹の勢いで勢力拡大させた。アッバース1世は北オセチアにも侵食し、この地を攻め立てた。
しかしジフギスの洞窟要塞はアッバース軍の猛攻に耐え、彼らは撤退することとなった。
要塞は帝政ロシア軍により致命的に破壊され、現在の姿になり、修復されていない。
しかし要塞の外観は今もなお残されており、一見の価値はある。
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8/7 KIX JL220 6:35 -HND 7:40
羽田空港からリムジンバス 7:55- 成田空港第2ターミナル9:00
NRT JL421 10:40 - DME15:00
ドモジェドヴォ国際空港からアエロエクスプレス→地下鉄5号線→アエロエクスプレスでヴヌコヴォ国際空港へ
8/8 VKO UT559 0:45 - MCX3:15
朝方は首都のマハチカラ市内を周遊
10:00車をチャーターし、アヴァール人の村、カヒブへ。
マハチカラに19:30着
8/9 7:00車をチャーターし、世界遺産の町、デルベントへ。デルベントを12:30に出発しチェチェン共和国の首都、グロズヌイへ17:00着
8/10 10:30車をチャーターし、イングーシ共和国を通って北オセチアーアラニア共和国の首都、ウラジカフカスへ12:30着
その後ウラジカフカスを散策。
8/11 10:00車をチャーターし、イングーシ共和国の山岳部をリクエストしていたが、結局北オセチアとイングーシの紛争等による感情的な問題からイングーシに行くことを拒否され、北オセチアの以下のルートに変更
ウラジカフカス→カルダガヴァンスキー渓谷→ドジフギスのスカリナヤクレポスチ遺跡→ヴェルフニー・フィアグドン→ダルガフスの「死者の町」→ギゼリのパーミャトニク・ペトル・バルバショヴ→ウラジカフカス17:00着
8/12 車をチャーターし、ベスランのメモリアリノエ・クラドビシェへ。
OGZ S7 882 13:55-DME16:20
モスクワ市内を散策
8/13 モスクワ市内を散策
0814DME JL422 17:10-
0815-NRT8:35
HND12:30-13:30
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
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先ずはおさらい。
今回訪れた北コーカサス地方は黒海とカスピ海に挟まれた「文明の十字路」と呼ばれる場所。かつていくつも王国やハン国が成立しては滅ぼされた。
南からイラン、トルコ、ティムール、モンゴル軍が押し寄せ栄枯盛衰を繰り返した。
コーカサス山脈より北側が北コーカサス、南側が南コーカサスと呼ばれる。南コーカサスと言えば、世界で最初にキリスト教を国教としたアルメニアや、世界で二番目に国教としたグルジア、アゼルバイジャンがある。この他「自称独立」の南オセチアやナゴルノカラバフ、アブハジアもある。
北コーカサスにはチェチェンや北オセチア-アラニア共和国等7つの共和国があり、何れもロシア連邦を形成する。
今回の旅行記で取り上げるのはチェチェン共和国、イングーシ共和国、北オセチア-アラニア共和国だ。 -
チェチェン共和国の首都、グロズヌイをチャーターした車で10時半に出発し、一路北オセチアーアラニア共和国の首都ウラジカフカスにむかう。車はグロズヌイのホテルでチャーターした。所要時間は約二時間半だ。
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グロズヌイから北オセチア-アラニア共和国に行くにはバクーから黒海沿岸のロストフまで続くフェデレーションロードを西に向かい、イングーシ共和国を通過することになる。
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グロズヌイ郊外に位置するアルハンユルトΑлхан-юртのグランモスク。アルハンユルトは1999年の第二次チェチェン戦争でロシア軍が猛攻を仕掛け、町は焼き払われレイプや虐殺などが激しく行われた場所としてしられている。
現在町は再建され、当時町が焼き払われたとは思えない。チェチェンのMosque of Magomed-Beshir-Khadzhi Arsanukayev by worldspanさんMosque of Magomed-Beshir-Khadzhi Arsanukayev 寺院・教会
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アルハンユルト近郊の現在の様子。
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フェデレーションロードにはこうした露店も多く見られる。。
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フェデレーションロードを走っているとグロズヌイからイングーシまでの西側にはこうした廃墟を目にすることがある。
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チェチェン戦争で焼き払われた村の跡と思われる。
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暗殺されたカディロフ前大統領と、その意志を継ぎ首長となった息子。
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アルハンユルトからイングーシ共和国の国境までは約40分、こうした風景が広がる。
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教会。
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イングーシ共和国に入国。ロシアの国旗とイングーシ共和国の国旗がならぶ。チェチェンからイングーシまでの道路にも幾つか検問があり、イングーシ共和国との国境にも検問があったが、無作為に車を選びチェックする。自分は明らかに外国人だからか、チェチェンの老人が運転しているにも係わらず、検問にひかかることはなかった。
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フェデレーションロードを走っていると道路標識に「マガス空港」が。マガスはイングーシ共和国の首都だ。
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イングーシはソ連時代にはチェチェン-イングーシ自治共和国として、チェチェンと同一であった。イングーシ人もチェチェン人の同胞であり、ロシアに抵抗しなかった西部の民族をイングーシ人、抵抗した東部をチェチェン人と区別した。
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1991年、チェチェンはロシアから独立宣言したが、イングーシはロシアに留まることを決め、イングーシ共和国がこうして誕生した。
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イングーシ共和国の様子。チェチェンでは赤毛の髭を生やしたチェチェン人をよく見かけ話しかけにくい雰囲気があったが、イングーシ人は少しやわらかい印象。
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イングーシ共和国の最大の町、ナズラン市内を通過する。人口は約14万人だ。
1991年にチェチェンから分離しイングーシ共和国成立時から2002年まで、ナズランは首都だったが、現在は隣接するマガスに首都を譲っている。 -
麦を発酵させて作った旧ソ連の国民的飲料のクワス。これは日本人にはキツイ味だ。
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ナズランを過ぎると直ぐに北オセチアーアラニア共和国に入国だ。北オセチアーアラニア共和国の国旗がはためく。
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北オセチアに入ると、ロシア風のレンガ造りの建物が多くなる。チェチェンやダゲスタン、イングーシと異なり、北オセチアは「ロシアの地方州」といった雰囲気だ。
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タクシーはずぶ濡れで歩いているオセット人を拾い、ホテルまでの道を案内させた。チェチェン人のドライバーとオセット人とで記念撮影。
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8月10日から12日は北オセチアーアラニア共和国の首都、ウラジカフカスにベースを置き、コーカサス山脈方面に足を踏み入れる。
ウラジカフカスに到着した翌日、車をチャーターしイングーシ共和国の山岳部に訪れようと思っていたが、会社から断られてしまった。予定していた場所は赤丸で囲った石塔が建つエリア。ウラジカフカスからイングーシの山岳部へのアクセスはグルジア軍用道路が途中まで走っているので道路事情は良く、ウラジカフカスより更に北側に位置するイングーシの首都マガスや主要都市ナズランから距離も近くアクセスもよい。
しかし北オセチアとイングーシの紛争が影を落としていた。
今回の旅行記の話は赤線を旅したルートの話。カルダガヴァン渓谷とジフギスの洞穴要塞を取り上げる。 -
ジフギスの要塞等、北オセチアの山岳部を周遊することに予定を変更した。
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先ず訪れたのがカルダガヴァン渓谷Кардагаван。道路事情もよく、ウラジカフカスから一時間程度で行くことができる。
北オセチア共和国のフィアグドン川 by worldspanさんフィアグドン川 滝・河川・湖
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ウラジカフカスからジフスキの洞窟要塞までの間にある渓谷だ。
北オセチア共和国のカダルガヴァン渓谷 by worldspanさんカダルガヴァン渓谷 山・渓谷
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渓谷には50ルーブル(約100円)払えば遊歩道を少しだけ歩くことができる。
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遊歩道のすぐ横にはヒグマやヒョウが入った格子がある。ヒョウって、コーカサス山脈に生息してるのかな。。。。
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ヴェルフニー フィアグドンから流れるフィアグドン川の激しい流れが幾年もかけて岩を侵食し、形成された渓谷だ。
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観光客は家族連れの一組だけ、遊歩道は自分だけの独占状態だ。川が激しく流れている音しか聞こえてこない。
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フィアグドン川は非常に狭い場所を荒ぶり流れていくので激流音が共鳴し迫力がある。
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岩のえぐられ方をみると、雨季には凄まじいほどの水流になるのがよくわかる。
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この遊歩道、人ひとりが通るほどの狭さで見ての通り、歩くのに少し不安を感じさせる設置方法。決して手摺にもたれたくない。
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渓谷には十字架が建ち、側までのぼることができる。
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十字架に登り、山側のジフギスやフィアグドンを眺めたら、こんな様子だ。
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ウラジカフカス方面を眺めるとこんな感じ。峠道が続いているのがわかるだろう。
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カルダガヴァン渓谷を抜けるとジフギス村だ。
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ジフギス村は人口30人にも満たない小さな村だが、北オセチアの歴史上重要な建造物がある。
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崖をよく見てもらいたい。幾つも窓のようになっているのがわかる???
実はこれは本当に窓なのだ。 -
少し近づくと右側に石塔の跡がのこり、その背後にも窓になっているのがわかるだろうか。保護色のようになってわかりにくかな??
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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実はこれが洞穴要塞としてはコーカサス最大のジフギスの洞穴要塞だ。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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よく見ると窓に人が座っているのがわかるだろうか?
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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ロシア語とオセット語で解説が書かれているが意味がわからん。。。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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要塞の入口は狭く傾斜がある。城塞は何と無料で見学できる。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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洞窟要塞は洞窟の窪みや山中に続く洞窟を巧みに利用し、外壁として石垣を積み上げて作られている。外壁が二重になり、防御に勝れているのが解る。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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洞窟内部は破壊され、ここが要塞であったことは判りにくい。19世紀に帝政ロシア軍が破壊しなかったらどんな姿を残していたのだろうか。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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13世紀頃に建設され、洞穴要塞として機能していたようだ。ジフギスの洞穴要塞には輝かしい歴史がある。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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16世紀にサファヴィー朝ペルシアの絶頂期を築き上げ、拡大路線の政策をとっていたアッバース1世の軍勢は北コーカサスに北上していた。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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アッバースの軍勢は当時ウズベキスタンのブハラハーンを攻略し、オスマントルコに奪われた領土を失地回復していた。
要塞の天井の高さを見てほしい。一階の規模の大きさがよくわかる。Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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そんなアッバース軍にジフギスの洞穴要塞は抵抗し、6ヶ月に渡り足止めさせた。そしてアッバース軍は退却を余儀なくされることとなった。
一階のフロアはあれだけ広いが、要塞の入口の広さはこの狭さだ。しかも洞窟は山上にも繋がっているのだと言う。Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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よく見ると、山上まで窓のようなものがあるのがわかる。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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こんな重要な建造物があるにもかかわらず、入口付近横には民家があり、牧畜を営んでいる。
何れにせよ、ジフギスの洞穴要塞は北コーカサス旅行の見所の一つであり、北オセチアに訪れるのであれば外せないだろう。Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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これだけの規模の洞穴要塞なのだから、観光の目玉としてもっと整備しても良いと思う。
Dzivgis Fortress 洞穴・鍾乳洞
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要塞付近の山岳部には遺跡のようなものもある。
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ヴェルフニー ・フィアグドンに向けて出発。
石塔と言えばイングーシ共和国が専売特許のようなものだが、北オセチアにも多く点在する。 -
ヴェルフニーフィアグドンはつい最近までFSBの管理下にあった町で、外国人は入域に制限されていた。現在はこうしてFSBの承認も必要なく入域できる。
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ヴェルフニーフィアグドンまでの間にも幾つか石塔が建っている。
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北オセチアには「フィアグドン」という町が幾つかあるので「ヴェルフェニーのフィアグドン」と言わなければこの地にたどりつくことができないので注意が必要だ。
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