2018/02/17 - 2018/02/17
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旅人のくまさんさん
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バスツアーに参加しての、豊臣家所縁の城巡りです。淀城、伏見城と長浜城の三城跡を巡りました。最初に紹介するのは、淀城址です。豊臣時代の淀古城には遺跡がありませんから、徳川時代の淀城址の紹介です。(ウィキペディア)
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バスツアーに参加しての豊臣氏所縁の城巡りです。受付はいつもの名古屋駅の地下街でした。バスの出発地点の駅前光景の紹介です。厚い雲ではありませんが、名古屋の朝は薄曇りでした。京都南部の天気予報は、午後が確率40%の雨模様でしたから、傘と合羽と、両方の雨具を用意しておきました。(同上)
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同じく、名古屋駅西の光景です。バスの駐車場所は、いつもの場所とは違っていましたが、混雑しているらしく、かなりの時間を待たされました。30分近く遅れての名古屋出発でした。(同上)
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イチオシ
京都南部の伏見地区にある淀城址に到着しました。駐車場が遣えませんでしたから、近くでバスを降りて、歩いて城址まで移動しました。淀城址の石垣と堀跡の光景です。お堀の脇には、石垣の残材らしい石材が並んでいました。(同上)
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お堀の脇に並べられていた、石垣の残材らしい石材のズームアップ光景です。打込み接ぎの石垣用に、綺麗に製材された大きな残材でした。破却された石垣から運ばれてきたものかも知れません。(同上)
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堀跡の脇に建てられていた説明立札の光景です。タイトルがありませんでしたが、宇治川から城内に水を引き入れた『水車』のことが説明されていました。『淀城の水車』でネット検索しましたら、『淀川瀬水車旧趾』の情報が見付かりました。バスが一時停車した場所で、偶然にその石碑を目にしました。ただし、こちらは水車を作らせたのは佐川田喜六でしたが、その情報は河村与三右衛門の名前でした。(同上)
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『淀川瀬水車旧趾』のついての補足です。こちらの立札に記載された佐川田喜六の役職は、淀藩家老でしたが、河村与三右衛門の肩書は、淀水運支配でしたから、佐川田家老の指示で、河村与三右衛門が実務を担当したのかも知れません。農業用の水車を使って、天正14年(1586年)に築かれた水車とされます。淀城の西と北側に直径九間(約16m)の大型水車が2基設けられていたようです。(同上)
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淀城址の石垣光景が続きます。打込み接ぎで積まれていました。角の部分は。算木積でした。ただし、あまり綺麗な仕上がりではないようです。築城には大坂城の縄張りが参考にされ、堀や門の取り付け方などは、当時の貿易国であったオランダ人からヨーロッパの築城技術が採り入れられたとの説もあります。(同上)
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この後通過した、本丸跡に通じる石段の光景です。引き続いて、淀城址の石垣を紹介します。この石段自体は、公園施設として整備されたもののようです。石材には城址の遺物が使われているかも知れませんが、コンクリートで固めてありました。(同上)
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この区域は、かつての『本丸』の西北角付近になるようです。この石垣の上には、出入口門を守る櫓が建っていたようです。『淀城』は、櫓を38箇所に備えた大きな城だったとされ、『本丸』には、3箇所の門と、三重櫓が4基、二重櫓が5基、平櫓が6基あったようです。(同上)
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『淀城跡・松昔嵐(しょうせきらん)』の説明パネルと、その上にあった『淀城縄張図』の光景です。『松昔嵐』は松の名前で、昭和38年(1963年)にこの地を訪れた棟方志功(1903~1975年)が名付けたもので、その版画を残したことが紹介されていました。(同上)
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別の櫓台のズームアップ光景です。かつては、本丸の虎口を形成していた石垣の一部のようです。上に登る時間はありませんでしたが、周りには見学用らしい頑丈な柵がありました。(同上)
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イチオシ
周りに見学用らしい頑丈な柵が設けてあった石垣の光景です。ここから文字を読み取ることは出来ませんでしたが、中央に石標が建っていました。淀城の縄張りは、本丸と二の丸を中心とした『回』字形に、三の丸、西の丸、東外には東曲輪の巨大な馬出曲輪が配されていた近世城郭とされます。(同上)
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同じく、振り返って撮影した、上部の周りに見学用らしい頑丈な柵が設けてあった石垣の全景です。確認できた範囲では石段などはないようでした。
(追記)ネット写真などを参照しましたら、左側に石段がありました。この写真を改めて確認しましたら、その石段らしいものが左端に写っていました。(同上) -
二つ並んだ石碑の光景です。左が『淀城址碑』です。もう一度この場所にやって来ましたから、左側の碑の方を取り敢えず紹介しておきます。(同上)
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イチオシ
『淀城址』の文字が刻まれた大きな石碑光景です。『子爵・稲葉正凱書』の落款がありました。『稲葉正凱(1906~1963年)』は、淀藩の藩主の子孫で子爵だった人です。この石碑は、1923年(大正12年)に『稲葉侯御移封二百年記念会』が建てたものです。(同上)
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白い塀に囲まれた神社の光景です。淀城内には、城主の名を冠した『稲葉神社』と、淀の古名に因むらしい『与杼神社(よどじんじゃ)』があります。どちらの神社かは分かりませんでした。(同上)
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餌が貰えないか、辺りを窺っていた鳩さんです。暫く立ち止まって、横目で様子を見ていました。室町時代には『たうばと(塔鳩)』と呼ばれ、安土桃山時代には、これに加え、『だうばと(堂鳩)』と呼ばれ、現在のように『ドバト(土鳩)』と呼ばれるようになったのは、江戸時代からとされます。『カワラバト(河原鳩)』の呼び名もある、ハト科カワラバト属の鳥です。(同上)
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木の上で一休み中の鳩さん達です。定位置になっている止まり木らしく、三羽ともリラックスムードでした。(同上)
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『淀城址公園』として整備されている広場の光景です。かつての『本丸跡』になるようです。少し寒い日でしたから、人の姿はありませんでしたが、その代わりに鳩さんが広場を歩き回っていました。公園化する時に切られたらしい切株が所々にありました。(同上)
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同じく、『淀城址公園』として整備されている『本丸跡』らしい広場の光景です。ベンチが置かれ、所々に街灯も設けられていました。奥に見える松は、棟方志功さんが『松昔嵐』と名付けた松かも知れません。(同上)
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『淀城址公園』として整備されている広場の光景が続きます。東側になるこちら方面には、京阪電気鉄道が通り、淀駅は城址に近い場所にあります。こちらにも、『松昔嵐』らしい松の姿がありました。(同上)
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通過中の京阪電気鉄道の電車の光景です。駅が近く、スピードを落としてい多様です。あるいは、駅を発車したばかりの時だったかも知れません。(同上)
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本丸跡に向かう途中、横目で眺めた小さな社の光景です。赤い鳥居が色褪せて、桃色に見えていました。稲荷神社でしょうか。(同上)
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色褪せた赤い鳥居と、その先にあった拝殿のズームアップ光景です。あとで撮影した写真で確認しましたが、大提灯には、稲荷大明神、日吉大明神や久万ノ台銀宮の文字がありました。(同上)
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『淀城の由来』の題字があった看板の光景です。なぜか、金属柵で厳重に囲われていました。その内容は、ズームアップした写真で紹介します。(同上)
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『淀城の由来』の題字があった看板のズームアップ光景です。徳川二代将軍・秀忠により、元和5年(1619年)の伏見城の廃城に伴い、桂川・宇治川・木津川が合流するこの地に、元和9年(1623年)に着工し、寛永2年(1625年)に完成した城と紹介されていました。築城を命じられたのは、松平定綱です。享保8年(1723年)に、春日局の子孫の秋葉正知が入府以来、維新まで続きました。(同上)
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すべての戸と窓が締め切られていましたから、常駐はされていなかったように見受けた、社務所の光景です。その背後には、低い石垣と石の柵を隔てて、『稲葉神社』と『与杼神社』があるようでした。(同上)
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三つ並んだ石標と立札の光景です。石標は、左から『淀城之故址』、『淀小橋旧趾』、『唐人雁木旧趾』、立札は『唐人雁木旧趾』の説明です。(同上)
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『唐人雁木跡』のタイトルがあった説明立札の光景です。上洛のために御座船でやってきた『朝鮮通信使』が上陸した場所にあった桟橋が『唐人雁木』と紹介されていました。『唐人」は広くアジアの外国人を指し、『雁木』は石段状の桟橋と紹介されていました。元々の桟橋は、この場所から200メートル程北側の『納所』付近だったようです。(同上)
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右背後に見える、一段高くなった石垣が『天守台』になります。この後詳しく紹介します。1623年から築城開始された淀城の天守台には、二条城の天守(五重五階の望楼型天守)が移築されたとされます。当初は伏見城の天守を移築する計画だったようですが、天守台スペースが小さかったため、代わりに二条城の天守を移築したようです。伏見城の天守は、二条城に移築されました。(同上)
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