2017/11/01 - 2017/11/01
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belleduneさん
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南禅寺の水路閣側にある南禅院へ初めて行き、庭園を歩いて来ました。ここは初めて入りました。鎌倉時代中頃に建てられた南禅院は、離宮禅林寺殿『上の宮」の遺跡で、この南禅寺発祥の地でした。ここの方丈庭園は、鎌倉時代末期の池泉回遊式庭園で、深い樹林に囲まれた幽邃閑寂の趣があるそうです。
方丈庭園は夢窓国師の作庭と言われ、天龍寺、苔寺と共に、京都三大庭園のひとつに指定されています。
- 旅行の満足度
- 4.5
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庭園を上から見ると心字池の様子や鶴亀島などがよく分かりますが、池の周りを歩いていると、木々の葉であまりよく見えませんでした。
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建物は、初め離宮の遺構でしたが、明徳4年(1393)の火災で焼失しましたが、北山御所の寝殿を賜り、再興されました。しかし、応仁の乱後、荒廃していました。現在の建物は、元禄16年(1703)、五代将軍綱吉の母、桂昌院の寄進で再建されたもの。総檜の入母屋造り杮葺となっています。
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方丈前の庭園は、枯山水式庭園で、江戸時代の小堀遠州の作庭です。向こうに見える方丈庭園とは全く異なっています。
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方丈
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方丈内陣中央には亀山法皇御木像が安置され、襖絵は狩野養朴とその子如川随川による水墨画だそうです。中に上がれないのが残念です。
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広縁付き七畳の書院風茶席「龍淵窟」です。岡田永斎の作。杉面皮の床柱、磨丸太、黒塗りの床框、火灯窓の付いた出書院、釘隠し金物を打った長押などが見られます。天井はやや高く、竿縁天井で、一部落ち天井となっています。
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控えの間は六畳で、床の間、床脇、逆勝手向炉、仏壇が供えてあります。物入三畳、廊下水屋があります。こちらも御殿風、入母屋造りの杮葺となっています。
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あと2週間もすれば、紅葉が進みますね。
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築庭には、竜田の楓を移植し、井手の蛙を放ったと伝えられています。方丈の西より南にかけて西池、南池が矩形に繋がっています。中央の鶴島に立石(1,2m)が据えられ、蓬莱石となります。その右手に亀島があります。
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東奥に2段の滝があり、鎌倉時代の古式石組みの龍門瀑があります。
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滝の上段に丸い鯉魚石が置かれていて、水を受けています。これらの枯滝石組、鯉魚石は、中国黄河中流域にある龍門瀑の故事に由来しています。流れの激しい滝を上りきった鯉は天に昇り、龍になるという故事は、南宋から渡来した僧・鎌倉建長寺の蘭溪道隆が日本に伝えたと言われています。
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滝の水は、龍の形に造られた上池(曹源池)に注がれていきます。
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池越しに見える方丈方向
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東南隅に、亀山法皇の御分骨を埋葬した御陵があります。
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下池には心字島が造られ、三つの中島と出島で「心の字」を描いています。池ではなくて、島の例は珍しいとされています。初めの写真で見ると、よく分かります。幽邃閑寂の趣という言葉がぴったりの場所です。
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庭園の散策を終えて、水路閣辺りを歩いてみます。琵琶湖疏水の分線にある水路橋は、南禅寺境内を通るため、景観に配慮して田辺朔郎が設計しました。工事は1885年から1890年まで行われました。長さ93,2m、幅4m、高さ9mの煉瓦、花崗岩造りのアーチ橋脚です。
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1889年に蹴上に発電所が建設され、1891年に送電開始となりました。1908年に第2次疏水工事が始めり、1912年に完成しています。同じ時期に、蹴上に浄水場が完成し、現在の上水道の水源として利用されています。
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