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 鎌倉市山崎にある昌清院は臨済宗圓覚寺派のお寺で山崎山昌清院という。円覚寺塔頭如意庵の末寺で、開山は如意庵八世の以足徳満(いそくとくまん)であり、「相模風土記」によれば、慶長2年(1597年)に隠居寺として開いたという。江戸時代以降、衰退し無住時代が続いていたが、昭和45年(1980年)に現在の山崎の地に建て直され復興した。山号は以前は「長崎山」、あるいは「諏訪山」などと号していたが、この時に改められた。<br /> 本尊は釈迦如来坐像(安永4年(1775年)の作)であるが、他に北野神社(山崎天神社)に本地仏として祀られていた春日の作と伝えられる十一面観音像(金銅仏)、地蔵菩薩像、十王像、倶生神像、奪衣婆像(室町後期の作)が安置されているが、これらの像は、近く(現在の山崎集会所がある所)にあった十王堂に安置されていたものと考えられている。<br /> その一方で、昌清院に伝わる如意庵開山の無礙妙謙(むげみょうけん)坐像の胎内銘に「当院開山」と記されているという。<br />(表紙写真は昌清院本堂)

昌清院(鎌倉市山崎)

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2017/10/23 - 2017/10/23

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市山崎にある昌清院は臨済宗圓覚寺派のお寺で山崎山昌清院という。円覚寺塔頭如意庵の末寺で、開山は如意庵八世の以足徳満(いそくとくまん)であり、「相模風土記」によれば、慶長2年(1597年)に隠居寺として開いたという。江戸時代以降、衰退し無住時代が続いていたが、昭和45年(1980年)に現在の山崎の地に建て直され復興した。山号は以前は「長崎山」、あるいは「諏訪山」などと号していたが、この時に改められた。
 本尊は釈迦如来坐像(安永4年(1775年)の作)であるが、他に北野神社(山崎天神社)に本地仏として祀られていた春日の作と伝えられる十一面観音像(金銅仏)、地蔵菩薩像、十王像、倶生神像、奪衣婆像(室町後期の作)が安置されているが、これらの像は、近く(現在の山崎集会所がある所)にあった十王堂に安置されていたものと考えられている。
 その一方で、昌清院に伝わる如意庵開山の無礙妙謙(むげみょうけん)坐像の胎内銘に「当院開山」と記されているという。
(表紙写真は昌清院本堂)

  • 門前の看板。

    門前の看板。

  • 昌清院山門。山門に掛かる扁額は読めず。

    昌清院山門。山門に掛かる扁額は読めず。

  • 山門越に見た昌清院本堂。

    山門越に見た昌清院本堂。

  • 山門脇に銀杏。雌株だ。

    山門脇に銀杏。雌株だ。

  • 台風で落ちた銀杏(ぎんなん)の実。

    台風で落ちた銀杏(ぎんなん)の実。

  • 歴代住職の墓。

    歴代住職の墓。

  • 防空壕か?

    防空壕か?

  • 昌清院本堂。

    昌清院本堂。

  • 昌清院本堂。

    昌清院本堂。

  • 昌清院本堂に掛かる扁額。読めず。

    昌清院本堂に掛かる扁額。読めず。

  • 本堂に架かる梵鐘。

    本堂に架かる梵鐘。

  • 庫裡。

    庫裡。

  • 境内の石灯篭。

    境内の石灯篭。

  • 昌清院本堂。

    昌清院本堂。

  • 少し離れて山崎集会所。かつてはここに十王堂があったという。

    少し離れて山崎集会所。かつてはここに十王堂があったという。

  • 山崎集会所の隣に鎌倉市消防団第15分団の詰所。

    山崎集会所の隣に鎌倉市消防団第15分団の詰所。

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